第51話 束の間の日常
体育祭も無事終了し平穏な日常が戻ってきた、と思いきや教室では次のイベント、文化祭の話でもちきりになっていた。体育祭の余韻はどこにいったのか、素晴らしい切り替えの早さである。
ちなみに俺の脳裏には寺島の股間に撒かれたガムテープの景色が残尿感のように残り続けている。
体育祭と比べ、文化祭は生徒たちにいくらかの自由な活動が許されている。といっても、高校や大学のような自由度はないみたいだけど。
食べ物を扱うような模擬店などは許されていない、小学生に毛が生えただけの中学生に衛生面を期待するのは危険との判断とかそんなとこだろう。あくまで許されるのは、学生と子供らしさを残した活動、基本的には劇や合唱とかだな。
その中でも卒業を控えた中学3年生は最後に花火を打ち上げようと言わんばかりギリギリを攻めるらしい。去年は教室をがらりと模様替えして、お化け屋敷を作った先輩方もいたらしい。その記憶をなぞるように、今年の中学3年生も似たような活動を行い、来年はお前たちの番だと大きな背中を後輩たちに見せつけるのだろう。
というのが、教室での諜報活動の結果、手に入れた情報である。
我らのクラスが何をするかはまだ決まっていない。異常なやる気を出す生徒が居ないのであれば、先輩たちとは違ってノウハウのない我がクラス、いや1年生全体に言えることであるが、大きな活動をすることはできないだろう。どうか文化祭は平穏に終わってほしいと思う次第である。
学校に関わる、ここ最近の変化はそんなところだな。学校に関わらない、俺にとって重要な転生関係についてはいつも通り前途多難であった。
とりあえず、沖田の下駄箱に高給の内職案内のチラシを突っ込むのは止めた。
というのも俺は毎朝早起きをして、沖田の下駄場にチラシを突っ込むという作業を繰り返していた。そして、その作業を何度も繰り返すうちに俺の下駄箱チラシ投函技術は向上していった。後半は俺じゃなきゃ見逃しちゃうねと噛ませ犬キャラに呟かれるくらいには早業になっていたと思う。
そして、案の定、俺は調子にのった。いつからだったか分からない、ルーティン化した作業の中で俺は下駄箱に貼ってある名札の確認をせず早業を極めるためだけにその作業を行うようになっていった。
そして、気づかないうちに沖田ではなく、沖田のその隣の下駄箱にずっとチラシの投函を続けてしまっていた。馬鹿である。
不幸な事にその下駄箱の主は、事を騒ぎ立てるタイプであった。スムーズに事態は悪化して、学年会議が開かれ、犯人探しも行われた。俺はガクブルだった。
なんとかポーカーフェイスでやり過ごすことはできた。でも、その間、隣に座った倉橋からはニッコリとした笑顔を向けられてたので、多分バレていたと思う。怖かったので100円を献上した。
被害を途中まで受けていた沖田も同じ目に合っていたと騒ぎ立てる可能性もあった。だが、彼女は何を思ってか静観したようだ。事を荒げたくなかったのか、それとも俺の仕業だと気づいて気を遣われたか、そんなことも考えたが、真相は本人のみぞ知る。
とりあえず、俺がやっていたことは世間一般的に見れば、嫌がらせだったようなので休止した。沖田に罪悪感を与えないようにと、間接的な貧乏問題の解決を目指したが、やっぱり厳しいようである。もう少しまとまった金を稼いでもらうためにも、もう少し直接的に踏み込むのは必須なのかもしれない。
とはいっても、短期間ではどうにも無理そうだ、鏡花さんという間近にある問題もあることだし、1年以上猶予がある沖田の問題はゆっくりと考えていくことにしよう。
まぁ、その鏡花さんに関してみても、前途多難なんだけどね。
姉妹と揃って、母親のお見舞いに行きましょうという話は進んでいた。予定日を決めて、いざ行こうというところまで話は進んでいたが、予定日になってもお見舞いが行われることはなかった。
それもこれも予定日を忘れていた清川が夜更かしからの寝坊、姉に叩き起こされるも、気分が乗らないかもと曖昧な返事をして二度寝をかます。ブチギレした鏡花さんからそんな妹の怠惰に対する愚痴電話を聞いているうちに一日は終わっていった。
そんな感じで姉妹関係はまたもやギクシャクしたようだが、今回に関しては放っておけば治るかすり傷程度の姉妹喧嘩なので落ち着くまでそっとしておこうと思う。結局、姉妹揃ってのお見舞いは先送りになった。ドタバタ姉妹の極みである。
そんな感じで、何も進歩はない。あ、どうでもいいけど、こっそり岡崎が不登校になっていた。あの爆撃機と呼ばれる少年は身近に蔓延る噂が鎮まるまで戦略的撤退を継続するのだろう。
