【おまけ】
無自覚、アリかも?(1)
「こっちはいかにも仕事用って感じだし……。コレと、あ、コレなんかもいけるかも。あててみて?」
紺色のミディアムドレスを片手に、鏡の前に立つ妹にさらにサテンとオーガンジーのワンピースをあてがってみる。
桜色で光沢のあるそれは花織にとっては超ミニだが、身長の高くない妹には程よい丈でイメージ的にも申し分ない。
やや大きく開いた襟ぐりとノースリーブが気になるなら、こっちのチュールストールを羽織ればいいとして――――おお、可愛いじゃないか!
「ほら、いいんじゃない? これ」
「もう……何でもいい」
満足気に笑むこちらとは対照的なやけに疲れた声で、妹がげんなりと肩を落とした。
かねてより、同僚の季節外れの送別会とやらで春馬が出掛けることになっていたこの日、土曜の夜。
何だか物寂しいし久しぶりだし夕食でも一緒にどうか、と妹とその彼氏くんに声をかけていたのだが。
ついでに先輩の結婚式に着ていく服を借して欲しい、と我が家を訪れるなりなぜか彼氏くんの方が切羽詰まった様子で頼み込んできた。
じゃあアルコールが入ってワケわかんなくなる前に選んどく?と、急遽リビングにスタンドミラーを引っ張りだし、ファッションショーならぬ彼氏によるファッションチェック(なぜ……?)が始まった。
のであるが――。
「んー、駄目」
先ほどから何を出しても、ド◯小西ばりに目を光らせて後ろで待機している彼氏くんから色よい返事がもらえない。
「えー、コレなんかあたしにはもうキビシイけど彩香だったらまだ大丈夫よー。ほら可愛い可愛い」
「う……うん可愛い……可愛い。も……もういいじゃん? これで」
あまりにもダメ出しを食らうものだから、当事者のはずの妹はもうすっかり投げやりになっていた。顔つきも何やらそこはかとなくアヤシい……。
この妹が鏡を見つめて自分は可愛いと暗示をかけるあたり、そうとう参っているものと思われる。
「っていうか、こないだのあのカクテルドレスでいいじゃない、ブルーの。似合ってたし。何? 他の友だちの式と被っちゃうとか?」
「いや、あたしもあれでいいと思ってたんだけど……あのヒトが、駄目って」
指さされたあのヒトが、リビングど真ん中から当然だろと言わんばかりに首だけ捩じ向ける。
膝の上に我が愛娘を乗せてあやしてくれながら。
「駄目。無理。ぜってー嫌だ。人前に出せねえ」
(うわー……独占欲バリバリかぁ)
ということは……と、突然はたと腑に落ちた。
数着出してきたこれらがあっさりダメ出し食らってたのは、逆に似合ってて可愛いからってことか!?
そういうことは早く言え!
というか、そうなるとこれ以降はどういった基準で選べばいいんだ……?と本気で頭を抱えたくなってきたところに――
「そ……そんなにおかしいなら、その時に言ってくれれば……! そんなみっともないカッコして人前で浮かれてたなんてあたし――」
やや声を詰まらせながら、妹が今にも泣き出しそうに顔を歪めて怒った。
(ってこっちは全くわかってないとか!? 無自覚かい!)
お笑い芸人さながらにガクッと膝が落ちそうになってしまう。
どれだけ理不尽に独占的に囲い込まれようとしているかまるでわかってないらしい妹は、必死で堪らえようとはしているものの明らかに涙ぐんでいる。
もちろん下手な泣き真似や冗談や軽い謙遜などでは全くなく――。
(うわー……相変わらずなのか、ウルトラネガティブ大魔王によるこの超悲観的スペシャル過小評価)
「ばーか。そういう意味じゃねえ」
娘を抱っこしたまま、彼氏くんがゆったりと側に歩み寄って来る。
「可愛すぎて他のヤツに見せたくねーんだっての」
「……またそんなテキトーなこと言って……」
「テキトーって…………あーもーハイハイ。いいよ、そう思っとけ」
「じゃあもう決めて。あのブルーのとコレと、どっちがおかしくない?」
「……………………どっちも駄目。おかしくねーけどどっちも嫌だ」
「それじゃフリダシじゃん……」
目尻の涙を拭いながら、ようやく困ったようにくすくす笑い出す妹。
それを高い位置から優しげな目で見下ろし、大きな手のひらがぐしゃぐしゃっと頭を撫でていた。
二人とも、すぐ隣に立つ姉のことなどすでに眼中にないようである。
(
いつの間にこんなバカップルができ上がっていたのだろう……?
