【ゼロの賢者】の逆転無双!! ~魔力がないので追放されたけど、魔力なしで魔術が使える最強賢者になりました~

よーみ

第一章 スカイフィールド編

第1話 転生前の俺

 はぁ……イヤになる。


 客が持ってきたレンタルDVDのバーコードに、バーコードリーダーの赤いレーザーを当てながら俺は思った。


 ピッという音と共に商品の内容がレジに読み取られる。


 最近無人レジというのが導入されたのだが、それを面倒くさがったり使い方を理解出来なかったりする客はまだまだこちらの有人レジの方に流れてくるのだ。


 無人レジの導入によりスタッフの数は大胆に減らされたのでむしろ人手が足りない。


 現に今も返却カウンターの方で喚き散らしている客……いわゆるクレーマーの対応が出来ていないでいる。



「おい! いつまで待たせんだよ!」


「……申し訳ありません。少々お待ちください」



 手が足りていないのは見れば分かんだろうが! そう思いつつも相手は「オキャクサマ」なので何も言えない。


 しかし相手にとっては関係ないのだ。そいつはこれみよがしに「チッ!」と大きな舌打ちを店内に響かせた。


 そんなことをすることに何の意味があるのか? こちらを焦らせたところで自分への対応が遅れるだけだし、こちらを不快にさせてもいいことは何もないと思うのだが……。まあ、それが理解出来ないからクレーマーなのだろうけれども。


 とにかく出来る限り急いでレジの前に並んでいた客たちを捌き、しばらくしてから返却カウンターの方へと足を向けた。



「すいません。お待たせいたしました」


「おせーんだよ!!」



 そいつが手に持っていたDVDを投げつけてくる。俺はとっさのことで受け切れず、DVDは俺の肋骨の辺りに当たって地面に落ちた。滅茶苦茶痛い……。


 いや、待て。普通に暴力事件だと思うんだけど……そう思いつつも、しかしこの程度では何も言えないのが俺の今の立場だった。忸怩たる思いを抱えながらも甘んじて受けるしかない。



「……本当に申し訳ありませんでした。それで、どうしましたでしょうか?」


「どうしましたかじゃねーんだよ! そのDVD見れねーんだよ!」



 ……は?


 そんなことでここまで怒るか?


 俺は呆気に取られながらも一応そのクレームの内容を確認する。



「それはつまり、このDVDが途中で見られなくなってしまうということでしょうか?」


「だからそう言ってんじゃねーか! 頭わりーな、お前!」



 そんなこと一言も言ってねえじゃねえか!? こっちは確認の意味を込めて聞いてんだよ! 頭悪いのはテメーだろ!!


 ……と言いたかったが、もちろん口が裂けてもそのようなセリフを口には出せなかった。


 確かにこういった内容のクレームはたまに受けるし、途中で見られなくなってしまった苛立ちは理解出来なくはない。


 しかし、だからと言ってここまでの態度を取る必要はあるだろうか?


 とどのつまり相手はこちらを弱者と見ていたぶっているだけなのだ。俺が何も言い返せない立場であることを分かった上で自分のストレスのはけ口にしているのだ。


 ……ああ、理不尽。本当に理不尽な世の中だと思う。


 その後どうにか手早くそのクレーマーを対処するべくあの手この手を尽くしたが、そいつは中々その場から引こうとはしない。本来は無料レンタル券を一枚渡すべきところを二枚、三枚と提示してもそいつの『口撃』は一向に収まらない。


 どう見てもそいつは俺をいじめることに愉悦を感じており、しかもその間にレジに他の客の列が出来ていて、俺に向かって苛立たしげな視線を向けてくる始末。


 ……ちょっと待て。悪いのは目の前にいるこいつじゃね? 俺は精いっぱい対応しているのは見て分かるよな?


 でも結局は立場の弱い俺に文句を言った方が早いもんね。目の前にいる面倒くさいこいつに絡まれたくないから、俺に当たった方が早いもんね。


 はぁ……本当になんて理不尽な世の中だろう。


 ちなみに店員はもう一人いるのだが、面倒くさいのか気付いていないのかやってくる気配がない。いずれにせよ同僚にも恵まれていなかった。


 結局俺が全ての苛立ちと悪意を一身に受けることになった。



 ***************



 はぁ……疲れた。


 ようやく仕事を終えた俺は帰り道の途中でため息を吐いた。


 あれだけ働いてたったの6400円の稼ぎか……。しかもそこから税金が引かれると手取りはさらに少ないし……。


 俺はもう一度深いため息を吐いた。


 ……どうしてこんなことになってしまったのだろうか? 


