~警戒~1
ジリリリリリリリリリリ!
十月。
喧しく鳴る目覚まし時計を見ずに止める。もう習慣になり場所は把握している。
眠たい目を擦りながら洗面所へ行き顔を洗う。今日も疲れた顔をしている。目の下のクマがとれないのが最近の悩み、きっと彼方さんのせいだ。
長尾 蓮実(ながお はすみ)。私はここ新潟県出身で地元のこの旅館に就職した。大学を適当に出て、フラフラしていて、母親が勧めてくれたこの旅館に就職。夢も希望もなく結婚願望すらない。そして何より異性と付き合ったことがない。人間関係を取り持つのが面倒で、告白された回数は人並みだが自ら好きになった人はいなかった。彼方さんを除いては。
そんな他人に無関心な私もこの会社に入って早三ヶ月。正直続くとは思っていなかったが案外お金で人を見る接客に引かれつつある。おもてなしとは形ばかりで結局データや売上などは消し去れない。割りきった感情を敷けばその上に立つことは簡単なことだった。
そんなことを思っていたらいつの間にか私の前から好きな人がいなくなっていた。活力ではないなんて嘘は言わない。会うのが楽しみだった。力が湧いた。でもそれももう終わり。彼方さんがつけた傷痕は深く痛い、きっとみんなも同じ気持ちなんだろう。人に対してこんなに淡い気持ちを抱いたのも久しぶりだった。
目立つクマを化粧で消し、朝の支度をさっさと済ませ部屋をでる。私の住んでいるところは女子社員寮で、お風呂やキッチン、洗面所などが共同で使うようになっている。出入り口も共同。私は基本人見知りなのでこの体制があまり好きではない。必要以外では一人でいたいのだ。なので準備は他の人より早い時間にして、早く寮を出ることにしている。
「おはようございます長尾様。」
「あ、美代子さん。おはようございます。」
玄関に向かって歩いていると後ろから声がかかった。この人は美代子(みよこ)さん。名字は...知らない。ここの寮の管理人さんのような人。しかも旅館でもスタッフとして働ける万能な人なのだ。
「お早いご出発で。数分お待ちいただければ直ぐにでも一人分の朝食をご用意できますが、いかがいたしますか?」
とても丁寧な言葉遣い。そして食べないことを知ってても必ず朝食の有無を聞いてくれる。こういう優しさは好きだ。
「いつもごめんなさい。今日も結構です。またお願いします。」
こういう人の前では素直になれる。
「かしこまりました。どうかお身体には気をつけて。」
美代子さんは目のところを指差し不適に笑い去っていった。
(嘘!もしかしてわかるのかな。まぁ、いっか。)
少しガックリきながらも私は今日も仕事に向かう。
「おはよう!今日も早いね。」
常田さんが旅館の玄関から大腕を振っている。早いね!はこちらの台詞である。短い間だが私がここに勤めてから常田さんが遅れてきたのを見たことがない。規則正しく誰よりも先に出勤している。
まぁ唯一誉められるところだ。
玄関横に生けてある花の面倒を見ながら朝からどこか機嫌がいい。
軽く返事をして通り過ぎようとするがフンフン鼻歌がうるさいのでしょうがなく理由を聞いた。
「何かいいことでもあったんですか?」
振り向いた先には常田さんの満面の笑みが待っていた。
(ちくしょう...。)
「聞いてくれる?それがね!彼方さんが向こうに行っちゃった代わりにね、向こうから長谷川さんっていうお姉様がくるんだよ!向こうでチーフ的な立ち位置をしていてね、僕も駆け出しの時はよくお世話になったもんだよ。美しいんだよな...。」
(結局そこかよ。)
「もちろん今までのこちらの体制は変えずに顧問のような立ち位置で面倒を見てもらう感じになるかな!移住してくるというよりも期間的に居てくれるみたい!」
正直「ふーん」って感じだ。
まぁ誰が来ようと別に私には関係ないし、興味もない。
人生になんの楽しみも抱いていない私が悪いのはわかっているけど、最近色々な事への関心がなくなってきている。私って、いつの間にこんなつまらない人間になったんだろ、としみじみ思う。
