クオリアオブザ・デッド

 思考の中には、言葉にできない抽象的なイメージも含まれている。例えばそれは「ふわふわ」だとか「しっとり」と言った感覚に纏わる事柄が多く、人によっては共感覚と言う「音に色がついて見え」たり、「記号に味がついてい」たりする。

 こうしたイメージの多くは相手に伝えることはできず、自分だけの特別な感覚のひとつとして片付けられてしまう。これを広く共有できるようにするため、脳に埋め込まれたチップを経由しての「共感装置ジャックアプリ」が発明された。

 これを使えば相手の思考や感情、並びに感覚までが伝わってくると言う代物だ。これは教育にも大変役立っており、これを導入した子どもは道徳観などを教えられずとも、自発的に学んでいくようになった。

 しかしその反面、人間の思想やアイデアの価値が失われ、プライバシー権や著作権等と言った権利が廃止された。これに反対した人間たちにより、反共有思想が生まれ、彼らの手作りであるコンピュータウイルス「クオリアオブザ・デッド」を感染させる事件が発生した。

 このウイルスに感染した脳チップは、人間から主観的な感覚や意識を混濁させ、非常に表面的な動物──哲学的ゾンビへと変化させる。ただし見かけでは彼/彼女らが哲学的ゾンビなのかは判断できず、脳チップを検査する他に手段はない。

 さて隣の人間が感染しているのか、感染していないのか。それがわからない恐怖のために、共感しあう人間は少なくなった──かと言えばそうではない。実際には自分がそれと感染したかもしれない事実さえわからないのだから、抵抗しなくても構わないとする若者が急増した。保守的な者も居るにはいたが、彼らの多くは信頼できる友人によって懐柔させられていた。

 その上、クオリアがなくなることに対しての肯定的な意見が多く上がり、共感装置アプリ開発者は「クオリアオブザ・デッド」を正式に導入することを約束した。これにより、「クオリアオブザ・デッド」の持つ価値は失われることとなった。

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