第2話 転生
目を開けるとそこは見知らぬ天井だった。
……どこだ、ここは?
……というか、生きてる?
目覚めたばかりなのに不思議と頭は覚醒しており、大型トラックに跳ねられた時の感触がついさっきのことのように蘇ってくる。
だからこそ思った。とても助かるような傷ではなかったのに、俺はどうして生きているのだろうか、と。
取りあえずここがどこか確かめよう。そう思って起き上がろうとしたのだが――
体を思うように動かせず、その場から起き上がることが出来ない。
あ、あれ? おかしいな。
俺はもう一度起き上がろうとするが、一ミリも体が浮かび上がらない。
それどころか手や足も思うように動かせない。
俺はゾッとした。
も、もしかして寝たきりになっている……?
う、嘘だろ? だ、誰か……。
しかし叫ぼうと思っても「あー」とか「うー」とかしか声が出ない。
……まさか言語機能が壊れたのか? そう思うとますます怖くなった。
勝手に涙が溢れてくる。そして声を上げて泣いた。
……え? おいおい、ガキじゃあるまいしいくらなんでもこれはないわ。頭では冷静にそう考えているものの、しかし本能は思考とは別に声を上げて泣くことを求めている。
俺は自分の意思とは裏腹に大号泣しながら思った。
……俺の体は本当にどうなってしまったんだ? もしかして感情機能もぶっ壊れてる?
ますます怖くなってさらに声を上げて泣く俺。
すると一人の女性が俺を見下ろすようにしてヌッと現れた。
その女性は見た目、年の若い少女だ。
しかもかなり可愛い。
艶のある黒い髪を後ろで束ねたいわゆるポニーテールという髪型をしており、服装はメイド服の様な物を着用している。いや、まんまメイド服か。頭部にはホワイトブリムも乗っている。
歳の若さを感じさせるような瑞々しくも絹のように滑らかで白い肌。
ぱっちりとした目は吊り上がり気味で、能面のような表情をしているので冷たい印象を受けるが、しかし俺を見下ろしているその黒い瞳は温かい。
愛嬌こそないものの、そんじょそこらのアイドル顔負けの容姿をした十五歳くらいの美しい少女。
俺の人生とは無縁のそんな見目麗しい少女が一体何の用なのかと思っていると、何と彼女は俺の体を抱き抱えたではないか。
……バカな! 有り得ない。俺の体は一般的な成人男性のそれだぞ!? とてもではないが少女の華奢な腕で持ちあがるはずがない。
……でも、あれ? なんか俺の体、彼女の腕の中にすっぽり収まってない?
というか俺の体のサイズ、小さくなってる……?
その少女はまるで赤ん坊をあやすようにして俺を抱えながら背中をぽんぽんとリズミカルに叩いてくるが……おや? もしかして実際にあやされているのか?
ここに来てようやく俺は自分の身に何が起きているのか何となく理解しつつあった。
……俺、赤ん坊になってる?
………。
えええええええええええええええええええええええっ!?
俺は内心で絶叫したが、しかしそう考えると色々としっくりくる。
そもそも俺は助かる傷ではなかったし、体が思うように動かせないのも喋れないのも赤ん坊の体なら納得出来る。
まさか……ということは俺、生まれ変わったのか?
転生ってやつ?
ウソだろ? こんなこと実際に起きるの?
俺は混乱する頭をどうにか抑えながら、さらに辺りの状況を確認する。
少女に抱かれたおかげで周りが見やすくなったのだが、どうにも不思議な内装の部屋だった。
俺が住んでいたアパートの部屋のゆうに五倍は広いその部屋の床は大理石で出来ており、赤ん坊の俺が落ちても大丈夫なように高級そうなふわふわの絨毯が敷き詰められている。
右の壁の中央には立派な暖炉が火を灯していた。
壁にはいくつもの絵画が飾られていて、意匠の凝った高級感あふれるダッシュボードの上にはこれまた高そうな壺がずらり。
一昔前の欧州の貴族の屋敷みたいな造りの豪奢な部屋。
それに先程からメイドの恰好をした少女が何か喋りながら俺のことをあやしてくれているのだが、その言葉が一切聞いたことがない言語だったりする。
間違いなく日本語ではないし、英語でも中国語でもない。多分ドイツ語でもスペイン語でもないし、そもそもラテン語の系統ではない。
かと言ってハングル語でもないし、恐らくアラビア系統の言葉とも違う気がする。
………。
これはあれか? もしかしてだけど――
異世界では?
いや、待て。そう決めつけるのはまだ早い。まずは色々と調べてみた方がいいだろう。
と言っても赤ん坊なので自由には動けないんだけど……。
俺を抱いてくれているこの女の子が外に連れて行ってくれたらもっと色々と判明するのだろうが、いかんせん俺はまともに喋れないし、喋れたところで言語を理解出来ないと会話にならないだろう。
うん、とにかくまずは言語を覚えなければならなさそうだ。
差し当たっての目標を決めると、これから先しばらく俺は少女の発する言葉に注意深く耳を傾けることにした。
しかしすぐに問題が発生する。
……腹が減った。
だが参った。なにせ俺は喋れないのだ。喋れなければ「お腹が空いた」と言うことすら出来ない。
するとどうだろう。せっかく少女があやしてくれたことによって泣き止んでいたというのに、俺の体が本能の赴くまま再び泣き出そうとしていた。
というか泣き出した。赤ん坊の本能がそれを求めているかのように。
おら、とっとと母親を連れてこいや! 赤ん坊の体がそう言っていた。
まあ、実際そんな乱暴な言い方をしているかどうかはおいといて、本当にお腹が空いてどうにもならない。
するとそれを理解したのだろうか、少女がとんでもない行動に出る。
なんと目の前の少女は自らの胸元をはだけさせたではないか。まるで自分のおっぱいを吸えと言わんばかりに。
ちょ、ちょっと待て。目の前の少女はどう見ても十代半ばだ。とても子供がいるようには見えないし、実際赤ん坊である俺の本能はこの子が自分の母親ではないということを直感していた。
つまり俺の目の前で年端もいかない可愛い少女がただ胸元をはだけさせている状態。
いや、赤ん坊だから別にいやらしい気持ちにはならないが、日本で培った倫理観がそれをタブーだと訴えていた。
ただ、あろうことか赤ん坊の本能は目の前の少女の胸に吸い付きたがっていた。ダメだと頭では思っていても、体が本能に従ってどんどん少女の胸に近付いていく。
いや、ダメだろ……でも吸いたい!
あ、もうどうにもならへん。
結果、吸った。
少女の胸は年相応でそこまで大きくないのでかなり吸いづらかったが、しかし驚いたことにちゃんと母乳は出ている。
赤ん坊の本能は本能の赴くままに少女の貧乳を貪っていた。
少女はただ愛おしそうに俺のことを見下ろしている。
うん。俺は罪悪感でいっぱいだった。
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