第21話 結果発表

 シンシアリィがパフォーマンスを終えてしばらくすると、観客席側のライトがつき、今日一番良かったと感じたアイドルへの投票を促すアナウンスが流れた。

 晃も、イベントの開始時にあらかじめ受け取っていた投票用紙をバッグから取り出すと、少し考えてから記入を始める。JIP Fes.の参加グループの順位は、この投票結果と、事務局の10名の審査員の評価で決定するとのことだった。

 五分ほどすると、記入を終えた観客がホール内の数か所に置かれた投票箱に用紙をいれていく。晃も祐希とともに一番近くに置かれていた箱に投票用紙を入れた。

 その後しばらくして投票が締め切られると、箱が手際よく運ばれていく。そして二十分間の休憩に入ることが場内に告げられた。

 いつのまにか三時間近く立ちっぱなしだったことに気付いて、晃は軽く背を伸ばした後、祐希に断ってトイレに向かう。

 予想通り混雑はしていたが、並んでいる間に周囲の人間から自然と耳に入るこのイベントの感想を聞くのは、なかなか楽しいものだった。そして、客層が思ったよりも広いことにも気づいた。年齢も高校生くらいから自分よりも一回り上の人まで。女性の割合も事前に持っていたイメージよりも大きい。

 その後祐希のいる場所に戻って一言二言会話していると、再び場内アナウンスが流れ、投票の集計と審議を終えたこと、この後順位の発表があることが告知された。

「なぁ、確かこの順位で五位以内に入れば、テレビで放送されるんだったよな」

 順位発表と聞いてそんなことを思い出して確認すると、

「あぁ、そうだよ。と言っても深夜帯だけどな」

 祐希はうなずいてそう答えた。

「五位以内には、どのグループが入ると思う?」

 急に興味がわいてきて、晃がそう聞いてみると、

「うーん……そうだなぁ。晃はどう思う?」

 逆にそんな風に質問を返された。

「え、どうだろうな」

 面食らって、とまどいながら考え込む。

「とりあえず、シンシアリィとサンドリヨンが上位2組なのは堅いと思う。後は――」

 何組か、歌やダンスがうまいと感じたグループ、好みのタイプの曲を歌っていたグループが頭に浮かぶが、決め手がない。

「あれ、例の――レプリック・ドゥ・ランジュ、気に入ったんじゃないのか?」

「あぁ、そうだな」

 複雑そうな表情で晃は肯定する。

「確かに俺はそのグループに投票したよ。ただ、客観的に見ると、何か抜きんでたものがあったわけではないし、ミスもあったからな……」

「なるほどなぁ」

 祐希は興味深そうに腕を組んでうなずく。そして、晃が怪訝そうな表情を浮かべているのに気づくと、

「いやな。だいぶ捉え方が違うんだな、と思ってさ。今日のステージって、やっぱりアイドルフェスで、ここにいるのはアイドルファンなんだよ。だから、多分晃の考え方とは違う観点で評価される。そうしたら――」

 祐希の言葉を遮るように、観客席のライトが暗くなっていき、

「皆さん、お待たせしました」

 マイクを持った司会者が、アシスタントの女性とともに壇上に登場した。

「これより、本日参加いただいたアイドルグループの皆さんにご登場いただき、その後上位5組の発表に移ります。順位は皆さんからの投票一票につき1ポイント、審査員10名の投票をそれぞれ50ポイントとし、合計で何ポイント集めたかで決定します。昨年優勝したシンシアリィが連覇を果たすのか、それを阻止するアイドルが現れるのか――さぁ、盛大な拍手でお迎えください!」

