第48話 血祭
現在、首元にはなぜかカッターナイフ。
助けを求めて、ナースコールに手を伸ばすも、伸ばした手はペシっと上から叩かれる。そして、そのまま手首を握られホールド。
「ねぇ、今何しようとした?」
「あ、ちょっと、首が痒くて」
「首にはそんなに遠い場所に手を伸ばさなくても届くでしょ?」
「あはは、俺もそう思います」
「て、そんなことはどうでもいいから、早く言って」
カッターナイフの食い込みが深くなり、手首の方も強く握られる。
これ以上、茶化すと引きちぎられそうだ。
とはいっても、なにから説明したらいいものか。これまで転生云々の話を聞かせた人たちは、転生者だったりそれに類する者だったり、馬鹿だったりと真面じゃない人たちばかりだった。
ボスも真面かと聞かれると、首をかしげたくなるところだ。しかし、これまで話してきた人のように、転生事情を上手く理解し受け入れるとは言い難い。
遠回しに説明した方が良いとは思うが、上手く伝えられる自信はないな。いつも通り滅茶苦茶になる。
いやここは敢えてというか、もう面倒なので、直球で伝えてしまうか。敢えて、直球勝負。コミュニケーションで試行錯誤すると大抵おかしなことになる、これまでもそうだった。
直球で伝えるとしても最初は理解されないとは思うが、その都度、疑問を補足していけばなんとなくは理解してくれるのではないかと思う。
真剣モードになって声を整える。隣の人妻の耳に入らないように、しっかりと小声で喋ることも忘れない。
「あのな、この世界は『青春ループ』ていうギャルゲーの世界がモチーフになって作られてるんだよ。それでさ、」
「それでさ、っじゃないわよ!いきなりツッコミどころ満載じゃない、真面目な顔して嘘吐くな!あと、なんでひそひそ声なのよ。しっかり喋りなさい!」
やはり初手で躓く、腹パンも食らう。この人、俺が病み上がりなの分かってるのに、容赦ねぇ。
「あまり大きな声で話すと面倒なことになるんだよ。そうだな、中庭に移動するか」
「また逃げるつもりね」
鋭い眼光で俺を睨む。日頃の行いが悪いせいで、普通のことを言っても取り合ってはもらえない。
「分かりました。じゃあ、これだけお願い、ボスも小声で喋ってください」
頭を下げて、お願いしてみる。
「あんた丁寧な口調でお願いしてるつもりだろうけど、ボスで台無し。はぁ、なんだか知らないけど、分かったわよ。続けて」
「ありがとう。それでな、そのギャルゲーの舞台がこの地域というか。ええとだな、俺もそのゲームの登場人物だし、お前だってそうなんだ」
ボスもさすがに困惑した表情だ。体をこわばらせたのか、カッターを握る手にも力がこもったようだ。おい、さらに、首に食い込んでます。
「女の子だとあまり親しみがないかもしれないけど、ギャルゲーってのは、男主人公とそれを取り巻くヒロインが繰り広げる恋愛物語なんだ。『青春ループ』ってゲームも基本的にはそんな感じのゲームだ」
「……まぁ、なんとなく分かるかも」
「それで肝心なこのゲームの主人公、それは寺島光大だ。ヒロインは清川とか柳谷とか」
「えぇ……。え、てことは、あたしもヒロインだったりするの?」
「いや、うーん、モブキャラかな」
「清川さんや柳谷さんがヒロインなのに、あたしはモブ……」
しまった、サブヒロインとか適当なこと言っておくべきだったか。普通にショック受けてるわ。
「でも、ちゃんと登場人物として出てくるし、その辺のモブよりは高品質なモブだぞ。それに俺だって寺島の友人ポジションってだけのモブだし、別になんてことはない」
「……まぁ、あんたと一緒ならまぁ、うん、良いかな」
よし、チョロい。
「それで、あんたが友人キャラ?っていうのは分かったわ。あたしはどんなキャラなの?」
おっと、やばい。どんな風に伝えるのが正解か。
「なによ、その顔。あたし、変なキャラなの?」
「ちょっと、パンチの効いたキャラと言いますか」
「誤魔化さないで言って。怒らないから」
「柳谷の話に出てくる悪役キャラで、バッドエンドだと柳谷をいじめ殺している」
ここも直球で伝えた。どうせこの後、多くのヒロインが死ぬ可能性があるってことを説明する過程で柳谷の死因についても追及されるだろうから。
直球で伝えた結果、ボスは絶句状態になってしまった。ここは説明を急いだほうがよさそうだ。
「どのヒロインにも言えることなんだけどな。寺島と結ばれないと、みんな基本的に死ぬんだよ。たまたま柳谷の死の理由付けに使われただけだと思うから、そこまで気にしなくても大丈夫だ」
「もしかして、あんたがあたし達に近づいてきたのは、死ぬとかそういうおかしなことにならないようにするため?」
「まぁ、そんな感じだ」
