ドッキリ

 ヨリコは寝ている彼の枕元に立ち、静かに「ごめんね」と呟いた。

 目を覚ました彼は、訝しむ様子でヨリコを見つめた後、微笑んだ。

「何……どうしたの?」

「ごめんね」尚もヨリコは謝る。「本当に、ごめんなさい……」

 困惑した様子で彼はヨリコの元へと近づいた。ヨリコの傍には鏡が一つ、机の上に置かれていた。そこには、ヨリコは映っていない。ただ、部屋の中の様子だけが、鏡の中に広がっているばかりだ。

「えっ──」彼は落ち着かなくなり、「どういうこと」

 しくしくと、ヨリコは泣き出した。尋常でない様子に、彼はますます焦りを募らせる。

 ──ドッキリ成功だ。

 ヨリコは心の中で笑った。

 鏡に見えるそれは、タブレット端末なのであった。既に持っていた鏡と似せたのだ。鏡のように見せているのは、実は予め撮影しておいた映像を流しているだけで、そこにヨリコが映らないのは当然のことであった。

 映像の最後にはヨリコが登場し、『ドッキリ大成功』という言葉と共に、ネタバラシをするつもりだった。だから、それまでは場を繋がなくてはならない。

 ヨリコは演技を続ける。

「本当に、ごめん、……ね。事故に遭っちゃって、そのまま帰れなくなっちゃった」

 彼は俯き、何も話さない。

 ヨリコは思わず笑ってしまいそうになるのを堪え、ちらりとタブレット端末を見やる。

 ──そろそろ私が映る筈だ。

 然し、一向にヨリコは出てこない。長いこと撮影したのだったかと考えてから、そんなはずは無いことに気がついた。撮影には時間をかけていない。

 何故だろうか、とヨリコはタブレット端末を確認する。すると、彼の姿が映り込んだ。ヨリコの背後に立っているらしい。

「え?」と間抜けな声を出して、ヨリコは思い出した。

 タブレット端末は、鞄の中に仕舞ったままであることを。

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