第50話 体育祭2

 トイレから無事帰還した俺は、寺島の無事じゃない状態を見て、再び頭を抱える。


 「とりあえず、保健室に連れていくか。いや待て」


 俺の裏拳は寺島の顎にヒットしていたようで、顎が赤く腫れがっている。


 もし保健室にこのまま寺島を連れていった場合、保健室の先生は意識不明な寺島ではなく、俺たちに対して状況説明を求めてくるだろう。


 その時に裏拳の件がバレるのはまずい。寺島が目覚めた後に保健室の先生からその件が伝われば、これからの関係的にもまずかろう。最近も夏の海での一件のせいで教室で目が合った時とか、気まずそうな顔されるからな。


 まずは、顎を冷やして応急処置だ。そうすれば、保健室の先生に何か尋ねられた時に応急処置はしたんですのごり押しで乗り切れるはず、多分。

 

 嘘を吐く時は、多少の真実と嘘を混ぜこみながらするのが良いって誰か言ってた。そのための真実をまずは作り出す。


 「ハンカチとか持ってないか?水で濡らして寺島の応急処置がしたいんだ」


 俺はトイレの時は自らの服で水を拭いとるタイプなので持ち合わせていない。しかし、清川は女の子なので持っているだろう。服で水を拭いとるヒロインは流石にワイルドすぎるからな、そこんとこ分かってほしい。


 「持ってない」


 なるほど、知ってた。


 「冷やすため?」


 「うん、そう。良い感じの布があれば良かったんだけど」


 濡らしたトイレットペーパーを巻きつけても良いが、水で千切れた紙で寺島の顎がボロボロになりそうなので、できればもうちょっとしっかりとした布が良い。


 「……服濡らして、使えば?」


 「あ、それで良いか」


 けれど、俺の服はあまり濡らしたくないな。寺島の怪我だし、寺島の衣服を使おうか。自分の尻は自分で拭わせてあげようではないか。


 そうして俺は、寺島の運動ズボンに手を掛ける。ズバッと脱がしてやった。あ、パンツも一緒に脱がしちゃった。


 「なんで下を脱がすの?」


 「あ、さっきトイレを二回連続でしたからその癖で、下から脱がしてしまった」

 

 「……それなら仕方ないか」


 こいつのフルチンを見るのは二回目だな。なんか気持ち悪くなってきたから、ズボンを穿かせ直すか。いや、俺が寺島にそんなことをしている絵面も気持ち悪いな。面倒なので、このままいったれ。


 「……なんか股に生えてる」


 「あ?それはちんこだ」


 「ちんこ?」


 「如意棒だ」


 「ニョイボウ?」


 「伸びる棒だ」


 あれれ、適当に返事をしていたら、変な方向に会話が進んでしまった。ちょっと危険な話題になりそうなので修正する必要があるな。


 「……これ伸びるの?」


 「まぁ、たまに伸びるな」


 「なんで?」


 こういう時に限ってぐいぐい来るなこいつ。知的好奇心爆発しちゃってるよ。

 

 「伸びたほうが色々と便利なんだ、痒いとこにちんこ届くみたいな諺もあるくらいだ」


 「へー」

 

 よし、馬鹿で助かった。


 「私これ付いてないわ」


 まだ、続くんですか、このちんこ談義。


 「これは男専用武器なんだ」


 「……武器?男だけ?」


 いや、お前欲しいの?


 「いいや不公平じゃない。神は女性にこの棒を封じ込める穴を与えたのだ」


 「……確かにあるかも。これで対抗するんだ」


 なぁ、もうこの話やめないか。結果、武器の話になったけど、傍目から見たら普通に猥談してるようにしか見えない。女の子が下ネタ言ってるとこ見たくないよ。


 「それで……」


 清川がまた何か猥談を持ちかけてきたところで、ストップが掛かった。誰かの話し声が聞えた。声質的に女性だな。


 「やばい、隠れるぞ」


 「うん」


 清川と一緒に男子トイレに退避だ。


 「……あ、光大」


 「あ、やべ、忘れてた」


 俺たちが何のために隠れてたのか、その隠れる理由を廊下に置き去りにしてしまった、フルチンで。ズボンとパンツだけは俺の手に握られている。


 ちんこ談義のせいで人が来るという警戒を疎かにしてしまったせいだ、くっそ焦った、いや今も焦ってる。


 寺島を回収しようか、でももう時間がない。しばし、その場でタップダンスを踏む。


 そうこうしているうちに、状況は目まぐるしく変化していく。


 「きゃあ!」 


 「な、なにこれ。やばくない」


 「うん、やばい」


 男子トイレのドアに張り付くようにして、乱入者の会話に耳を傾ける。


 とりあえず、俺は逃げたくなってきた。


 「こ、この人、あの寺島君じゃない」


 「あ、ほんとだ」


 「何があったんだろう。と、とりあえず、運ぼう」


 声の数は女三人分。どうやら寺島を知っているようだ。俺や岡崎だったら唾を吐きかけられた上で放置だったろうが、寺島は看病してもらえるようだ。このまま彼女たちに預けて俺たちは離脱するのもありかもしれない。


 「とりあえず、女子トイレに運びましょう」


 「そうだね」


 「うん」


 あれれ、流れ変わったな。なんで保健室ではなく、女子トイレに運ぶのか。


 女子たちの会話が続く。


 「誰か見張りしておかないと」


 「個室に入ればバレないわよ。それよりも早く運びましょう」


 「そうね、パパっとやっちゃおう」


 これ逆レイプ案件なんじゃないか。寺島の死体を漁るハイエナ女子なんじゃないか。イケメン恐るべし。どうしよう、羨ましい。


 待て待て、羨ましがっている場合じゃないな。主人公の童貞喪失危機である。


 ハイエナ女子たちに寺島は捉えられてしまった。しかも、なんかこのハイエナ女子たちやり慣れてるベテランレイパーの風格を持っているようだ。


 どうやって奪還すべきか。持ち合わせている手札からなんとかどうにかできないものか。


 「……なんか光大連れていかれた?」


 「あぁ、そうみたい」


 清川と小声で会話をしながら、作戦を立てていく。


 俺の手札は清川と寺島のズボンとパンツだ。


 考えろ、馬鹿と鋏は使いようという言葉もあるように、馬鹿とパンツだって俺の使い方次第でどうとでもなるのだ。  


 「寺島を奪還しに行くぞ」


 「……うん」

 

 流石の清川もフルチン放置はやばいと思ったのか、どこか危機感に迫るような表情になっているような気がする。


 考えはまとまった、行ったれ。俺はドーンと女子トイレのドアを開く。


 「きゃあ!」


 「なんで男が!」


 「変態!」


 しまった、俺は男の子でした、忘れてた。初手ミスはもう俺にとっては様式美である。


 まだ、寺島の下処理に手間取っていた様子のハイエナ女子たち。俺たちの中学は学年ごとに上履きの色が異なっているが、どうやら彼女たちは全員三年生のようだ。


 イニシアティブをとられるのはまずいので、即座に反応を返す。


 「先輩たちこそ女子トイレに寺島を連れ込んでどうするつもりだったんですか!」


 DV男の三種の神器の一つである大声で逆切れをしっかりと放っていく。俺がこの場の支配者なのだ。


 「だ、だって、丸出しだったから……」


 「くっふ、だったら保健室に連れていけばいいじゃないですか。なんで女子トイレ?」


 あかん、不意の丸出しで吹き出しかけた。


 「女子トイレに連れ込む理由なんてレイプ以外にないでしょ!あなたたち後輩でしょ、察しなさい!」


 「いや、あの、はい」


 まさかの逆切れレイプ宣言だった。血気盛ん、性欲爆発、どんとこい状態だ。


 というかこの学校の偏差値ってどうなってたっけ。やべぇ奴しかいねぇわ。


 ハイエナ女子の覇気に気圧されそうになるも、しっかりと精神を立て直す。


 しっかりと話すべき言葉を頭で整理してから、再び口を開きかけるも、それよりも先に清川がぽつりと呟いた。


 「……レイプって何?」


 無垢な美少女の質問によって、さっきまでの自分たちの発言がどれだけ酷かったのかを思い出したのか、ハイエナ女子たちは口ごもる。


 清川には適当に会話に入って場を混乱させてくれと指示を出しておいた。ナイスプレーである。この質問はハイエナ女子たちに答えさせよう。


 「え、えっと、こう。撫でまわすみたいなことよ!」


 「……そうなんだ」


 大分マイルドな説明になったな。いったいどの辺を撫でますのでしょうか。


 清川の追求は続く。


 「……でも今は保健室が先じゃない?」


 「う、それは」


 半分納得しているが、半分納得していないというような何とも言えない表情でハイエナ女子達は答える。


 このまま強引に保健室へ連れて行ってしまったら、俺たちの間に遺恨が残ってしまうだろう。人の恨みほど怖いものはないのだ。


 その遺恨を取り除くアイテムが寺島のパンツである。これを献上して今日のところは納得してもらおうではないか。レイプをしようと思っていた人たちだ、運動ズボンでは足りない、やはりパンツでなければ納得してくれないだろう。


 何故俺が寺島のパンツを持っているのか、その理由を詰められると、口ごもるしかないので、良い感じに嘘と口八丁でカバーしながらトークをすることも忘れない。


 「これが何か分かりますか。そう、寺島のパンツです。あなたたちを追って女子トイレに突入する際に廊下で拾ったものです」


 「はぁ?」


 「寺島がなんでこのような状態になっているのか俺たちには分かりませんが、先輩たちが今からやろうとしていることが悪い事であるってことは分かります。今日のところはこのパンツで勘弁してもらえないでしょうか」


 片膝をついて、パンツを両手で差し出す献上のポーズでご対応。


 「はぁ、何言ってんのこいつ」


 「わけが分からない」


 あれ、いつもだったらこれくらいしておけば乗り切れる局面のはずなのだが。もしや、こいつら馬鹿じゃないのか。


 さらなるセールストークが必要か。


 「今ここで寺島をレイプした場合、俺たちはそのことを周りに言いふらすでしょう」


 「……じゃあ、私たちもあなたが女子トイレに入ってくるような奴だって言いふらすわ」


 若干、動揺した様子を見せながらもハイエナ女子たちは反抗してくる。だが、この様子ならいけそうな感じだな。


 「それも良いでしょう。しかし、先輩たちは見たろころ受験生ですよね。今ここで内申に響くような事件を広められると困るのでは?」


 「う、それは……」


 「だから、今日のところはパンツで妥協しておきましょう。一時的な性欲を満たすために大きな代償を払うよりも、寺島のパンツをゲットできることの方が遥かに価値があるでしょう。こんなイケメンな寺島だ、将来はモデルやら俳優にでもなるかもしれない。大きな価値を持つパンツになるはずなんです。未来に目を向けようではありませんか」


 俺はいったい何を言ってるんだろう。さっきからフルチンとパンツの事ばかり考えてる。


 それでも俺の言葉はハイエナ女子たちに刺さったようである。長考の沈黙が場を包む。


 やがて、一人のハイエナ女子が口を開く。


 「私が貰います」


 「あ、どうぞ」


 俺は素直に手渡した。こうなれば、後はなし崩し的な展開になるだけだ。


 「ちょっと、抜け駆けはずるいわよ」


 「そうよ!」


 寺島のパンツを取り合うパンツ相撲が始まった。


 このパンツ相撲は見届けなくていいだろう。寺島に運動ズボンを穿かせ、そのまま回収。ノーパンなのは許してくれ。


 「じゃあ、保健室行ってきますね」


 ハイエナ女子たちは若干の名残惜しさを含んだ視線を俺たちに向けた後、そのままパンツバトルを再開していた。三等分できるようにカッターナイフを置いておこう。


 どうか、お達者で。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「なんとかなりましたな」


 「……うん、良く分からないけど」


 無事寺島を回収したところで、清川とピロートークを楽しむ。


 寺島を回収する関係で、パンツが失われてしまった事だけが悔やまれる。


 せっかくだし清川に聞いてみるか。


 「お前替えのパンツとか持ってないか。寺島に穿かせてやりたいんだけど」


 さっきのハイエナ女子たちからノーパンのまま寺島を放置するのは危険な可能性があることを学んだ。今度は保健室のおばちゃんに喰われるかもしれん。


 女性もののパンツを寺島が穿いていたら流石に後ずさるだろう。だから女子である清川に尋ねてみたのだ。天才の発想である。


 「持ってない。照人の穿いてるやつあげれば?」


 なんて気持ち悪いことを言うのでしょうこの子は。あと、男のものパンツでは何の不信感を抱かせることはできないのです。


 「嫌だよ。じゃあ、お前の穿いてるやつはどうだ」


 寺島に清川ルートへ進んでもらうためにも、ここいらで清川からアプロ―チを仕掛けるのは良いのではないか。清川ルートに進まないと俺がなんか死ぬって言うのに、最近は完全放置だったからな。そろそろキューピット照人として活動しようではないか。


 それ、清川、愛のパンツ交換だ。


 「嫌」


 もうちょっと、押してみるか。


 「これはいわばボランティア活動だ。寺島の笑顔を取り戻そうぜ」


 「嫌」


 これは本当に嫌みたいだな。では別のアプローチを考えよう。


 「じゃあそうだな。今日はあれだろ、体育祭だし寺島の親御さんとかも来てるはずだ。清川は寺島と幼馴染だから、寺島の親とも知り合いだよな。寺島の替えのパンツ下さいって頼んできてくれないか」


 「……それも照人がやればいい」


 「寺島家族と交流のない俺が急にパンツ下さいって尋ねるのはおかしいと思う」


 「交流のある私が尋ねるのもそれはそれでおかしい」


 確かにそうだな。今日の清川は賢いようだ。


 「仕方ないな。このトイレットペーパーを巻きつけるか」


 ハイエナ女子たちと対峙する上で、何かに使えるかもと、男子トイレから拝借してきたトイレットペーパーを取り出す。


 「うん、それで良い。手伝う」


 そうしてぐるぐるとトイレットペーパーを巻きつける俺達だった。


 「何かで固定しないと緩んで落ちてきちゃうな」


 「なんかそこの掃除用具入れにガムテープあった」


 「お、ナイス。これで補強するか」


 「うん」


 小学生のころ、夏休みの課題で工作を作っている時を思い出した。安らかな気分でガムテープを寺島の股間に巻きつけていく。


 途中で寺島の目が開いている気がした。レイプされたんじゃないかと思うくらい死んだ目をしていた。


 驚いて咄嗟にビンタしたらまた気を失った。


 大丈夫、なにもなかった。気のせい気のせい、俺は悪くない。俺の過ちは裏拳とパンツ脱がしたとこくらいだ、後は世界が悪い。


 「と、とりあえず、処置は完了した。顎の腫れも時間が経ったから引いたようだし問題なし!」


 「……うん、完璧」


 清川もノリノリな様子で、工作の完成を喜んでいるようだ。


 ガムテープ巻きつけ終わってから思ったんだけど、これトイレするときどうするんだろうか。ガムテープは寺島の地肌にも巻き付いているし、それを外したとしてもトイレットペーパーの壁があるという二段構えだ。


 いや、考えるのはよそう。やってしまったことは仕方がない。寺島の未来の頑張りに敬礼しておくことしか俺にはできないのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 寺島を保健室のおばちゃんに託した後、俺たちは自分たちの陣地に戻った。


 俺は再び集計の奴隷になりながら、体育祭を観戦した。


 寺島がいないという事で、我らのクラスがざわついていたようだが、俺はスルーした。清川も、もちろんスルーしてた。


 犯人二人が無視を続けている中、一時間後くらいに保健室から舞い戻ってきた寺島が登場し、なんとかその場は一件落着となった。


 精神的疲労から完全に回復しきれていない萎れた様子の寺島であったが、遅れて間に合わなかった競技の分を埋め合わすかのように大活躍していた。


 寺島はなぜか腰回りを気にする素振りを頻繁に見せていたが、俺はそこには触れずしっかりと活躍を見届けた。


 そんな感じで無事、体育祭は終わった。


 寺島は最も活躍した生徒として一年生にも関わらずMVP賞を貰っていた。対して俺は帰り道、空から鳥の糞の爆撃をくらった。


 神様も今日はいい仕事をしたとぐっすり眠ってくれることだろう。お疲れ様です。

 

 

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