~理解~3


ジリリリリリリリリ!

(あーもーうるっさい!)

ガン!

目覚ましを拳で止める。朝から下腹部に激痛が走る。半身を起こすと少し目も眩んだ。

(あー最悪だ。女子ってほんとーにめんどくさい。)

部屋の温度が寒いためか痛みがチクチクと突き刺さる。

お腹を擦りながら洗面具を持ち部屋を出る。

(そう言えば相田今日も早く来ないかな。そうすればお礼を言えるのに。)

私がこの早い時間に身支度をしているのがいけないのだが誰も来ることはなかった。

みぞおちにカイロを貼り憂鬱な気分で寮を出る。

いつものように美代子さんと挨拶を交わし、旅館に着いてからは常田さんに会う。


「おっす!おはよう!」


常田さんは特に昨日の私の態度を気にする様子はなくいつも通り挨拶をしてくれる。

昨日の雅人の言葉を思い出し実践してみようと思う。


「おはようございます。昨日はあんな態度をとってしまって申し訳ありませんでした。以後気を付けます。それと、みんなに話してくれてありがとうございます。」


私は非礼のお詫びとお礼の言葉を述べて一礼した。


「ハッハッハ!いやぁ固い固い。前から言おうと思ってたけどそんなにかしこまらないでよ。昨日は俺も悪かった。真面目に話してるのにちゃかしてごめんな。」


「いや、私が冗談通じないだけです。昨日私が帰る直前に相田さんが後を追って来てくれて、無事代わっていただけるようになりました。」


常田さんは満面の笑みでグーサインを出す。


「よかったな蓮実ちゃん!あーでも一応千佳ちゃんにはもう一回きちんとお礼言った方がいいかもな。シフト表見ればわかることだし恩着せがましくなるから言いにくいけどあの子十一日入るとその日から六連勤だからさ。」


え?

なぜそこまでして代わってくれたのかやはり疑問になってくる。


「本当ですか?最悪だな私。」


「いやそんなことはないよ。俺も辛くないか?って聞いたんだけどそんなことどうでもいいって様子だったよ。昨日事務所でこの話を聞いた瞬間に部屋を飛び出したからねぇ。」


やっぱり相田さんに直接聞きたい。


「なんで、だろう。」


疑問は更に積もる。


「本人に聞いてみれば?今日は来ないけどね。明日も明後日も来ない気がする。」


ん?急にそんな休みが続くことってあるのだろうか。


「希望休ですかね。相田さんがそんなに休むの珍しいと思いますけど。」


常田さんも腕を組みながら少し悩んでる様子だ。


「う~ん。詳しいことはまだわからないけど今日の朝突然休むって連絡が来たらしいよ。美代子さんが言うにはここのトップの利照さんから直々に言われて許可も得てるらしいから公休扱いになるんじゃないかな。」


いやだとしたら美代子さんはどれだけ早起きなんだ。


「そうですか。じゃあしばらくお礼は出来そうにないみたいですね。」


私は肩を落とした。


「次会った時でいいんじゃない?それと寮も一緒なんだから気が向いたときに部屋に行けば会えるさ。さてっと、今日も頑張ろうかな。」


常田さんは肩をグルグル回しながら従業員入口に向かっていく。

(そうか。機会はここだけじゃないか。病院から戻ったら部屋に行ってみよっと。)

私も常田さんの後を追いロッカーに向かう。

ロッカーで着替えようとしてると腹部に激痛が走る。こうなったときはトイレでうずくまるしか解決策がない。着替えもままならないまま急いでトイレに駆け込む。

一端の落ち着きを得た私だが、誰かがトイレに入ってくるので出られなくなった。


「聞いた?千佳が六連勤になったって話。」

「あたしその場にいたよー。なんかその話聞いたらちーちゃんが走って追いかけてってさー、びっくりしたよ。」

「なんであんなやつの為に代わるんだよ千佳は。休み取るの忘れるとか自業自得だろ。」

「まーねー。弟さんのこともあるのにさー。大変だよねー。」

「千佳はあたしたちが守ってやればだいじょ...。」


女達は出ていった。

朝から胸糞悪い話を聞いて更にテンションが下がった。

(あーマジで無理。雅人のようにはいかないよ。)

