第17話 ライバルたち

 JIP Fes.のメインステージ出演者12グループの出演順はクジで決められ、レプリック・ドゥ・ランジュは9番目の出番となった。なお、サンドリヨンは7番目で、シンシアリィがトリの12番目を務めることになった。

「これさぁ、シンシアリィの所はクジじゃないよね、きっと」

 順番がメンバーに告げられた時、理央が不満げに羽村に尋ねたが、羽村は苦笑を浮かべて否定も肯定もしなかった。


「へぇ、サンドリヨンの人たちと話できたんだ」

 本番前のリハを終えて控室に向かう途中、ふとした流れで奏がエーコたちとのやり取りについて話すと、沙紀がそんな反応を返した。

「沙紀さん、あの人たちのこと知ってるの?」

「知ってるっていうか……有名だよ。多分今回の演者の中では『シンシアリィ』の次くらいに。今回のフェス、地上波放送される上位5組にはまず間違いなく入ると思う」

「そう、じゃあ残りは実質3枠くらいなのね。なんとかそこに入らないと」

 少し硬さの見える表情で翔子がそんなことを口にすると、

 くすくすと、奏たちとすれ違った二十人ほどの集団の中から笑いが漏れた。

「ふぅん、あなたたち、本気でそういうこと言っちゃうんだ。私だったらとても厚かましくて言えないけどなぁ」

 にやにやと笑みを浮かべて言ったのは、先ほど控室でひと悶着あった少女のうちの一人だった。彼女の周りの少女たちも、それに同調するように奏たちに向けて嘲りを含んだ表情を見せる。けれど、

「よしなさい、瑠美。みっともない」

 集団の中心にいた少女の射すくめるような視線に、軽口を叩いた少女は表情をこわばらせる。それが伝染して、グループ全体に引き締まった空気が流れた。

「悪かったわね、あなたたち。気を悪くしないで頂戴」

 しかし言葉の内容とは裏腹に、奏たちに向けた顔は無表情で、本心では本気でどうでもいいと思っていることが容易に伺い知れた。

 何事も自分が中心であることに慣れていて、悪く言えば尊大で傲岸不遜な気質があるのだろう、ということが態度ににじみ出ている。しかしそれは同時に確かなカリスマ性を感じさせる部分もあって。

「あなたが、本城霧香さんですか?」

 エーコから聞いた、『シンシアリィ』のただ一人の本物だという少女の名前を思い出して、奏が尋ねる。

 瑠美を始め、周囲の少女たちがにわかに色めき立ち、レプランのメンバーもぎょっとした表情を奏に向ける。

「あなた、ずいぶん不勉強なのね」

 しかし当の本人は気を悪くした様子は見せなかった。口にした言葉自体には棘があるようにも思えたが、特に含みがあるわけではなく、ただ思ったことを言葉にしただけのようだった。

「直接対戦するわけではありませんから。自分たちが力を出し切るためにはどうするか、ということしか考えていませんでした」

 臆面もなく言い切る奏が生意気に思えたのだろう。瑠美が耐え切れずに口を開こうとするのを、霧香が遮る。

「力を出し切って? それができれば一位になれなくても良いっていうことかしら」

「まさか。一位になるためにステージに立つんです。あのステージに立つ人で、そう思っていない人なんているんでしょうか」

 奏の回答を聞いて、霧香は思わず声をあげて笑った。その様子を見て、瑠美たちが目をむいて驚きの表情を浮かべる。

「あぁ、おかしい。面白いわね、あなた。こんなイベント、楽しませてくれるのはせいぜいエーコくらいかと思っていたけど」

 そう言って笑みを浮かべる。他者を威圧するほどの迫力があるそれを、おそらく無自覚のうちに。

「いいわ。あなたたちのパフォーマンス、見ていてあげる」

 どこまでもナチュラルに上からの物言いを続ける霧香に、奏はわずかに不満げな表情を浮かべ、その横にいた沙紀はそんな二人の様子に苦笑いを浮かべる。

「霧香。そろそろ行かないと」

 奏たちのそんな反応を知ってか知らずか、霧香の隣にいた少女がそう言って彼女を促すと、

「分かってるわよ、瀬利」

 霧香は瑠美たちに見せるものとは少し違った表情を彼女に向ける。そして、

「じゃあ、また後でね」

 奏たちに軽く手を上げてみせ、身体を翻してリハーサルのために会場に向かっていった。


 各グループがリハーサルを終え、本番の時間が近づいてくると奏たちの緊張も最高潮に達する。それを紛らわそうとメンバー間で他愛もない会話を始めるが、それもすぐに終わってしまう。

