第49話 体育祭1

 体育祭当日、実行委員である俺や岡崎は事前の打ち合わせのため校庭に設置された簡易的なテントに集められた。本番ではこのテントが放送席として使われるらしい。


 二週間の療養(サボり)を経て、満身創痍状態から完全回復した我が身体であるが、これから任されるであろう実行委員の仕事を思い浮かべるとあの有意義なサボりの日常に戻りたくなる。


 打ち合わせは実行委員全員が揃ってから始めるみたいだ。見た感じ全員が集まるにはまだ時間が掛かりそうだな。実行委員たちも雑談に興じている事だし、俺も岡崎と適当に暇をつぶそうか。


 岡崎は体育祭が始まる前にも関わらず疲れ果てていた。くたびれたサラリーマンを彷彿とされるヨレヨレ感だ。


 「昨日は悪かったよ。ライン引き、ありがとな」


 「ああ、いいよ。でも、今日は僕の仕事を少しくらい代わりにやってもらおうかな」


 「それはもちろん」


 校庭にはしっかりと白線でラインが引かれている。リレー用、徒競走用など様々な種目別に引かれているようだ。これを一人で引くのは大変だったろう。


 「誰か手伝ってくれる人とかいなかったのか」


 「前の会議で仲良くなった先輩たちいたでしょう?昨日も会議があってその時に『手伝ってくれませんか』って頼んでみたんだけど、皆用事があるって断られたよ。どいつもこいつもゴミムシだった』


 岡崎はどこかに遠い目を向けながら、そう答えた。ゴミムシって……、こいつどこでそんな言葉を覚えてきたんだ。


 「それは……、まぁ、先輩達も本当に用事が会ったかもしれんしな、あんまり卑屈になるなよ。俺もお前に迷惑を掛けた側だから偉そうなこと言えないけど」


 「うん。……というか、佐藤君って二週間近く学校休んでたんでしょ?大丈夫だった?」


 「ああ、ちょっと怪我しちゃってさ。でも、もうほぼほぼ治った」


 二回くらい死にかけたのにもかかわらず、二週間程度で復帰できた俺の身体マジで最強。だが、メンタルについては多少傷を負っているようで、不意に声を掛けられたり、背後を取られたりすると、過剰にビビる。


 療養中に覚えた護身術が誤作動しないように注意をしなければならない。親父に裏拳をかましてしまったのもそうだし、今日の朝も後ろから挨拶してきた近所のおばさんに後ろ蹴りを放ってしまっている。


 親父にはクリーンヒットしたが、幸いおばさんにはヒットしなかったので良かった。でもドン引きはされたので、今頃、近所のおばさんゴシップコミュニティでは佐藤家の一人息子がグレてしまったという噂で盛り上がっていることだろう。


 「それでも二週間も休んだって結構なことだよ」


 「いや、うん、まぁ、一日くらいで治ったんだけど、学校休むのってなんか気持ちよくてさ、二週間くらい延長しちゃった」


 「……そのおかげで僕は地獄のライン引き奴隷になったんだね」


 「ごめんね」


 岡崎を適当な言葉でヨイショしながら慰め、話題を逸らしていく。そして、ふと前岡崎が告白ラッシュをするだのなんだの言っていたことを思い出した。その後、どうなったのだろうか。完全に放置していたから、全く把握していない。どうせ碌な事になっていないとは思いつつも恐る恐る聞いてみた。

 

 そして、何とも言えない表情を浮かべながら、岡崎は答える。


 「とりあえず、クラスの男子からは英雄と呼ばれるようになったよ」


 「あぁー、そうなんだ」


 若干馬鹿にされているような気がしないでもないが、多分その分好意的な部分も感じられるようなあだ名だ。


 しかし、あれだな男子から『は』英雄、それでは女子からはなんと呼ばれているのだろうか。


 「女子からは爆撃機って呼ばれてるよ。ちょっと前に幼馴染から女子の中でそう呼ばれてるって聞いたんだ。次は私に爆撃されたらやだなって、クラスの女子が頻繁に言うようになったから新しい流行語かなんかだと思ってたんだけどそうじゃなかったみたい」