そこからは死んだように仕事をした。

やっぱり私には器用に人付き合いをするなんてことはできなさそうだ。

嫌いな奴は嫌い。でもその中間にいる人もいる。それをわかっただけでも私には収穫だった。

仕事中も私の持ち場はスムーズに行かず、結局帰るのが遅くなってしまった。

もちろん誰か助けに来ることもない。

タイムカードを押すために事務所に入る。すると坂上さん、斉藤さん、常田さん、美代子さんがただならぬ空気で向き合っている。


「あ、すみすみお疲れ様!お仕事残ってたんだね。手伝ってあげられなくてごめんね!」


斉藤さんは申し訳無さそうな顔をして手を合わせながら言う。


「蓮実さんお疲れ様。残ってるか把握できなくてごめんなさい。」


私服姿の坂上さんが腕を組みながら気遣ってくれる。


「いえ、全然大丈夫です。私の要領が悪くて遅くなっただけなので。」


「長尾様。どこか体調が悪いのですか?朝から少し顔色が優れないようですが。」


なんという洞察力だ。美代子さんに隠し事は出来そうにない。


「あぁ、今日は初日でお腹が痛いだけです。大したことじゃないので大丈夫ですよ。」


「あー生理か!女の子って大変だよなー。」


常田さんは女子四人からの白い目を浴びる。

(この男はデリカシーをどこかで捨ててきたのかな。)

すぐ隣にいた坂上さんがものすごい早さで常田さんの頭にチョップをする。


「いってー、姉(あね)さん力強すぎっすよ。...ちなみにさっきの話...どうします?」


また四人で顔を合わせる。

私は突然のことなのでキョトンとする。


「そうね。いずれは言わなければいけないことだし、最近蓮実さんは相田さんとも関わりがあったのよね。なら話した方がいいかも知れないわ。」


いつも以上に坂上さんが真顔になる。

私は一応の心構えをした。


「今日休んだ相田さんのことでちょっとね。」


斉藤さんのマジな顔を初めて見た。明らかに顔つきが違う。


「相田さんには歳の離れた弟さんがいてね。その弟さんが昨日の夜にお亡くなりになったのよ。」


坂上さんが続けた。

相田さんに弟がいたのは初耳だ。最近関心があるからか少し心臓の鼓動が早くなる。


「小学生ですって。早すぎるわよね。町にある天台病院で幼い頃から闘病生活を送っていたそうよ。とても残念だわ。」


天台病院はみどりが入院しているところだ。

(ん?ちょっと待って。)


「弔いで数日休むそうよ。相田さんにとっては立て続けの災難だわ。あの子、辛いわね。」


(ちょっと待ってちょっと待って。)

心臓の鼓動が更に早くなる。

私の嫌な予感が頭の中でグルグル回る。


「かずきくんのお通夜には私も顔を出すわ。翔もそのつもりで。」


(え、今...?)


「わかりましたよ姉さん。連絡がつき次第仕事終わりに行きましょう。車は俺が出しますので。」


(待って待って待って待って。)


「その間の旅館の仕事は私と美代子さんがこなすわね。それでいい?美代子さん。」


(待ってよ、いやだいやだ。いやだよ。)


「承知しました香様。」


グルグルが爆発する。至るところが震えている。


「蓮実さんはどうす...」


「ちょっと待ってよ!!!!」




私はバスの中から外の景色を一点だけ見つめていた。

あの後私は四人とまともに会話できずにバス停まで来てしまった。

心がほつれてしまったみたいだ。

(なんであの子なの。なんで私の周りなの。なんで。なんで...。)

この世界は不公平だ。

死にたくない人は生の有り難みを感じながら朽ちていくのに、生きていることが当たり前の人は生と向き合わずに生きながらえている。

価値のあるものが消え、ないものがへばりつく。

なんて醜い世界なの。

なんて酷い世界なの。

(彼方さん...。教えてよ。どうしてなの...。)

