増量……えっ、アリなんですか!?(4)
「それでまたウチに逃げてきたの? しかも何も聞かず? ろくに話もせずに?」
すでに呆れ顔を隠そうともしない仁王立ちの妹から、何やってんの……とばかりにため息まで降ってきた。
「だ、だって……」
ゴニョゴニョと歯切れの悪い言い訳はあっという間に立ち消えになる。
わかっている。
割って入る度胸も話をする勇気もなくただ逃げてきただけなのだ、自分は。
わずかばかりの着替えを詰めこんだトートバッグを胸に抱え、2日連続で訪れた妹カップル宅のリビングで花織はひたすら身を縮こまらせた。
数十分前、園の正門付近で親し気に話し込む二人――
そして戻ったはいいものの当然気持ちは落ち着かず、何事もなかったかのように春馬に相対する自信もなかったため、取り急ぎぷち家出準備をして…………今に至る。
昨日とは違って義弟くんも在宅していたが、半泣きの義姉が飛び込んできた直後から気を利かせて席を外してくれている。
「ごめん、迷惑かけて。義弟くんにも……」
「そういうことじゃなく――」
ああもう分かれよ!と言わんばかりに、妹が隣のソファーにどかっと腰をおろす。
「当たり前のこと言っていい? ワケもわからず急に行方不明になったらお義兄さん心配するよね?」
「それは……大丈夫。一応『書き置き』残してきた」
しばらくはまともに顔を合わせることもできないだろうし話せる気もしなかったため、一応メモを残してきたのだ。
……無駄なあがきかもしれないが、できるだけ発覚が遅れるようにと寝室のクローゼットの扉裏に。
何か事件や事故に巻き込まれてということではなく、自分の意思で出ていったのだと伝われば少なくとも無駄な大騒ぎにはならないだろう。
「今時、書き置きって……」
「だ、だってメールとかだとすぐ読まれちゃって駆けつけてこられちゃうかも知れないじゃん」
「すぐ駆けつけるほど心配される、ってのはわかってるのね?」
「……」
わかってはいる、が……。
今は本当に会える気がしない。
「聞いた限りだと、普通に同じ園に通う子どもの保護者同士って感じするけどな」
眉根を寄せて、そう妹は言ってくれるが。
あの時の二人は――それぞれ自分の娘の手をしっかり握ってはいたが、それはもう和やかな雰囲気の上に満面の笑みで。(春馬に至っては顔を赤く染めていたし)
何やらとても他者が入り込める空気ではないように見えたのだ。
よりによって相手が園内一の
そんな相手に顔を赤らめながらデレデレと鼻の下を伸ばした夫(時間経過とともにとんでもない脚色付き)を見たら――……
「き、きっと太っても何もするな、っていうのはさ……。もうきっと……どうでもよくなってたから、とかさ」
口に出した途端、一気に悲しみがこみ上げてくる。
夕べのスマホ事件も、もしかしたらレナちゃんママと連絡取り合っていたのかもしれない。
心の中でとっくに捨てられてたとしたら……そりゃあキスだってする気にならない、よね?