 観客2000人の大きな拍手を浴びながら、12組総勢72名のアイドルたちがステージ袖から表れた。

 全員が登壇した後、ステージ上でスタッフの指示に従って位置の微修正が行われた。

 そしてスタッフが再び袖に下がったのを見計らって、

「さぁ。お待たせしました。順位の発表に参ります」

 司会者がもったいぶりながら観客席を見回す。

「第5位、198ポイント獲得――」


『ビリビリ・ドールズ』

 ステージ裏で待機していた羽村は、それを聞いて唇を噛んだ。

 羽村が見るところ、上位三組は硬く、その中に割って入るのはかなり厳しい。レプランが狙えるとしたらこの順位か、次だった。

 ビリビリ・ドールズはイベント前半の組の中で一番客を沸かせていた。活動も1年以上続けており、固定層もそれなりに多い。それを上回れているのかどうか。

 羽村の隣で、樋口も祈るように手を合わせる。

『第4位、242ポイント獲得』


「レプリック・ドゥ・ランジュ」

 カナデのすぐ近くから発せられたその言葉の内容が、すぐには頭に入ってこなかった。

 万雷の拍手を浴びても、それは変わらない。

 ちらりと横を見ると、サキが満面の笑みで自分の前にいたユーリとリオの頭をぐしゃぐしゃに撫でつけていた。二人ともそれを嫌がる素振りを見せながらも、いい笑顔を浮かべている。

 不意に、ぎゅっと手を握られたのに気づいて振り返ると、

「カナデ……」

 ショーコが、懸命に涙をこらえた表情で、笑みを浮かべる。

 本当にきれいな子だな、などと場違いなことを思いながら、やっぱりフワフワとした気持ちから抜け出せないでいると、ポン、と軽く背中をたたかれた。

「カナデさん。今は皆さんの応援に応えましょう。最大限の感謝で。さぁ、胸を張ってください」

 レイカは、多分カナデの今の状態を理解してくれている。喜びと、とまどいと、それ以外の雑多な感情で混乱している自分を。その上で今やるべきことを教えてくれた。

 だから、カナデたちは6人で一緒に、深く、頭を下げた。感謝をこめて。


「第3位――第2位と非常に僅差でした。458ポイント獲得、サンドリヨン」

 はっと、思わずカナデはすぐ近くにいたエーコたちに視線を向ける。

「そう来たか~」

 苦い表情を浮かべて、エーコは腕組をした。

「ま、仕方ないわね」

 その横でビーナは手を振って観客に応える。

 どこか、サンドリヨンの三人ともサバサバした表情を浮かべていた。


「第2位。460ポイント獲得。光線モザイク」

 ステージ上で笑顔をはじけさせる光線モザイクのメンバーに拍手を送りながらも、晃はどこか釈然としない心持ちになる。

 光線モザイクはシンシアリィの直前に出演した5人組のグループだった。確かにパフォーマンスの内容は安定していたが、サンドリヨンを押さえて2位になるほどの何かがあったかというと、晃にはそうは思えなかった。

「まぁ、純粋に内容だけ見るとサンドリヨンの方が良かったのかもな」

 晃は納得できない感情をそのまま顔に出してしまっていたようで、祐希が苦笑しながらそんな言葉をかけてくる。

「光線モザイクはさ、キャリアが結構長くて、今回出場したアイドルの中では多分一番だ。そしてその期間の中でアイドルブームの最盛期と衰退期を経験して、それをくぐり抜けてきた。何度も何度も解散や脱退の危機があって、それでも一人も欠けることなく続けてきた。彼女たちが他のアイドルとのコラボをたくさんやっていたこともあって、彼女たちびいきのファンでなくても熱心なアイドルファンならほとんどがそういうバックストーリーを知っている。だから、何て言うかな、俺もそうなんだけど、ひいきじゃなくても尊敬してるんだよ。あの子たちのことを」

「彼女たちを二番目に好きな人が多い、っていうことか? でも今回の投票形式だとそれは関係なくないか?」

 今回は投票対象を1組だけ選ぶようなやり方だったので、それでも納得がいかずに晃が反論する。

「まぁな。だからそれはあくまで前提で、多分大きかったのは、一つは解散の噂があること。去年メンバー全員が20歳を超えて、まだ大きな会場でライブできるほどのブレイクに至っていない。それを考えると、それなりに信憑性がある」