不登校中、岡崎はオンラインゲームの中でモンスターを狩り続けているようなので、体調は崩していないみたい。着々と引きニートの道へ踏み出しているようだが、問題ないと言えるだろう、知らんけど。
そんなところで、今は放課後、ホームルームが終わったばかりである。最近の出来事の整理を終え、俺は帰り支度を始めることにした。
帰り支度を進めている途中、一人の生徒が声をあげる。
内容は文化祭実行委員についてだった。それなら俺には関係ないと帰り支度をそのまま続ける。俺は体育祭実行委員でもせっせと働いた、その事実をなんとなくでも知っているクラスメイトはこれ以上俺に負担を押し付けてはこないだろう。と、しっかりとフラグを立てながら、クラスの様子を伺う。
俺のライバル、クラスのキャバ嬢と視線が交わる。バトルの予感がした。
今回の場合、俺はまだ何もやらかしていない。俺から喋り出したら確実にやらかすので、回りかけた舌を噛んで押さえつける。
視線のジャブを数度繰り返した後、キャバ嬢はこのままではどうにもならないと思ったのか、取り巻き達と会話を始める。
とりあえず、ジャブの差し合いでは俺の粘り勝ちといったところだろうか。
一時的な勝利の余韻に浸りながら帰り支度を済ませていく。そして、油断したところで右ストレートをもらった。
「誰も実行委員やる人いないならさ、体育祭実行委員だった鈴木?が、やればいいんじゃない。前の状況と変わらず、部活も他の委員もやってないんでしょう。また、働ける環境を与えてあげる」
キャバ嬢は取り巻き立ちとクスクス笑っている。まぁ、俺は鈴木じゃないけどね。
要するに暇なら働けと、そういう事らしい。世の中のニートを敵に回した発言に憤慨しながら、俺は頭を回転させ言葉の刃を研いてでいく。反撃の一刺しを繰り出そうというところで、キャバ嬢はさらに畳を掛けてきた。
「前だって体育祭ぶち壊すとか、ああだこうだ言いながらも体育祭実行委員として真面目に働いてたじゃない。なんだかんだみんな感心していたわよ。ねぇ、みんな?」
キャバ嬢の取り巻きはもちろん、他のクラスメイトたちもその言葉に同調していた。
なるほど、キャバ嬢は前回と比べパワーアップしているようだ。感情論で俺を押し付けた前回に比べ、今回は知的でクレバーである。
誰でもいいから早くやれよという空気を敏感に察し、なおかつ俺を敢えて褒め殺し、クラスメイトたちが同調しやすい雰囲気を作った。
褒められた俺もまんざらでもない気分で、顔をポリポリ掻いてしまう始末である。
いや、馬鹿野郎。俺がキャバ嬢の術中に嵌ってどうする。集計職人の働きぶりなんて誰も見ていなかっただろうに、どこのどいつが感心していたというのか。
このままクラスメイトたち全員にドロップキックをかまして、そのまま停学になれば、文化祭実行委員を強制回避できるだろう。俺の気分的にもスッキリしそうだ。
だが、暴力的手段を用いた解決はその場しのぎに過ぎない。そして、後々どうしようもないことになるのが落ちなのだ。よって、却下。
腕とかへし折って、この腕に免じて勘弁してもらえないでしょうかとか言えばどうにか矛を納めてくれるのではないだろうか。言葉で伝わらないのなら、形に見える誠意をって話だ。超回復スキルもある事だし気楽に腕を破壊できるだろう。
あ、でも超回復スキルって致命傷じゃないと発動しないんだっけか、骨折程度なら回復しないかもしれないな。応急処置として後でボスにでも腕を切断してもらえば良いか。そうすれば致命傷になって全回復できるだろう。
よし、想像ではうまく行ってる。やってやろうではないか。
指を鳴らしながら、立ち上がろうとするも、横から腕を引っ張られる。
何事かと視線を向けると、そこには我が隣人、倉橋がいる。
「え、どした」
「……なんかまたやらかしそうだったから。いつもだったら止めないけど。今回は相当変なことする気じゃない?」
もしかして、俺は相当変なことしようとしているのだろうか。計画的にはばっちりだと思ってるんだけど。
とぼけた顔をしていると、じっととした視線が向けられる。
「ここは堪えて、素直に委員をやった方が穏便に済むと思うな。これ以上あの子に目を付けられると後が怖いよ」
「俺にあのキャバ嬢に敗北しろと?」
「え、うん」
「……なるほど」
確かに倉橋の言っていることも一理ある。これ以上、突っかかっても確かに良い方向に転ぶとは思えない。
あのキャバ嬢に敗北するのはプライド的に許せないが、ここはひとつ大人になった方が賢明か。
だが、本当にそれでいいのだろうか。このまま自ら敗北を認めて、我が人生に一片の悔いなしと仁王立ちで死を迎えることができるのだろうか。いいや、できない。俺は教壇の前で、腕をへし折るのだ!