「合点がいったわ。そういう事だったのね」
そこまで後ろめたいことはしてないとは思うけど、なんか後ろめたい気分だ。責められるかなと、語りを止めてボスの様子を伺う。
すると、どうしたことだろう、頭を深く下げるボス。
「あたし達のために色々としてくれてありがとう。全部を信じることはまだ整理が必要だけど、こうやってあたしが柳谷さんと仲良くできてるのあんたのおかげなんでしょ?だから、ありがとう」
まさかの感謝の言葉だった。いつもの罵倒が始まると身構えていたので、ふっと体から力が抜ける。
こんな風に素直な感謝とかもらうと、めっちゃ照れるというか、普通に感動して泣きそうになってる。大したことしてないのにこの役得感、素晴らしい。転生に感謝だ。
「こちらこそ、ありがとう。なんかほっこりしました」
「あは、なによそれ」
しばらく二人でほっこりした後、説明再開だ。
更に詳しく寺島やヒロインズの話、俺が転生者でなんか死ぬかもしれないって話、制限の話とか、俺に関することは大体説明した。おっさんとか鏡花さんについては色々と混乱しそうなので、後で説明することにした。
そして、さっきまでのほっこりな雰囲気はどこに行ったのか、今はこいつ何言ってんだ状態だ。俺も説明してて、何言ってんのか良く分からんくなるレベルだから仕方がない。
「それ、本当にあんたの妄想の世界の話じゃないのよね」
「俺がそんな冗談を言うような奴に見えるか?」
「え、見えるけど」
なるほど、それはどうしようもない。
「気合で信じてくれ」
「あんた転生してきたっていうならさ、未来のことわかるんでしょ。宝くじとかニュースの内容とか当てれないの?そうしたらすんなりと信じれると思うんだけど」
「いいや、そういうのは無理だ」
「じゃあ、なんか当てれそうなことない?」
「俺が当てれるような出来事はヒロインの生き死に関わるようなことばっかりだからさ。全部阻止しないとだめな案件なんだよな。実現したらやばいやつばっかりだ」
なんかこうやって考えてみると、日常生活で役に立ちそうな情報とか知識チート以外には特に何もないんだな。一応、超回復スキル持ち疑惑あるけれど、これが日常生活で役に立つときは、大抵痛い思いをした後だから、普通にゴミだ。
「はぁ、それなら仕方がないか。……良いわ、無条件で信じることにする。でも、その代わりこれからは隠し事はなしよ、分かった?」
「分かりました」
なんか躾けられてるみたい。
「それで今回の怪我は、その転生とどう関係してるのよ」
「いや、それが全く分からんのよ。まぁでも、多分、俺がなんかやらかしたんじゃないかとは思う」
「心当たりないの?」
「逆に心当たりがあり過ぎて、どれがどれだか分からなくなってる」
「それやばくない。あたしがあんたの立場だったら、家から出ないレベルなんだけど」
おっさんが守ってくれるとは言ってくれたけど、確かに怖いものは怖いな。こうやって人に言われると実感しちゃうわ。退院したら、一週間くらい家でじっとしてようかな。
「でも、あれか。ボコされても超回復スキルがあるっぽいからなんとかいけるか」
あ、そうだ、その手があった。俺が転生者である証明ができるかもしれない。ボスに首をカッターナイフで切り裂いてもらえば再生スキル発動の瞬間を見せられるかもしれん。自分でするのは怖いけど、誰かにやってもらうなら何とか耐えることができるかもしれない。予防注射みたいな感じでチクっとやってもらおうかな。
「超回復?そういえば、運ばれていくとき、もっとボロボロだった。正直、あの時、本当に死んじゃうかもって思ったし」
「やっぱりそうか。俺回復してるよな。でも、いまいち確信が持てないというか。今、ここ病院で都合いいし、実験がてらそのカッターナイフで首切ってくれないか」
軽い冗談でそんなことを言ってみる。
「はぁ、無理無理。本当に死んだらやばくない」
当然そんな提案は却下される。
「……手首とかなら良いけど。首は怖いわ」
手首なら良いらしい。提案したのは俺だけど、ボスもちゃんと頭がイカれているようだ。
でも、確かに手首くらいならそんなに血も吹き出んだろうし、死にかけてもいい感じに対処しやすいかも。リスキーだけど、せっかくだしやってもらおうかな。
「これは俺の予想なんだが、中途半端な傷だと回復しない可能性があるんだよな。今俺の打撲が治っていないように、ある程度治ったら、回復が止まってしまうみたいな感じだと思う。だから、これ放っておいたら死ぬんじゃないって感じるくらいグサッといっちゃってくれ」
「……分かった。……首の方は手首が大丈夫だったらやろうか?」
いや、手首が大丈夫だったら、首の方はそっとしておこうぜ。
