第8話 【流体魔道】
あの後もしばらく空中庭園で『空気中の魔力を扱う方法』の練習をしていた。
ただ、いちいち『空気中の魔力を扱う方法』と言うのは面倒くさいので、仮に【流体魔道】と名付けることにした。
【流体魔道】は俺だけの技術だ。胸が高鳴る。
しかしどれだけ魔術を使っても【流体魔道】は上手くなる兆しが見えなかった。
うーん、これはあれだな。やみくもに魔術を使ったところで成長しそうにないな。
先ず何よりも優先しなければならない技術は、空気中にある魔力のばらばらな波長を整える技術だ。
結局大事なのは魔力コントロールの技術というわけである。
そんなわけで、やはりしばらくは瞑想を続ける方が良さそうだ。俺が初めてでここまで魔力コントロール出来たのも、これまでずっと瞑想してきたおかげだろう。
自分で魔力をコントロールする感覚を覚えた今、さらに効率的に能力をアップさせられると思う。
また家の者たちには笑われるかもしれないが頑張ろう。
そう思って俺はその場に腰を下ろし瞑想の構えに入る。
「さすが坊ちゃまです。基本を忘れない姿勢はきっと坊ちゃまをさらなる高みへと導いてくれることでしょう」
どうやらオキクも今の俺に瞑想が最も効率的な練習であることに気付いていたようだ。
「ルナもしゅるー!」
そう言って隣に座ってくるルナ。本当にもう可愛すぎる。
いちいち俺の真似をしてくるんだけど、妹ってこんなに可愛いものなの?
ちなみに先程までは俺の真似をして魔術を使おうとしていたようだが、まだ魔術の理論を理解していないせいで使うことは出来ていなかった。
それでも「えいっ、えいっ」と掛け声を上げながら必死に手を振る姿は可愛すぎて悶えた。
俺やべーな。大分早い段階でシスコンルート確定かもしれない。あの変態ロリコン叔父のことは言えませんわ。
でも、あんな変態にくれてやるくらいなら俺が結婚する。
誰か俺を逮捕して。ついでに叔父も一緒に。
そんな益体ないことを考えているとオキクの声が降ってくる。
「坊ちゃまが魔術を扱えるようになったことは喜ばしいことです。さっそくお館様に申し上げて坊ちゃまの廃嫡の件を取りやめてもらいましょう。魔術を使えるようになったのです。お館様もきっと坊ちゃまのことをお認めになるに違いありません」
声量的にそれは独り言だったのかもしれない。
しかし聞こえてしまった以上、俺はそれを止めなければならない。
俺は目を開けると、
「オキク、僕が魔術を使えるようになったことは誰にも言わないで欲しい」
そのように頼むとオキクは目を見開く。
「……何故ですか? ようやく坊ちゃまが報われる日が来たのですよ?」
「そうかもしれない。でも、僕が確立したこの魔術理論……空気中の魔力を利用する【流体魔道】の理論は世の中に広めない方がいいと思うんだ」
どうしてそう思うのか?
もし誰も彼もが半永久的に魔術を扱えるような世の中になったら? もしかしたらその時この世界は滅びに向かうかもしれない。
仮に大量破壊級の魔術を制限なしでバンバン撃ててしまったら、それだけで国は焼け野原だろう? それは絶対に防がねばならない。
まあ自分で使ってみた感じ【流体魔道】の理論は相当難しいのでそう簡単に誰も彼もが使えるようにはならないとは思うが……。
だが、【流体魔道】の理論はまだ発見したばかりなのだ。これから先どうなるか分からない。
まずは自分が極めてみないと何とも言えないところはあるが、だからこそ【流体魔道】の理論を完全に確立するまでは迂闊なことはしない方がいいだろう。
その辺りのことを細かく説明すると、
「……わかりました。坊ちゃまがそのようにおっしゃるのならばわたしに止める権利はありません。しかし……僭越ながら申し上げますが、心配なさらずともその【流体魔道】の技術は坊ちゃま以外に扱えるものとは思えません」
「え?」
「そもそも普通の人には空気中にある魔力の流れなど見えないのです。わたしも見えません。それは恐らく自分の体内にある魔力が邪魔になっているからだと思われます。わたしも坊ちゃまの【流体魔道】の理論を聞いたからこそ出せた結論ですが……」
……なるほど。そういうことだったのか。
確かに極めて難しい技術ではあるものの、それでもこれまで一人もこの理論に至ったことがないのは不思議に思っていたのだが、それならば納得はいく。
この世界の住人は誰にでも多かれ少なかれ絶対に魔力を有している。むしろ魔力ゼロという俺こそが異例なのだ。
そして皮肉なことに、魔力がゼロだったからこそこの【流体魔道】の理論に辿り着けたということか……。
だが、そもそもどうして俺だけが魔力が無いのだろう?