片やほぼ無理解、無自覚だが。
ついどうでもいい気分になって珍獣どもを呆然と眺めていると、意気揚々と彼氏くんが振り返った。
存在は忘れられていなかったらしい。
「というワケでおねーさん。なるべく地味なヤツ貸してください。めっちゃダッッサいオバさんっぽいヤツ」
「き、キサマ……」
このみるみる湧き出てくる殺気、放出していいだろうか? 行動に移していいと誰か言ってくれ。
地味モノを求めてなんでウチへ来る!? アラサーのワードローブを舐めるなよ?
「……なるほど。独占欲バリバリってわけかあ。彩ちゃん大変だねぇ、束縛激しい彼氏だと」
心の内がなぜか男の声で具現化されていた。
と思ったら、ひょっこり春馬がリビングに姿を現していた。
「え、あれ? おかえり。ずいぶん早かったのね」
妹たちが来るということで早い帰宅になるだろうと踏んではいたが、玄関ドアが開いた音さえ気付かなかった。
ごめんね気が付かなくて、と脱いだ上着を受け取りに駆け寄ると「ただいま」と優しいキスが頬に降ってきた。
「ぱぱぁー」
彼氏くんの腕からぴょんと下りた娘がとてとてと春馬に走り寄り、同じようにほっぺチューを受ける。
夫婦同様、我が家の日課だ。
いつもならそのまま抱き上げられて満足そうに首周りにしがみついているのだが、なんとそのまま回れ右して彼氏くんの足元に元気に駆け戻っていった。
(やっぱり若くてイケメンな方がいいのか! っていうかお前のパパだって捨てたもんじゃないんだぞっ!)
我が娘ながらなんと恐ろしいことを……と冷や汗をかいていると。
よっこらしょと再度娘を抱き上げた彼氏くんに、春馬が極上の微笑みをたたえてにじり寄っていた。
こ、怖い。
「あーやっぱり早く帰ってきて良かったー。虫の知らせって言うのかなあ? 愛する妻と娘と義妹に何か変なモノが差し迫ってるような気がしてさーあ」
ほら、パパが怒ってるじゃないか娘よ……。
「俺ら来るって前から言ってありましたよね? つーか、今のセリフに『義妹』を差し挟むあたりオニーサンも相当変っすけどねー?」
「キミに『おにーさん』と呼ばれる筋合いないかなぁぁぁ」
「えーどうせ近いうちにそうなりますからー。呼びたくないですけどぉぉぉ」
最近どうも激しさを増している気がする。この火花。
本気で反りが合わない二人というわけではなかったはずなのだが……。
「同棲」「結婚」話が出たあたりから春馬はこうなのだ。
変な虫から可愛い義妹を守る『義兄』という役回りに浸りきってでもいるのだろうか、我が夫は。
変な虫どころか、そうそうお目にかかれないくらい全てにおいてハイスペックな(悪いのはクチくらいだろうか)いろいろな意味で超有望な相手だということもわかっているはずなのだが。
まあ、それほどまでにせっかくできたこの義妹を可愛がってくれているということは確からしい。
ついでに言うと……いともあっさり愛娘に背を向けられたショックで、単純にやっかみも入っているのだろう。
「そういうことは彩ちゃんからちゃんとオーケーもらってから言った方がいいんじゃないのかなー? まだ一緒に暮らせてさえいないんだからさー。ねー花織ー?」
「えっ!? あ……そ、そうだね、うん」
すまぬ、彼氏くん。簡単に言うと春馬は拗ねて絡んでいるだけだ。
わかってはいるが、娘に続いて自分までもがキミの味方をしてしまうと我が夫が傷心で犬化してしまう。(それも可愛いのだが、人目に晒すのはちょっと憚られる……)