まだペチャクチャ喋ってる常田さんを横目に私は心ここにあらず状態だった。
それからいつも通り朝礼があり、朝食の準備をしそのまま朝食の配膳、終われば精算。お客様の退室をお見送りし、その後片付けと午後のお出迎えへの準備。そして夕食の準備。私たちの旅館は朝・昼と夜を分担しているためここで早番の役目は終わる。
私は基本早番のシフトなのでここまでやって帰る。
毎日毎日毎日毎日これの繰り返し。終わる時間が夕方なので私たちの余暇時間はここからはじまる。
「蓮実ちゃん!これからお買い物にいこーよ!」
こんな感じでお声がかかる。ちなみに私たちの旅館は山の中腹にあり、上の方には数々のスキー場があり、山を下ると私たちの寮と町がある。
仕事が終わり、帰る仕度をほぼ済ませ、ロッカー室から出ようとした時後ろから声がかかった。
振り向くと相田が目をキラキラさせながら返答を待っている。
「相田さん。ごめんなさい。今日これから用事があるので行けないです。」
私はそう言いロッカー室を出た。
「また断られちゃったねー。」
「毎回断るんだったらもう誘わないでいいよ千佳。」
「用事があるなら仕方ないよ!それより今日どこいくー?」
(聞こえてるっつーの。)
ロッカー室に残ってた相田とその他の女子が色々言ってたが私は気にしないようにその場を後にした。
私は車を持っていないので唯一山を通っているバスに乗り町の方面へ降りている。出勤するときは歩きだ。そこまで距離があるわけではないので十五分ほどで着く。そのお陰で少し痩せた。
待っているとバスが来る。山を下るときには一つ前が終点なので基本的に誰も乗っていない。
「お!蓮実ちゃんこんばんは。今日も病院まで?」
この人は坂本さん。名前は...知らない。気のよいバスの運転手で下心がなさそうなことから私はこのおじさんに対しても嫌な感情は持っていない。
「はい。今日もよろしくお願いします。」
バスに乗り挨拶を済ませて一番後ろの席に陣取る。最後尾の右。ここが私の数少ない居心地のいい場所だ。
「見たところ傘持ってないから言うけど、今日の夜雨が降るらしいからなるべく早く帰りなさいよ。」
まぁ私が運転席から離れたところに座っているのがいけないのだが、私が一人のときはバスのアナウンスを使って語りかけてくる。
私は坂本さんに見えるように手でグーサインを送る。
そうすると坂本さんはルームミラーを確認してか、振り返ることなく左手を突き出しグーサインを返してくれる。
こういうやり取りが微笑ましく思う。無理矢理じゃないのってなんだか心地いい。
バスに揺られながら目的地に近づく。町に入り街道をしばらく走ると病院の前までたどり着く。
降りたあと運転席から見えるところまで行き坂本さんに会釈をする。ものすごい小さなクラクションで返事をしてくれる。そしてバスはお客を乗せて次の停留所へ出発した。
今日私の用事があるのはこの大きな総合病院の三階。三0五号室。
用事とはお見舞いである。まぁお見舞いというか、来る頻度が多すぎるのでもはや私の生活の一部とも言える。
「いらっしゃい!あの子今日も調子いいみたいよ。君は大丈夫?ちょっと顔色悪いみたいね。」
この通りである。
受付の人は本田さん。すごくフランクな人でみんなにこんな感じ。二十八才で彼氏募集中らしい。
とりあえずグーサインを出して本田さんの前でニヤっとする。そうすると一旦カウンターに隠れてゆっくりキメ顔でグーサインと共に出てくる。この人は私のツボだ。
そんないつものやり取りをする。
(そういや目の下にクマあるんだった。みどり一撃で気づくんだろうなー。)
そんなことを思い階段を上がっていく。
「こんちわー。つーかーれーたー!」
ガラガラ扉を開き室内に飛び込み更にベッドで半身を起こしている人の太ももに頭からダイブする。
「蓮実ちゃんいきなりだねぇ。疲れちゃったのね。いーこいーこ。」
私のいきなりの行動にも微塵も驚かず優しく頭を撫でてくれる。
綾川 みどり(あやかわ みどり)。長い髪や肌は真っ白で目の色がグレー。アルビノというとても珍しい体質だ。