 そんなタイミングで、羽村がひょっこりと控室に顔を出してきた。

「事務局から許可をもらえた。『サンドリヨン』と『シンシアリィ』のステージ、袖から見学させてもらおう」

 突然の羽村の話をすぐには消化できず、奏たちはぱちくりと目を瞬かせる。

「なんだ、嬉しくないのか?」

 彼女たちの反応に、心外そうに羽村が言うと、

「う、ん。嬉しいよ。けどさ、自分たちの事でいっぱいいっぱいで余裕がないっていうか。特に『サンドリヨン』なんて私たちの直前でしょ? 控室にモニターもあるし、もっと言えばリハーサルの時に見学させてもらえば良かったのに、って」

「それだと意味がないんだ」

 とまどったように抗弁する理央に、羽村は首を振ってみせる。

「お客さんを前にした彼女たちのパフォーマンスはリハーサルとはまるで違うし、モニター越しでは伝わらないものも、きっと見られる」

 やけに確信めいた羽村の物言いに、つられたように理央は頷いた。

あっさりと折れた理央に、奏はわずかに苦笑いを浮かべる。と、隣にいた翔子と目が合って、彼女もまた自分と同じような表情をしているのを知り、お互いにくすりと笑みをこぼした。


 開演時間を迎えると、本日出演予定のアイドルたちが、司会者の煽りに合わせて順番にメインステージに登場した。

「さぁ、9番目の出演は『レプリック・ドゥ・ランジュ』です。デビューして三か月足らずの新進気鋭のアイドルグループ! 真っすぐで力強く、実直なパフォーマンスが、ハートにダイレクトに伝わってくると、評判もうなぎ上りです。メインステージに大抜擢された理由を、この後皆さんの目の前で披露してくれるでしょう!」

 分不相応な紹介に思えてぎこちない笑みを浮かべつつ、カナデたちは手を振りながらステージに登場する。想像していた以上の観客数、そして拍手の大きさ。おそらく、自分たちを知っている人はこの中のほんの一握り、いや、それにも満たないだろう。それでも不満や疑念よりも歓迎の意を示してくれるその暖かさに、カナデは――そして、おそらくそれ以外のメンバーたちも――感じるものがあった。

 しかしそれでも、『サンドリヨン』と『シンシアリィ』に向けられる拍手の大きさは格別だった。

 観客席のそこかしこから、メンバーそれぞれの名前が叫ばれ、それに簡単に彼女たちが応えると、わっと歓声があがる。

 そんな関係性を目の当たりにして、あぁ、これが自分たちが当面目指すべき姿なのか、とカナデは素直にそう思う。そのための第一歩を、今日ここで確実に刻まなければならないと改めて強く感じながら。


 オープニングの挨拶を終えて控室に戻ると、スタッフが用意してくれたモニターで他のアイドルたちのパフォーマンスを皆で見ることにした。

「やっぱり、皆上手いよね。それにちゃんとそれぞれの魅力がある」

理央がかすかに表情を厳しいものにしながら、ぽつりと言う。

「えぇ。『メインステージで演る理由』が、わかるわね」

 オープニングの時、自分たちの紹介で使われた表現を引き合いにして、翔子がうなずく。

「大丈夫です。私たちもちゃんとそう評価されたからこそ、今この場にいれるのですから」

 理央たちのプレッシャーを和らげるように、玲佳が微笑んだ。

「さ、そろそろ時間です。『サンドリヨン』の方々のパフォーマンス、拝見いたしましょう」

 ぽん、と手を叩きながら玲佳が言い、奏たちはうなずいて席を立った。


 JIP Fes.のメインステージに出演する各グループの持ち時間はMCを含めて10分。ほぼフルコーラスを2曲やるか、3~5曲をショートバージョンもしくはメドレーの形式にするかは自由で、それぞれのグループの戦略次第だった。

『サンドリヨン』が選んだのは前者で、いきなりMCなしでロックナンバーの激しい曲を持ってきた。

「すごい」

 目を見開いて、愕然とした表情でそう言葉を漏らす悠理に、奏はただうなずきを返すことしかできなかった。

 これまでに出演したグループの中にも技術的に優れたアイドルはいた。激しいダンスをきっちりと揃え、その中で音程も正確にとれていて、笑顔をキープできていた彼女たちを見て、レプランのメンバー同士で称賛の声をあげたりもしていた。

