第28話 仲間たち(1)

 この曲もまた、曲中のポジションチェンジが激しく、メンバー同士ですれ違ったり、位置を入れ替わったり、離れたと思えばまた集まったりを繰り返す。そのたびにお互いに一瞬視線を合わせて、笑みを向け合う。それが、いつも心強かった。

 そんなことを考えていると、カナデはつい先日、雑誌で取材を受けた時のことを思い出した。


「メンバーの個性、ですか」

 雑誌『Orbit』の記者で、インタビュアーを務めた平野は、カナデの回答を受けて小さく頷きながら、わずかに視線を落として呟く。

 レプリック・ドゥ・ランジュの特徴や魅力は何か、という質問に対する答えだったが、それだけではピンときていない様子だった。

「もう少し具体的に伺っても良いですか? メンバーそれぞれどのような個性を持っているのでしょうか」

 深堀りしようと、平野がそんな質問を続けると、カナデは戸惑ったような表情を浮かべる。

「さっき、ああいう答え方をしましたけど、実のところあまり意識して言葉にしたことがなくて。もしかしたら適切ではないのかもしれませんが……」


 あの時、どう答えたっけ。ライブに集中しながらも、曲の合間にふとそんなことを考えてしまう。

 まだ2曲目を終えたばかりなのに、カナデたちの顔は皆紅潮していた。それは緊張のせいもあっただろうし、今彼女たちが受けている大きな歓声のせいでもあるのかもしれない。

「ありがとうございます。少し場も温まったところで、自己紹介をさせてください」

 ちらりと、カナデがサキに視線を向けると、彼女はうなずいてステージの前方に歩いていく。

 そして満面の笑みを浮かべて、観客に声をかける。いつものように。この大勢のファンの前でも変わりなく。


桐谷 沙紀。

「サキさんは――『愛情の深さ』だと思います」

 カナデの答えに、平野は虚を突かれたように目を瞬かせる。あまり予想していなかった答えのようだった。

「それは、ファンに対しての、ですか?」

「もちろん、それもあります。でもそれだけじゃなくて」

 それまで、緊張気味だったカナデの表情が緩んだ。

「レプリック・ドゥ・ランジュが結成されてからまだ数か月ですけど、その短い期間の中でも戸惑って躊躇したり、逃げ出したくなったりするような場面は何度もありました。そんな時に最初の一歩を踏み出してくれるのは、いつもサキさんだった」

「それが、彼女の愛情の深さから来るものだと考えているんですか?」

 平野がそう確認すると、カナデはこくりと頷いた。

「彼女は矢面に立つことを厭わず、道を切り開きながら、私たちが先へ進むのを優しく促してくれる。そうかと思えば、いつの間にか私たちの横に立って、皆に目を配ってくれる。彼女はいつも、自分の事よりも、私たち――いえ、私たちを含めた他の皆の事を優先してくれて、しかもそれを当たり前の事のようにふるまってくれた」

「それは、彼女が最年長だったからでしょうか?」

「そうかもしれません。でも、そうじゃなくてもきっと彼女は同じように振舞ったんじゃないかと思います。それくらい、彼女が私たちやファンの方、スタッフの皆に向ける愛情は深くて。いつか誰かに裏切られることがあったとしても、きっと彼女にだけは裏切られることはない。理屈でなく、そう信じてしまえるほどのものでした」

「すごい信頼感ですね」

 なかば呆れにも近い感情を滲ませながら、平野が素直な感想を言うと、

「そうですね。もしかしたら彼女のことをお母さんみたいに思っているのかも」

 カナデはくすくすと笑う。

「サキさんがいなければ、レプリック・ドゥ・ランジュは今みたいな形になってない。メンバーはそれぞれ目標があって、それに伴う熱意もあるけど、きっと彼女がいなければ自分たちのことに精一杯で、こんな風にお互いを信頼することなんてできなかった。だから、私たちは皆、サキさんに感謝しているんです」


 そんなやりとりはしっかりと記事になっていて、サキも読んだそうだ。

「だからさ。お母さんってのはさ……」

 ライブ前日のリハーサルの朝、控室で彼女がひどく複雑そうな表情をしながらそんな不平を述べると、奏たちは苦笑を返した。

 ただその時、奏は微妙な違和感を覚えてもいた。沙紀のその表情は、何かもっと別の理由で出てきたように感じた。それが何なのかは分からなかったが、何か、後ろめたさのような――

 つんつん、と左脇を突かれて、カナデは我に返った。

 視線をそちらに向けると、リオが笑顔を見せながらも、非難の色を交えた視線を向けている。

 そうだ。ライブ中なのだから集中しなければならない。そうは思いつつも今日はいつになくメンバーのことを考えてしまう。


豊口 理央。

「リオも、お客さんやファンに対する思い入れはすごく強いです。それでも、私が彼女の個性として挙げるものがあるとしたら、それは『誇り高さ』だと思います」

「確かに、端から見ていても彼女のファンサービス精神は旺盛で、積極的なのはよくわかります。でも、それが『誇り高さ』なんですか?」

 いまいちカナデが挙げたその言葉とのつながりが読めず、平野はそう疑問を口にする。

「そう、ですね」

 その疑問はもっともだと思ったから、カナデは視線を落としながらどう伝えるべきかと考え込む。

「サキさんがファンに向ける愛情の深さは、彼女の経験や元々の性格から自然と生まれているものだと思います。それに対してリオの場合は、そうでありたいという理想が先にあって、自覚的にそこに近づくことを目指している。自分がアイドルとしてどうあるべきなのか、そのためにどうすればいいのか、いつも考えていて、それを実現するためにいつも一生懸命で真摯でいる。そして、どんなことがあっても彼女のその姿勢はぶれない」

 そう語るカナデの目には確信があって、平野はうなずきながらも不思議そうに問いかける。

「あなたにそこまで思わせるほどの何かがあったのでしょうか」

「初めてファンの方の前に出たころから、彼女にはそんな雰囲気はありました。でも、最近それを改めて痛感する出来事もあったんです」

 カナデは一度言葉を切り、若干迷いを感じさせる表情を浮かべながらも結局話を続けた。

「少し前に握手会のイベントでちょっとしたアクシデントがありました。ファンの一人がリオと握手する直前で転んで、間に挟んでいた机ごとリオの方に倒れこんでしまったんです。幸い、倒れた机がリオに直撃するような最悪の事態は避けられました。でもスタッフが机を押さえようとしたところに、リオも倒れるファンの人を支えようとして前に出てしまって……最終的にはリオがその人にのしかかられるような形で倒れこんでしまいました」

 思った以上に危険な状況であったことを察して、平野は息をのむ。

「その人はそうなる前からずっと緊張気味で、わざとだとは思えなかったんですけど、結果的にリオを危険な目に合わせた。だから、羽村さんがものすごい剣幕で怒っていて。私たちでも見たことがないほどでした」

 それはそうだろうと、平野は無言のまま頷く。

「でもリオは、私たちが口を挟むことさえためらってしまうほどのこの状況でこう言ったんです。『もういいじゃん。わざとじゃないのは分かってるんだから』」

「それは――」

 果たして正しい対応だろうか。平野は思わず口に出しそうになってから、すんでの所で言葉を押しとどめる。それを言う立場にないことに気付いたからだ。

 けれど言いたいことは伝わっているようで、カナデは神妙な表情で首肯する。

「そうですね。羽村さんもすぐには納得しませんでした。簡単に許してしまえば、この後も同じようなことが起こる。だからペナルティを受けてもらう必要がある。そう言っていました」

 普通に考えれば、そういう発想に至る。平野からすれば納得できる発言だ。

「そうしたら、リオは『だったら、差があればいいんでしょ?』って。当事者にペナルティを与えるのではなく、当事者以外の人にプラスアルファのサービスがあればいいんじゃないかって、そういう考えを口にしました。そして、本当に時間の許す限り、リオは他のファン全員にその日は予定がなかったサインやチェキのサービスをしました」

 なるほど。平野はようやくカナデの言いたかったことが分かった気がした。

「本当にこの対応が正しかったのか、私は分かりません。羽村さんも最後まで渋い顔をしていました。でもリオは最後までファンを大事にすること、アイドルとしてふさわしい姿でいること、そのための一番いい方法は何かを考え続けていました。それが彼女の『誇り』で、リオの一番の魅力だと、私は思っています」

 

