第22話 ステージを終えて
表彰式の後、入賞した各グループのリーダーだけが集められて簡単な取材があった。奏がそれを終えて控室に向かおうとすると、
「よ、おめでとさん」
背後からそう声をかけられた。
奏が振り返ると、エーコが笑みを浮かべて手を振っていた。
「ありがとうございます」
奏は礼を言って頭を軽く下げる。
冷静に考えれば負けた相手に祝福されるというのも微妙な感じだが、彼女のうれしそうな表情を見ていると、なんとなく素直に受け入れてしまう。
「エーコさんこそ、三位おめでとうございます」
「おう、ありがとな」
奏がお祝いの言葉を返すが、エーコの笑顔にわずかな苦みが混じったように感じて、
「私は、一位か二位なんじゃないか、って思いました」
思わずそんな言葉を漏らしてしまった。
「そうか? サンキューな。でもまぁ今回のイベントだと妥当っちゃ妥当だろ」
それはどうして、と聞こうとしたところで、
「それが分かってるのになんで参加するのかしらね、あなたは」
エーコの背後から、呆れ気味にそんな声がかけられた。
「アカネさん、いたのかよ」
エーコが振り返ってその声の主を確認すると、エーコより頭一つ背が低い女性が苦笑いを浮かべて立っていた。彼女が光線モザイクのリーダー、佐々木アカネだった。
「そりゃ、いるでしょ。さっきまで一緒に取材受けてたんだから」
肩をすくめながらそう答えると、彼女は奏に視線を向ける。
「あなたは――レプリック・ドゥ・ランジュのカナデさん?だったかしら」
「あ、はい、そうです」
名前を覚えてもらっていることに驚いて、奏はぴんと姿勢を正してしまう。
「それで、さっきのセリフからすると、あなたは私たちが二位なのは納得いかないっていうことかしら」
目を意地悪く細めて、アカネが問うと、
「い、いえ、その……はい、そうです」
とまどいを見せながらも、結局奏は正直にうなずく。
それを聞いて、アカネは目を丸くして、そしてこらえきれなくなったように噴出した。
「な、面白いだろ、この子」
ニヤニヤしながらエーコが言うと、アカネは笑いながら頷く。
「そうねぇ、子供みたいに正直なのね、あなたは」
けれどアカネはすこしだけまじめな表情になる。
「でも、心配。これからあなたはもっと人前に立つことが多くなると思うし、周りにも色んな大人が集まってくる。今のままでいると、あなた自身が深く傷をつけられることもあるだろうし、仲間を守ることもできないんじゃないかしら」
最後のその言葉に、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けて、奏は顔面を蒼白にする。
今までリーダーとしてやってきた事と言えば、メンバーの意見をまとめたり、方針について意見を言ったり、最初に発言をする役目を負ったりするくらいだった。けれど、先ほどの取材のように、これからはグループの代表として外部に発信する役割も増えてくるのだろう。そうなれば自分の発言は、カナデとしてだけでなく、レプランとしての責任を負うことになる。なんとなく分かっていたつもりでも、それを普段から意識できていたかと言えば、十分ではなかったと思う。
「でもさぁ、アカネさん。アタシはあんま変わってほしくねぇな。変にいい子になるのもつまんねーよ。その辺は周りの大人がうまくやってくれるんじゃねぇの?」
馴れ馴れしくアカネの肩に腕を回しながらエーコが言う。
「エーコ、あんまり無責任なこと言うもんじゃないわよ」
少し呆れたようにエーコを見上げるアカネの表情が、ずいぶん砕けているように見えて、
「二人とも、仲良いんですね」
思わずそんな言葉が奏の口からこぼれた。
「おー、そうだよ。結構色んなイベントで顔合わせることも多いしな」
笑顔で答えるエーコに対し、
「仲良い、ねぇ」
アカネは少し複雑そうな表情を浮かべた。
