第23話 次のステージへ(1)
JIP Fes.翌日の練習日、顔を合わせたレプランのメンバーの面々は、一つ大きな山場を越えたこともあってか、少し緩慢な空気を漂わせていた。そしてそれが分かっていたかのように、羽村がその日持ってきたニュースは、そんな緩みを一気に吹き飛ばすものだった。
「……もう一回、言ってくれる?」
沙紀が青ざめた表情で羽村にそう言った。
「何度聞いても変わらないぞ」
あきれたような表情を浮かべながら、羽村はもう一度同じ言葉を口にする。
「次のライブは、来月末、大城シティホールでやる」
「何言ってるの? 何言ってんの!?」
理央が混乱気味に繰り返し、最後は悲鳴のような声を上げながら頭を抱えてへたりこんだ。
いまいち状況がのみ込めず、気まずげに顔を見合わせる翔子と悠理に向けて、
「大城シティホールはこの県にある多目的ホールの一つで、ライブやコンサートにも良く使われる会場です。そして、キャパシティは約1500人」
玲佳がそう補足すると、二人も絶句する。
「あのさ。私たちまだキャパ100人の会場も埋めたことないんだよ?」
沙紀も混乱気味に、誰もがわかっていることを口にする。
「来月中旬に昨日のJIP Fes.の放送がある。そこで興味を持ってくれた人を取り逃がしたくない」
「それは分かるよ。でも一気に大きくしすぎなんだって!」
理央の反論を受けて、羽村は視線を向ける先を変える。
「お前はどう思う? 雪村」
じっと黙っていた奏は少し考え込んだ表情のまま口を開いた。
「会場を埋められなかったら、私たちはどうなるの? 解散?」
「いや、それはない。昨日の実績ができた時点で事務所としてはそんなに簡単にあきらめないよ」
プロデューサーの交代はあるかもしれないが、という一言は口には出さない。
「それなら、私は何もないです。もしかしたら会場がガラガラで少し恥ずかしい思いはするかもしれないですが、今更です」
そう言いながら、気遣わしげな視線を羽村に向けるのは事務所側の負担の大きさや、羽村の責任の重さをしっかり理解しているからなのだろう。
「そうだね、確かに私たちからすればデメリットはそれほどないのかな。変なマイナスイメージがつかなければいいけど、逆に話題になるならそれはそれでいいのかも」
なんとか立ち直ったのか、沙紀も前向きな言葉を口にする。とはいえ、それも表向きだけで、実際にはそんな甘いものではないということも本当は分かっている。
「よし、じゃあ各自次のライブにふさわしいパフォーマンスができるよう準備をしてくれ」
彼女たちの不安やとまどいを十分理解していながら、羽村はそれに触れないまま話を締めようとした。が、一言だけ思い出したように付け加える。
「そう言えば、サンドリヨンは次のライブを収容人数3000人の会場でやるそうだ。そして、シンシアリィは5000だとも聞いている」
それを聞いた奏たちが浮かべた表情は、羽村が期待した通りのものだった。
その後の予定を確認していくと、奏たちのスケジュール帳はびっしりと埋まってしまった。それくらい、やる事が山積みだった。
まずレプリック・ドゥ・ランジュのメジャーデビューが決まった。奏たちにとっては寝耳に水だったが話は水面下で進んでいたようで、JIP Fes.に出演したその次の週末にはレコード会社の担当者に挨拶し、そのまま新曲――メジャーデビュー表題曲を含めた4曲のレコーディングが始まった。
レコーディング後は新曲の振り付けを中心にレッスンを行い、その合間をぬって雑誌の取材もあった。一般層よりもどちらかと言えばサブカルのコアなファン向けの隔月刊の雑誌で、思いの外ページ数を割いてくれそうだった。そして運の良いことに発刊はライブの直前になるそうだ。
そうやって一つ一つの仕事をこなしていると、あっという間にJIP Fes.のオンエア日を迎えた。
「はい、今日はここまで」
JIP Fes.オンエア日の翌日、ダンスレッスンの終了時間になって、小田が大きく手を叩いた。
大粒の汗をかきながら自分の振り付けを確認していた奏たちが、慌てて小田の前に集まって並んだ。
「うん、まぁあともう少し詰めないといけないところはあるけど、大分形になってる。まだ少し時間はあるし、間に合いそうだね。後は無理な練習をしてケガをしたり体調を崩したりしないこと。以上」
小田がそう言ってレッスンを締めると、
「ありがとうございました」
奏たちはそろって礼をした。
そして、ふっと空気が緩んだところで、
「あ、そうそう。昨日テレビ見たよ」
小田がいきなりその話題を出してきた。
「……ど、どうだった?」
恐る恐るといった態で理央が尋ねると、
「あっはっは。話には聞いてたけど、奏、やらかしたねぇ。私思わず笑っちゃったよ」
けらけらと笑う小田の前で、奏は顔を赤くして肩をすぼめた。
「でも、良かったよ。今まで見た中でも、一番。それにしても、あなたたちは本番に強いねぇ。奏が転んだことも含めて、ね」