 そんなことを答えたのを思い出して、カナデは我知らずのうちに笑みをこぼす。

 それを見ていぶかし気に眉をひそめるリオに、カナデはゴメンと軽く手を挙げて謝る。

 どうして今日はその話をこんなに思い返してしまうのか。ようやくわかった。すごいと思ったからだ。尊敬できると思ったからだ。あの時彼女たちの魅力を問われ、答えを考えながら、改めてそう思ったのと同じように。今この瞬間、これほどのお客さんを前に自分たちの魅力を余すことなく見せつける、頼もしい彼女たちのことを。

 この場にいるすべての人に、レプリック・ドゥ・ランジュのことを自慢したい気持ちでいっぱいだった。

 自己紹介を終えて、次の曲に向けて立ち位置に移動すると、今度はレイカと目が合う。いまだにおさまらないカナデのにやけ顔を見て、レイカはくすりと笑みをこぼす。

 レイカのことは、なんと言っただろうか。……そうだ、彼女は、


四条玲佳。

「『基軸』です」

 先の二人より、幾分時間をかけて選んだ言葉だった。

「パフォーマンスの面で言えば、レイカさんはメンバーの中で一番基礎がしっかりしていて、私たちがダンスや歌でずれを感じたり、バランスが崩れた感じがあるとき、彼女をベースに立て直すことが多いんです」

 どこか誇らしげに語るカナデに、平野は思わず口元をほころばせる。

「パフォーマンス以外でも、そういう部分があるということでしょうか」

 カナデの言い方からそう察して尋ねてみると、カナデは首を縦に振る。

「アイドルとしての彼女の姿勢や立ち位置を私たちは頼りにしているんです」

 膝の上で組んだ手を見つめながら、カナデはゆっくりと語る。

「私たちは皆それぞれ違った理由でアイドルになったから、目指す姿もきっと少しずつ違う。そのことについて私たちが考えすぎて、思い悩んで、迷ったとき。立ち返る場所を、レイカさんは見せてくれる。彼女が一番地に足つけて、アイドルとしての王道を進んでいるように見えるんです」

「カナデさんは何かきっかけがあって、レイカさんのことをそういう風に考えるようになったのでしょうか」

 平野が質問すると、カナデはわずかに首をひねる。

「どう、でしょうか。わかりやすいエピソードがあるわけではなくて……日々の積み重ねなんですけど、例えばお客さんの反応が極端に薄い時、ダンスや歌の先生、マネージャーから厳しい事を言われた時、グループとしてのリズムが合わなくて全体の調子が悪い時、どんな時だって、彼女は周りの状況に振り回されることなく、いつも彼女のベストを出すことができた。それは多分、自分に言い訳をすることを許さず、その時その時の場面、瞬間を大切にしていたからなんじゃないかな、って思います」

「一期一会、という考え方をされていたのかもしれませんね」

 実のところ、平野はそれほど深く考えずにそう口にしたのだが、

「ああ、それはその通りだと思います。とてもレイカさんらしい」

 カナデは大げさなくらい、納得がいったというような笑顔を見せる。

「もちろん、自分さえきちんとしていればそれでいい、という人ではなくて。ライブ中のきつい時、頑張らなくてはいけない時に、励ますような優しい視線を向けてくれているのを良く感じます。彼女はサキさんと同じように周りのことをよく見てくれていて、それでいてリオと同じように自分自身が目指すべき姿をはっきりと自覚していてブレない。そういうところが素敵で、憧れなんです」


 あのインタビューの中で、カナデは一つ言わなかったことがある。

 レイカはライブ前にいつもある儀式をしていた。彼女はそれを隠しているようでもなかったが、それでもあまり人がいない場所、時間を選んでやっているようでもあったので他言していいことなのか判断がつかなかったし、本人に直接確認したこともない。

 ちらりとレイカに視線を向けると、ん?と優しい視線を返してきた。

 大丈夫だと軽く首を振りながら、カナデは今日も見たあの姿を思い起こす。

 レイカはステージがセットされた後、準備時間のちょっとした合間の一番人が少ない時間に、客席の片隅で、ステージに向けて指を組んで祈りを捧げていた。

 それは感謝なのか、あるいは何かの願いなのか。

 いずれにせよレイカのその姿はあまりにも真剣で、切実で。カナデはどうしてもその理由を聞くことができなかった。

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