ビューティフル
人工的な美しさと言うものに、僕はどうしようもない怖れを抱いてしまう。均整の取れた顔立ち、計算し尽くされた表情──僕はそんな魅力に対し、自然に湧き上がる心持ちが人工的に誘導されたものなのではないか、と考えてしまうのだ。
だから、同居人のア崎麻里を見ていると、言葉に出来ない感情に襲われるのだった。彼女はア型──つまるところのアンドロイドであり、人間の亜種なのだ。麻里の吸い込まれそうなほどに真っ黒な瞳、艶のある髪、柔らかな唇、血色の良い肌。これらが誰かにデザインされ、魅了する閾値にまで達した製品としての顔であることを忘れてしまいそうになる。
彼女がまるで人間のように見えるたび、そしてあまりに洗練された美しさに見惚れてしまうたび、それと自覚しては不気味な思いに囚われるのだった。
「どうしたの?」
麻里は不思議そうにこちらを見つめ、網膜の中に僕の姿を写す。
「……いや、何でもない」
マネキンと人間の境目が、同じ動物というカテゴリに含まれたことで薄れていった。今更、魂があるかないかなど問うつもりはない。付喪神のあるように、物には人の精神が映り込む。問題なのは、人間にとってアンドロイドが生きているように見えても、アンドロイドには人間が生きているようにも死んでいるようにも見えるのではないか、ということにある。
もしも生命が動く物であれば良いのなら、電池を入れて動く死体を見て、アンドロイドは「生きている」と言うのに違いない。
きっと僕の感じる恐ろしさはここにもあるのだろう。つまり、死んでいるものをまるで生きているように魅せられている……、少なくとも僕の中で生と死の境目が薄れてしまっているのだ。
麻里はまるで綺麗なミイラにも見えるし、誰よりも死に近い人間にも思えた。彼女はいわば──そう、境目そのものなのだ。どちらともつかない不安定さが、そのまま僕に定着してしまった。……そう言うことなのだろう。
「ねえ、君は──」僕は恥ずかしくなって、目を逸らした。「生きているのかな、死んでいるのかな」
この質問は殆ど壁に向けて話すのと変わりないのではないか。
彼女は微笑み、
「どっちが良い?」と聞く。「私はどっちでも良いわ」
「それは僕が良くない」
「どうして?」麻里は瞬いた。
「君の瞳に吸い込まれてしまう」
「吸い込まれる?」
「美しいものが怖い」
「美しいもの」
「そう、人工的な顔が」
「顔、が──」
そう呟いてから、彼女はくすくすと笑った。
けれど、僕はその目が笑っていないのに気がついた。
「なら、こうしましょう」
彼女は鼻をつまみ、唇に指を入れて、顔をふたつに引き裂いた。ピンク色の人工筋肉が露わになって、滑らかな素肌が破かれる。
「これで、良いでしょう? 貴方はもう、怖いものを見なくて済むわ。──あれ? でも、人から生まれた子どもって、人工物とは違うのかな。人間って人工物とは違うのかな。貴方って、人工物じゃないのかな?」
麻里のただれた唇は楽しそうに歪んで。
柔らかな指先が、僕の顔に優しく触れた。
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