第6話 魔術が使えた!
俺は四歳になった。
あれから二年――ずっと瞑想を続けているが未だに何の成果もない。
全く魔力が発露する気配はないし、当然魔術など使えようはずもない。
ただ、自分の魔力に関しては全く何の成果もなかったが、『他の魔力の流れ』は大分見えるようになっていた。
ひたすら瞑想して魔力の流れを探った結果、空気中にも微細な魔力が流れていることに気付いたのである。
まあ、今のところ「だから何?」と言った感じなのだが……。
あとは『他人の体内にある魔力の流れ』も見えるようになっていた。
この家にも叔父の配下である魔術師が何人か滞在している。そういった者たちが魔術を使う様子をこっそり眺めていたのだが、今ではハッキリと魔術を使用する際の魔力の流れを理解出来るようになっている。
つまりあれと同じように魔術を使えばよいだけなのだから、自分の体内に魔力さえあれば俺はいつでも魔術を扱える状態といえた。
だから最近では毎日こう思っている。
ああ、魔力さえあれば今この時にも魔術を使えるのに! と。
何ならこの家に滞在している魔術師たちが使う魔術くらいはもう全て使えると思う。いや、図書室の魔術本を読み漁った今では彼ら以上の魔術でさえ扱えるかもしれない。
そう、魔力さえあれば!
ただその一点が俺にとって何よりのネックになっていた。
はぁ……魔力さえあれば……。
もはや何度思ったかもしれないその思いに俺はため息を吐く。そう言えばため息を吐くのも何度目だろう……。もはや数えきれないな。
俺が忸怩たる思いに唸っていると、俺の部屋に明るい声が響き渡る。
「にいしゃま~!」
俺は瞑想をやめて目を開ける。
見れば入口のところに一人の女の子が立っていた。
それは今年で三歳になる俺の妹――ルナ・ベル・スカイフィールドだった。
そうである。あの叔父がどこからか拾ってきた子だ。
「にいしゃま~!」
ルナは俺を見つけると、トテトテと近寄ってきて抱き着いてくる。
ちっちゃなツインテールにした金の髪が俺の鼻をくすぐった。
首を上げて俺の顔を覗きこんでくると、にぱっと可愛らしく笑う。
その極めて整った顔にある碧の瞳が、光を反射して俺の顔を映していた。
たった三歳にして将来、絶世の美女になることが約束されたかのような幼女。それが妹のルナである。
別に何か特別なことをした記憶はないのだが、何故かルナは最初から俺に妙に懐いていた。
ちなみに妹が初めて覚えた単語は「兄しゃま」だった。可愛すぎ。
俺、この子を溺愛する未来しか見えないわ。
「にいしゃま、なにしてたの?」
「いつもみたいに瞑想だよ」
「そっかー」
理解しているのかどうか分からないが、ルナは取りあえず頷いていた。
「ごめん、ルナ。もう少し瞑想したいから今は遊んであげられないんだ」
「ルナもめいそうしゅるー」
そう言って俺の答えを待たずに隣で俺と同じポーズを取るルナ。
可愛すぎ!
ただ、純粋に可愛いとばかり思えない理由があった。
彼女は本当に瞑想し始める。するとすぐに彼女の体内でとんでもない量の魔力が渦巻き始めるのを感じた。
その魔力量は既にこの屋敷にいる誰よりも優れていた。叔父以外の、ではあるが。
……これが才能か。さすがにあの叔父がわざわざどこからか連れてきただけある。
ルナは生まれ持った魔力量だけではない。俺の真似をして瞑想するようになってから、あっという間に魔力の流れをコントロールできるようになっていた。
俺が見るに、魔力コントロールに関しても既に大人の魔術師顔負けのレベルに達している。
誰よりも才能のあるルナがこの歳から俺と同じ努力(本人は遊んでいるだけのようだが)をしているのだ。そりゃこうなるか……。
出来れば大量に読み込んだ魔術蔵書の知識を彼女に与えてやりたい。俺が効率よく教えてやれば、いずれ彼女はあの叔父をも超える大魔術師になれることだろう。その自信はある。
だが、その前に俺も少しくらい魔術を使えるようにならないとカッコつかないなぁ。
どうにかならないものだろうか?
