ドナドナ
人間の魂とは精神である、と見做されてから早数十年。筋肉が段々と動かなくなっていく病に罹ったショウタは、肉体を捨てることもやぶさかではなかった。今現在持ち合わせている意識や記憶を、身体提供者に植え付ける手術を希望した。すると医者は、手術内容について再び説明してくれた。
「あなたの選んだコースですと、一日に三時間だけ自由が与えられます。つまりあれですな、多重人格のうちのひとりがあなたになる……そんな感じです」
「知っています。私も何度か経験しましたから。無意識を乗っ取るようなものですよね」
「私は知らないので何とも言えません」医者は苦笑して、「ですがまあ、そんなものでしょう」
それからカタログを見せて貰う。沢山ある身体を見つめながら、ショウタは第二の人生を夢想した。知能や身体能力だとか言った人の機能は、肉体に依存している。これから長い旅になるだろうから、どれにするかはそう簡単には選べなかった。
そんな様子を見て、
「お悩みのようですね」と、医者は頷く。「これは簡単なようで、存外難しい問題です。もしも生まれるときに身体を選んでこれたとしたら、人はきっと理想と違うと憤慨することでしょう」
「たったひとりの身体しか持てないのですからね」ショウタも顔を渋くさせて同意した。
「まったくです。なので、少しお値段は高くなりますが、複数の身体を借りることもできますよ」
「ほう、それは面白い。ひとつの脳で複数の身体に移植されるわけですか」
そう言えば、とショウタは思った。自分も身体提供のバイトをした際に、無意識でいることが多かった。もしかするとこれは、沢山の人間に乗っ取られていたからなのかもしれない。彼らはそれを、まるで自分の体験のように感じているわけだ。
「それにしても、よくこんなサービスを思い付きましたね」
「私が発明したわけではありませんから、あまり言えたものではありませんがね……、まったくその通りです。人と言うのは無いものねだりと言うか、隣の芝を欲しがると言うか……」
「いえいえ。そこじゃないですよ。精神移植と言う制度です。ほらこれって、私のようなドナー経験者に人気なサービスでしょう? 元ドナーがドナーから身体を借りるなんて……。ずっと儲けられるじゃないですか。まったく、悪趣味な話ですよね」
医者は難しい顔をした。
「……ええ。しかし貴方もこうなるとわかっていたのでしょう? ドナーになれば、身体が動かなくなること……そして、夢の中でしか生きられなくなるのだ、と」
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