一応断っておくとみどりは生まれつき心臓があまりよくない。周囲に勘違いされがちだが持病が原因で入院していてアルビノ体質とこの入院生活はあまり関係がない。
私の大好きな人。
私の人生の大半はみどりと一緒だったと言っても過言ではないほど大親友である。
「あら。今日はなかなかお顔をあげないわねー。そんなに疲れちゃったの?蓮実ちゃん大丈夫?」
ゆっくりと優しい柔らかい声で心配してくれる。このおっとりとした性格に人生を通して癒され続けている。
「みどりの太ももが好きなのー!ちょー柔らかいんだもん。」
私は顔を太ももに埋めながらモゴモゴ言う。
「アハハ、くすぐったいよー。なんて言ってるか聞き取りづらいからお顔上げてお話しして蓮実ちゃん。ちょっと、くすぐったいってばー。」
今度はそのままの態勢で両手をわしゃわしゃして下半身をまさぐった。
しばらくみどりの下半身と戯れた私はプハーと顔を上げる。
「ちょっと、蓮実ちゃん。目の下のクマどうしたの?」
やっぱりすぐに気づかれた。さすがみどり。不安そうな顔をしたみどりの手が私の頬を覆う。
「大丈夫だよみどり。これは彼方さんがいなくなった後泣いちゃってできたクマだから、疲れとか体調不良じゃないから安心して。」
私はみどりの手を握り返し元の位置に戻してあげる。
「彼方さんって旅館の先輩さん?そっか、群馬県に行っちゃったんだね。...蓮実ちゃんかわいそう。」
言い終わるとみどりの目に涙が溜まっていく。
「ちょっ、ちょっとみどり。泣かなくていいってば。」
「でも蓮実ちゃんがっ、そんなんじゃかわいそっ、うだよー。」
泣いちゃった。みどりは非常に涙もろい。というより人の心や気持ちにとても敏感だ。
特に私の心はみどりには見えていて我慢や辛抱などをすぐに察知して自分のことのように感じてしまう。なんでも話してしまっている私が悪いのだが事の経緯を知っているみどりには今回の事は刺激が強すぎたのかもしれない。
私は椅子を枕側に移動させ背中を優しく擦る。
「みどり。いつもうちの為にありがとうね。ほらいい子だから泣き止んで。」
私はみどりを落ち着かせる。みどりは泣きすぎたり過度な運動をすると心臓が弱いため発作が起き呼吸困難に陥ってしまう。
私はみどりの安定剤も担っているのだ。まぁ今回興奮させたのは私だが。
「だって、だってはすみっ、ちゃんがっ。」
もう、本当にこの子ったら。
(どこまでお人好しよ。)
「もう大丈夫とは言わないけどうちにはいつでもみどりがいるもん。今回のこともみどりに癒してもらうから平気よ。」
私は背中を擦りながらみどりに見えるように顔を覗きながら笑顔を作る。やっと泣き止みそうな顔をし少し笑顔になる。
「私はいつでも蓮実ちゃんの味方だよ。でも大変なときに支えてあげられなくてごめんなさい。」
「また謝ってー。みどりは何も悪くないの!うちはみどりに助けられてるの!みどりがいなきゃこんな平然とできないの!ちゃんとわかってる?」
みどりは顔をブンブンと横に振り否定の態度をする。
「ごめん蓮実ちゃん!わかってる。私の持てる全ての力を使って蓮実ちゃんだけは守るの!蓮実ちゃんが私を守ってくれたようにね。」
みどりはきっと中学から私が側にいて守っていたと思っているのだろう。 恐らくみどりとの見解の相違点はここだけだ。
私は単純にのうのうと生きているだけのバカな奴らが嫌いで、生きることを理解して日々たくましく生きている人が好きなだけ。
ただ私の好きな人たちはもともと体に何らかのペナルティを持ってる人に多く、本人には喋ってはいけないような。しかも本人がそんなこと思っていなければ尚更デリケートな話になってくる。でもハッキリとしていることは何不自由なく生きている人にはわからない苦悩や葛藤を持っているということ。それが人の意識レベルを尋常じゃないほど成長させるということ。
この考えを持つようになったのはみどりの側にいるようになって周りの反応や言動に敏感になっていったからだろう。