 本当に爆弾とか作りそうなやばい奴の表情で笑う岡崎。守りたくないこの笑顔。

 

 とりあえず、人扱いされなくなっているってことは分かった。


 「お前、その様子だと誰とも付き合えなかったんだな」


 「当たり前じゃないか。僕は兵器なんだよ?」


 ちょっと頭がおかしくなっているみたいだ。怖い発言はスルーしようか。


 「ちなみに何人くらいに告白したんだ?」


 「30人くらいかな」


 「……ちょっとお前、え、まじで。期間は二週間くらいだよな、一日二人ペースじゃないか。てかあれだな、クラスにそんな女子生徒いないよな、他クラスの女子生徒にも手を出したのか」


 「うん、そうだよ」


 何も恥じることはないといった様子で馬鹿みたいに堂々としている岡崎。


 「お前それは英雄だわ」


 「でしょ」


 将来が心配になるほど堂々としている。告白に躊躇する男子勢からしたら鋼のメンタルな岡崎は英雄に見えることだろう。


 「お前、自分のクラスだけじゃなく一年生全体の女子から、爆撃機扱いされてるのか?」


 「そうみたいだよ。幼馴染情報によると、僕の存在は女子にとって脅威らしい」


 「脅威?」


 そりゃあ迷惑だとは思うけれど、告白程度さして脅威でもないだろうに、むしろ嬉しいんじゃないか。そんな風に思われる理由があるのだろうか。


 「うん、僕が告白した女子生徒たちはね。みんな真ん中くらいのカーストにいるかそれよりもちょっと下にいる女子生徒なんだ」


 カースト上位はどうせ無理だからという考えで、そのように女子の選別を行ったのだろう。それだけで、女子生徒からしたら憤慨ものだ。あぁ、もしかしてそういうことか。


 「その女子生徒たち、いや、被害者たちは、僕に選ばれる程度のそこそこの女っていう残念な称号が与えられるらしいんだ」


 その称号を与えられた被害者女性達はその後、どうなったのだろうか。俺も岡崎もその話題には触れようとはしなかった。


 「僕はこの二週間で青春を失ったよ」


 「いやまぁ、うん、どんまい」


 「一応の保険として残しておいた幼馴染にも適当に告白してみたんだけど、死ねって言われたよ」


 「……」


 ちゃんと最低な人間で、むしろ清々しいわ。こいつ多分、俺らの中で一番人生楽しんでいる。


 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 実行委員の人数も揃い、打ち合わせが始まった。


 俺や岡崎、センパイを含む陰キャの誓いのメンバーたちは集計係だった。参加した最初の会議でもそんな話を聞いたような気がするが、俺が学校を休んでいる間に当日の仕事の最終決定が行われたらしい。


 体育祭では、クラス単位ごとに赤組、青組、黄組と緑組の4組に分けられ競い合う。競技ごと競技での順位ごとに点数が決められており、その中で俺たちは汗と涙の中で生徒たちが稼いできた点数を集計する。


 岡崎の話によると赤組と白組の2つの組だけにしようという話も陰キャ会議であったそうだが、毎年4つの組で競い合うのが伝統とのことで、流石に体育祭担当教師に却下された。

 

 運動部と文化部で競技の過酷さが異なるように計画した案については体育祭担当教師にも運動部勢にも咎められることはなかったみたいだ。運動部にとっては文化部勢に足を引っ張られないという点でむしろウエルカムな様子だったみたい。


 なんとなく内容を理解した後に打ち合わせは終了した。


 体育祭の開会式が始まるにはまだ時間が掛かりそうだな。2クラスごとにテントが1つづつ設けられており、待機場所が区切られている。岡崎とは別のテントのようだったので、そこでいったん別れることになった。


