藍色の夢(八)

「もしかしたら、あなたの考え方は、前世のあなたに似ているのかもしれないわね」

「……彼女に、でございますか……?」

「えぇ。彼女の場合は、ひとりで生きてきたがゆえの、自立心だったのでしょうけど」

「……ひとり……」


 ……あぁ。たしかに彼女は、ひとりだった。産まれてから事故にて早世するまで、ずっと。だからこそ、雪に倒れた彼女が虚空に見たのは〝唯一の拠り所〟だった。

 藤原行成ゆきなり卿の敬慕文けいぼぶみ

 あの巻子本だ。

 彼女が幸せそうに微笑んでいたのは、行成卿の書を見つめていた時のみだった。

 おそらく彼女は、わずかでも誰かの負担になることを厭うたのだろう。ゆえに人と距離をとり、孤独を選んだ。あたたかな家庭への憧れを、心の奥底へと封じ込めながら……

 たしかに、そのようなところは私と似ているのやもしれぬ。


 少しずつ、私の内を荒れ狂う波が収まっていく。

 早鐘を打つ心の臓を落ち着かせるため、深く息をついた。


「……私が、この世界に違和感を覚えたのは……」


 神使の方を見つめる。


「彼女の記憶に、よるものだったのでございますね」

「そう。あの巻子本への想いが強すぎて、前世を置いてくることができなかったのね。彼女の魂を抱えたまま、あなたはこの世界に生まれたの。……ここは、彼女が知る〝平安時代〟とは、似ているけど違う世界よ」

「違う……世界」


 建築様式の融合された邸も。

 世紀を越えた書物や食物、植物なども。

 〝平安時代〟ではないがゆえに、存在すると……


「しかし、時間軸の問題がございますが……」


 作物はともかく、菜根譚の作者の方は、みんの時代を生きたはずだ。十六世紀に著されたものが、十二世紀にあるというのは……


「そこは、考えないほうが良いかもしれないわね。『ここは、そういう世界』と受け入れたほうが楽よ。でないと、堂々巡りになるから」

「……承知いたしました」


 得心しかねるところはあるが、今は胸に収めるほかなかろう。他にも訊ねたいことがあるのだ。


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