この世の中には人のことを気にしない自分だけが大切な雑な生き方をしている人が多すぎる。
しかし私がみどりの側にいるのは周りから守るための慈善活動でも偽善でもない。ただみどりを愛しているから、こんな表現しか思いつかない。でもこれを本人に直接言ってしまうと本当の足枷になってしまうと思う。私の一方的な考えだけをのべてしまって感想を言われたら終わりだ。今でさえ私の存在がみどりをあの頃に縛り付けている気がする。
彼女は強い。周りの人より何倍も、私の何倍も。
「蓮実ちゃん?怖い顔してどうしたの?私何か気に障ることでも言っちゃったかな。」
長々とそんなことを思い返していたらいつの間にか顔が渋くなっていたようだ。
(いかんいかん。)
「ごめんごめん。みどりに心配してほしくて渋めの顔してただけだよ。わかってるならよろしい!ただうちにはみどりがいるから心配しないでってこと!」
「フフフ、やっぱり蓮実ちゃんはかっこいいね。自分の思ってることを堂々と言えて。あの時もかっこよかったな~。」
恐らくあの時とは、みどりが中学生の時に男子から髪のことをバカにされていて、それに苛立った私がそいつの腹部に前蹴りをかまし気絶させたことを言っているのだろう。
今は大丈夫だとは思うがそういうバカを見ると手が出てしまう。まぁ前蹴りだから足だが。
幼い頃、今は亡き父親に空手を仕込まれたから腕っぷしは強い。
その事があり、そんな私がみどりの側にいたのでその後バカが寄り付くこともなかった。
ただ何故か女子から告白され始めたのもこの頃だったのはここだけの話。
「まだそんな古い話してるの。恥ずかしいからやめてよー。」
私からするととても恥ずかしい思い出話だ。若気のいたりというやつ。
「颯爽と現れてナイトみたいだったな。あの頃はとげとげしててちょっと怖かったけど。」
(あー文化祭の劇とかも男役やらされたなー。男勝りは認めよう。)
「まぁ今はさすがにあんなことしないけどね。人を避けて生きれるんだから。」
私は嫌いなものには自分から近づかないように生きている。その方が相手にとっても自分にとってもずっと有意義だ。職場も共同の寮なんかじゃなきゃ好きでもない人と顔を合わせずにいられるのに。
(早く一人暮らししよ。)
「また渋めの顔してるよ蓮実ちゃん。」
そんなことを言い合い笑っていると病室の扉が勢いよく開けられた。
「白ねーちゃん!またお話し聞かせてー!!」
全く無礼な少年が部屋に入ってくる。
「こらぁ、かずき!まずノックしろ!それと名前で呼べ!」
私はその男の子を叱る。
「うわやべえ!すみねーちゃんだ!やり直しまーす。」
そう言い素直に部屋を出てノックをする。
「いい子だね、かずきくん。入ってどーぞ。」
一連の出来事に微笑み見守っていたみどりが優しく部屋に促す。
「すみねーちゃんに怒られちゃったよ~。白ねーちゃんいい子いい子してくれよ~。」
(全く最近のガキんちょは...。)
この子はかずき君。小学四年生。みどりがいる病室の一つ上の階に入院している子。一年前からこの部屋に来ている。入院生活は結構長いみたいだ。
右耳に大きな包帯がついている以外は年相応の元気な男の子。上の階の就寝時間前の自由時間になるとほぼいつも来る。
みどりは本が大好きで特にファンタジーものに目がない。かずき君は自分で本を読むのがめんどくさいのか本は借りずにみどりに要約してもらいお話ししてもらうのが好きらしい。他にも歴史に関することや神話などをよくみどりから聞いている。
「おいかずき。そこはうちの特等席なんだよ。いい加減もう離れろ。」
太ももに頭を置きながらみどりに撫でられ気持ち良さそうにしているかずき君に物申す。
「白ねーちゃんの太もも気持ちいいなぁ!ここで寝られるぜ!」
「このスケベガキ!ここはあたしんだっつってんだろ!」
私も負けじと椅子を寄せてみどりの太ももを死守するためにかずき君の頭を引き剥がす。
「まぁまぁ二人とも。太ももは二つあるから仲良く使ってね。」
(いや、みどりそれはどうなんだ?)
みどりの天然に心の中でツッコミをいれる。
コンコン。
「みどり入るよー。あ、長尾さんもいたんですね。こんばんは。」
「どーも。」
今入ってきた弱々しそうな男は白川 雅人(しらかわ まさと)。
「お!まさとにーちゃん、ちわーす!」
「お!かずきくん。こんばんは。みどりも調子良さそうだね。よかったよかった。ほら頼まれてた本買ってきたよ。」
そう言うと雅人は本を包みから開けてみどりに手渡す。
「わぁ!ありがとう雅人くん。これで楽しみが増えたわ。」
「あー、白ねーちゃん俺も見せて見せて!」
二人は新しい本に興味津々だ。
雅人は入口近くの椅子を持ち私たちとは反対側の窓側に椅子を置き、窓際に座る。大概この形がこの部屋の定型だ。
窓際で本を読む雅人、みどりとじゃれ合う私とかずき君、そしてそれを微笑ましく見るみどり。これが私たちの安息の地でもあり日常だ。
ちなみにこの雅人とは私が中学の時に腹に蹴りを入れて気絶した本人で、そこから改心したのかみどりと打ち解けようと努力し続けた男。中学の時はやんちゃなグループにいてそれまでは髪の毛の色も真っ赤だった。しかしその一件以来みどりにしっかりと謝罪をし、自分の愚かさに気づいたと言っていた。そして髪の毛の色がとてもキレイで羨ましかったと言い、次の日から脱色をして真っ白にして来たことが印象的だったのを覚えている。
ある日の帰り道に聞いた話で、みどりに憧れて純粋なままいたいとのことで今は髪色は黒、開けていたピアスの穴もキレイに塞がっている。
私は最初雅人のことを群れなきゃ何もできない弱い奴と思っていたが、謝罪後の学校生活、行事などで常にみどりを気にしていた。そして尊敬出来ることは集団生活がとてもうまくて周りとの付き合いを疎かにせずみどりとも真っ向に向き合っていたことだ。私にはとてもそんな器用なことはできない。自分を変えれるのだから感心する。
「あ、そうだ。今度のコンサートどうします?長尾さんみどりの外出日に休み取れましたか?」
「あ!!!!」
すっかり忘れていた。私はスケジュール帳をすごい勢いで捲った。
「えと...何日だったっけ。」
雅人は額に手をあてため息を漏らす。
「十月の十一日ですよ。ちなみにこのコンサートは長尾さんが発案者だった気がするんですが。」
(やっべー、めちゃくちゃ仕事じゃん。)
「アハ、アハハハハハハ。」
私は後頭部に手を置き開き直ったように笑う。
「やれやれ。」
「すみねーちゃんってドジなんだな。」
二人の冷たい視線にガクッと肩を落とす。
「まぁまぁ二人とも。はすみちゃん忙しかったんだから無理もないわよ。また今度機会があったら行きましょ。」
「あ、やべ。今日は俺もう戻らねーとだ。じゃーね、まさとにーちゃん、白ねーちゃん、後ドジねーちゃん!」
部屋から出るかずき君の顔は子供ながらに私をバカにしたにやけ面だった。
みどりと雅人はにこやかに手を振るが私は舌ベロを出し送り出した。
「あーでも待って。一応休み取れないか聞いてみるから。確か代わりを探せばいける気がする。」
とまぁ言ってみたものの職場の人と親しくない私は思い当たる節もない。
「無理しないでいいよ。また休みが一緒になったらどこかへ行くのでもいいからね。」
みどりは少し残念そうな顔で遠慮して言っている。私のバカ。みどりを悲しませるなんて。
「本当にごめん。もし行けるようになったらすぐ連絡するから。」
「長尾さんが行けなかったらみどりと二人で行ってきます。まぁ一応連絡待ってますよ。」
雅人は表情一つ変えず淡々と言う。
「ごめん、そうして。折角の外出日だもんね。」
私は自分の管理能力のなさに失望した。
コンコン。