 その理屈は分かる。こういうやり方でその悪い噂が実現しないよう応援したいと考える人や、あるいはそれを受け入れた上で感謝を伝えたいと考える人はいるかもしれない。

「後は――サンドリヨンはアンチがそれなりにいるんだよ。だって、アイドルっぽくないだろ? そういう人たちが推すのは、光線モザイクみたいな、アイドルっぽいアイドルになるからさ」

「サンドリヨンへの対抗として応援してるってことか。でも『アイドルっぽい』って、どういう意味なんだろう。いまいちピンとこないんだよな……」

 釈然としない様子の晃に、そうだな、と祐希も考え込む。

「説明するのは難しいよ。俺の感覚としては、『一生懸命でかわいい』じゃなくて、『一生懸命がかわいい』というタイプかな。……悪い、うまく言えない。まぁたくさん見てれば分かるよ、お前も」

 疑問符でいっぱいになった晃の顔を見て、祐希は苦笑しながら説明をあきらめた。


「さぁ、ついに優勝者の発表です。栄えある第1位は――」

 司会者がここで溜めを作ったが、すでにこの会場にいる全員が答えを察している。

「682ポイント獲得。シンシアリィです!」

 観客から、スタッフから、そして出場者から、大きな拍手が送られる。

 シンシアリィのメンバーは派手に喜ぶこともなく、手を振って歓声に応えていた。

「文句なしだな。この牙城を崩せるアイドルなんて、そう簡単に出てこないんじゃないか?」

 拍手しながら感心したように言う晃に対し、祐希は首をひねる。

「そうか? ここがアイドルフェスじゃなければサンドリヨンが上だったと思うぜ。それに晃、レプリック・ドゥ・ランジュ応援するんだろ? なのにずいぶん彼女たちのこと過少評価してるじゃないか」

 確かに先ほど4位になったとき、晃は嬉しさよりも驚きの方が強かった。

「個性があって、熱さがあって、アイドルっぽい所もある。そして素直さもあるから、色んなタイプの人に好かれる。あれは、伸びるよ」

「そうか……そうだな」

 なんとなく、どこかで予防線を張っていたのだと思う。それがなんだかとってもみっともなく思えて、晃は恥じ入った。

「うん、ちょっと応援してみるよ」

「おう」

 そう言って、祐希はニカッと笑ってみせた。


 順位の発表が終わって、上位5組以外のアイドルがステージから退場していく。

 そんな彼女たちにも大きな拍手が送られた。

 そして残った5組のアイドルへ表彰が行われ、その後インタビューを受けることになった。


 第5位のビリビリ・ドールズがまずは呼ばれて、アシスタントの女性から賞状と記念品を受け取る。

「奏さん、大丈夫ですか?」

 そのさなか、カナデは隣にいたレイカから小声で話しかけられた。

「え? ……うん、どうして?」

「先ほど、順位の発表をされてから、少し悩んでいるように見えましたので」

 レイカは気づかわし気な視線を向けながら、

「周りのすごさを知って、自信がなくなりましたか?」

 カナデにそう問いかけてきた。

 あぁ、やっぱり見透かされていたのか。なんて思って微苦笑が浮かぶ。

「そうね。できることを最大限、やってきたつもりだけど。自分たちのすぐ上が、サンドリヨンやシンシアリィなんだって思うと、ね。その遠さにちょっと滅入っちゃった」

「ふふ、なんだかそういう事を聞きますと、奏さんも普通の人のようですね」

 からかうようなレイカの言葉に、

「何それ?」

 思わずカナデも笑ってしまう。そう言えば先ほど翔子もそんなことを言っていたのを思い出す。

「言葉の綾です。でも奏さん。確かにサンドリヨンやシンシアリィの皆さんは私たちにない魅力を持っています。ですが、私たちにも――奏さんにも、彼女たちにはない魅力があります。