「確かに個人としてなら、エーコのことは嫌いじゃない。でもさ――」
そこまで言った後、アカネの表情は険しくなる。
「こういうイベントで会うサンドリヨンは、気に入らないよ」
思いもよらない強い言葉に、第三者であるはずの奏までもが、ドキリとする。
エーコも気まずげに表情を曇らせる。
「どうして、ですか」
一瞬躊躇しながら、それでも奏は尋ねた。
「この子たちは、アイドルではないからよ」
その言葉の意味を探るような視線を奏から向けられて、アカネは言葉を続ける。
「このフェスは、ブレイク前だけど力のあるアイドルが注目を得られる貴重なチャンスの場なの。私たちやシンシアリィみたいな、ある程度実績も評価もある客寄せの枠もあるけど、それ以外は露出の機会が少ないグループのための枠。だから、その貴重な枠を、アイドルではないこの子たちが一つ潰してしまうのは、ちょっと納得いかない」
「でも、サンドリヨンだって――」
「違う」
反論しようとした奏を、アカネはそう言い切って否定する。
「サンドリヨンがステージに立つ理由は、自分たちの音楽を聞かせたいから。そうでしょう?」
アカネから向けられた視線に応えて、エーコがうなずく。
それを見ながらも、奏は顔をしかめて首を振る。
「それでも私は、それがアイドルでない理由になるとは思えない」
「そう?」
アカネは淡く微笑んで首をかしげる。
「……私ね、子供の頃、お姫様になりたいと思ってたの」
虚を突かれたような奏の表情を見て、アカネはくすりと笑って、言葉を続ける。
「別におかしなことではないわよね。むしろ女の子なら普通なんじゃないかな」
奏は肯定するように首を縦に振る。確かに、自分も幼い頃そんな風に思っていた記憶もある。
「だから、私が憧れた『お姫様』にはどうやってもなれないんだって知った時はショックだった。でも私にはその時、もう一つ憧れていた存在があった。かわいい衣装を着て、キラキラと輝く笑顔でテレビに映っていた女の子たち」
少しだけ、似てる。子供のころのアカネとは感じ方は違ったかもしれない。けれどその憧れの気持ちが、奏には分かる気がした。
「お姫様にはなれなくても、アイドルにはなることができる。それを知った日から、それは私の夢であり、目標になった」
それは、アイドルとしてたくさんの時間や経験、思いを積み上げてきたアカネの、原点なのだろう。
彼女の目に宿る意思には確かな芯があるように感じて、
「だから私は、アイドルに憧れた子に、アイドルに惹かれた子に、アイドルとして成功してほしい。アイドルになることが手段でなく、目的である子に、チャンスを与えてもらいたいって、そう思う」
奏はアカネのその言葉に、説得力を感じてしまった。
「サンドリヨンがアイドルじゃなくガールズバンドとしてイベントに参加してくる時には、そんな意地悪なこと考えないんだけどね」
アカネは苦笑いして少し表情を和らげるが、
「わりーけど、そこはやっぱ譲れねぇ。アタシらの目的は、音楽で観客の胸を打つこと。その機会を与えてもらえるっていうなら、自分たちがどういうカテゴリーに分類されているかなんてどうでもいい。アイドルだろうが、バンドだろうが、ポップスだろうが。時間も場所も関係なく――どんなイベント、どんなステージで、どんな客層であっても。貪欲に、音楽を演りにいく」
エーコははっきりと自分の姿勢を示す。
「強情ね」
「どっちが」
肩をすくめるアカネに、エーコもククッと笑って答える。
「ねぇ」
不意に、奏はアカネからそう呼びかけられた。
「あなたは、どう思う?」
「私、ですか? 私は――」
自分に話が振られるとは思っていなかった奏は、とまどいを見せながらも
「アカネさんの言うことも、分かるんです。私も、アイドルに憧れたから。あの時、あの瞬間のあの気持ちは、今も私の中にくすぶり続けていて、私の指針であり、この活動を続ける動機にもなっています」