『こんなこと』とは、現状の俺の状況についてだ。


 現在、俺は39歳フリーターである。


 いい歳して定職には就いていない。


 もちろん彼女なんていないし、それどころか貯金もろくにない。


 レンタルビデオ屋でバイトをしながらのその日暮らしの生活。アパートの家賃と光熱費、食費を払ってしまえば後はほとんど残らない。趣味のパチンコやゲームなどにお金を使ってしまえばそれで終わり。


 ストレス発散のためにパチンコでお金を擦り減らし、カップラーメンをすすりながら無料アプリゲームをする惨めな生活。


 しかし――俺とて最初からフリーターだったわけではない。きちんと就職していたのだ。


 だが、その就職先がいわゆるブラック企業だった。


 働き方改革やらなんやらで一部の上場企業はホワイト化しているようだが、俺が務めていたような中小企業はその枠に当てはまらない。


 俺は営業部に勤めていたのだが、年功序列制だったその会社では数字を取ったところで褒められるだけで終わり。実際はあまり評価されず、それどころか「今年これだけ数字を取れたんだから来年はもっといけるよね?」と予算を大幅に増やされる始末。


 そして、その大幅に増やされた予算をクリアできないと滅茶苦茶叱られるという理不尽。


 しかも古いしきたりのある会社だったので、先輩や上司が帰るまでは後輩は帰宅することが出来ず、とっくに仕事は終わっているのにだらだらとくっちゃべっている先輩を待たなければならないなんてこともザラにあった。


 一応成績を上げれば将来的に労働組合側から会社側の管理職に出世は出来るものの、その管理職はそこまで給料は上がらない上にやたら責任だけは重くなるというものに過ぎない。


 一体どうしろっちゅうねん。


 まあ結果として辞めるしかなかったというわけだ。辞めるという一言を述べることさえかなりの勇気がいるほどのブラックな会社だった。


 そして――辞めて正解だったかといったらそうでもない。


 会社を辞めたのが34歳の時だったのだが、中々次の再就職先が見つからず、気付けば転職のボーダーラインと言われる35歳をとうに過ぎており、さらに気付けば今の39歳フリーター生活だったというわけだ。


 泣きたくなる。


 いや、泣いて解決する時期はもうとっくに終わった。


 今あるのは絶望だけだ。


 今日の夕飯のノリ弁当と一本の缶チューハイが入ったコンビニ袋を下げて歩いていると、胸の内からどうしようもない虚しさが込み上げてくる。


 ……なんでこんなことになってしまったのだろうか?


 ああ……あの時もっとまじめに勉強しておけば、もっと道は違っていたのだろうか?


 最近はいつもこうだ。


「どうしてあの時こうしなかったのだろう」「ああしなかったのだろう」という過去を振り返る後悔ばかりが湧いてくる。


 ……もしも、もう一度人生をやり直せたら。


 今度は真面目に努力するのに……。


 その悔恨の念をここ最近だけで何万回抱いたか分からない。


 血を吐きそうな錯覚すら覚えて、トボトボと自宅に向かって大通りの歩道を歩く。


 そんな時――ふと、一匹の黒猫が目の前を横切った。


 こんな大通りの側で危ないな、と思えたのは一瞬。


 裏路地から出てきたその猫は俺が何を思う間もなく車道に飛び込んだ。


 そいつは子猫だった。だから世の中の危険なんてまだ知らなかったに違いない。


 ただ、その子猫が間もなく車に轢かれ死んでしまうことだけは明確だった。



「バカ野郎!!」



 誰とはなしに毒づきながら、俺の体はとっさに動いていた。


 コンビニ袋を投げ捨て、とっさに車道に飛び出すと、きょとんとした顔の子猫を抱き抱え、すぐに歩道の方へと投げ飛ばした。


 子猫がどうなったのか確認する間もなく、クラクションの音が鳴り響く。


 ハッとする。


 大型トラックが目の前まで迫っていた。


 どう見てもすぐに止まれそうな感じはない。


 身を硬くする間すらなかった。


 大型トラックのグリルが目前に迫り、気付けば俺の体は宙に舞っていた。


 意外と長く感じた滞空時間が終わると、俺は地面を転がる。


 何故か痛みは無かった。


 しかし早くも遠のきかけている意識と、辺りに広がっていく大量の血。


 ――ああ、これは死ぬな。


 俺は漠然とそう思った。


 歩道の方を見ると先程助けた子猫と目があったが、びっくりしたのか子猫はすぐに逃げて行った。


 それを見て俺は思う。


 ああ、よかった、と。


 見たところ怪我もなさそうだった。これからはどうか気を付けて欲しい。


 そして頑張って生きて欲しかった。俺の分まで……。


 しかし、本当に何もない人生だったなぁ……。


 もしも生まれ変わることがあったのなら、今度こそ絶対に努力しよう……。


 そんなことを思いながら、俺は静かに息を引き取った。



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