この後みどりに会いに病院へ行く。ただそこにはもうかずき君はいない。みどりにも伝えなければいけない。

私の日常が壊れていく。



病院に着く。入口がやたら大きく見える。なんだか圧迫される感覚だ。

エントランスに本田さんはいない。

階段を上りみどりの病室の前で止まる。ふぅーと息を吐き扉を開けた。


「みどり。おはよう。」


みどりは窓を開けて外を見ていた。部屋は冷えきっていて防寒装備の私でも寒いくらいだ。パジャマ姿のみどりは尚更寒いだろう。


「ちょっとみどり!こんなんじゃ風邪引いちゃうよ。」


荷物を脇に置きみどりに駆け寄る。

みどりの様子がおかしい。


「みどり...。」


「蓮実ちゃん。儚いよね。命って。」


みどりの目から涙が流れている。顔は穏やかで呼吸も乱れてはいない。

どうやら既にかずきくんのことを知っているみたいだ。


「そうだね。とても大切...だね。」


みどりは静かに私に抱きつく。

私は優しく抱きしめみどりの頭を撫でてあげた。


「風邪引いちゃうよ。お布団に戻ろう。」


私はみどりと向き合いハンカチで涙を拭いてあげる。


「...うん。」


みどりを布団に戻し窓を閉める。

部屋のエアコンのスイッチを操作して部屋を暖めた。

入口にあった荷物を取りみどりの側に座る。

みどりは壁を見つめたまま何かを考えているみたいだ。

きっと私より死に敏感で、考えてきた時間も長いから思うところがあるのだろう。


「ねぇ。私が死んだら蓮実ちゃんはどう思う。」


「!...やめてよ。そんなこと考えたくもないし聞きたくもない。」


まさかみどりがそんなことを聞いてくるとは思ってなかった。


「ごめんなさい。」


「...私は耐えられない。きっと後を追いたくなる。」


この世界での生き甲斐はみどりぐらい。私はそれがなくなってしまうなら正直生きている価値がないとまで思う。


「蓮実ちゃん。約束して。それは絶対にダメだよ。」


「...。」


みどりが静かに黙っている私の方を向く。


「あなたの命はあなただけのものじゃないの。だから...」


「じゃあみどりの命もみどりだけのものじゃない。うちのものでもあるんでしょ?いや、うちのものだもん!そんなことはうちが許さないから!」


少し強く言いみどりと顔が合う。私の予想とは裏腹にみどりは微笑んでいた。


「それを蓮実ちゃんの口から聞けてよかった。蓮実ちゃんは大丈夫。」


「何よそれ。わけわかんない。」


私はみどりの太ももにドスンと頭を置いた。


「わけわかんないよ。」


みどりが少し顔を反らす。


「ごめんね。」


みどりは目を合わせてくれない。しばらく沈黙が続く。


「...今言うことかわからないけど十一日行けるようになったよ。多分ね。」


体勢はそのままで私は続けた。


「職場の相田さんって人に代わってもらった。」


「よかった。じゃあ三人で行けるね。...蓮実ちゃん?」


まだ深刻そうな顔の私にみどりは不思議そうにする。


「その人とは特別仲が良かった訳じゃないんだけど、話を聞き伝えにうちに言いに来てくれたの。私がその日代わるから入院している子の為に行ってきなよ。って。」


みどりは黙って聞いていてくれる。


「うちはそれが最初わからなかった。なんのメリットもないのになんであまり知らないうちの為に代わってくれるのか。」


私がみどりに手を伸ばすとなんの躊躇もなくみどりは手を握ってくれる。


「自分も同じ立場で、人の痛みがわかる子だったんだよ、あの子。

相田千佳の弟が、相田かずきだったんだ。うちは他人に興味がないからそういうことに気づけなかった。かずきはうちにとって大切な人だったのに、もっと早く知ってれば...何か...違ったかも知れないのに。」


私はそのまま泣いてしまった。自分でも訳がわからない。かずき君の姉が相田さんとわかっていたところでかずき君の死は変わらない。でも相田さんは人の気持ちをわかる人だった。今そんな相田さんを一人にしてしまっている自分が情けない。