 クラスの皆は、友人同士だったりと自由に座っているようだったので、それに倣って俺は端の方に座った。


 しばらくの間、ぼーっとしながら校庭を見渡していると、臨時で設けられた駐車場に続々と車が入ってくる。息子や娘の活躍を見にきた家族たちだな。


 そういえば、母ちゃんに今日体育祭だって言うの忘れてたわ。お昼休みとかあれだな、家族が弁当作って持ってくるパターンのやつだよな。いつも通り給食の感じで来てるから弁当とか持ってきてない。


 体育祭実行委員の予算で買い貯めたパン食い競走用のパンを何個かぶんどるか。そうしよう。問題解決。


 脳内の人格たちとエアコミュニケーションをしながら暇をつぶしていると、隣に倉橋が座ってきた。とりあえず、挨拶を済ませる。何か適当な話題を振ろうかと考えを巡らせていると、先手を打ってきたのは倉橋だった。


 「なんか久しぶりだね」


 「確かに、冬休みくらい長く休んでたから」


 そこで、いったん会話終了。何かあったの?とか聞かれるかと思ったけどそんなことはなかった。下手に聞いて地雷だったら傷つけるかもしれないとか、色々と気を遣わせたのかもしれない。それとも俺のことなど全く気にしてないとかもぜんぜんあり得る。


 「俺が休んでた期間で何か変わったことあった?」


 「ないよ。いつも通り。照人君がいないことに誰も気づいていないレベルでいつも通りだったよ」


 その一言いるかね。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そんなこんなその後も倉橋と話していると、あっという間に開会式の時間になった。


 そして、何事もなくスムーズに開会式が行われ、さっそく競技が始まった。


 岡崎と再び合流して、集計用に設けられた場所に行く。放送席にはテントがあるが、俺たちのホームグランドにはテントはなかった。あるのはパイプ椅子と机だけ、悲しきかな。


 同じく集計係であるセンパイ達は、競技の勝敗や順位を確認しては俺と岡崎に報告するといった感じで動き回っている。


 せっせと動き回るセンパイ達の方が、数字をただただ並べている俺達よりも負担が大きいのではないかと聞いてみたが、ぶっ通しで数字を見続ける方が辛いから気にせず、頑張ってくれと言われた。確かにだんだんと修行をしている気分になってきてる。


 途中で自分達の競技に出るために、センパイ達に仕事をバトンタッチしたものの、基本的にはずっと集計の奴隷になっていた。岡崎の分の仕事も代わりにやるつもりだったのだが、どうせ暇だからと途中まで手伝ってくれた。今は力尽きたようで、隣でぐっすり眠っている。


 体育祭は何事もなく進んでいるようで、特に問題などは発生しなかった。運動部もハードな競技を楽しんでいるようだし、文化部もパン食い競争から始まりボードゲームと幅広いエンジョイ競技を楽しんでいる。


 運動部への嫌がらせを目的に計画した体育祭ではあったが、思いのほか万人に受けているようだ。嫌がらせをして下卑た笑みを浮かべるよりも、こういう光景をみてほっこりした方が後味的にも良い。これからは悪いことは考えず、優しい気持ちで毎日を歩んでいこうと思います。


 そんな感じで体育祭午前の部は終了した。まじで何事もなかった。できればこのまま無事に体育祭イベントを消化したい。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  

 昼休み、多くの生徒がレジャーシートを敷いて子供を待っている家族のもとへ昼飯を食べに行く中、俺は置き引き犯のごとく余ったパンを搔っ攫うため移動していた。


 一人ぽつんとテントで食べても良かったのだが、憐みの表情を浮かべた心優しい誰かの親が食べ物を分け与えにくるとも限らないので、校舎の中に入って黙々と食べることにした。


 パンを確保し、校舎に歩みを進めていると、背後から俺を呼ぶ声がした。ビビったが裏拳は不発だった。相手の声が女性だったことが反射反応を鈍らせたんだろう。


 背後を振り返ると、そこには清川姉妹がいた。


 「あ、こんにちは」


 とりあえず、初手はあいさつだ。


 鏡花さんと対面するのは、ショッピングモールボコボコ事件以来だな。サボり期間中にメッセージが来て、文面からも分かるくらいに非常に心配してくれた。


 清川の方は相変わらず人生を満喫しつくした古のボケ老人のような表情だ。


 「照人君、本当に無事でよかった。会いに行きたかったんだけど、迷惑かと思って……」


 「あぁ、全然大丈夫ですよ」


 鏡花さんには超回復スキルのことだったり一連の出来事のその後のことは説明済である。ボスに転生云々の話をしたことも伝えている。気が向いたらボスに自分のパラレル云々の話をしてみたらどうかと提案もしている。これについては鏡花さんの事情なので丸投げした。


 「……なにかあったの?」


 何も事情を知らない清川から質問。


 「最近俺休んでただろ、ちょっと怪我してんだよ」


 「……そういえば、いなかった。クラスの誰も心配してなかったから、気づくの遅れたけど」


 一応、俺が休んでいたことは認識しているようだった。余計な情報もありがとう。倉橋からも同じようなことを言われました。心が痛いです。


 休みの理由として学校には、大怪我しましたと適当な感じで伝えていた。謎めいたクラスの陰キャの休みの理由を深堀されたら嫌だなと療養中に考えたこともあったが、全くの杞憂であった。


 「私一緒にいたのに何もできなかったからさ。その代わりと言っては何だけど、お弁当ちょっと多く作ってきたから、一緒に食べない。照人君も家族来てない感じだよね?」


 「え、良いんですか?」


 一人で黙々と食べるのもそれはそれで悪くないが、美少女の作った弁当を乞食するのも悪くない、てかめっちゃ嬉しいです。


 「もちろんだよ。ね、奈々」


 「……いいよ」



 良い感じのスポットはないかという事だったので、いつもの空き教室を提案。


 腰を落ちけたところで食事タイムスタートである。


 鏡花さんお手製の弁当が机の上に広げられる。美味しそうとヨイショしながら箸を進めていく。


 食事中の雰囲気はなんか微妙だった。これに関しては俺は悪くない、この姉妹が悪い。やっぱりと言っては何だけど、依然として姉妹の関係はギクシャクしているようだ。


 「奈々、お茶いる?」


 「いる」


 ちょっとした会話くらいはするみたいだから、まぁ、超険悪というほどではない。


 「照人君、味とか大丈夫?苦手なものとかあったりする?」


 「めっちゃ美味しいです」


 「それは良かった!」


 「……でも、これちょっと味薄い」


 「……」


 清川は度々ぼそっとした声で余計なことを口にする。その度、鏡花さんもピキッてる。母親関係で関係がこじれていることもあるのだろうが、相性も普通に良くないっぽい。


 ちょっとだけその辺の事情でもつついてみようかな。鏡花さんのタイムリミットも段々と少なくなっていることだし、流石に清川関係について何か働きかけていく必要がある。情報源である人妻の方は失敗ばかりだしな、俺のせいだけども。たまには真剣に働こうではないか。


 「ちょっと前にさ、鏡花さんとお前の母さんのお見舞いに行ったんだ」


 「……へぇ」


 まずは軽いジャブ。制限に引っかからなかったという事はこの会話はオッケー判定が出ているという事だ。いけるところまで行こう。


 清川の隣に座っている鏡花さんがぴくっと反応する様子が見えた。一瞬口を開きかけたように見えたが、鏡花さんの言葉が形になることはなかった。急な話題転換だったからな、俺の意図が伝わったらしい、任せてくださいな。


 「お前も見舞い行ったりするのか?」


 「……たまに行く程度。私が行ってもどうしようもないし」


 「どうしようもない?」


 「私は医者じゃないから、お母さん治せないし行っても意味ない。上手く喋れない私が行ったら逆にお母さんに不安がらせる」


 ちょっと極端すぎるけど、一応考えた上でお見舞い拒否を決め込んでるみたいだ。清川の性格に裏表とかはないだろうし、本心から出た言葉だろう。


 そして、少し口ごもりながらも、やがて決心した様子で清川は言葉を続けた。


 「……それに、多分、私がお母さんに会いに行くの、姉さん嫌がってた」

 