奏が複雑そうな表情を浮かべる隣で、理央と翔子が顔を見合わせる。小田が彼女たちを褒めることなんて滅多になかったから、二人とも口元がにやけるのを隠せていない。
「まぁでも……仕方ないといえばそうなんだけど、奏ちゃんのあれ、放送されちゃったんだ。曲中だったからカットは無理にしても、カメラを切替えて他の子を映すとかの対応はあるかもな、と思ってたんだけど」
沙紀が奏を気遣わし気に見やりながら、嘆息する。
「見てる方からすれば、その後の奏の表情とか、皆のパフォーマンスの変化とか、大きな見どころだったからね。というか何、沙紀は昨日テレビ見なかったの?」
小田が少し驚いた表情を浮かべて、沙紀に問いかける。
「うん。最初はメンバー皆で誰かの家に集まって、放送を見ようか、って話もあったんだけど、時間が深夜でしょ? 理央ちゃんは小学生だし、悠理ちゃんも門限厳しいし……私も今日の午前中バイトあったからさ。今日この後録画を見ようってことになったの。羽村さんが事務所の会議室押さえてくれたから、そこで上映会する予定。あ、でも」
説明しながら、沙紀は奏に視線を向ける。
「奏ちゃんと翔子ちゃんは先に二人で見たんだっけ?」
「そうね。翔子が私の家に来て、部屋で二人で……じゃないや、弟もいたから三人で見てた」
「あぁ、弟って馨君か。何か言ってた?」
何度かライブの手伝いをしていたので、沙紀も馨のことは知っている。今までのライブを見てきた彼がどのような感想を持ったのか興味があるようだった。
「別に大したことは言ってなかったよ。良かったって言ってた。あぁでも、ライブでは伝わるものが、テレビ越しだと分かりにくくてすごくもどかしい、とも言ってたかな。後は私の足のケガは大丈夫なのか、ってちょっとしつこかった」
そう言いながら奏がげんなりした表情を浮かべる。
「ふふ、まぁケガの話は置いといて、その前の感想は気になるな。この後の鑑賞会、ちょっと気にして見てみようか」
苦笑を浮かべながら、沙紀がそんな提案をすると、
「でも映像で見るのとライブで見るのでは差があって当然じゃない? だからこそお客さんはお金払ってライブに来てくれるわけだし、もともと私たちもライブを優先していこうって話だったよね」
理央が少し納得のいかない表情で首をひねった。
「それはその通りなんだけど……でも、だからと言ってテレビで見てくれた人に何も伝わらないというのは嫌だな。映像で見ても、おっと思わせて、ライブに来たらもっとすごい、っていう風になって欲しい。だから、映像で伝わらないものがあるのだとしたら、それが何なのか、というのは知りたい。その上で変えられるところは変えたい、かな」
「……そう、だね」
思案気な表情を浮かべた後、理央は納得してうなずきを返した。
「さ、じゃあさっさと準備しないと。この後上映会するっていうなら帰り遅くなっちゃうよ」
小田がそう促すと、奏たちは慌てた様子になって、失礼しますと頭を下げて部屋を出て行った。
上映会を終えて解散となった後、駅へ向かう道の途中で、翔子はふと自分に視線が向けられているのに気づいた。
「どうかした?」
傍らを歩く悠理にそう尋ねると、
「あ、いえ、その――」
声をかけられるとは思っていなかったのか、悠理は少し慌てた様子を見せながら、
「大丈夫だったんですか、昨日。三人でずっと居たんですよね」
一瞬のためらいの後、小声でそんな言葉を口にした。
その意味がすぐには分からずに、翔子はしばらく目をしばたたかせていたが、
「ああ、馨君のこと?」
ようやく答えに行き当たって、そう確認すると、悠理はうなずいた。
そう言えばあの話は悠理にしかしていない。
「大丈夫。昨日は二人きりだったわけじゃないし。それにね、」
翔子はくすりと笑みをこぼす。
「奏って、私と二人の時もすぐ馨君の話するの。それも惚気話ばかり。最初は呆れながら聞いてたんだけど、私もなんだかだんだん自分の弟みたいに思えてきちゃって。だからかな。あの子の場合は一緒にいても嫌だとか怖いとか感じることはないの」
翔子の話を聞いて、悠理はほっとしたような表情を浮かべる。
「そうですか。それなら、良かったです」
悠理が顔をほころばせるのを見て、翔子もほおを緩ませる。
「悠理、ありがとう」
翔子がお礼を言うと、悠理は驚いて目を見開かせる。
「心配してくれたんでしょう? 私が無理に我慢してたんじゃないかって」
「いえ、別に、そんなありがとうなんて言ってもらえるようなことじゃないです」
顔を真っ赤にしながら、悠理は視線を翔子から外す。
そして駅が視界に入ると、
「あの、じゃあ私はこれで。また明日よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をして駅まで駆けていった。
「もう。逃げなくてもいいのに」
微笑まし気にその姿を見送りながら、翔子はかすかに表情を陰らせる。
「嘘は――ついてないはず。そうよね……?」
そして誰にともなくそう口にした。
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