 不意にまじめな表情に戻って、レイカが諭すように言う。

「それって……」

「熱を伝える力と、誠実さ。他の人から見ればそれは間違いなく、あなた自身の突出した魅力です」

 レイカの目はとても真摯で、それがその場しのぎの慰めとかごまかしではないと、信じることができた。だから、

「そ、っか。ありがとう」

 自然と感謝の言葉が口からこぼれた。

「いいえ、どういたしまして。それに奏さん、サンドリヨンやシンシアリィとの差は大きいとおっしゃっていましたが、本当にそうでしょうか。アイドルを始めると決めた時から今まで――JIP Fes.で4位に入るまでに歩んできた距離と比べて、どうでしょう?」

 カナデは思わずまじまじとレイカの目を見つめてしまった。そして、

「ふっ、」

 思わず笑いがこみ上げてくるのを、懸命にこらえる。

「ふふふふっ。そうね、そうだわ。あのどん底からここまで来られたんだもの。奇跡みたいなものよね。それに比べれば、全然だわ」

 心底そう思えて、カナデは満面の笑みを浮かべる。そして、

「続いて、第4位、レプリック・ドゥ・ランジュ」

 呼び出されて、カナデたちは前に歩き出す。自信に満ちた足取りで。


 賞状を受け取ると、司会者がマイクを持って、カナデのもとにやってくる。

 大きなカメラもその背後に見えて、これもテレビで放送されるのだと気づいた。

「それでは改めまして、おめでとうございます。初出場で、しかもデビュー後3か月での入賞、どのように感じていますか?」

「嬉しいです。正直に言えば、悔しいという気持ちもありますが、多分最初は私たちのことを誰も知らなかったと思うので、それを思えば――はい、満足すべき結果かな、と思います」

 本音の一部を隠して、カナデはそう答える。

 司会者はなるほど、と頷きながら質問を続ける。

「それでは、その喜びをまずは誰に伝えたいですか?」

「そうですね……」

 カナデは少しだけ考えて、すぐにこれは自分が答えるべきではないと思い至る。

 そして、後ろを振り返ってユーリの手を取り、自分の前に押し出した。

 司会者はとまどいの表情を一瞬浮かべたが、すぐにカナデの意を汲んで、ユーリにマイクを差し出す。

 それでもユーリは呆気にとられた顔で、背後のカナデを振り返り、仰ぎ見る。

 そして、励ますように微笑むカナデを見て、ようやく状況を理解した。

「あの――」

 それだけ言って、すぐに言葉に詰まる。ふるふると、唇が、そして身体が震えだす。

「お、母さん」

 ようやくそれを口にして。それから一気にあふれ出した。

「おか、あさんっ、おかあさん、おかあさん……っっ!」

 その後は、もう声にならなかった。こらえる努力さえ放棄して、ただただ子供のように泣きじゃくった。

 そんなユーリを、カナデは後ろから優しく抱きしめる。

 一方で、司会者は困惑した表情で頭を掻いた。確かに親への感謝という言葉を引き出そうとしたのは確かだが、まさかここまで激しい反応になるとは思わなかった。これではインタビューにならない。

 救いを求めるようにアシスタントの女性の方を振り返るが、思わずぎょっとした表情を浮かべてしまう。

「ど、どうしたんだよ、お前」

 小声で彼女に尋ねるが、ただ混乱したように彼女は首を振る。

「わ、分からないんですけど。なんだか、すごく胸が締め付けられて……なんでだろう、ほんとに止まらない」

 そう語る彼女の目からは、大粒の涙がぼろぼろと零れていた。


「どうしたんだろうな」

 不思議そうな表情を浮かべて祐希が言う。

「小学生の子が緊張で泣き出したのは見たことあるけど、あの子中学生くらいだろ? いくらデビューしたてとは言え、さすがに親が恋しいとか不安でパニックになってるとかいうわけじゃないと思うんだけど」

 そう言って晃の方を振り返ると、驚いたように目を見開いた。

 晃もまた、あのアシスタントの女性と同じように、目頭が熱くなっていた。

それほどに、ユーリの慟哭は、無秩序にばらまかれたその感情の直撃は、強力に晃の胸を打って。

「何なんだろうな、これは。彼女たちのことをもっと知れば分かるのなら――知りたいなぁ」

 眉間に指を押し当てながら、晃は呻くようにそんな言葉を漏らした。

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