第43話 二学期スタート

 長かった夏休みも終わり、今日からまた学校が始まる。


 休み前と変わらず普通に登校し、いつも通りの席に座りながら、憂鬱な気分に思いを馳せる。


 一学期は特にこれといった学校行事はなく、シンプルな学生生活だったが、二学期からは体育祭に文化祭と色々と盛りだくさんだ。


 ちなみに三学期はこれっといった行事もなく、卒業式があるだけのおまけ扱いとなっている。二学期に色々と詰め込み過ぎるからこうなってしまうんだよな。


 もういっそのこと、どの学期も平等に行事とかなくしちゃえばいいと思う。教師と学生の負担も減るしウィンウィンじゃないか。


 「体育祭楽しみだなぁ」


 「俺陸上部だし、無双しちゃおうかな」


 夏休み明け早々、我がクラスの武闘派たちは、体育祭の話題にわくわくが止まらない様子である。


 雨で中止になってくれても構わないと強く思っているのは俺だけなのだろうか。いや、帰宅部連中の大半は俺と同じ気持ちを抱いているはずだ。その大半が陰の者だから脳内で愚痴をこぼすだけで表舞台にでてくることがないだけなのだ。ああ、無情。


 「てかさ、今日って休み明けテストあるんだよなぁ」


 「やべぇよ。勉強してねぇー」


 陽キャたちの話題は一転二転と脈絡もなく変化し続ける。コマーシャルを見ている気分だ。情報収集には都合が良い。


 というか、今日ってテストなのかよ。やばい、何もしてない。嘘だと言ってくれ。


 確認の意味を込めて、隣にいる意味深美少女、倉橋香澄をチラ見する。俺が口を開く前に、倉橋が口を開いた。


 「テストあるよ」


 「そうかぁ……。そうなんだぁ」


 「照人君、頭良いでしょ。心配ないよ」


 俺はお前たち人力チート組に勝ちたいのだ。


 「照人君ってさぁ、学校だと静かだよね。学校以外の場所だと、良く喋るのに」


 「あー、まあ、そうかも」


 この学校という場の雰囲気、肌で直に感じる学生たちのカースト制が俺の陰キャ魂に火をつける。ちょっと黙っておくか、と。


 陰キャ寄りの一般人の大半はその選択をするんじゃないだろうか。無理して陽の元に出る必要はないのである。


 そんなどうでもいいことを考えながら、倉橋との会話を終えて、テストに向けて仕方なく教科書をペラる。




 結果として、テストの手応えはまあ普通だった。うん、今回のテストの一位は譲ることにした。まあまあ、たまには優しさをね、見せたいと思いました。


 天賦の馬鹿である清川がいつも通りのぼーっとした表情でこちらにやってくる。こちらと言っても倉橋の方か。


 いつもよりも顔がボケーっとしている、テストがダメだったんだろうな。


 「奈々ちゃん、ダメだったんだね」


 「……何も分からなかった。夏休みで全部忘れたみたい」


 忘れたみたいじゃないよ、俺達の一学期後半の頑張りは何だったのか。


 一度頑張った後は、なんか勉強好きになっちゃったみたいな感じでメキメキと実力をつけていくのが定番じゃないのか。


 ここは俺も口を挟まざるを得ない。


 「夏休みの宿題とかである程度は復習できたんじゃないのか?」


 「……答え写した」


 なんてこったい。この人、高校受験大丈夫なのかな。このままだとゲームの舞台に上がれなさそうなんですけど。


 流石の倉橋も乾いた笑みを浮かべている。


 「……いつか本気出す。まだ一年生」


 「奈々ちゃん……。そのセリフ聞いて余計に心配になったよ」


 同意見だ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 



 一通りテストも終わり、帰りのホームルームの時間となった。


 担任の教師が作業的に話を進めながら、ホームルームの締めにかかる。


 小学生上がりである小僧どもの相手は疲れるのだろう、いつも通り無心の表情で一連の作業を行う我らが担任教師。


 「以上だ。何か質問ある人はいるかー」


 「先生、席替えしたいです。二学期だし、心機一転!」


 担任教師は一瞬だけ面倒そうな顔をした。しかし、すぐに表情を切り替えて、その生徒の訴えに応える。


 「ああ、そうだな。席替えか……」


 担任教師は乗り気ではないらしい。やっと一致させた生徒の顔と名前がまたごっちゃになるんだよなぁとか思ってそうだ。俺とかいまだに鈴木君って呼ばれるし。いい加減覚えろ馬鹿野郎って感じだ。


 まぁ、ここで席替えの申し出を断れば、生徒からのバッシング間違いないだろうし、そのデメリットを考えれば席替えはほぼ確定だ。



 結局、席替えは行われることになった。


 くじ引きで席を決めるとのことで、完全に運ゲーである。俺は自分の周りの席の人たちが無害な人たちであるようにと願って、くじを引いた。


 結果、窓際一番後ろのよくある主人公ポジションだった。


 「あー、照人君と離れちゃったなぁ。仕方ないかぁ」


 「そうかぁ」


 基本的には男女セットで隣同士になる。倉橋と離れるとなれば、名もなき女子生徒と隣になる可能性が髙い。思えば気軽に話せる倉橋こそ最強の隣人だったのかもしれない。ああ、普通に寂しい。


 