奏は自分の言葉を懸命に探し出して、口にする。
「でも、だからこそ、アイドルってもっと自由で間口が広い存在なんじゃないか、って私は思います。お客さんを楽しませて、喜ばせる力を持っているなら、その時点できっと、その人はアイドルなのだと思います」
「そっか」
どちらかと言えば、アカネの言葉を否定する側面の方が強い奏の考えを聞きながらも、アカネは優しい表情を浮かべた。
「そうね、これからはあなたたちみたいに、懐の深い子たちが、アイドルの活躍の場を広げてくれるのかもしれないわね」
なぜか、奏はアカネの表情を見ていて妙に落ち着かない気分になってしまう。
「あの、」
「ちょっとアカネ! こんな所で油売ってないで早く支度して!」
奏の声は、パタパタとこちらに向かって走ってきた女性の声にかき消される。
了解、とアカネが軽く手を挙げて答えると、その女性は再び忙しそうに走り去っていった。
「うちのマネージャーよ」
ぽかんとした様子の奏に、アカネが苦笑しながら説明する。
「この後別のイベントに出るのよ。まぁ確かにあまり時間ないし、そろそろ行くわね」
そう言って、奏とエーコに向かって軽く手を振ると、控室に向けて歩き始めた。
「アカネさん」
その彼女の背中に向けて、エーコが声をかける。
「アイドル、やめねーよな?」
そうだ。奏が抱いた妙な不安の原因も、きっとそれだったのだ。
振り返ったアカネの表情は、能面のようで不自然なほど感情が見えない。
「あぁ、あの変な噂ね。私たちが解散するっていう。いきなり降ってわいてきて、驚いたけど」
「……ってことは、あれはデマだってことだよな」
わずかに安堵の色を滲ませるエーコに、
「そうよ。でもね、エーコ」
アカネは語り掛けるような口調で言う。
「私、今年で25歳なの」
ほんの少しだけ自虐の色が混じったアカネのその言葉は、奏にはうかがい知れない重みを感じさせるものでもあった。
「他のメンバーの年齢も大体同じくらい。そしたらさ、やっぱり色々あるよ。体力的にも精神的にもアイドルを続けるのは辛いって言う子もいるし、女優や歌手になって自分の得意なことに専念したいって思ってる子もいる。実家から、戻ってきて家業を継げって言われてる子もいるみたいだし。皆、それぞれに人生を積み上げていってるから、仲が良ければいつまでも一緒にいられるかっていうと、そういうわけでもないんだ」
彼女の言葉は、レプランの他のメンバーが抜けることなど考えもしたことがなかった奏にとって、自分でも驚く程のショックを与えるものだった。
「でも、アンタがいれば光線モザイクは成立する」
エーコも表情に苦みを交えながら、そう口にする。
「あら、ありがと。っていうか、何? あなた私のこと好きすぎじゃない?」
アカネはそんな風に茶化しながら、ニコリと笑う。
「ま、でもどうかな。ずっと同じメンバーでやってたからね。今のメンバーがそろってなければ応援できなくなる、っていうファンは結構いると思う。そしてこれ以上ファンが減るようならグループの維持は、正直難しい」
アカネの現実的な回答に、エーコは鼻白んだ表情を見せる。
「そりゃ、私だって本音は一人でも応援してくれる人がいるなら続けたい。でも、私たちだって結局のところ営利団体の端くれだしね」
そこまで言ったところで、アカネはようやくエーコと奏の表情に気付いて頭を掻いた。
「あっちゃー、ごめんごめん。脅かしすぎたね。でもこの年齢まで続けてその先も、ってなると考えちゃうんだよね。前例は少ないし、お客さんも受け入れてくれるのかな、って」
そしてアカネは一転して晴れ晴れとした笑顔を浮かべて見せた。
「頑張るよ、行けるところまで。それがこれからのあなたたちの、何かの参考になれば嬉しいな」
「霧香さん、やっと来た!」
優勝者インタビューを終えて、最後にステージ裏に戻ってきた霧香に、留美が手を振って声をかけてきた。その隣には瀬利も居る。