 「っ、嫌がって、そんなことはないよ」


 「……ううん、今、照人から聞いてやっぱりそうだと思った。たまに帰ってくるのが遅かったりするのお母さんのお見舞い行ってたんでしょ?昔はそういう時、誘ってくれたのに、今はない」

 

 「……それは」


 よし、なんか始まった。たまには腹を割って話し合うのも大事だと思います。あとは勝手にやってもらおう、俺の仕事は終了です。


 「そう思ってたのなら、言ってくれれば良かったのに」


 「なんか昔と違って話しづらくなった。でも、最近はちょっとだけ話しやすくなった」


 「う、……そうなんだ」


 「うん、だから今、いい機会かと思ってこうやって話してる」


 まさかの妹ペースで話が進んでいる。


 話しづらくなったというのは、鏡花さん自身がパラレルをしっかりと意識しだした時期のことだろう。俺みたいに傍から見る分には分からなかったが、妹目線から見たらピリついているのが一目瞭然だったのかもしれない。 


 最近はその悩みを俺やおっさんに打ち明けることができ、ピリついていた雰囲気が丸くなったとかそんなところだろう。そんな適当な考察をしつつ、姉妹の会話に耳を傾ける。


 しばらくの間、沈黙が続いた後、鏡花さんが口を開く。


 「ん、奈々、ごめん。私、色々とあなたのこと勘違いしてた」


 「……そうなの?どう思ってた?」


 「人の気持ちが分からない子だと思ってた」


 いや、うん、ぶっちゃけすぎだろ。


 ビクビクしているのは俺だけで、清川は別に何ともない様子で話し出す。


 「基本的には分からないけど、……姉さんのことだったらなんとなく分かる」


 「……そうなんだ」


 なんか俺も気まずい気持ちになってきた。ここで昼飯をがつがつ食い続けたらムード崩れるしまずいよな、この空気感でじっとしてるしかないというもどかしさ。


 「私さお母さんから多分だけど良く思われてないの。奈々はお母さんに可愛がられるでしょ、だからさ、ちょっとだけ、いいえ、……すごく嫉妬してた」


 「……そうなの?」


 人妻が鏡花さんにビビっているという話はしたことがなかったはずだが、鏡花さん自身も感じていたことらしい。


 「なんでお母さんは、」


 「私にも分からないの。だから奈々に黙ってお母さんのお見舞い行ったり、少しでも私のことを気にかけてくれるようにって」


 清川は悲痛な様子の姉におどおどしながらも言葉を掛ける。鏡花さんもそれに反応を返す。しばらくそんな感じで会話が進んでいく。


 なんか落ち着いてきたので、こっそりと昼飯食っても良いかな。アサシンのような動きで、そおっと唐揚げに箸を伸ばす。


 無事、唐揚げを確保して音をできるだけ立てないようにもぐもぐ。なんか大丈夫そうなので他の料理ももぐもぐした。


 「ねぇ、照人君はどう思う?」


 突然、話が振られた。やべ、食事に夢中でちゃんと話聞いてなかった。こういう時は伝家の宝刀を抜くしかない。


 「良いと思います」


 これ言っとけば、大抵のことはどうにかなる。魔法の言葉である。


 「話聞いてなかったでしょ」


 「……こいつ唐揚げ食べてた」


 「ごめんなさい、お腹が減っちゃって」


 魔法の言葉通用しなかったので、食いしん坊アピールで場を濁すことにしよう。あ、ごめんなさい、睨まないで。


 「お母さんから何か私について話聞いてない?」


 刺激しすぎるのは良くないと思って黙っていたが、鏡花さん自身もそう思っていたのなら言ってもいいだろう。


 「あー、少しだけ近寄りがたい的なこと言ってました」


 「理由は聞いた?」


 「昔から大人びてたからちょっと怖かったとかそんな感じの事言ってましたね。でも、それはおまけでもっとちゃんとした理由があるっぽかったですね。そっちの方は教えてくれませんでした」


