第7話 進化する魔力ゼロ!

 あの後、俺が何も考えず魔術をぶちこんだ際の大きな音のせいで、何事かと思った家の者たちが集まって来て大変だった。

 俺はある理由からまだ自分が魔術を使えることは黙っていたかったし、どうせ言ったところで信じてもらえなかっただろうが、とにかく困った。

 すると気を利かしたオキクがこう言って誤魔化してくれた。


「すいません。手が滑りました」


 明らかに手が滑っただけで出来るような大穴ではなかったのだが、オキクは他の使用人たちから恐れられている節があるので誰も何も突っ込めなかったという。ただ釈然としない顔をしながらもみんなで後始末をしてくれた。

 それと叔父のクウラが現在、帝都の方に赴いており留守だったことは幸いだった。出来ればあの人に一番知られたくなかったからな。俺が魔術を使えることを。

 そんなわけで場所を移して魔術の練習を続けることにした俺は現在、空中庭園に足を運んでいた。

 偏に空中庭園と言っても本当に宙に浮いているわけではないが、たった四本の柱によってのみ支えられた屋敷の上に存在する庭園は空中庭園と呼ぶにふさわしい。

 複雑な魔術式によって重心をずらし、屋敷の上に建設することが叶ったまさに空中庭園である。

 こんなものがある場所は世界広しと言えど、このスカイフィールドと帝都の城だけらしい。

 これはあの叔父が造った庭園であり、あの叔父だからこそ造れた庭園である。

 少し複雑な気分ではあるものの、今はそれを利用させてもらおうと思う。この家に生まれたんだからそれくらい別にいいよね?

 この空中庭園には中央に広い芝生があり、そこではどれだけ魔術を使っても傷つかないように特殊な魔術が施されている。だから思う存分に魔術の練習が出来るというわけだ。

 ちなみに本当は地下訓練場があるのだが、そちらは他の魔術師たちが使っているのでやめた。理由は先程の通り、俺が魔術を扱えることはまだ誰にも黙っていたかったから。

 逆にこの空中庭園はスカイフィールドの一族とそれに認められた者しか入ることが出来ない。

 つまり叔父がいない今、この空中庭園には俺とルナと、俺の従者であるオキクしか入れない。

 そんなわけで先程の続きでオキクの魔力を使って魔術の練習をしていたのだが――


「……申し訳ありません、坊ちゃま。わたしの魔力ではこれ以上お役に立てそうにありません」


 オキクが非常に苦しそうな表情でのたまった。

 そう、調子に乗って魔術を使いまくった結果、オキクの魔力が尽きてしまったのである。

 実はオキクの魔力量は普通の魔術師に比べても多い方なのだが、それでも彼女は魔術師タイプではない。あくまで彼女の本業は暗殺者なのだ(本人は認めないが)。


「ですが、さすが坊ちゃまです。初めて魔術を使ったというのに、まさかあれほど強力な魔術をいくつも使えるとは……」

「にいしゃま、しゅごい!」


 そう言ってオキクとルナは褒めてくれる。

 確かに上級魔術をいくつか使ったが……実際のところ、自分ではそんなに凄いことをしている実感はない。

 何故なら俺は他の魔術師が使っていた魔術をただその通り真似しただけに過ぎないのだから。

 他人の魔力の流れを見られる俺にとって、それはそんなに難しいことではない。

 言ってしまえば他人の魔術をそのまま『コピー』している感じだろうか?

 それに加え散々魔術の本を読みまくったことから、その魔術式をどのようにいじれば他の魔術を撃てるのかも何となく分かる。速読も覚えて沢山の魔術本を読んだことは無駄ではなかった。

 そうだ。瞑想も合わせてこれまでやってきたことは全て無駄ではなかったのだ!

 そう思うと、もっと努力しなければという思いになってくる。もっと努力をして、もっと力を付けるのだ。

 だからもっと色々試してみたい……そう思って心が逸ったが、しかしオキクの魔力はもう無い。回復にはそれなりの時間が必要だろう。

 うーん、困ったな。さすがに幼いルナの魔力を使い過ぎるのは怖いし……。

 と、そこで俺はある考えに思い至る。

 ……そう言えば俺は他人の魔力だけでなく、空気中にある魔力の存在も感じ取れるのだった。


 だったら――その空気中の魔力を利用することは出来ないだろうか?