私達の日常だったかずき君のことを伝えたい。

とてもいい子だったと伝えたい。

どこにもやり場のない衝動が爆発してしまった。


「蓮実ちゃんも...人の痛みがわかるもんね。」


みどりは私の頭を優しく撫で続けてくれた。

きっと私より私がなんで泣いているのか理解してくれているのだろう。私はそのまま泣きつかれ寝てしまった。



あっという間に面会時間が終わりとぼとぼバス停に向かって歩く。

そう言えば雅人は来なかった。昨日あんなことがあったからか。

でもそれすら気にする余裕もなく私はフラフラしながら歩いている。体調も優れないので完全に足元がおぼつかない。


「長尾さん!」


声のした方に虚ろな目を向けると電灯の下で雅人が立っていた。

私の顔を見た雅人は異変にすぐ気づいたみたいだ。


「長尾さん、どうかしましたか?顔色が良くないみた...うわぁ!」


私は走って雅人に抱きついた。


「なん、どうしたんですか!?ちょっと長尾さん。」


私は雅人に離れてほしくなくて腕に思いっきり力を込めた。


「...長尾さん。...大丈夫。大丈夫だよ、落ち着いて。側にいますから。」


雅人は優しく背中をポンポン叩いてあやしてくれる。

雅人の言葉と行動の優しさで、私はまた泣いてしまった。


そこからバス停の近くにある公園のベンチまで介抱してもらいそこで泣き止むまで近くにいてもらった。

私は雅人にも関係のあることなのでかずき君に関わった最近の出来事をゆっくり話した。

その間雅人は静かに私の話を聞いてくれた。


「雅人の言ってたことが正しかった。うちはいつも気づくのが遅いよね。もっと早く他のことであの子の優しさに気づけていたら、こんなしこりは残らなかったのに。」


俯き懺悔にも似たように言葉を漏らす。


「今からでも遅くはないですよ。長尾さん。焦らないでいいから、その人に会って今自分が感じてることを言った方が良いと思います。その人はきっと、長尾さんのことを理解してくれると思うから。」


雅人の笑顔が私の固まっている心を少し柔らかくしてくれる。


「それと、相田さんと話が出来たらみんなでかずきくんのお墓参りに行きましょう。」


雅人は落ち着いた顔で頷く。


「...雅人。すごいね、あなたはいつも前を見てる。うちも見習わなきゃ。」


雅人は首を振る。


「前を見なきゃ怖いんです。後ろを見ても現実は変わらない。時間は前にしか進みません。だからかずきくんの為にも、俺らの中で生きていてほしいって思う。かずきくんと過ごした時間は、過去は嘘じゃないから。」


雅人の眼差しはとても力強かった。


「その為にきちんとお墓参りしてかずきくんを想おうって思ったんです。だから一緒に行きましょう。」


「うん。そうだね。雅人と一緒なら行ける。」


雅人と目が合う。勇気が湧いてくる。正直このまま家に帰ったら私はどうすればいいかわからなかった。

目が合った雅人は照れ隠しなのか目線を反らし頭を掻く。


「ねぇ、雅人。わがまま言っていい?」


「え?はい。なんでしょう。」


「頭撫でて。」


目を見開いたまま雅人は硬直している。


「今なら抵抗できないから好きなだけ撫でていいよ。」


少し強がってしまう。本当は大切な人の温もりがほしかった。

雅人が少し近づく。とてもゆっくりゆっくり近づいてくる。

顔はとても緊張しているようだった。

少しじれったくなった私はドスンと距離を詰め雅人の肩に頭を置いた。


「な、長尾さん!?」


「こんなの今日だけだから。今日はスケベって思わないであげる。」


雅人は首の後ろから腕を回し私の頭に触る。腕が震えている。急にこんなこと言われて嫌なんじゃないかって今頃になって気づく。


「やっぱり迷惑だよね。ごめんこんなことお願いして。」


離れようとすると肩を引き寄せられ頭に頬を合わせられる。

雅人の意外な行動に少しドキっとしてしまう。


「こんなのずるいですよ。やり方が卑怯です。」


「....いいじゃん。たまにはさ。」


少しの沈黙が流れる。雅人に側にいてほしい。みどりの時とは違う心地よさを感じる。


「長尾さん。良い匂いがする。」


「う、うるさいよ。スケベ。」


そういえば仕事終わりだった。

(やば、臭くないかな。まぁ雅人だからいいか。)


「やっと笑った。長尾さんは大丈夫。きっと大丈夫ですよ。」


「なんかみどりにも同じ事を言われた気がする。ちゃんとうちにもわかるように言えよ。」


横目で雅人を見ると微笑んでいた。

最近のことで雅人も私になくてはならない存在だということを思い知った。きっと今まで気づかなかっただけなのだろう。いつも側にいてくれて、見ていてくれた。それが当たり前になりすぎて私だけが気づかなかっただけなんだ。

私はみどりと雅人がいなければ立って歩くこともできないと再認識させられた。


「雅人。ありがとう。」


私の急な態度に雅人は困惑しているようだ。


「そんなこと。こちらこそです。」


「雅人さぁ。なんか急にうちに優しくなったよね。」


今日の雅人は私に対して繊細になったというか、何かが少し違う。


「この前長尾さんに冷たいって言われましたからね。そんなつもりは全くないんですけど、俺って伝え方が下手なんで改善しようかと思いまして。」


(あの時のこと気にしてたんだ。)


「なんか変ですかね。」


「ううん。こっちのほうがいい。それよりさ、その敬語どうにかならないの?」


私は兼ねてからの疑問をぶつけてみた。一緒に行動するようになってから私に対してずっと敬語だ。前まではあまり気にならなかったが正直なぜなのか不思議に思っていた。


「えっと、それは...長尾さんは俺にとって最も特別だから、ですかね。」


私は驚き少しだけ体を離して雅人の顔を見る。


「俺に変化をくれたんです。それがなければ俺は多くのことを知らずに恥をさらして生きていたでしょうし、何にも気づけず成長もできなかったと思います。」


(あぁそういうことか。)