「お祝いしようって、皆で待ってたんですよ」
はしゃいだ様子の留美に、霧香が微妙な表情を向けているのを見て、
「この子、優勝とかそういうの、今回初めてですから」
苦笑しながら瀬利がフォローを入れる。
しかし、
「それにしてもダントツでしたね、私たち。霧香さんに向かって1位になるなんて大口叩いた連中の順位、見ました? 4位でしたよ。ポイントなんて私たちの3分の1で――」
留美がそこまで言ったところで、霧香は彼女の衣装の襟元をつかむと、彼女の体ごと壁に押し当てた。
「本当に救いがたいわね。だからあなたは二流なのよ、留美」
見たこともない霧香の険しい表情に、留美は小さく悲鳴を上げる。
瀬利は素早く周囲に目を配らせて、人気がないことを確認すると、何も言わずに彼女たちの姿を隠す位置に移動する。
「このイベントの観客はほとんどが出演アイドルのファンクラブ先行販売でチケットを取ってる。わずかに出回っている一般販売分も、ほとんどがファンクラブ先行で取れなかった人たちが押さえてるのよ。だから今日の観客のほとんどは、最初からどこかのアイドルのファンだったと考えていいわ。そしてファンクラブ先行販売用に割り当てられた枠のうち、シンシアリィはその半分くらいを占めているはずよ。ファンクラブの規模を勘案するとね。一方で、レプリック・ドゥ・ランジュにはまだ公式のファンクラブがない。……言っている意味が、分かるかしら」
霧香の話の意味を少しずつ理解するにつれて、さぁっと留美の顔から血の気が引いていく。
「私たちは、彼女たちにファンを奪われたのよ。全体で240人。シンシアリィから、120人。到底無視できる数字じゃないわ」
厳しい視線とともに叩きつけられた言葉に、留美は力なくうなずいた。
泣き出し始めた留美をなんとかなだめて控室に連れて行った後、霧香と瀬利は別に用意された彼女たちの控室に入った。
「どうして、あんな嘘をついてまで彼女を追い詰めたんですか? 可哀そうに」
二人きりになった途端、瀬利はそんな疑問を霧香に向ける。
「嘘って、何が?」
そう言いながらも、瀬利から視線をそらし気味なあたり、霧香にも自覚はあるようだった。
「何もかも、でしょう。確かにチケットを取ったのはファンクラブの会員でしょうけど、同伴者もそうとは限らないし、ファンクラブ枠の半分がシンシアリィというのも盛りすぎです。それにファンクラブの規模の大きさでポイントのハンデが出るのは事実でも、その是正のために審査員のポイントがあるはずです。そもそも240ポイントというのはその審査員ポイントを合わせた数であって、ファンの人数ではないでしょう。さっきの論理は破綻しています」
「まぁ、そうね」
瀬利の指摘に反論することなく、しかし一切悪びれる様子もなく霧香は答える。
「でも、彼女みたいな自分に甘い子には、ああいう風にプレッシャーを与えないと成長しないでしょう?」
「それは確かにそうですが……。でも少し意外です。あなたが他人の成長のことを考えるなんて」
「成長してくれないと困るわ。シンシアリィにも新陳代謝は必要だもの。私以外はね」
クスリと笑う霧香に、瀬利も苦笑を返すしかなかった。
「レプリック・ドゥ・ランジュにも、期待しているみたいでしたけど?」
「してるわよ。成長して、少しはうちの先輩の牙城を揺るがす力になってもらわないと」
怖い人だ。幼い頃から一緒にいる瀬利でさえそう思ってしまうこともあるのだから、留美たちにとってはなおさらだろう。けれどだからこそ、周りを巻き込んで違う世界を見せることができる。
「ご一緒しますよ。最後まで」
唐突かとも思いながら瀬利がそう言うと、霧香は満面の笑みを見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます