心の扉2
NONON
~時雨~プロローグ
おつかれさまでした!!!
皆に手を振られて先輩が見送られる。旅館の玄関先に少し照れ臭そうな先輩が荷物を持って立っている。
「本当にありがとうね。私はみんなを残していくことになんの不安もないよ。向こうから応援してる。また会いに来るしね!」
「彼方さーん!やっぱりダメ~!!うぇーーん。」
先輩を取り巻いていたうちの一人、同期の相田 千佳(あいだ ちか)が腕にまとわりついている。
(そんなことしても何も変わらないのに。)
私は感情を表に出さないように必死だった。口をつぐみ先輩が見えなくなるように視線を山に移す。私はきっとこの先も、先輩がいないこの景色を先輩を想いながら見る。淡い私の初恋はいともきれいに去っていく。綺麗な記憶だけを私に残して。
「さぁーて!これからは忙しくなるね!穴埋めをするんじゃない、あの人を越えていこう!」
おーー!!
(あー、うざったい...。)
先輩が去った次の日の朝礼。気合いの掛け声と共に彼方さんのいない時の住処(ときのすみか)が始まった。新潟県にあるこの旅館。二年前にオープンしたこの旅館は二号店。一号店は、行ったことがないからわからない。
昨日までは彼方 光 (かなた こう)という人が統括の立場にあったが、一号店に移動になり昨日ここを足った。
本当に平等で、優しくて思いやりがあり、この世のプラスな感情を全て持っているような完璧な人。
そして私に仕事と言うことを教えてくれた人。厳しさの中に愛があった。感情でものを言うのではなく、言うことに筋が通っていて何より自分に厳しい人だった。みんなそんな彼方さんのことが好きだった。
それに反して今日から仮統括になったこの常田 翔(ときた かける)と言う男。仕事の能力は一目置かれているようだが感情の起伏が激しく状況に左右されやすい。つい先日まで彼方さんに迷惑かけてたこの男が今後上手くやれるとは思えない。正直私はこの男のことが好きではない。
「すみすみ怖い顔してどしたの~?変なもんでも食べた?」
(あーめんどくさいのが来た。)
横で顔を覗きながら聞いてくるこの人は私の教育係。斉藤 香(さいとう かおり)。この旅館の専務である斉藤 利照(さいとう としてる)さんの娘さんである。仕事ができるふわふわ系女子、笑顔が可愛く人懐っこい。同僚からもお客様からも評判が良く斉藤さんに会いに来るお客様もしばしば。そんな周りには大人気の斉藤さんだが私は苦手だ。正直この手の女は何を考えてるかわからない。侮れない女。という認識。
「あんたはまた人を困らせて。ごめんね蓮実さん。この子にも悪気はないのよ。」
割って入るこの人は私たちのお姉さん的存在。坂上 翼(さかがみ つばさ)さん。微笑む姿が可憐な絶世の美女。スラッとした体型に腰まで延びた長く黒い髪を一つに縛っている。そしてめがねが良く似合っている。歳は斉藤さんと一緒らしく私より五歳年上の二十七歳。性格も落ち着いている私の憧れのお姉様なのだ。
「いえ、大丈夫です坂上さん。いつものことですし。それとお腹が痛いわけではありません。心配しないでください。」
「ぎゃっ!いつものことってひどいよ~!そんなにいつも変なもの食べた?なんて聞いてないじゃーん。」
(いやそこじゃないし。)
「はぁ~、気にしないでね。ほらもう行くわよ、香。」
「待ってよ翼~!」
(なんか坂上さんが可哀想。)
その場でボーッと突っ立ってると後ろから声をかけられる。
「蓮実ちゃん!私たちも行こっ!」
背中を軽く叩かれ虫酸が走る。
この女は感情を抑えられず彼方さんに抱きついたバカな女相田。相づちだけをうち後に続く。
すると常田さんが私の肩に手を置きもう片方の手で拳を作った。
「これから頑張ろーな!」
(うざ、てか触んな)
私は全員が事務所を去った後、少しため息をついて仕事に向かう。
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