第44話 帰宅部たち

 キャバ嬢と揉めに揉めた結果、体育祭実行委員になってしまった。


 体育祭を台無しにしてやるみたいなことを言いまくっていたが、所詮、俺は真面目ちゃん。放課後に行われる体育祭実行委員会にもしっかりと参加するのであった。

 


 体育祭実行委員会が行われる教室には、長机とパイプ椅子がセッティングされていた。


 所詮、中学生のお遊び委員会のくせに、そういうところは一丁前に会議室っぽい感じ。


 座席は一年生ゾーン、二年生ゾーン、みたいな感じで分けられているようで、とりあえず俺は一年生ゾーンに移動する。


 一年生ゾーンには見知った顔がいた。岡崎である。体を小さくして端の方に座っていた。


 知り合いが誰もいない恐怖と先輩たちがいる空間にビビっている様子だった。


 岡崎は、俺に気づいた様子で、こちらに片手を上げながら手招きしてきた。


 「岡崎も体育祭実行委員だったんだな」

 

 「やりたくはなかったよ。でも、押し付けられちゃった」


 「クラス内でいじられポジションを獲得してるみたいだからな。仕方ないな」


 「うん、皆にのせられちゃって。ガチガチのいじめじゃないだけに、抵抗もしづらいし、断りにくかったんだ」


 岡崎は夏休み明けテストでも、しっかりと最下位をキープしやばい奴感を演出していた。長い夏休み期間でクールダウンしたクラスメイト達の注目を再び集める結果にはなったらしいが、本人の望む結果に至るまで、まだ努力が必要らしい。


 「最下位戦法やめようかな、補習も面倒くさいし。清川さんもじわじわと最下位を狙ってきているようだし、気を遣って譲ってあげたほうが良かったりするのかな」


 「あれはナチュラル大馬鹿だぞ」


 「噓でしょ。答案出す時にちょっとわざとらしいかなって躊躇するくらいには、僕の点数低いんだけど」


 清川はこの夏休みでしっかりと馬鹿に磨きを掛けてきた。


 ちなみに俺は9位だった。ボスにも負けたし、努力したモブたち数人にも負けた。ショックで一日学校休んだ。


  

 岡崎と雑談をしていると、同じ一年生の生徒の男女セットが2組、遅れてやってきた。


 4人ともなんというかイケてる。多分、男はバスケかサッカー部だな。知らんけど。


 岡崎との雑談を中断し、軽くご挨拶。なんか知らんが、うへーって顔された。なんだよ、うへーって。


 というか、各クラスで男女二人ずつ選出されているみたいだ。俺と岡崎は男一色なんだけど、女どこ行った。もしかして俺達クラスで嫌われてるのか。


 岡崎はその事実については別に何とも思ってない様子である。いや多分、馬鹿だから気づいてない。馬鹿で良かった、岡崎の場合、クラスでいじられていると勘違いしたままの方が多分精神衛生上良い。


 男女セット二組は、互いに面識がないとのことだったが、なぜかすぐに意気投合していた。陽キャの波動を感じる。


 「あれがクラスカースト上位のプレイングか。僕には一生無理そうだ」


 岡崎が囁くような声で呟いた。至近距離で光の者たちのコミュニケーションを見たせいか、カースト上位という目標に到達するための自分のポテンシャルのなさを痛感したようだ。


