天国かそうでないか
エヌ氏が目を覚ましたとき、彼は別世界に居た。雲ひとつない青空と、一面に広がる花畑。色とりどりの花たちが、寝ぼけたエヌ氏を出迎えた。
起き上がると、自分に影がかかっているのに気がついた。振り返ってみればそこには大きな樹がそびえ立っている。赤い果実をぶら下げて、艶のある輝きを日光を照り返していた。
樹のふもとをみれば、ぼろぼろになった看板が地面に刺さっていた。そこにはどの国の言語かはわからない文章が書かれている。しかし一度読んでみれば、意味を理解することができた。
曰く、『死んだ方は果実を食べてください』とのことだった。エヌ氏はさっそく地面に落ちた果実を一口齧ると、思考がクリアになるような感じがした。この奇妙な覚醒感に驚いて、思わず手中の果物を見やった。
エヌ氏は間も無くして、今までの人生がすべて夢であったことを思い出した。また、ここが本当の現実であることも。彼は爽やかな達成感と共に花畑を後にして、大仰な扉を叩いた。その先に天国が広がっているのだ。
この扉の隣にはもうひとつ扉があった。その先は永遠に何もない、果てしなく続く道がある。エヌ氏はこの先へ自ら行こうとする者など居ないだろう、と思った。けれど、彼の目の前で虚無への扉を開けようとする男が現れた。
好奇心に駆られて、エヌ氏は聞く。
「どうしてそちらへ行くのですか。天国ならこちらにあるのですよ」
「ええ、わかっています」男は弱々しく笑うと、「しかし、私には天国へ行く資格などないのです。私はしっかりと人生を生き抜くことが出来なかった。あの果実を食べて、それを思い出したのですよ」
相槌を打ちながら、エヌ氏は何気なく看板を見た。案内の書かれた裏には、『罪悪感の果実』と書かれていた。審判は頭の中で行われたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます