第56話 人生山あり谷あり

 今後、柳谷親父をどう育成していくべきか。沖田家への帰路の途中、そんな中学生の話題とは思えない話を二人でしているとあっという間に沖田家に到着した。


 出発の時はどうなる事やらと思っていたが、とりあえず沖田は五体満足で帰還させることはできた。


 「沖田のお母さんには無事任務を果たしたと帰還報告をしておかないとな」


 「佐藤君の無事の定義おかしいよ。服とか血まみれだよ」


 「傷はもうふさがってるからな。無事ってことで」


 しっかりと死にかけたおかげさまで、超回復スキルも発動し問題ないくらい動ける。ちょっとだけ血が足りないような気がするけれど、ご飯を食べれば治るだろう。


 「……それだけ血が流れて無事っておかしいよ」


 「まぁ、男はみんな血を流して大人になっていくんだ。驚くかも知れないがこれが男の日常だ」


 「……納得する努力はしてみるよ」


 超回復スキルに突っ込まれるのはよろしくないような気がするので、適当なことを言ってみたが、まだ若干不信感を抱いているようではある。さすがだな、他のヒロインと違ってしっかりと一般常識を身に着けていらっしゃる。ここは話を逸らそう。


 「それよりも、この柳谷親父の詰まった段ボール箱を説明するのが面倒だな。お母さんには黙っておくか」


 「いやちゃんと何があったのか説明しないと。……いや待って、私のお母さんに言うと余計なことになるかも」


 沖田の母親は初対面の時から思っていたが、ちょっと頭のネジが緩み気味だからな。確かに相談して良いものか迷うところではある。


 「今日のところは言わないでおこうかな。い、いつか何事もなく終わった時に言おうかな!」


 沖田は面倒なことになる可能性の方が高いと判断したらしい。

 

 「じゃあそうするか」


 そんなわけで、親父段ボールがのせられた台車を押して、アパートの隅の方に隠しておく。これで、沖田の母親に何その段ボールと言われることはなくなった。


―――――――――――――――――――――――


 ただいまと沖田が家の中に入るのに続いて俺もおじゃましますと言いながら入った。

 

 沖田母は俺たちの顛末が気になっていたのか興味津々わくわくな様子で出迎えてくれた。最初はそんな様子だったが、今は俺の血まみれ具合を見てか軽く引いてる。


 「良く生きて帰ってこれたね」


 「ラッキーでした」


 所々かいつまみながらも柳谷家での出来事のついて伝えた。もちろん、柳谷親父の状況については話すと面倒なことになりそうなので、沖田との打ち合わせ通り今回は黙っておくことにした。


 「まぁ、とりあえず、なんとかなって良かったね」


 「はい」


 まぁ、なんとかしなければならない案件が増えたんですけどね。


 「結局学生服じゃなくて、君は女装していったんだよね?それに夏来にも服買ってあげたんでしょ。なんかごめんね、夏来を連れて行かせたせいで色々やらなければならないことを増やしちゃったみたい。使ったお金返すわ」


 「あ、いらないっすよ。沖田がいたおかげで色々と助かったんで」


 「いや、だめ。返すから」


 そんなやり取りを数度繰り返した結果、なんとか沖田母を抑えることができた。子供にお金を払わせるわけにはいかないという気持ちとお金は余り消費したくないという気持ちのぶつかり合い、ギリギリのところでお金に勝利の天秤が傾いたようだった。


 俺としてもあまりにも気を遣わせすぎた気がして、ちょっとくらいもらっておいた方が相手方に楽かなとも思ったが、やはり沖田家の経済事情を考慮すると無駄金は消費してほしくない。小悪党の心を持って毎日をもう少し楽に生きてほしいものである。昨今の世の中は正直者や良い人が損をする世の中だからな。


 大体話し終えたな。そろそろ帰りますと言って俺は立ち上がった。


 「あのさ、お金の代わりと言ってはなんだけどさ、今日泊ってく?もう外も暗いしさ」


 「お、お母さん!?」


 お金の件はひと段落付いたと思ったが、どうやらまだ戦いは終わっていなかったらしい。


 こうなってくると、もはやお金とかそう言うのはどうでもいいよな。なんかラブコメが始まりそうな予感もしているし。


 もちろんラブコメをしたい気持ちは俺にもある。しかしながら、今日は普通に家に帰って普通に寝たい気分でもあるのだ、だってめっちゃ疲れたんだもん。それに外にいる柳谷親父はどうなる。冬も近くなってきて、夜はもう肌寒くなってきている。ファーザーと慕ってくれている柳谷親父が風邪をひいてしまったらどうしてくれるんだ。


 「いや、今日のところは遠慮しておきます」


 「えぇ、なんでよ」


 この母親マジでぐいぐいきよるわ。帰りたそうな雰囲気を前面に出してアピールしてみるも全く効果なし。


 助けを求めて沖田の方に視線を送る。


 「佐藤君にも色々事情があるんだよ。逆に迷惑かけてるからやめて」


 「あのね、夏来。時には相手の事情なんて考えずに強引にいくことも大事なのよ。あんたはいつも後手に回るからね、後悔する前にやることやっておいた方がいいのよ」


 それ自分勝手な悪魔を育てる教育なんだけど。


 そんな母親の教育に対して納得できない様子の沖田はなにやら言い返して雰囲気に流されないように頑張っている。


 沖田が頑張っているこの隙にこの場から脱出するか。


 中腰になり体は沖田たちの方を向けながらもそろりそろりと玄関に向かって後退していく。気づいた時にはいないくなっているそんな影の薄いモブキャラでありたい。最近はロケットパンチしかりおかしなことになっているからな、もうちょっと陰の仕事人感を演出していきたい。


 順調に遠ざかっていたけれど、何時ぞや隠れたことのある玄関近くの風呂場に差し掛かったあたりで、沖田母の鋭い視線が俺を捉える。


 「待ちなさい!」


 「待てと言われて待つ人はいないっす」


 体を回れ右して玄関にダッシュ、そしてドアノブをガチャガチャ。くっそ、鍵が掛かってやがる。


 鍵を開けてから、ドアノブをガチャガチャだった。これは命取りになる時間ロスだ。


 そんな感じでもたもたしていると、背後から迫ってきた沖田母に体をクリンチされる。


 抱きしめるといった甘優しいものではない。俺の胴を真っ二つにする勢いである。どんだけ俺を泊めたいんだよ。


 今確信した。この沖田母は女版春斗である。


 なんかそう思ったら無性に蹴り飛ばしたい気持ちになってきた。


 しかしながら、相手は女性、しかもヒロインの母親ときた。春斗との場合と違って自由に暴力で黙らせることもできそうにない。


 「痛いんですけど。今日俺ボコられてきたんだし、ちょっとくらい気を遣ってもらってもいいですか」


 「嫌よ、逃げるつもりでしょう」


 「じゃあ、分かりました。お金を返してもらわなくて良いってのが引っかかってるんですよね。それならやっぱり沖田の服代もらってもいいですか。それで泊めるとかの話はチャラにして」


 「え、えっと。そう言う話になっちゃう?」


 俺の胴を掴む力が緩んだ。今がチャンスだ。春斗と違って人の心が残っているようで俺は安心です。


 「おらぁ!」


 「きゃっ」


 なんとかクリンチから解放され、ドアを開けて外へ飛び出す。


 勢いよく飛び出したせいで、ドアから出たところにある廊下の縦格子フェンスに体ごと衝突。その瞬間、ガゴンっと嫌な音が聞えた。老朽化が進んでいるこのアパート、人が落ちないようにするためのフェンスがその本来の役割を果たしてくれなかったみたい。時をかける男みたいな感じで空中へ飛び立った。


 俺の頭は下斜め45度に向かって壊れたフェンスとともに下降中。空中で態勢を立て直すみたいなことは無理っぽい。無駄に抵抗したせいで逆に頭の角度が地面と垂直に近くなったわ。


 死にはしないだろうけど周りの景色がスローモーションに見えるし思考時間もスローだ。


 多分このまま落ちたら気絶するだろうな。二階程度の高さだが、飛び出したせいで勢いがプラスされてる分、良い具合の落下速度である。


 気絶したら沖田親子に迷惑を掛けそうだな。それなら腕を伸ばして衝撃を殺すのも良いか。でも、犠牲になった腕が回復するとは限らない。骨折程度でも超回復が発動してくれればいいのだが、発動しなかった場合は治療の手間が面倒だ。


 また沖田家に連れていかれるだろうが、ここは素直に気絶しておく方が楽かもしれんな。


 致命傷になるよう頭の角度を調節して地面に向かっていく。あ、でも超回復の現場見られた更に面倒かも。と考えたときにはもう遅かったようで、地面はもうすでに目の鼻の先だった。



―――――――――――――――――――――


 気が付いたら俺は夜空を見上げていた。俺の思考は既にクリアである。頭部の痛みも感じないし、無事回復はしてくれたみたいだ。


 焦った様子でアパートの階段を降りてくる音が聞えた。気絶してから回復するまでの時間もそれほど掛かっていないようだ。もしかしたら当たり所が悪かったのかも。素晴らしい致命傷だ、ラッキーだったな。


 沖田一家に心配を掛けさせないようにと、すぐに立ち上がって大丈夫ですアピールで無事を示した。


 「大丈夫!?ご、ごめんね!?泊ってく!?」


 沖田母はしっかりとテンパっているようだ。とりあえず、まだ泊めたいってことも分かった。どれだけ泊めたいんだよ、マジで。


 もう泊まった方が丸く収まるような気がしてきたわ。そもそもなんで俺は頑なに泊らないマインドを貫いてたんだっけか。うーん、自宅でゆっくり休みたかったからだっけ。


 それ以外にも何か大事な理由があったような気がするが。頭を打ってちょっと記憶がぶっ飛んでるのかもしれん、記憶までは回復してくれないというわけか。まぁ、いつか思い出すか。忘れてるってことはそこまで重要なことではないだろうしな。


 そんな感じで沖田家に泊ることにした。最後まで何か頭の片隅にひっかかりがあったが、なんか面倒事だったような気がしたので、目を逸らすことにした。



―――――――――――――――――――


 母ちゃんに今日は友達の家に泊りますと連絡を送った後、今の状況を冷静に考えてみる。


 同じ学校の女子生徒、しかも美少女の家でお泊り。なんだこの俺っぽくないラブコメ感は。


 これはあれか、何か裏があるのか。これからやってくる不幸の始まりの前のハーフタイム的なあれなのか。


 「お風呂沸いたよ。先に入っちゃっていいからね。今日は色々と迷惑かけちゃったから、ゆっくり入って良いから」


 「あ、はい」


 「ん、あ、それとも私たちが入った後のお湯に浸かる?その方が興奮する?あ、むしろ夏来と一緒に入っちゃう?」


 「お母さん!?」


 あらやだ、この人お下品なんですけど。俺をもてなしたいという心は伝わってくるけれど、しっかりと空回りしていらっしゃる。


 確かに背中合わせでドキドキとかして癒されたい気持ちもある。いや、しかし、ここは俺の中の狼を抑えなければならない。ヒロインとラブコメしていいのは主人公だけ、友人キャラがそこにしゃしゃり出て良い事なんて起こるはずはない。とんでもないしっぺ返しに合うに違いない。


 「俺最初に入りますね」


 ドタバタしている親子を横目で確認して、何かを隠すように前傾姿勢になりながらもお風呂へ向かった。


―――――――――――――――――――――


 特にハプニングもなく、普通に入浴を終えて六畳一間へ帰還を果たした。まじで何もなかったわ。期待は全くしてなかったけどね。


 それから流れ作業の如く沖田家の入浴作業が行われる。お湯が冷めないようにと二人そろってバタバタしながら入浴していた。細かいところで貧乏家庭として最適化された技術の片鱗を確認ができた。


 そして、意外なことも確認できた。沖田母のすっぴんである。過度過ぎる厚化粧の下に隠された顔面は綺麗で若々しかった。自分で幼いとは言っていたが想像以上だったな、高校生くらいにしか見えんわ。沖田の血筋だけあって安定の美女、いや美女というよりは美少女か。これまじで母親なの


 「なぁ、お前の母ちゃんめっちゃ若いな」


 「えっと、う、うん」


 こっそりと沖田にそんな感想を伝えてみるが、どこか反応が悪かった。聞いてはいけないことだったのかな。


 こそこそ話して見てはいても、安定の六畳間クオリティ。沖田母にもその会話は届いていたらしく、反応が返ってきた。


 「私めっちゃ若く見えるでしょ。やっぱ母親っぽく見えない?」


 「あ、はい」


 笑いながら喋りかけてくる沖田母に素直な感想を返す。どんだけ早く沖田を生んだんだよって感じだしな。


 「まぁ、別に隠してはいないから言っちゃうとね。私この子の本当の母親じゃないの」


 「えぇ?」


 「母親代わりみたいなもんかな。色々と家庭が複雑でね、実際は夏来と半分だけ血のつながったお姉ちゃんなの。あ、ちなみに私十八歳だよ。どう驚いた?」


 「まじっすか」


 「まじ」


 確かに今思えばノリの滅茶苦茶加減とか現代のアホな若者っぽいな。母性のかけらもない暴れっぷりだった。


 俺が覚えている限り、設定では沖田父は蒸発して行方不明、母親は確か……。


 あれ、思い出せない?


 なんだろうこの思い出せそうで思い出せないって感覚。どこかで味わったことがあるんだけどなんだっけこれ。


 あ、清川ルートの記憶制限に似てるわ。


 最近までは覚えていたような気がしないでもない。気づかないうちに沖田ルートの記憶にロックが掛かったってことか、なんでや、いつから?


 毎日適当に生きているから何もかも曖昧だ。こんなことになるならノートとかに書いておくべきだったか、あぁまたやったか俺。


 でもまだ制限と決まったわけじゃないよな。単純にド忘れしている可能性もある。


 それに制限を確認する方法もある。沖田ルートの情報で忘れたと思われる部分を直接二人に尋ねて聞いてみるだけだ。制限が掛かっているのなら強引に聞き出すことができず口パクパク状態になるだけ、掛かっていないのなら普通に尋ねることができる。


 「母親代わりという事は、あの聞きにくいんですけど、本来のお母さんは」


 「あー、小さいころにね、病気で死んじゃった。夏来にお母さんって呼ばせてるのもその流れ、私はお母さんと触れ合える時間はある程度あったけど夏来は違うからね。私が見てきたお母さんをちょっとでも夏来に伝えれればと思ってノリで呼ばせてるの。その方が雰囲気出るでしょ?」


 悲しい話にならないように、大袈裟なジェスチャーを交えながらそんな風に説明してきた。制限についての実験的な感じで聞いてしまうような話ではなかった。悪いことをしてしまったな。だが、やはり清川ルートの制限とは別口のようだ。それだけ分かれば良い、これ以上は後回しにしよう、後でおっさんに確認してみた方が良い。


 「ちなみに父親についても気にならない?まあ、絵にかいたようなクズ男でさ、借金だけ残して蒸発しやがったのよ。今はどこにいるのかも分かんない」


 「うおー、まじっすか」


 「まじまじ。すごくない私たちの家庭。不幸家庭とはこのことだって感じよね。あはっ」


 ねぇ、これ笑っていいの。


 「お母さん、それ以上はやめようよ。なんか恥ずかしいよ」


 非常に気まずい話題であるが、沖田母の中ではある程度消化できるている話題なんだろう。そうでなければこんな良く分からない男子中学生に聞かせるはずがない。

沖田に関してはそうではなさそうだから、これ以上は止めておいた方がよさそうだけど。


 沖田母もそう感じたのか沖田の言葉に素直に同意した。


 「それもそうね」


 「うん、私はそれよりも佐藤君のお話が聞きたいな。クラスは別だし学校だとあまり話す機会もないから」


 そんな感じで今度は俺の話を語ることにした。


――――――――――――――――――――――――

 

 えんもたけなわムードになったところで、今日のところは寝ましょうということになった。


 敷布団は当然二人分しかない。俺はどうすべきかと視線をさまよわせていると、炬燵が端に寄せられ寝床が出来上がっていく。


 「川の字になれば寝れるよね。佐藤君は中央にする?」


 「いや、男子中学生の性欲を舐めないでください。端にしてくださいな」


 沖田母は下ネタ耐性があるらしい。雑談をしている中で気づいた。


 「あはっ。じゃあ夏来を中央にして佐藤君に襲ってもらおうかな」


 「お、お母さん!変なこと言わないで!」


 なんだろう、もっこりもするし、ほっこりもするこの感じ。


―――――――――――――――――――――


 明かりを消して皆で川の字になる。結局、中央には沖田が配置された。


 俺は沖田に背中を向けて平常心を保つ。正直言って、なんか変な気持になってきてるわ。


 みんな無言で寝ているけれど、何か話した方が良いのか。いや、やめておこう。なんか変な汗かいてきたわ。布団も女の子の香りがするよ、緊張するよ。こんな気持ちになるのなら親父の布団に包まりたいよ。


 そうして悶々としながら数時間が経った。


 二人は既に寝入っているようで、スースーと寝息が聞こえてくる。


 俺は全く寝れません。というのも今俺は沖田の抱き枕になっているからである。背中があったかいでございますですよ。


 どうでもいいかもしれんが、沖田の乳でかいわ。


 清川の皿のような乳を思い出す。なんて不憫なんだ。キャラ個性の被害を前面に受けていらっしゃる。

 

 平常心を保て、今ここで一発抜いておいた方が安全じゃないか。いや、それはまずいな、ちゃんとした変態だ。

 

 とりあえず、沖田を引っぺがしたい。このままでは永遠に悶々状態だ。


 まず体に絡まっている沖田の腕を外すために上体を起こす。


 そのまま沖田の腕が外れてくれれば良かったのだが、そうはいかなかった。コアラのようにくっついてきた。沖田母にも劣らないクリンチパワーである。そこからなんとか沖田の腕を外そうと試みるも中々これが難しい。


 沖田は掴む場所がなくなってくると無意識に手を伸ばし固定しやすい場所を求めて動かしてくる。結果的にその手は俺の首に落ち着いた。


 そして、ぐいーっと引っ張られる。俺はそのまま沖田の乳にダイブ。あぁ、柔らかいでございます。


 ひと時の幸福を味わい、そして窒息を味わい、最後に気絶した。結局、襲われたのは俺の方でした。


―――――――――――――――――――――――――――

 

 普通に朝がやってきた。どうやら俺の死因は乳圧死にはならなかったようである。


 沖田の腕の中で起床した俺は同時に目が覚めた様子の沖田と視線を合わせる。


 「あ、どうも。おはようございます」


 「あ、おはよ……え、あわわわわわ」


 そして、慌てだした沖田を見ながらグッドなモーニングを迎えた俺だった。乳で気絶したかいがあった。


 沖田母が作ってくれた朝食を食べたところで、突発的に始まったお泊り会も終了の時間を迎える。


 沖田母は仕事があるようで、軽く雑談をした後家を出ていった。また来てねと厚化粧越しのウインクを最後にもらった。昨日のすっぴんが恋しい。


 沖田については抱きつき癖があるとのことで、ごめんなさいと何度も謝られた。抱きついていたことについては、自覚しているようだが、自分のパイについての攻撃性と性的パワーについては理解していないようだった。


 まぁそんなわけで俺も帰るとするか。


 「ねぇ、佐藤君。柳谷さんの……あれ大丈夫だよね?昨日私たち放置しちゃったけど」


 柳谷さん?放置?なんだっけそれ。あぁ、昨日柳谷ん家に行ったんだったな。色々あったし確かに柳谷とはもうちょっと話しておくべきかもしれない。後でちゃんとケアをしておかないとな。


