増量……えっ、アリなんですか!?(2)
「え? 何を? 運動? なんで?」
ぴたりと動きを止めてぱちくり瞬きをする妹。
やはりそうきますよねえ。
「わかんない……。今朝ぽろっと『ジムにでも通ってみようかな』って言ったら、『は? 何言ってんの? 絶対ダメだよ?』って」
それも恐ろしく爽やかな笑顔で、春馬が宣ったのだ。
「ダメっていうか、三日坊主のお姉ちゃんには『無駄』って言いたかっただけじゃないの?」
「うーん……時間なかったからそこで話終わっちゃって、何でなのかとかはわかんない……。けど、あの言いつけ破ったら何かもの凄く怖いことになる、ような気だけはする……」
不思議にもなぜか恐ろしい満面の笑みを思い浮かべてしまい、一瞬悪寒が走る。
食い下がろうとした時にはタイムリミットだったらしく、「とにかく駄目だよ。運動も減量もね」としっかり念押しまでして仕事に出掛けて行ったのだ。
続きは帰ってからにしよう、と自分もあきらめざるを得なかった。
「なんだろね? 単純にもうちょっと肉がついてくれた方がお義兄さん的には好み、だとか?」
そう……なのだろうか。
でもそんな話聞いたことない。
「無理してほしくないんじゃないの? お姉ちゃんラブなお義兄さんとしてはさ」
「じゃあやっぱり、お姉さんそのままでいたほうが……」
わずかに首を傾げながら、柚葉もウンウンと頷いている。
「いやーそれが……そんな悠長なことも言ってられないっていうか」
「?」
「……園が魔界なのよね」
「「は?」」
「魔界」は言いすぎかもしれないが(おまけに気にしすぎなのかもしれないが)、娘が通う幼稚園にはやたら若くて綺麗なママたちが多い。
しかも――これもとんでもなく変に気にしすぎなのかもしれないが――春馬はあの人懐こい笑顔ゆえか、
そんな危険人物予備軍?もわんさかいる中、いくら
しかも来月からお花見会やら運動会やら園行事が目白押しなのだ。
強制ではないのだが両親そろって参加という家族がかなりの割合を占めているし、春馬ももちろん喜んで(状況が許す限り、ではあるが)参加している。
いつ、どの場面でもちゃんと
妙な意地だと言われても構わない。変なモヤモヤを抱えたまま日々を過ごしたくないし、正直「綺麗になって何が悪い?」という思いもある。
――が。
今朝のあの
何とか秘密裏に減量しつつ綺麗になる術はないものだろうか――?
「――!」
宙を仰いでぴくりと動きを止めたかと思うと、突然、
残された柚葉と「ね、ネコ?」「なにごと?」と一瞬だけ顔を見合わせ、花織も後を追って廊下にひょっこり顔を出したところ――
「おっかえりー!」
玄関扉を開けて入って来かけた義弟くんの首に、妹が元気に飛び付く瞬間を目撃してしまった。
「…………」
どうやってか彼の帰宅を察知した妹が驚異の瞬発力で出迎えに走った、ということはわかった。
わかった……が。
別段驚いている風でもなく小柄な妹の体を抱きかかえながらヨシヨシと頭を撫でくり回しているところを見ると、彼も慣れているのだろうか?
毎回こんな「ジャンピングおかえり」なのだろうか。
いや、そこは各家庭色々だろうし、三つ指ついてお出迎えしろと言いたいわけでもない。
いいのだが――
「あ、あんたたち……毎回こう?」
いくらちっこい体とはいえ、毎回こんな弾丸を受け止めていたら義弟くんの腰に来るのではなかろうか。
「あ。お義姉さん。来てたんですね。いらっしゃい」
いつも通り整いすぎた顔でえらく朗らかに義弟くん。
疑惑と憐れみ半々の表情で指さすこちらの意図には気付きもしないらしい。
「ぼーきゅーん!」と叫びながら(未だ変な呼び方は抜けていないらしい……)遅れてとてててと走り寄ってきた姪にも、しゃがみ込み、常と同じく満面の笑みで撫でくり攻撃を開始していた。
「お……おじゃましてます。というか、あれ? 義弟くん今日は当直なのでは?」
「ですです。ちょっと忘れ物とりにきただけで」
またすぐ出まっす、と撫でくりを中断して上がり込んだところに、ちょうど柚葉もリビングから姿を現した。
「お邪魔してます、先輩」
「おう、久しぶり。ああそうか、あいつ行ったか」
「はい。『お土産にワインでも買ってくるから今度飲もう』だそうです」
「おー、いいね」
仲のいい友達がいるっていいなあ……彼らが羨ましいなあ……と、ほのぼの空気が伝染したのか、つい微笑んで彼らのやり取りを見送ってしまいかけ――
ハッとする。
「和気あいあいなご歓談中、申し訳ないっ! 義弟くんっ!」
気が付いたら両手を合わせてごめんなさいスタイルで思いっきり呼び止めていた。
楽しい会話を遮って本当に申し訳ないとは思うが、彼は忘れ物を取りに来ただけでまたすぐこの場を去ってしまうのだ。
さっさと聞きたいことを聞いておかねば! 許せ妹たちよ!
「何ですかお義姉さん。え、なんか怒ってます?」
たいして驚いた風もなく、わずかに笑いを含んだまま彼は見下ろしてくる。
「もし! もし彩香がさ、急に太ったら――どうする?」
「? どうもしないですね、たぶん」
ほとんど間を置かず、キョトンと、だがはっきりと義弟くん。
太れるもんなら太ってほしいくらいッスけどね、特に胸のあたり……とつぶやいた瞬間、ぺちっと威力の無さそうな平手が下から入っていた。
「いやいやいや……冗談じゃなくさ。義弟くん。どこまでなら彩香ポチャってもOK? 許せる範囲、というか!」
妙に切羽詰まった様子にようやく気付いてくれたのか、宙に視線を巡らせてうーん……と唸ること数秒。
「こう、した時に――」
言いながら、義弟くんが妹を抱き寄せてすっぽり腕の中に閉じ込める。
「こうやって腕がまわれば問題ないッスね」
「まわれば、って……まだまだ全然余裕じゃないの……」
元々身長差がある上に厚みの感じられない妹の体は、義弟くんの両腕によって難なく覆い尽くされてしまう。
二倍三倍の体重になっても大丈夫なんじゃなかろうか、とさえ思ってしまった。
「じゃあさ、結構ヤバいとこまで彩香が太ったとして。何が何でもどんなハードなことしてでも痩せたい! って彩香が言いだしたら?」
「よっぽど危なっかしいことしなきゃ好きにさせる……かなあ? 見た目がどうとかホントどうでもいいし、とにかく
口の端をくいと上げた自信満々な笑みが宿る。
そのまま「おら、わかったか?」と、わずかに頬の染まった
「…………」
あまり参考にならないだけではなく、また無駄にあてられただけだったと気付いた頃には、どこかから発掘してきた忘れ物とやらを手に義弟くんはにこやかに出立していた。
「はっ、しまった! アドバイス貰うの忘れた!」
「だから…………。どうせそんなのないって」
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