「にいしゃま、どうしたの?」
気付けばルナが瞑想をやめてこちらを見ていた。どうやら俺が悩んでいるのを感じ取ったらしい。
「俺もルナみたいにたくさん魔力があったらな~って、そう思ってたんだよ」
やや自嘲気味にそう言うと、しかしルナは別のところに感心した。
「にいしゃま、ルナの魔力が分かるの? にいしゃま、しゅごい!」
「あはは、別に凄くないよ。他の人の魔力や空気中にある魔力の流れは分かるけど、自分に魔力がなければ魔術は使えないんだから」
と言ったところで三歳のルナにはまだ意味は理解出来ないだろうな。
そう思っていると、ルナがこんなことを言ってくる。
「ほかの人の魔力流れまで分かりゅの? にいしゃま、しゅごい! だったらそれを使ったらいいんだよ!」
「あはは、何言ってんだよ。そんなこと出来るわけが……」
俺はハッとする。
ルナはきっと何も考えないで言ったに違いない。だが、俺は天啓を得た気持ちになっていた。
――他人の魔力を使う? そんな発想、今まで考えたこともなかった。
確かに普通だったらそんなこと出来るわけがないと思うし、実際、他の人の魔力を利用するなんて話は聞いたこともない。
だが……何となくだが、本能的に俺はそれが出来そうな気がしていた。
これまで散々瞑想してきて培った魔力の流れを読み取る力……ハッキリと魔力の流れが見えるようになった今、直感はそれが出来るかもしれないと思わせている。
もはや論より証拠だ。ちょっとやってみよう。
そうだ。試してみるだけならタダなんだし。
ただ、いくら大量の魔力を持っているとはいえ、幼いルナの魔力で試すのは気が引けた。
ここはオキクに協力してもらおうかな。
「オキク、いるかい?」
「はっ、ここに」
天井裏からシュバッと降りてくるオキク。忍者かな?
この子、最近だんだんと自分が暗殺者であることを隠さなくなってきたな……。まあ、それでも口では絶対に認めないけれども。
そんなオキクを見てキャッキャと喜んでいるルナに癒されつつ、俺は口を開く。
「オキク、頼みがある」
「坊ちゃまの頼みごとをわたしが断わるはずがございません」
この子は……。
「ありがとう、オキク。ならば頼む。魔力を貸してくれないか?」
「……は?」
さすがのオキクもすぐには理解出来なかったか。
そこで俺はたった今自分が思い付いたことを詳しく説明する。
すると、
「……そんなことが可能なのですか?」
「まだ分からない。だからこそ試してみたいんだ」
「……分かりました。そんなことが出来る話など聞いたことがございませんが、もしそれで坊ちゃまが魔術を使えるようになるなら、わたしは……」
オキクは強い眼差しで俺を見つめてくる。
俺が魔術を使えるようになることを誰よりも望んでいるのは彼女だ。だからやっぱり俺は魔術を使えるようになりたかった。
別に失敗してもいいんだ。とにかくやらないで後悔するよりは、やって後悔した方がいい。俺は前世でそれを嫌になるほど学んだのだから。
やれることは全てやる!
決意を新たにしてオキクと向き合う。
「じゃあ、手を貸してくれるかい?」
「はい」
オキクは手をこちらに伸ばしてくる。俺はその手を取った。
そして深呼吸を一つ入れる。
さあ、やってみようではないか。
ただ、俺は魔術を使ったことがない。ましてや魔力を直に感じたことなどない。
しかし散々魔力が使われるところを見てきたおかげで、どうやって魔力を使ったらよいのかということは既に理解している。
魔術師が魔術を扱う際は、己の体内魔力を体外に放出して魔術を行使する。
だからこそ、理論上はその魔力を俺の体の中に移すことも可能なのではないかと思う。
ただし、魔術師の魔力の波長はそれぞれ個体によって違う。
まずはオキクの魔力の波長を感じ取り、それに合わせるようにして彼女の魔力を見定めた。
オキクの魔力は刃物のように鋭く、しかし聖母のように優しい。まるで彼女そのものだ。
そのオキクの魔力を掴むようにして魔力コントロールを試みる。
「ん……」
オキクが小さく声を上げる。
……出来た。俺は今、彼女の中にある魔力を動かしている。
それをゆっくりと俺の体へと移していく。
……オキクの魔力が俺の中に入ってくる。
今だから分かる。自分の体内魔力がゼロだからこそ他人の波長の魔力をすんなり自分の体内に入れることが可能であることを。
体の中に入って来たオキクの魔力を操り、今度は魔術の行使を試みる。
この屋敷内で散々見てきた風魔法を使ってみよう。散々見てきたからこそ風魔法の魔力の流れは覚えている。
オキクの魔力の波長はあまり風魔法には適していないようだが、この際別に構わない。今回は取りあえず魔術を撃てればそれでいいし、それくらいは問題なく出来そうだ。
俺はオキクの手を繋いでいない方の手を前に出す。
その手の平に魔力を集中していく。
そして風の魔術式を構築した。
すると手の平の前に緑色の魔方陣が展開される。
――いける……!
「風よ! 我が敵を穿て!!」
俺がそのように叫んだ瞬間、魔法陣から風の魔力が迸る。
風の塊は緑色の魔方陣から押し出されるようにして飛び出し、そのまま手前にあった壁を貫いた。
空気砲が壁を破壊した凄まじい音が響き渡る。
土煙が晴れると、破壊された壁の向こうに隣の部屋が見えた。完全に壁を貫いていた。
……成功した……。俺の風魔法が目の前にある現象を引き起こしたのだ。
俺は魔術を使えたのだ!
俺は未だ信じられない想いを抱いたまま、オキクとルナの二人に顔を向ける。
オキクは目に涙を滲ませていた。
「さすが坊ちゃまです」
そう言って笑ってくれた。涙を浮かべたまま。
「にいしゃま、しゅごい!」
ルナは純粋に褒めてくれた。しゅごい、しゅごいと連呼してくれる。
俺は何よりも二人に認めて貰えたことが何よりも嬉しかった。
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