今さらだがそのことを不思議に思った。
まあ考えたところで今すぐ答えが出るようなことでもないし、取りあえずは放置しておくしかない疑問だが……。心の片隅にはおいておくか。
とにかく、いずれにせよ俺の考えは変わらないのだが。
「オキクの言ってくれたことは恐らく正しいと思う。でも【流体魔道】の理論を完璧に立証するまではやはり他言は無用だ」
「……坊ちゃまはそれでよろしいのですか? もし坊ちゃまがその【流体魔道】で魔術が半永久に使えると知られるようになれば、この国で英雄扱いかそれ並みの待遇にもなることでしょう。少なくてもクウラ様から冷遇されることはなくなるかもしれません。わたしは……出来れば坊ちゃまが辛く当たられるところを見たくはありません……」
「オキク……」
さっきは俺の決定には逆らわないと言ってくれたが、それが本音だったのか……。
しかし……。
「オキク、ありがとう。僕のことをそんなに想ってくれて。でも、ごめん……」
「………」
「だけど約束するよ。僕は……俺はこのまま冷遇され続ける気なんてない。いつかオキクが誇れるような主になるって誓うよ。だから見ていて」
「坊ちゃま……」
「とにかく今は力を付ける。誰がどんなことをしてきても切り抜けられるように。大事な人たちを守れるように。そのために協力してくれ、オキク」
そう言って笑いかけると、オキクは俺の元へ跪いた。
そしてどこから持ってきたのか分からない一振りの刀を地面に置いて頭を下げる。
「このオキク、いついかなる時でも坊ちゃまのお力になります。この刀、『菊一文字』に誓って」
色々聞き逃せない単語もあったが、今はとにかくオキクのその気持ちが嬉しかった。
「でも良かったのかい? オキクは何か別に任務があってこの屋敷に忍び込んだんだろう?」
するとオキクは顔を上げて、
「はて、何のことでしょう?」
「いや、誤魔化さなくても俺はもう分かって」
「な・ん・の・ことでしょう?」
気付けば俺はオキクの鋭い視線に射抜かれていた。彼女の殺気のせいで体が動かないんですけど……。
マジで怖いよこの子!? さっき俺の力になるって誓ってくれた子と同一人物とは思えねえ!
まあ、彼女には彼女の暗殺者の矜持があるのかもしれないし別にいいか……今さらだとは思うけど。
これでも彼女は自分が暗殺者だってバレていないつもりでいるからな。意外とぽんこつなところもあって可愛いのだが、それで大丈夫なのかと心配にもなる。
まあいいか。いざとなったら俺がフォローしてあげよう。
そう思っていたら横からどすんと衝撃があった。
「ルナもにいしゃまの力になりゅ!」
何この子可愛すぎてもはや天使?
俺はルナの金色の髪を撫でながら、
「あはは、ありがとうルナ。兄様は嬉しいよ」
そう言ってお礼を述べたのだが、どうやら軽く流されたと思われてしまったらしく、ルナの頬は膨れていた。
「む~! ほんとうだよ!? ルナもにいしゃまの力になりゅの!」
どうやら彼女なりに本気でそう思ってくれているらしい。だから俺は彼女に向き直って正面から見つめ合った。
「うん、ありがとうルナ。もし兄様が困っていたら助けてくれるかい?」
「うん! 助けりゅ!」
「代わりにルナが困っていたら兄様が助けてあげるからね」
「うん! 約束だよ!?」
「ああ、約束だ」
俺はルナと小指を絡めた。
ルナは嬉しそうに絡めた指をぶんぶん振っていた。
俺には大事なものが二つある。
言わずもがなオキクとルナのことだ。
俺はこの時、あらためて強くなることを誓った。
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