「やっほーガールズ!お!ボーイもいたか!私と付き合う気になったかなボーイ!」
本田さんが扉から顔を出しながらフランクにやってきた。
「慎んでお断りし続けます。俺には心に決めた人がいるので。」
雅人はさらっとあしらう。客観的に見ると雅人は顔が整っている方だと思う。中学、高校でも文武両道だったためファンクラブなどもあったほどだ。
ただ私たちといる時とその他の人といる時でだいぶ人が違う。他人と接してるのを何度も見たがとても社交的で気遣いがある。昔不良だったとは思えないほどの改心ぷりだ。
そして私たちといる時はみどりにとても優しく私には少し冷たい。
(ていうか心に決めた人いるんだ。ウケる。)
「なんでいなんでい、両手に花でもうおばさんには機会はないってか。若いもんはいいねぇ。それはそうとそろそろお時間ですぜい!そこんとこよろしくぅ!」
なぜか江戸っ子口調の本田さんはそのまま手をヒラヒラとさせ去っていった。
「今日は来るのが遅すぎたな。まぁみどりに本を渡せたから俺のミッションは完了なのでこれで帰るとしますか。」
雅人は椅子を片付け始める。私はというとまだみどりのベッドでうなだれてる。
「うちもっといたいよー。まだみどりと離れたくなーい。」
「はすみちゃんのわがままかわいいねぇ。私も二人と離れたくないよ。」
「まぁ決まりだからしょうがないよ。また明日も来るから。ほら長尾さん。いつまでもみどりに甘えてないで行きますよ。」
雅人はベッドでうつ伏せになっている私のところまで来て軽く肩を叩く。
「しょうがない。帰るか、じゃあねみどり。」
私は荷物をまとめニコニコしながら手を振るみどりに別れを告げ雅人に続いて部屋を出る。
この時間が一番嫌い。好きなものから離れるのが一番辛い。
帰り際に本田さんに挨拶をしエントランスを抜けバス停まで歩く。
「ほんと悪いね。」
「何がです?」
私は雅人の後ろをついて歩く。雅人は振り返らず返事をする。
「コンサートのこと。うちから言い出した事なのに。なんか行けそうにないかも。」
雅人はまだ振り返らずそのまま歩いている。
「あの時はあぁ言いましたけど。やっぱり三人で行きたいかも。諦めないで代われる人を見つけてほしいです。」
「...うん、そうだね。わかった。」
雅人は正直者だ。私には冷たいし普段は少しインテリぶってるけど、こういうことを素直に言ってくれる人は一緒にいて心地いい。
誰もいないバス停に着き、私たちは並んでベンチに座る。
雅人の家はこの町にあり、病院の近くに実家がある。雅人は歩いて帰るが私のバスの時間まで一緒に待っていてくれる。
「ねぇ。」
「ん?」
当たり前に隣に座っている雅人は私を見ることもなくぼーっと空を見ながら返事をする。
「聞きたいことあったんだけど。雅人ってさ、他の人といる時と私たちといる時態度違うよね。なんで?」
私も雅人と顔を合わせることなくぼーっと前を見ながらなんとなく言う。
「あまり変えてるつもりはないんですけど。まぁ強いて言うならみんなそうなんじゃないですか?」
雅人は前屈みになり、手を重ねて握りさらっと言う。こういうところがインテリっぽい。
「みんな?どゆこと?」
私は雅人の横顔を見て眉を潜める。
「家族。職場。友人。知人。初対面。みんながみんなにとる態度ってそれぞれじゃないですか。全部一緒ってほうが俺は違和感を感じますけどね。」
雅人はまだ私を見ない。
「んー。でも他の人といる時はなんかもっと違う気がする。うまく言えないけど。」
「見たことないのでわからないですが、長尾さんは職場も今も変わらないんですか?」
「そりゃ変わるよ。うちはバカと関わりたくないから極力喋らないし。でもそーじゃなくて!なんか違う。そんだけ。」