 これは可哀そうだという事で、いつも通り適当なことを吹き込んでおく。


 「落ち着け岡崎、こういう時はラマーズ呼吸法だ。ヒッヒッフ―って言いながら呼吸して陽キャの波動に対抗しろ。心の痛みも緩和できるし一石二鳥だ」


 「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」


 合コンのノリで楽し気に会話をしている4人、そのすぐ隣では、岡崎が妊婦になったつもりで妊娠の予行練習に熱中している。


 奇妙な光景に周囲の生徒もドン引きだ。


 人目を気にしないでお馴染みのカースト上位組も流石にドン引きの視線を感じるのか、会話のトーンを次第に低くして、最終的には無言になった。


 「お前の勝利だぞ。岡崎」


 「……これがカースト上位の景色なんだね」


 多分、違うと思う。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 委員会が始まった。


 三年生は受験への配慮から体育祭実行委員の参加は任意のようで人数が少ない。そのおかげか、二年生が中心になって委員会を進めていくようだ。


 どうやら、仕事内容もそこまで多くないとのことで、一年生と二年生で回せるような仕組みになっているらしい。


 主な仕事は当日からが本番で、よーいドン係とかそんなんが大半。今日の委員会ではそれらの係を誰がやるかを決めて、後は何の競技するかとかを決めるらしい。


 競技とかは毎年のテンプレがあるので、特にやりたいことがないのであれば、同じような感じで進めていくとのことだった。


 係決めが始まり、俺と岡崎は校庭に白線でラインを引く係になった。地味だが重要で、なおかつクッソ面倒な係だった。


 それ以外の役割も無事に決まったようで、部活動がある組はその時点で解散となった。


 結果的に、競技の確認だったり、ルールの確認だったりと細かな事項は、帰宅部連中が確認することになる。


 委員会を見守っていた教師も、仕事があるという事で退出していった。


 残ったのは、一年生が俺と岡崎の二人、二年生が眼鏡男三人だけだった。もはや俺たちが競技とかルールとか確認したところで何の意味もなさそうだけれど。


 誰も喋らない無言の時間がかれこれ二十分、ここにいる帰宅部の誰もが皆そわそわしている。分かるよ、喋りたいけど、ほぼみんな初対面、喋りづらいよね。


 大丈夫、皆、同じ気持ちですから、年上な先輩方どうぞ喋ってください。というか年上なんだから、はよ喋れ。


 アイコンタクトで熾烈な闘いが繰り広げられている中で、センパイ眼鏡Aがとうとう会話の火蓋を切った。


 「……なぁ、どうする。帰るか、それとも一応競技とか確認する?」


 「……まぁ、やっときますか。でもなぁ、うーん」


 「……一年生の二人はどうしたい?」


 先輩たちの中には、誰も会話の決定権を持つ者がいないらしい。巡り巡って、俺たち一年生に決定権をゆだねてきた。


 「岡崎、どうする?」


 「どうしようか」


 残念ながら、こちらの後輩組も決定権を持つ者はいない。リーダ格がいないとこういうことになってしまうのだ。


 それでも、会話の火蓋を切った責任からか、センパイ眼鏡Aが気合を出して喋り出した。


 「なんかさ、今のちょっとした会話だけで、俺たちが似たもの同士だって分かった気がしたよ」


 「まぁ、全員ここに残ってるってことは帰宅部なんだろ。帰宅部なんてみんなそんもんだ」


 俺たちは5人揃って、しゅんとした表情になり、天を見上げる。


 再びセンパイ眼鏡Aが口を開いた。


 「……競技とかってさ、ちょっと変えても良いんだろ。俺達でちょっといじってみないか。せっかくだし」


 「……アリだな。ちょっと楽しそうかも」


 「毎年テンプレ競技だし、帰宅部色に染め上げるか」


 センパイ達の会話が思わぬ盛り上がりを見せ始めた。3つの眼鏡が俺と岡崎を捉えた。どうやら、俺たちもその盛り上がりに巻き込まれてしまうようだ。

 

 「君らもちょっとやってみないか?あ、別に強制じゃないからね。俺たち帰宅部にとって群れの中で行動することがどれほど難しいかは理解しているから」


 センパイ眼鏡Aはちょっと先輩面しながら、俺たちにそう問いかける。ちょっとおかしな先輩なようだが、多分悪い人じゃない。


 なんか断りにくいし、適当に話を合わせておくか。岡崎もちょっとそわそわして参加したそうだし、俺もちょっと面白そうだと思ってる。


 てな感じで、帰宅部5人衆が結成した。


 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 センパイ眼鏡Aの机にみんなで集まり、ごちゃごちゃと話し合いを始める。


 さっきまでの会議っぽい雰囲気とは違って、完全にお遊びな雰囲気になったので、皆ノリノリ早口で喋りまくっている。しかし、誰も人の顔を見て喋らないので、それぞれが机と会話しているみたいになっているのが奇妙なところではある。


 自己紹介という発想は誰も持っていないようで、俺達後輩組は先輩3人組を一つの個体としてセンパイとだけ呼び、センパイ達もそれに倣って俺たち後輩組をコウハイと呼んでくるという形に落ち着いた。


 「とりあえず、楽がしたいよな」


 「そうだな、体育祭とかまじで、どうでもいいから座ってたいわ」


 このセンパイ達も、クラスの誰かに体育祭実行委員を押し付けられたんだろう、滅茶苦茶適当だ。


 「運動部系には基本的にバリバリ運動の競技やらせてさ、帰宅部を含めた文化部系はパン食い競争とかそういう楽な競技にだけ参加するみたいな感じにしないか」


 「あー、良いかも。ずっとパン食いながら、運動部たちの雄姿を観戦してようぜ」


 「そんなに大きく競技の事とか変えちゃっても大丈夫なんですか」


 センパイ達の会話に岡崎が質問。初対面のセンパイ達の会話に勇気を出して入っていった。


 「あー、大丈夫だと思う。部活動組も活躍できる場が増えるから反感とかもないだろうし、文化部系の人たちも喜んでくれるはずだよ。みんな喜んでるなら大丈夫でしょ」


 「な、なるほど。なんか楽しくなってきましたね」


 「そうだろ、そうだろ」


 体育祭実行委員になって良かったかもしれないな。自分好みにカスタマイズし放題とか最高だ。俺も適当に口を挟んでいこう。


 「予算とかも一応少しだけありましたよね。せっかくだし、使い切りましょうよ」


 「……ああ、おう、そうだな。えーっと、パン食い競争の為に高級なパンでも用意しようか」


 流石のセンパイも予算については職権乱用感が強くてビビったのか、高級なパンの用意という微妙なラインを責めてきた。


 それでもセンパイ達は、多分だが俺達後輩にあまり情けない姿を見せたくないからだろう。逡巡するような事柄についてもしっかりと対応してくれる。


 もうちょっとだけ責めてみるか、もっと悪ノリしてくれそうだ。


 「文化系の女子ってスポーツとかしてない分、カロリーとか気にしている人もいるかもしれませんね。女子の場合はパンとかじゃなくて健康的なスムージー飲み競争とかにしませんか」