 「あぁ、大丈夫。俺が話しておくよ」


 「え?あ、うん」


 なんとなく違和感の残る会話だったような気がするが、まぁ朝早いし俺も沖田も寝ぼけてるんだろう。


 それじゃあと沖田と別れを告げて、俺は帰路へ歩みを進めた。


―――――――――――――――――――――


 やはり、最後の沖田の話が気になった。


 柳谷、うん、柳谷か。昨日の記憶がなんかおぼろげだな。なんか大きな出来事があったような気がするんだけど。右手に掛かったおっさんから貰ったコスチューム袋がふと目に入った。


 確かおっさんから貰ったコスチュームでロケットパンチを披露したんだったな。あれはマジで凄かったよな。なんでロケットパンチ打ったんだっけ。何か獲物がいたはずだよな。なんだっけ。


 何か思い出せないかと、昨日と同じようにおっさんから貰ったコスチューム袋を取り出して前と同じように腕にグローブを嵌めてみた。 

 

 あまり変なボタンを押すと飛び出しそうだから気を付けないとな。グローブを嵌めて指先をにぎにぎしていると、


 『通信レンズを装着してください』


 そんなグローブから音声が聞えてきた。なんか怖いけど、従っておくか。通信レンズってスカウターのことだよな。袋からスカウターを取り出して装備。


 『弾道ミサイルモードに移行しました』


 「え、ちょっと待って勝手に何言ってんの」


 『位置情報を指定してください』


 「いや取り消し、取り消し」


 『取り消し中。……エラーが発生。……失敗。……問題の検索。……グローブに破損が見られます』


 まさか、昨日のロケットパンチでどこかぶっ壊れたのか。


 『位置情報を指定してください。指定がない場合、ランダムな場所に狙いを定めます』


 やばい、俺の右腕が危機的状況だ。右腕だけ行方不明はまずいよ。どこかいい感じの場所を探さないと、ランダムはまずい。


 「それなら、どこだ、どこがいい。迷惑かけていい場所。えっとえっと、俺の中学校とかどうだ」


 『……確認。○○中学校を指定。……発射三秒前」


 俺の右腕から異音が鳴る。あぁ、怖いよ、助けてください。朝から大変なんだけど。あ、痛い、あだだだだだだだだあだだだだだだだああだだだ。


 勝手に腕が動いて、角度が調整されていく。今度おっさんにクレーム入れよう。これ、欠陥品だろ、まじで。


 『発射』


 柳谷親父の時とは比べ物にならないほどの勢いで腕が発射された。ペットボトルロケットもびっくりな勢いで、血しぶきをまき散らしながら吹っ飛んで行った。


 あれ、ちょっと待って。柳谷親父?あれロケットパンチの獲物って……。


 その瞬間全ての記憶がフラッシュバックした。そうだよ、柳谷親父だよ。


 沖田のアパートに放置しちゃってるよ。戻らないと、いやでも腕も旅立っていったんだけど。どっちを優先する。


 学校よりもアパートの方が近いから、まずはアパートか。


 右腕から吹き出ていた血は何故か止まっている。長時間右腕が離れたせいで、超回復が気を遣って応急措置的なことをしてくれたのか。まぁ、今はそれどころじゃない。


 アパートまでなんとか戻り、昨日柳谷親父を隠した場所まで移動する。


 台車と段ボールがあったことで、とりあえず一安心。


 「昨日はごめんよ。我が息子」


 そう言いながら、段ボールを開けようと思ってみたところ違和感に気づく。梱包する際に張り付けたガムテープがはがれている。


 震える左手で段ボールを開けてみる。中身は空っぽだった。


 深く息を吸って吐く。そして、天を見上げる。


 あぁ、いないわ。だめだこりゃ。


 どうしよう、泣きそうなんだけど。何やってんだろう俺。沖田のおっぱいに触れたからこんなことになったのか。いや違うよ、それ以前の俺の行動が問題だ。親父を調教しちゃおうとか考えたからこんなことになった。家に帰ってもう寝たいんだけど、寝ても良いかな。


 うん、だめだよね。分かってるよ。



 俺はこの朝、右腕と柳谷親父を失った。


 








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