私は口をムーっとさせ顔を反らす。
「俺も、長尾さんと理由は一緒だと思います。でもやり方が違うだけ。俺はこの方が楽なんです。」
「でもうちには冷たいじゃん。嫌いってことかよ。」
雅人は私の発言にハッと驚きすごい勢いでこちらを向いてきた。
「嫌いじゃないですよ!!」
急な大声に私はたじろぐ。
「嫌いならこんなに近くにいないし、一緒にいたいと...おもわない。」
冷静になったのかまた私から視線を反らす。
「....。」
「....。」
二人はだんまりになる。
嫌われていないことが私は安心できて。雅人は自分が急に本音を言ったことを信じられないって感じだ。
私と雅人の間には少し空間がある。みどりで繋がっているのは言うまでもないが、私と雅人が二人でいる意味はよく考えればない。
この二人の時間もみどりがいるからあるもので、高校でみどりが入院したときから始まっている。
三人で出掛けたときも、みどりがいないと成立しないと思っていた。だから私には冷たいと思っていた。付き合いは長いが、二人の間に確かめ合う会話がほとんどないので正直雅人が私の言ったことで感情的になることに驚いている。
(嫌いじゃないんだ。)
私はクスっと笑う。
「急に大声出してごめんなさい。」
雅人は笑っている私の顔を不思議そうに見てくる。
「ありがと。」
「え?」
雅人の顔は更に不思議そうだ。
するとバスが来た。私は元気よく立ち上がりバスの乗り口まで歩く。
「嬉しいよ。そういうの。」
振り返り笑みを送る。
私はバスに乗り坂本さんに軽く挨拶をし、いつもの席に座りバスは出発した。
バス停を見ると、さっきと同じ状態の雅人と目が合う。私が小さく手を振ると、雅人も返してきた。
なんだか二人の間の空間が少しだけ縮まったみたいで嬉しくなる。
雅人といると妙に落ち着く。仲良くなるのをすっ飛ばして一緒にいるのが先に自然になってしまったせいか、お互いを知り合う会話はほとんどない。だけど直感的に安心する。居心地がいい。知らないうちに気を使い合うのに慣れたせいかもしれない。
今日はじめて雅人の口から一緒にいたいと聞けた。みどりと雅人の間に私がいることを実感して安心した。
(コンサート。行かなきゃ。)
明日はできるだけのことはする。私から生まれたミスなので生意気なことは言えないが休みを代われるか聞いてみる。そうしないといけない理由が私にもできたような気がした。
バスの中から外を見ると暗い山の風景が流れていく。
(彼方さん...今何してるかな。)
コツンと窓ガラスに頭を当ててぼーっとする。するとバスの窓にポツポツ雨が当たる。
「ほら~いったろ~。おっちゃんの予報は当たるんだよ。」
バスの中には誰もいないので坂本さんがアナウンスで語りかけてくる。
「これぐらいの小雨ならフードがあるから大丈夫ですよー。」
私は通路まで顔を出し運転席に向かってピースをする。
「この後このバス帰るだけだから寮の前まで送ってやる。風邪引くなよ~。」
気遣いに嬉しくなる。
「坂本さんありがと~!助かります!」
通路に向かってグーサインを出すと坂本さんもグーサインを返してくれる。
なんか心が暖かい。親切にしてもらうって心地いい。
(あ、雅人。大丈夫かな。)
家が近いから大丈夫だろうと思うが、私はなぜか雅人があのままバス停に残っている気がした。
(初めて雅人が熱くなるの見たな。なんか心にもないこと言っちゃったかも。ちゃんと濡れないで家に着いてるかな。)
私はまた窓に頭を当てながら、そんなことを想い帰路につく。
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