 「……おー、ん、まぁ、それは確かに女子に配慮したいい提案かもしれないな。……よし、分かった、やってやる。スムージーも予算に追加しておこう」


 それからというもの、悪ノリはどんどんとエスカレートしていった。


 文化部系の競技は何か食べる系になり、運動部系には疲労骨折をさせるような勢いで過酷な競技をさせることになった。予算もほぼ文化部系の食べ物代につぎ込ませてもらった。


 そして、俺たちにとっての体育祭は、ゴロゴロしながら飯食って、必死に戦う運動部を見守るだけの催しになったのであった。オリンピックを見る感覚で、普通に楽しめそうだ。


 「ちょっとやり過ぎかな。流石に俺も心配になってきたんだけど。生徒は良くても先生に許可もらえないんじゃないか」


 「大丈夫ですよ。文化部系が食欲の秋担当で、運動部系がスポーツの秋ってことで、なんかテーマ性も感じられるし、先生たちも納得してくれるでしょう」


 「……まぁ、そうか。うん、大丈夫だよな」


 気弱になっているセンパイに勇気を与えることができて良かったです。


 そんな感じで、今日の帰宅部達の話し合いは終了した。

 


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「いやー、今日は楽しかったなぁ」


 帰り道、岡崎がノリノリな様子で話し掛けてきた。


 「そうだな。俺たち帰宅部の独壇場だった」


 「今日でほとんど決めなきゃいけないことも決めたし、あと数回くらいしか委員会ないんだって。残念だなぁ」


 「体育祭が終わったら、次は文化祭実行委員にでも挑戦してみれば良いんじゃないか」


 「でも、センパイ達が言うには、文化祭は陽キャ勢が本気出してくるらしいよ。もし間違えて文化祭実行委員になってしまったらノリに付いていけなくてゲロ吐くって言ってたよ」


 「あー、そんなこと言ってたな。でも、お前の目標の近道にはなりそうだけど」


 陽キャに生まれ変わるには、とりあえず、行動あるのみなのである。


 「でもさぁ、最近思うんだよ。佐藤君とか、師匠とかさ、何にも縛られないで自分勝手に自由に過ごしてるよね。僕もカースト上位とかに拘らないで、自由に滅茶苦茶に過ごしたくなってきた」


 良くも悪くも岡崎は人の影響を受けすぎるみたいだ。こいつのアイデンティティが確立するまでにはどれだけの時間が掛かるのだろうか。コロコロと転がり続ける岡崎というサイコロを押さえつける誰かが現れるまで、その時は来ないのかもしれない。


 「まぁ、好きなようにやってみたら良いんじゃないか。なんやかんや今日だってセンパイ達とも上手く喋れていたし、成長してるしな。お前自身がカースト上位を目指したいと思って頑張ったその成果も出たことだし、ぼちぼち気楽に行動しても良いと思うけど」


 「そうかぁ」


 本当に嬉しそうに岡崎は笑う。


 「自由に過ごすと言っても、簡単な目標くらいはあった方が良いんじゃないか。なんかやりたいこととかないのか」


 「うーん、手始めに彼女でも作ってみようかな」



 …………おっと、手始め感覚で彼女つくろうとしてしてますよ、この人。


 さっきまで、ほのぼのとしていたのに、なんか急にギアを上げてきたんだけど。


 たぶん、春斗と会ったせいで、頭のネジが急に外れやすくなったんだろう。羽ばたいていく雛鳥を応援するつもりで岡崎と接していたが、いつの間にか雛鳥とかじゃなくて春斗の影響を受け継いだパワー系のガーゴイルになってしまった。


 「手始めって、お前な。そんな簡単にできるもんじゃないだろ」


 「確かにそうかも、どうしようかな。……あ、女子に片っ端から告白していくってのは、どうかな。数打てば当たる戦法」


 なんか誰かと似たような発言するなと思ったら、多分俺の影響も受けてるわ。俺もたまにこういう変なこと言ってる気がしないでもない。


 「お前、せっかく改善したクラスカーストをまた最底辺に落とすことになるぞ。女子からゴミ男扱いされても知らないぞ」


 「でも、行動しないと何も生まれないよ」


 確かにその通りだ。でも、この化け物の場合は行動が極端すぎやしないか。


 「大丈夫、心配しないで佐藤君。なんか僕、いける気がするよ」


 どこからくるんだその自信。もしかして、さっきセンパイ達と普通に会話できるくらいには成長したとか褒めたから、気分アゲアゲ状態になってしまったのか。言っておくけど、センパイ達はただの陰キャで、比較的攻略難易度も低めですよ。


 ノリノリで帰り道を歩いている岡崎の背中に春斗のスタンドが取り憑いているように見えた。多分、こうなったら春斗と同様に岡崎は止まらない。


 「分かった。応援するよ」


 何かやらかすことは確定しているが、もうなんか面倒なので放置することにした。


 今日は温かくして寝よう。







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