ボスは俺の怯える表情がお気に召したのか、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。そして、俺に覆いかぶさり、カッターナイフの刃を首に当ててくる。
ドS魂に火が付いたのかな、狂気的な感じになっちゃってるよこの人。なんか俺も変なプレイしてるみたいな気持ちになってきたわ。
そこで、突然のハプニングが起きた。カーテンのシャーっと開く音が聞えた。
「ちょっと、病室でふしだらなことしないでもらえますか!」
隣人の人妻である。カーテン越しに見たら、影絵みたいな感じでもっと変態プレイしているように見えたのかもしれない。
冷静な俺に対して、意外にもパニックに陥ったのはボス。
焦った勢いで、カッターナイフをスライド。俺の首元にピリッとした痛みがはしる。これ上手く確認できないけど、首いったわ。
当たり所が良かったらしい。勢いのままに血がドバドバ出てくる。
そして、目の前のボスは腰を抜かして座り込み。
横目を向ければ、人妻が顔を青ざめている。あ、気絶したわ。
あっという間に大惨事。
「や、やばい、ど、どうしよう。どうすればいいの、ねぇ」
ボスのパニックは継続です。体すんごい揺すってくるですけど、体がぐわんぐわん、首から吹き出す血もぐわんぐわん。アーチを描いて綺麗ですわ。
「とりあえず、ナースコール押してもらっていい」
体が冷たくなってきて、目の前も暗くなり、良い感じにやばくなってきた。ナースコールはボスにお願いしよう。
「な、ナースコール?」
首をかしげるボス。ああ、パニックで何が何だか分からなくなってるみたい。
「ちょっと、何か言ってよ。照人、ねぇ」
言えないんですよ。ガクンガクンと揺さぶれ続ける。こんな茶番で死んだら、全く笑えないが、そんなことにはならないだろう。
そんな確信とともに意識を手放した。
そして、目覚めた。
「やっぱ生きてるわ、俺」
首元を確認してみるが、痛みはもうないし、切り傷も見当たらなかった。
目の前にはさっきの大惨事がそのまま残されている。気絶した人妻と、俺の返り血に濡れながら泣き崩れるボス。
「……あ、あ、照人。よ、良かったぁ。ナースコール分かんなくなっちゃたぁ」
「結果オーライなんで、大丈夫。それより、信じてもらえたか」
「……信じるに決まってるじゃない」
「それは良かった。俺ってどれだけ気絶してた?もう結構時間経ってたりする?」
「多分一分くらい……」
「なるほど、めっちゃ回復はやっ」
色々と考えようとするも、血が足りないようで貧血がやばいし、人妻の気絶もやばいし、事後処理がいっぱいで面倒なことになっていることに気づく。
「とりあえず、母ちゃん呼んできてもらってもいいか」
一番、穏便に解決してくれそうだ。困った時の母ちゃんだ。
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そんなこんなありながら、検査入院を待たずして、病院を追い出されることになった俺である。
ボスとは何事もなく別れることができたが、人妻とは気絶を見届けてからはあってないし、さらに良く分からん関係になってしまった感がやばい。今度会うときはドッキリでしたで乗り切るつもりである。
母ちゃんにはブチギレされて、これ以上やらかさないようにと一週間、家から出るなとの指令を受けた。
俺としても、またボコされるのではないかと外に出るのに一株の躊躇があったので、これは好都合ということで、合法的サボりを満喫している。
最近は不意打ちされた場合の護身術について動画を見て学んでいる。生半可な不意打ちは俺にもう通用しないだろう、多分。
それと同時に物音とかに敏感になった。後ろから急に声かけてきた親父に裏拳かますくらいには相当敏感な状態だ。これなら外に出ても安全だろう。
ボスからもちょくちょく連絡があり、その中で色々と転生云々の話を聞いてきた。そして、ある程度理解してもらった後、再度、俺とは距離を取った方が良いじゃないかという提案をしてみたが、うるせぇと一蹴された。
そんなこんなありながら、あっという間に一週間が過ぎる。そして、引きこもりライフに味を占め、さらに一週間の引きこもりライフをおかわりした。
カレンダーを見れば、いつの間にか明日は体育祭だった。
深夜に岡崎から恨み言の電話があった。校庭のライン引きを一人で行ったというお話だった。
体育祭当日の岡崎の仕事を全部代わるということで、何とか許してもらった。明日の体育祭もしっかりとサボる予定だったのだが、こればかりは仕方がない。
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