恐らく雅人はあの前蹴りのことを言っているのだろう。


「だから俺にとって長尾さんは、神様のような存在なんです。」


「か、神様!?」


私は眉をひそめる。


「伝わりづらいですかね。んーと、崇拝って言うか、尊敬って言うか。まぁ忠誠心みたいなものですかね。」


「...。」


(うちはそこまでなんかした覚えはないんだけど。)


「あなたの正義的な考えに深く感銘を受けて、今の俺はあります。逆に言えば長尾さんと知り合わなければ今の俺はないんです。」


「ふむふむ。」


「俺は昔の自分より遥かに今の自分が好きなんです。こんなに自分と向き合えるようなったのは長尾さんのおかげなんですよ。なので敬いから自然と敬語になってしまうんだと思います。」


雅人は色んなことを考えていて、それがまとまっていて人に話せて、逆に関心しかしない。自分の考えをしっかりもっている人は立派だと思う。


「やっぱり雅人はすごいよ。うちも尊敬しちゃうな。」


「いえそんな。これも全て長尾さんの影響ですよ。」


照れ隠しに頭を掻く。

(こいつよく頭掻くな。)


「でもさ、敬語は嫌かな。みどりには普通なのにさ。うちにだけ敬語ってなんか距離を感じる!」


私はぐいっと体を寄せた。

雅人は恥ずかしそうに顔を反らす。


「ち、近いですって!」


「今さらかよ。今日は近くてもいいじゃん。って敬語!!」


「そんな急に言われても。」


「フフフ。ごめんごめん。なんか元気でたよ。...うち、相田さんとちゃんと向き合ってみる。今なら話し合える自信がある。」


「そうですね。それと、もし理解し合えたら是非一度みどりの病室に招待しましょう!俺も長尾さんの理解者にご挨拶しておかないと。」


私はジロっと雅人を睨む。


「なんですかその目は。別に下心はありませんよ。」


いつものような冷静な態度でいなされる。

雅人は本心を言ってくれるので安心だ。


「ふーん。そうですか。相田さん一般的に言うとまぁまぁかわいいけどそれも興味ないんだ。」


「一般的にかわいいからなんです?長尾さんに関わってなければ別に会いたいと思わないですけど。なんでそんなにつっかかってくるんですか。」


雅人は珍しくムスっとしている。

なんか今日は喜怒哀楽がよく顔に出る。

(これ以上言うのはさすがにしつこいか。)


「ごめんって、そんなに怒んないでよ。でもうちもそれは賛成かも。相田さんが病院に来てくれるかわからないけど話してみるよ。」


雅人は機嫌を直してくれたみたいだ。私の方を見て微笑んでくれた。


「うちね、考え方を少し変えてみようと思う。昔っからこんな排他的な考えだけど、雅人が言うように少し周りを見た方がいいかもしれないって思った。

今回の件でもそうだけど、うまくやれるならそれに越したことないもんね。」


雅人は驚いているようだ。目を丸くしている。


「雅人。ありがとう。うちを見ててくれて。雅人のおかげで変わる自信が持てたよ。」


自分の気持ちを素直に話して少し恥ずかしくなる。口をつぐみ斜め下を見た。

雅人は何も言わない。体が少し震えている。


「うっ...、うぅ...。」


顔を上げて雅人を見ると泣いていた。私は訳がわからずパニックになる。


「え!?雅人?どうしたの。泣かないでよ。ねぇ。」


雅人の肩に手を置いて顔を覗き込む。


「俺っ、俺は。そん、なっ。ながお、さん...。」


そう言うと両膝に手をつき下を向いてしまった。

何か雅人の中で思うところがあったみたいだ。ただ私には何を考えているかわからなかった。それが悔しい。

みどりと雅人は私のことをよく理解してくれて考えをわかってくれる。

でも逆に私には察する力がない。私は好きな世界と言いながら自分の都合の良い世界としか捉えてなかったのかもしれない。

今こうして大切な人が隣で泣いているのに、

私のことに真剣になってくれる人が弱っているのに、私は何もわかっていない。

変えたい。

私という人間を。


「雅人...ごめんねぇ...。」


自分の情けなさに涙が出てくる。

今私にできることといえば、私もしてもらったように側にいて、優しく頭を撫でることだけだった。

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