「あのー、照人君、やるそうですよー」
ごちゃごちゃ考えていると、隣からそんな声が上がった。
「え、あれ」
「ついでに私も委員やりますね。照人君一人だとまた文句言いそうですから」
俺が口をはさむ隙などなく、雰囲気に流されるまま、俺は倉橋と文化祭実行委員になった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「これが俗にいう『ブルータスお前もか』というやつか」
「あはは、私も一緒に委員やるんだから、ギリギリ裏切ってないと思うけど」
「まぁ、確かに。……というか別に無理して委員に付き合ってくれなくても大丈夫だぞ」
「ううん、私も暇だからね、たまには何かしたいと思ったんだ。話を聞けば、体育祭実行委員も本当はクラスから二人ずつだったんでしょ。私に言ってくれれば良かったのに」
「俺は人見知りなもんで、誰かに頼ったりするの苦手なんだよ」
「そうかぁ、照人君は友達とかも少ないから、余計にそういう頼るって手段を思いつけないのかもね」
この子、ちょいちょい毒を用いて俺を傷つけてくるよな。
「とりあえず、委員会は来週からか。よろしく頼んます」
「うん、よろしく!」
今日のところはそんな感じで解散となった。
とぼとぼと昇降口に向かっていると、見知った黒髪の少女が壁に寄りかかって立っている姿が目に入った。
見てないふりをしてスルーしようかなと一瞬思ったが、それもあんまりだと思い直して、軽く挨拶してみることにした。
「うっす」
「こんにちは」
柳谷は顔を上げて、じっと俺をみつめてくる。何だ、俺なんかしたか。
軽く横にスウェイしてみるも、視線は俺を捉えて離さない。
基本的に俺は女性と喋る時は顔の横あたりの虚空を見ながら話すように心がけているが、今回に限ってはなんとなく目を逸らしたらいけないような気がした。
「……」
「……」
それにしても、本当に整った顔をしている。目を合わせているこっちがなんか気恥ずかしくなってくるんだけども。俺の量産型の顔面を見ても面白くないでしょう。眺めるならイケメンにしておきなさい。
そんな思いを感じながらも、柳谷を見ていると、なんとなくいつもと違って余裕がないように見えた。どうしたのだろうか。
「トイレ行きたいのか?」
「……いいえ?」
やばい、ミスったっぽい。なかったことにして、もう一回尋ね返そう。
「どうかしたか?」
「どうということもないけれど、ええと」
さっきのはなかったことになったようなので良かった。それにしても、やっぱりなんだか歯切れ悪い。
「……これ」
「うん?」
柳谷はスマートフォンを俺の前にかざしてきた。
「これ、お前の?そういえば持ってないとかなんとか言ってたよな。買ったのか?」
「そんなところね」
買う以外にどんなところがあるんだろうか。
「あなたのSNS、登録してもいいかしら」
「あぁ、はいはい」
何時ぞや、ボスと交換した時も羨ましそうに指をくわえて見ていたからな。手を出されたので自然な流れでスマホを柳谷に託す。
「お前、操作とか分かるのか」
「会澤さんに聞いたので、基本的な操作は問題ないと思うわ」
思わずスマホを渡してしまったが、GPSとか仕込まれないよな。ボスに学んだとか怖いんですけど。
「はい、できたわ」
「ああ、どうもどうも」
「今日の目標は達成したわ。ではまた、さようなら」
と言って、足早に去っていた。
その後、ピロンとチャットを受信した音が聞えた。
『よろしく』
柳谷瑞姫という名前が表示されていた。柳谷の表情はいつも通りの無表情だったが、スマホを手にしたことによる喜びがこの『よろしく』に溢れ出ているような気がした。
俺がスマホを初めて買った時を思い出して、ほっこりした。
ちなみにGPSはしっかりと仕込まれていた。がっかりした。
――――――――――――――――――――――――――――
帰宅し、ご飯も食べ終わり、後は寝るだけとベッドの中でゴロゴロしていると、柳谷からのチャットが飛んできた。
『娘をたぶらかしているのはお前か』
なんだろう、このメッセージ。スマホを買い与えられてテンションが高ぶった柳谷のイカしたジョークだろうか。ネット弁慶的なタイプなのかな。ここは俺もノリノリで返信するべきか。
『はい、その節はどうもです。娘さんはおいしく頂きました』
既読はついたが、返信はそれ以降返ってこなかった。もしかして、攻めすぎちゃったかな。まぁ、明日、適当に謝っておこう。
俺は気にせず、ぐっすり眠った。
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