時間交差点
時間は一次元であるという。過去から未来への一方通行であるから、このように呼ぶのだろう。これに三次元空間を付け足して、この世界を四次元と言うことがある。でもある日、どうやら時間は一次元でないらしいことがわかった。というのも、まったく違う時間軸に生きている人間と知り合ったことから知ったのだ。
彼の名はアルフレッド。出会ったとき、彼は公園でブランコに乗っていた。僕から話しかけてみると、ゲームが好きという共通の趣味から友達になり、
「いつかレオン家に遊びに行きたい」
「じゃあ明日にでもおいでよ」
と、こんな会話をした。僕は親に友達が来ることを告げて、それなりのもてなしをするため、菓子やジュースを用意した。そして次の日、五人のアルフレッドがやって来た。
僕は面食らった。彼らは皆、一目で同一人物とわかる相貌をしていた。何故彼らが同一人物であると納得したのかはわからない。どこにもそれらしい理由は見当たらなかったが、僕には既視感があった上にこれを疑問に思うこと自体がナンセンスのようにも思うところがあった。
それにしても、てっきりひとりでやって来るものと思っていたから、僕は焦りに焦って頭が真っ白になった。母に何と言えば良い? 菓子やジュースは足りるか?
いや、それ以前にこれはどういうことだろう?
「お邪魔します」
僕がぼうっとしている間に、ひとりのアルフレッドが笑顔で扉を開けた。
「ああ、いらっしゃ……!?」
ぞろぞろと入るアルフレッドたちに母は絶句していた。夕食を食べるかと聞きかけた口を真一文字にして、代わりに引きつった笑みを浮かべていた。そこには謎のプロ意識が見て取れた。
「ね、ねえ。アルフレッドって五つ子だったの?」
「違うけど」
「どういうこと?」
「つまり?」アルフレッドは口をぽかんと開けてから、「ああ、こっちの君には話してなかったか。まあ、それについては長くなるから、まずは入れて」
「良いけど……」
僕は玄関を閉めた。
自室に通すと、あまりの数に部屋が狭く感じられる。
「で、どういうこと?」僕は我慢できずに聞いた。
「メモ帳ってある?」
「あるけど」
手渡すと、彼はペンでそこに十字を描いた。
「よっしゃ、早速ゲームして遊ぼうぜ」
アルフレッドのひとりがコントローラーを持って、真っ暗な画面を見つめながら笑っていた。
「何これ……」
「何これって?」また別のアルフレッドが聞く。
「エアゲームしてる」
「え?」
「どこ見てるんだ」メモを持ったアルフレッドが言う。「良いかい、君の時間の向きを横にすると、俺は縦軸になる。レオンから見て俺は複数人に見えるだろうけど、これは時間の交差点にあるからなんだ」
「時間の交差点?」
「そう。この十字の交点。これが今なんだよ」彼は丸で囲みながら、「まったく違う時間軸に生きる俺たちが、何の因果か交わった。あっ、今は世界線の説明をしてるよ」
突然アルフレッドは僕とは別の場所を見つめ、そう言った。狼狽えるこちらの様子を見て、
「ああごめん。君には俺が複数人居るように見えるのと同じで、俺にもレオンが複数人居るように見えているんだ」
「どこにも居ないけど……」
「それは俺も同じ。他の俺は全然見えない」別のアルフレッドが言った。
「待って待って。まだわからないよ──つまり、交差点に居るとどうして複数に見えるわけ?」
「俺たちは違う時間の向きを生きていると言っただろう。交差した範囲内では、俺の過去・未来は君にとっては一瞬の出来事だけど、俺から見れば君の過去・未来も同じ時間に存在しているように感じられるんだよ」
僕は混乱した。
「じゃあつまり、ここに居る五人のアルフレッドは、別の日を過ごしているってこと?」
「そうなる。俺は月曜日」
「君は何曜日?」
「火曜日」
「水曜日だけど」
「確か、木曜日だね」
「もう金曜日だ。今日が最終日だな」
僕は目を丸くした。
「最終日って?」
「おいおい、初日に説明しただろう。あ、君は月曜日か……」金曜日の彼は人差し指を立てて、「どうやら俺たちは六日間だけ交差しているらしいんだ」
「六日間、交差している……」
僕の呟きに、月曜日のアルフレッドが「そうか!」と叫んだ。「だから五人居るのか。いいかい、俺たちはきっと六日間だけ交差しているんだ。昨日を含めずに五日分だけここに集まったわけか。じゃあ、君は今何曜日? うん。……うんうん。成る程」
「アルフレッド?」
「ああ、いや。ごめんごめん。五人も居るとなかなか気持ち悪いな。会話が難しい。え? スケジュール帳がある? 管理してる? 何これ百マス計算?」
「何の話をしてるのさ」
「えっと──」アルフレッドは俯きながら、「どうやら、金曜日の君が百マス計算の紙にスケジュールを書いていたらしいんだ。これで俺たちが混乱しないようにしようってわけだな」
「何を見てるの?」
僕から見て、彼は何もない虚空の一点を見つめているように見えた。
「スケジュールだけど」
「見えないよ」
「ああそっか。これは金曜日のものだから。じゃあ、メモに書き写そう」
と、三人のアルフレッドが部屋を出て行った。遠くからは「お邪魔しました」と挨拶が聞こえ、玄関扉の閉まる音がした。
「皆それぞれのスケジュールに従って行ったんだ」と月曜日のアルフレッドが説明してくれた。「月曜日には公園でサッカー、火曜日にはここでゲームを、水曜日は映画を観て、木曜日は水上パークへ遊びに行く。そして金曜日は──」
僕は彼の手元を見た。
「お別れ会、かあ……」
出会ったばかりの僕らは、少し寂しい気持ちになった。
「だから精一杯遊ぼうぜ」アルフレッドはニヤリとして言った。「俺たちの未来はどうせ明るいんだ。楽しまなきゃな」
「そうだね。交差しているのは今だけなんだから」
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