 けれど、『サンドリヨン』はそもそも次元が違った。

 シイルのドラムは早いテンポの中でも正確にリズムを刻み続け、しかも彼女の細腕からは想像できないほどに音圧が強い。それが他の2人の邪魔になることもなく、むしろ全体の音の厚みを増して安定感と迫力を同時に感じさせる。

 ビーナも一目で技術が高いことが分かる。まず運指からして、指の一本一本が別の生物のように複雑に、かつ滑らかに動いている。

「何あれ。うますぎて気持ち悪い」

 などという言葉が理央の口から漏れるほどに。

 とにかく技術レベルの高い奏法を苦も無く操り、その結果一人で何役も兼ねているような音の広がりを実現している。

 そして極めつけがエーコだ。彼女の歌に関してはリズムも音程も正確で、しかもとんでもなく広い音域をカバーしている。レプランのメンバーで一番音域の広い悠理が、ファルセットでなんとか出せる音を、エーコは地声で歌ってみせる。そして少しハスキーがかった特徴的な声質は、彼女の歌に独特の艶を付与する。

 彼女のギターは『サンドリヨン』の中では平凡なレベルだが、ボーカルについては一度聴いたら、忘れられない歌声だ。

 そして落ちサビに入ったところで、曲の演奏が一時的に止まる。

 緊張感が高まる中、エーコはマイクを両手で握りしめたまま、背中を反り、大きく息をすって――

 奏はびくり、と身体を一度大きく震わせた。

 エーコのシャウトは、圧巻だった。この曲で唯一ファルセットで発声されたその音は、聞いたこともない超高音で、それなのにはっきりとした音の芯があり、のびやかで、意志の強さやメッセージ性を感じさせる。

 たった数秒間のその音に、奏はいつまでも鳥肌が立つのがおさまらなかった。


 一曲目を終えて拍手を浴びながら、エーコ達三人は肩で息をしながら噴き出る汗をぬぐっていた。そんな様子も、無理もないと思えるほどパワーに満ちた曲だった。

 スポットライトを浴びたエーコが、水を一口二口、口に含んで飲み込み、ようやくマイクを手に取る。

「どうも。『サンドリヨン』です」

 彼女が名乗ると、大きな拍手が沸く。

 それがおさまるのを待って、再度エーコはマイクを口元に持っていく。

「皆、今幸せか?」

 彼女の問いに、観客は拍手で答える。その中に、おー!とか、幸せだよー!といった声が散発的に混じる。

 そんな反応に、エーコはふっと淡く口角を上げた後。

「嘘つけッッ!」

 鋭く叫んだ。

 虚を突かれたように静まる観客席に、続けてエーコが語りかける。

「幸せなやつがさぁ。貴重な休日潰して、へったくそな歌を聞きに来るかよ」

 彼女の自虐的な言葉に、観客席の中から失笑がもれ、エーコも苦笑する。

「幸せじゃねーんだろ? だから、元気をもらいたくて、癒してもらいたくて来たんだろうが」

 そして、ようやくエーコは優しい表情で笑みを見せた。

「いいぜ。私たちが、幸せにしてやるよ」

 その言葉を合図に二曲目のイントロが流れ、

「『Gray tears』」

 曲名を告げると、観客の歓声が上がった。

「……バラード?」

 意外そうな表情で翔子が囁くと、

「彼女たちの代表曲だね。彼女たちの真骨頂は、むしろこっちのタイプだと思う」

 沙紀が声のボリュームを抑えながら、簡単に説明する。


 そしてエーコが一曲目とは打って変わって、滋味があり、静かな、けれど力のある歌声を響かせる。

 

 灰にまみれ、泥をかぶり、埃に埋もれる者よ。

 悲しさの、切なさの、苦しみの、喜びのために。

 灰色の涙を流せ。


 そんな歌い出しで始まるその曲は、日常的に起こる辛い出来事に、独りぐっと耐える人を称え、慰めるものだった。お前の苦しみはお前にしかわからない。だけど私はそれを知っているから、せめてここでは苦い涙を流せばいい。そう語る歌詞は、他の大人たちに比べてまだ長い時間を生きていない奏たちの心にも染みるものがあった。

 サンドリヨンが演奏を終えると、大きな拍手が巻き起こった。

 エーコはシイルとビーナに視線を送って、満足げな表情を浮かべると、観客席に向かって大きく腕を振り上げた。

 それに応えるように歓声と拍手のボリュームが上がって、それに送り出されるようにサンドリヨンはステージの袖へと下がっていった。


 最後まで、サンドリヨンは観客に向けてお辞儀をしなかった。それが、とても彼女たちらしいと、奏にはそう思えた。

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