シミュレーション〜記憶の中の記憶の中の記憶〜

 人の記憶を保管できるようになったことで、好きな夢を見ることが可能となった。

 他人の記憶の中に入り込むことで、追体験する。それは単に映像を見るのではなく、自分にダウンロードすることで感覚さえも同期できるのだ。

 俺は労働階級から脱け出せず、少ない稼ぎで日々を過ごしている。退屈な毎日だ。楽しみはと言えば、先述した他人になりきる夢を見ることくらいだ。

 今日はどれを見ようものかと思い、そこでふと時計を見た。針が回っている。アナログ時計だ。時計なのだから、回っていることは何もおかしくはない。

 いや、そこではない。問題は、論点は、別にある。

「確か、俺はデジタル時計だったはず……」

 そう考えた途端に、気を失った。

 真っ暗闇の中だ。

 俺はこの感覚を知っている。

 接続が切れたのだ。

 つまり──。

 目が、覚めた。

「夢を、見ていたのか」

 寝覚が悪く、汗をかいている。ふかふかのベッドから降りると、シャンデリアの真下で伸びをした。夢だったことに微かに安堵して、俺は額の汗を拭った。時計を見る。壁をスワイプすると、すぐさま時刻が表示される。そうだ。俺は時計なんざ古臭いものは持っていない。

 労働階級だって?

 そんなの、あり得ない。

 今の時代において、労働は必要なくなった。大抵のことはAIがやってくれる。それに、自分の持つAIを他人に貸すことで、更なる賃金が発生するのだから、AIは資本だ。

 だから、自分の手を汚すだなんて真似は到底、想像ができない。心臓が高鳴っている。

「まったく、嫌な夢だ」

 戸棚を開けて、一本のワインを取り出すと、グラスに注いだ。匂いを嗅いで、その現実感に浸る。口をつけ、下の上で転がしてから飲み込む。

 次第に脈拍が安定していく。

 ため息をつくと、ベッドに入り込む。

 寝よう。

 眠れば、すべては解決する。

 少なくとも、疲労は取れるからな。

「おはようございます。午前七時をお知らせします」

 目を開けると、デジタル時計のアラームが聞こえてきた。

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