そう思ったら、ボロボロと大粒の涙までこぼれ始めていた。
「あたしの方が先に捨てられてたんだよ? だから家出くらいしたっていいじゃないいいい!」
「そんーなこと絶対ないと思うけどなあ……」
突如始まった大泣きにげんなりしながらも、妹がティッシュ箱を向けてくれる。
「『花織ラブ』のお義兄さんに限ってそんな……。ぜーったい何かお姉ちゃん誤解してるだけだってー」
「そんなのわかんないじゃんー! 世の中に『絶対』なんて言葉は――!」
ふいに。
やかましい泣き言をかき消すかのようなタイミングで、手元の携帯が鳴り始めた。
「!」
見ると電話の発信源はやはり春馬。
ということは、もう帰宅して「書き置き」に気付いたのだろうか。あのまま仲良さげな四人でどこかに寄って帰るかも、とまで予想していたのだが。
(で、出ない……出ないぞ。出てやるもんか)
思いのほか早かった反応につい動揺してしまったが、このまま応答せずにやり過ごすことにする。
着信音が止んで少しすると、今度は短いメッセージの受信音。
それが立て続けに二回鳴る。
一応心配して「どうしたの?」「どこにいるの?」という文言あたりだろうか。
(よっ読まないもんね! 絶対既読マークも付けてやるもんかっ)
あんなラブラブ密会(暴走脚色中)の後でこちらの心配をしてみせる春馬もなかなかだが、こちらの決意だって固い。
電話もメッセージも無視してからしばらくすると、今度はテーブルの上で妹の携帯が震えだした。
画面を確認するまでもない。おそらく春馬からの電話だろう。
先ほどからモノ言いたげな視線を向けてきていただけの妹が、さすがに自分の携帯には出ようと立ち上がって手を伸ばす。
「だ……ダメっ! 出ないで!」
「ええー……」
今、話せることなんてどうせ何もない。
「このまま逃げててもしょうがないでしょ? ちゃんと話した方がいいって。お姉ちゃん」
冷静に、諭すように言う妹の手を押さえ込んだまま、子供のようにふるふると首を横に振るしかできなかった。
やがて途切れた振動。
少し待ってもその後どちらの携帯も鳴ることはなかった。
あきらめた……のだろうか?
ホッとしたような、ホラね?と投げやりになるような、少しだけ物悲しいような……複雑な感情が押し寄せる。
(電話にも出ないならもういいや……ってことかな……)
事実と向き合うのが怖くて出られなかったのは自分なのに、淋しいと思うなんて……。
バカで弱い自分が嫌になる。
もしかしたら、体型がどうこういう前にこういう部分に嫌気がさして春馬の目が他を向き始めたのかもしれない。ちょっとしたことですぐ不安になって、それを表にも出せなくて……。
次々に気付く心当たりに、再びあっという間に涙があふれてくる。
(それならそう、言ってくれればよかったのに……)
ひとしきり泣いたら、思いのほかスッキリしていた。
「彩香! 例のストレッチ教えて!」
目尻の涙を拭いながら、努めて明るく颯爽と立ち上がってみせる。
(もういいと思われたんなら、あたしだってもういいもんね! ハルの言うことなんて聞いてやらない!)
スッキリさっぱりした今、こどものケンカか……と一人ツッコみしたくなるような思考が自身には渦巻いていたのだが、さめざめ欝々と泣いてるよりは百倍マシだろう。わりと本気でそう思う。
春馬とこの後どうなるかはわからないが、せめて自分を嫌いにならないように、もっと自信を持てるようにできることはやろう。
(何なら走り込みとかも始めて、真面目にフィットネスクラブに通うのもいいかも。めっちゃ綺麗に痩せて見返してやろうか!)
「こうなったら何が何でも痩せてやるっ! 姉ちゃん頑張るよ!」
「いいけど。
ここまでの様子を心配していないわけはないのだが、妹もあえていつもどおりに振舞ってくれた。
とりあえず下だけでも着替えとけば? と言われたが、ヤル気満々をアピールするため上下ともに借り物の白ジャージに着替え、妹プレゼンツ即席エクササイズ講座が始まって――――数秒後。
「ちょ、ちょちょちょっと待っ……! い、いいだだダダダ……!」
脚を揃えて座り、長座前屈の姿勢からゆっくりと背中を押され、思わず悲鳴をあげていた。
「な、なんかピキッていった! 背中が! 変に、ピキッて!」
「どんだけ運動不足なの……お姉ちゃん……?」
これまだ軽いウォームアップ――っていうかそれ以前の問題なんだけど……と白い眼を向けられたって知るものか。
運動神経の塊な自分と一緒にしないでほしい!
背中をさすりながら恨みがましく妹を見上げていると――
来客を告げるインターホンがやけに大きく鳴り響いた。
ピンポーンピンポーン。
妹と顔を見合わせている間にさらに二回。
(こ、これはもしや……)
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