 俺は背筋がぶるりと震えるのを感じた。

 怖かったのではない。興奮したのだ!

 ……もしそんなことが出来るのなら、俺はとんでもない技術を得ることになる。

 何故なら空気中には無限とも思われる魔力があるのだ。だったらその魔力を使うということは、半永久的に魔術を使えることに他ならない。

 ――だが、そんなこと本当に有り得るのか?

 いや……いずれにせよ、とにかく試してみてからだ。

 俺は目を瞑ると、先程と同じ感覚で辺りの魔力の流れを『視始める』。

 いつもと同じように、確かに空気中にある魔力を感じた。

 ただ、その波長は先程オキクから感じた魔力の波長と比べると形容しがたいものだ。

 一言で言って、空気中にある魔力の波長は滅茶苦茶だった。人の中にある魔力のように一定の波長を保っているわけではなく、様々な波長が入り乱れている。

 ……これを制御するのは骨が折れそうだ。

 オキクから貰った魔力はそのまま使えば良かったが、しかしこれはそうはいかない。ばらばらな波長を一旦綺麗に整えてから体の中に取り込まないと、きっと魔力が暴走してしまう。

 俺は全身をアンテナにするような感じで、体中で辺りの魔力の取り込みを試みる。

 魔力の波長を整えながら少しずつ体内に取り込んでいく。

 少しずつ……少しずつ体内に魔力が満ちていくのを感じた。

 だが、魔力の波長を整え切れず、これ以上取り込んだら危険であると直感した。

 俺はギリギリのところで魔力をコントロールしながら右手を前に出す。

 そして先程と同じ風の魔術式を構築する。

 緑色の魔方陣が現れるが、その光は先程と比べると弱々しい。

 だが……。


「風よ! 我が敵を穿て!!」


 魔方陣から放たれた空気の塊は空中庭園の地面を穿った。

 その威力も先程と比べるまでもなく弱かった。ちょっと強めの突風が吹いたくらいだ。

 しかし……成功した!

 俺は『空気中の魔力を取り込んで魔術を使う』ことに成功したのだ!

 見ればオキクが呆気に取られている。


「坊ちゃま……今のはどうやって魔術を使ったのですか?」

「空気中にある魔力を利用したんだ」

「空気中にある魔力を……? そんなことが……」


 おお、あのオキクが驚いた顔をしている。

 俺は結構すごいことをしたのだと実感した。

 まあ実際は自分が考えているよりもずっとすごいことをしていたわけだが、俺はとにかく魔術を自由に使えるようになったことへの喜びの方が勝っていた。

 それに威力こそ弱かったものの、これで俺は魔力の消費なしに魔術を使える方法を確立したことになる。

 つまり半永久的に魔術を使えるようになったのだ!

 これは実際、大変なことだと思う。


「やはり坊ちゃまは天才です。いえ、もはや天才などという言葉でさえ生ぬるいでしょう」

「にいしゃま、しゅごい!」


 驚愕しながらも笑みを向けてくれるオキクと、やはり純粋に褒めてくれるルナ。

 やばい……人に褒められるのってこんなに気持ちいいのか。前世ではもはや褒められた記憶すらなかったので知らなかった。

 よーし! もっと努力してもっと褒めてもらおう!

 俺は決意を新たにした。

 ただ、まだまだ問題はある。

 半永久に魔術を使えるようになったとはいえ、今のままでは弱い魔術しか使えない。

 まずは空気中の魔力を体内に取り入れて魔術を行使する方法をもっとスムーズに行えるようにしなければならないだろう。

 そうすることによってより大きな魔力を自由に扱えるようにするのだ。

 俺の見立てだと空気中の魔力を扱う方法は、体内魔力を扱う方法の十倍は難しい。

 つまり常人の十倍は魔力のコントロールを極めなければならないということだ。

 しかし……やってやる。

 むしろ今までよりさらにワクワクしていた。

 やっと魔術が使えるようになったのだ。後は努力すればいいだけなのだから!

 それに俺だけが半永久的に魔術を扱えるかもしれないと思うと、さらに気分は高揚した。

 ――絶対にこの方法を極めてみせる。



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