 「そっか。そうなんだ」


 「心当たりとかあるんですか」


 どうせ、あったとしても制限で言えない事項だろうと思いつつも聞いてみた。


 「ううん、全く分からない」


 「……私も」


 家族が分からないんじゃしょうがない。


 「やっぱりお母さんから直接聞くしかないんだね。叔父さんは知ってたとしても誤魔化すだろうし」


 確かにおっさんなら何かしら知ってそうだが、今まで彼女たちに話していない時点で、何かしら言えない理由とかありそうだ。


 やはり人妻攻略は必須か。

 

 でも人妻を攻略するためには俺だけでは約不足だ、新し一手を打つ必要があるだろう。


 「それじゃあ、提案なんですけど、これからは清川も今度からお見舞いに来たら良いんじゃないですかね。そうしたらお母さんもなんか話してくれるかも」


 「……私は良いけど、姉さんは?」


 「大丈夫だよ。良いに決まってる。奈々も私に気を遣わなくていいから」


 そう言って鏡花さんは清川の頬に手を当てムニムニしだした。


 腹を割って話し合ったことで、姉妹関係も雪解けしたようだ。まだまだぎこちなさは残っているが、しばらく経てば良好な関係を取り戻せるのではないかと思う。


 話し合えばすぐに解決するようなことでも、そこに辿り着くまでは長い時間が掛かってしまう。家族だろうが友人だろうが人間関係というものは難しい、そんなことをつくづく実感する。


 「やっぱりこの料理、味薄い」


 「……は?」


 やっぱりだめかも、この姉妹。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 食事を終えた後、鏡花さんは自分のクラスに戻っていった。


 俺と清川も戻ろうかと校庭を歩いていると、ふと尿意の兆しを感じた。


 「俺、ちょっとトイレ」


 「……私もしたいから、行く」


 こいつ、まじか。俺って一応男なんだけど、そういうこと言っちゃうかね。一般的な倫理観もそうだし、下の知識とかも全然理解していないだろうな、だからこそ、こんなにも無警戒。いつか腐女子向けの本とか買い与えよう。


 「あー、じゃあ行くか」


 「うん」


 今日のところは仕方がないので連れション決行。


 トイレの近くまで来たところで、ふと周りを見渡す。ショッピングモールでもトイレをしようと思った矢先にボコられてるからな、生徒の家族の群衆に紛れて俺をボコった奴が学校に侵入している可能性も考えられるし警戒して損はない。


 「何してるの?」


 「ああ、ちょっと警戒をだな」


 「……馬鹿なの?」


 「お前には言われたくない」


 軽く言い合いをした後、何事もなく無事にトイレを済ました俺。スッキリした気分でトイレから出る。


 清川はまだみたいだ。待たなくても何とも思われないだろうけど、せっかくだし待つか。


 集計で疲れた目をほぐしたり、肩を揉んだりとリラックスしていると、清川が出てきた。


 そして、俺の後ろを見て、『あ』と言った。


 その瞬間、背後に向かって裏拳が放たれた。


 裏拳は気持ちいいくらいしっかりと決まった。手応え半端ないって。


 気持ちよかったなぁと思ったのは0.1秒、すぐに正気に戻る。


 殴った相手をすぐさま確認。幸いにも殴った相手は見知った人物であった。


 「寺島かぁ」


 イケメンに不幸が直撃してしまった。


 「……何やってんの」


 「俺も、もう良く分からん」


 寺島は白目を向いて伸びていた。これ大丈夫じゃないよな。気持ちいいくらい綺麗にヒットしちゃったもん。


 「今の俺悪いかな。俺の射程に入ってきたこいつが悪くないか」


 「……照人が悪いと思う」


 「……はい」


 「どうするの?」


 「とりあえず、もう一回トイレ行ってくるわ。夢かもしれんから」


 「いってらっしゃい」


 そして、俺は小便器に涙のような一滴を垂らすのであった。

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