「せめて口約束くらいは……ほ、欲しいかなぁ? なんて……。ほら
「え……あ」
トンと小突いてやると、急に我に返ったように妹。
いやそのえっと……などとつぶやきながら明らかに目が泳いでいる。
そんな反応にももう慣れっこなのだろう。娘を抱いたまま当たり前のように少しだけ身を屈め、彼氏くんがすぐ間近に妹の顔を覗き込んだ。
「ほら、おねーさんもこう言ってる。結婚しよ?」
「か、軽……」
「だよねえぇぇー? 彩ちゃん? そういうことはもっと重厚に且つ厳かに、気持ちを込めて言わないと……。ねえ、花織?」
肉団子食おうとしてた時に何の前触れもなくぽろっと口に出したあんたにヒトのこと言えるのか? ……とも思ったが、ここでもやはり彼氏くんの肩は持てない。
「う、うん……今のはナイわー。軽すぎー」
「だっておねーさん、軽く言おうが重く言おうがずっとこうなんスよ?」
本当に何度も何度も勝負をかけては躱されてきたのだろう。(よく考えると何て不憫な……)
妹の顔を指しながら、文句のつけようがないイケメンがこの時ばかりはちょっとだけ不服そうに眉を寄せていた。
「キミのことがきっと嫌なんだよおぉぉ。かなり束縛激しそうだし。ねぇ花織?」
「…………(それもアンタ、よく言えるな)」
いい加減子供じみた嫉妬を展開する旦那に加勢するのはやめようか、とため息がもれた時。
「ち、違いますお義兄さん……嫌とか束縛とか、そういうんじゃなくて」
一瞬前のセリフから驚いて目を見開いていた妹が、思いのほか激しく首を横に振り出していた。
「今回の先輩の結婚式だってあたしの方が別に行かなくても……って思ってたら、『いいから行ってこい。友達付き合い大事にしろ』って言ってくれて――」
「それでいちいち着てく服にケチつけてたんじゃねぇー。せっかくのイイ話も台無しって感じかなー」
「彼氏くん意外に面倒くさ」
しまった……ついぽろっと本音も出てしまった。
はっと気付いた時には、高身長な男が傷付いた顔で大げさによろめいていた。
「ひ、ひでぇ」
姉夫婦に白い目を向けられ、縋るように腕の中の三歳児の顔を覗き込む。
「みーは俺の味方だよな?」
「う?」
「みーは『あーちゃん』大好きだろ? 俺も『あーちゃん』大好きなんだ。だから仲間な?」
ぽかんと可愛らしく首を傾げていた娘が、にこぉっと破壊力抜群の笑みを浮かべた。
「ぼーきゅんも
「だから、俺『ぼーきゅん』じゃなくて……」
「う? 『じゅーきゅん』?」
「だ、誰……?」
「ほらあ、お姉ちゃんたちが変な呼び方するから……」
まったくもー……と妹が困ったように笑い出したことで、なんとなくその場は――空気的には――一応の区切りがついた……ように思われた。
「あたしじゃないわよ。ハルに言ってよ。……っていうかキリがないからもうご飯食べよう。ほら片付けて」
とりあえずは桜色のワンピースを不繊布カバーに収めてザックリ二つに折りたたみ、そのまま手頃で丈夫なペーパーバッグに突っ込んでやる。
使うかどうかはわからないが、あとはもう二人でどうにでも決めてくれればいい。
とにかくこのままでは埒が明かない。
服の件はともかくとして、二人の未来の件については――――
どうしたモンかな……とため息をひとつついて、足取り重く花織はキッチンへと向かった。
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