 わらわらと生徒たちが移動を始める。その流れのままに俺も移動を開始する。


 どうやら、俺の周りの席には知り合いがいないらしい。久しぶりにモブ気分を味わえそうだ。ちなみに隣の席の女子生徒には心の中でキャバ嬢というあだ名をつけた。中学生のくせに化粧濃い目で、髪も盛りに盛っている。水をぶっかけてビフォーとアフターの顔を見比べたい。



 そんな風に馬鹿にしたことを考えたからでしょうか。


 次の日になり、本格的に始まった二学期の授業、その中で多々あるペア活動。今はペアになって英語のコミュニケーションを取り合うという活動を行っているが、俺のコミュニケーションはキャバ嬢にガン無視されている。


 俺は一人でお経を唱えているような状態だ。一人二役でひたすらに会話している。


 英語の教師が近づいてきたときだけ、俺の方に体を向けるというなんともずる賢いプレイングをしやがるし、もう普通に嫌なやつだこのキャバ嬢。あ、普通にスマホをいじり始めやがりましたよ。


 このまま舐められ続けるのは俺のプライドが許さなかった。


 盛りに盛られた髪を引っ張ってやろうかと思ったが、多分修復できないほど関係が険悪なものになりそうなので却下。消しゴムのカスを髪の中に入れ込むのもありかなと思ったけれど、これも多分面倒なことになる。


 ここは、妥協してもっとマイルドな作戦を考えなければならないな。


 俺はキャバ嬢が席を立ったのを見計らって、彼女の机に授業中に消しゴムのカスで作った練り消しをこそっと置いてみた。


 キャバ嬢は机に戻ってきたが、俺の練り消しに気づいた様子はなかった。ちょっとビビッて机の隅の方に置いたからだろうか。それとも量が足りなかったか。あ、手で払われてしまった。


 それから、どれだけ気づかれないように練り消しを置けるかチャレンジが始まった。幼い時に遊んだおもちゃで、こういうドキドキハラハラ系のやつあったよな。


 懐かしさと新たな楽しみを見つけた結果、キャバ嬢になめられてるとかそういうのはもうどうでもよくなっていた。



 そして、やり過ぎちゃって、キャバ嬢にバレちゃった。このキャバ嬢こそ憤慨という文字の語源なんじゃないかと思うほど、憤慨された。床には俺がせっせと作成した練り消しが散らばっている。


 帰りのホームルームでキャバ嬢は席替えを担任教師に訴え始めた。


 担任教師は新しく席順の名簿を作ったばかりなようで、その訴えに対してあからさまに面倒な表情をしている。


 自分の席に満足している生徒もまた、なんか面倒なこと言ってるみたいな表情で俺たちを見ている。


 そんな雰囲気に押されたキャバ嬢は次なる提案を口に出す。


 「じゃあ、私と席、交換してくれる人いない?この陰湿な男と交換してくれる人でもいいよ」


 陰湿なのはお互い様だと思うけれど。


 とりあえず、練り消し作りを楽しんだ結果、席を交換できそうな雰囲気である。やはり、人生は楽しんだもの勝ちということだな。消しゴムを一個使い切った甲斐があった。


 「じゃあ、私が変わろうかな」


 キャバ嬢の声に応えたのは倉橋だった。


 「え、倉橋さんが。この男相当おかしいですけど、良いの?」


 「大丈夫、私、慣れてるから!」


 一部のクラスメイトは倉橋に盛大な拍手を送っている。


 なんか俺の隣が罰ゲーム扱いされてる感じがして、ちょっと悲しいよ。


 そんな感じで、また倉橋と隣になった俺であった。



 「やあやあ、照人君、また隣になったね」


 「あ、生贄になってくれてありがとうございます」


 「あはは、そんなこと思ってないよ」


 「なんか、俺に対するクラスメイトからの視線がこれまでより痛くなった気がするわ。俺の気のせいかな」


 「……気のせい!」


 今一瞬、間があったのは気のせいだろうか。


 クラスのために献身した倉橋に比べて、クラスを無駄に引っ掻き回した俺の立場は正反対の方向へ進んだみたい。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 二学期が始まり、一週間そこそこが経った。


 鏡花さんも二学期のはじめは忙しいようで、今のところは連絡待ちとなっている。


 一人でぐるぐると鏡花さんや沖田の今後について考えているわけだが、だんだんと煮詰まってきているのが自分でも良く分かる。


 今のところ成果としては沖田夏来の貧乏対策という事で、下駄箱に新聞配達のチラシを突っ込んだくらいだ。中学生でもできる仕事という事で勢いでチラシを突っ込んでしまったけど、貧乏いじりしているみたいで普通に嫌がらせみたいなだなと今現在、後悔している。

 

 まだ夏の暑さを残した生温い風がさらに気分を憂鬱にする。


 そんなこんな考えながら、昼休み中、朦朧状態で机に突っ伏していると、机の中に入れていたスマホがバイブレーション。


 何かと思い、確認してみると、ボスからチャットが来ていた。いつもの空き教室にいるから来いとのことだった。


 あの二人も最近は丸くなったし、もう俺が手出しする必要はないと考え、二学期に入ってからは完全に放置していた。逆に手を出したら噛みつかれるレベルだから、放置安定な二人である。


 でも、せっかくのお誘いだし、気分転換も兼ねていってみるのも良いかもな。


 ということで、空き教室に移動し、適当に挨拶をしながら、俺も空き教室に入ってみた。


 二人の視線がこちらに向くのを感じつつ、それに対して気にしない風を装って適当な椅子にどっこいしょ。


 「なんか久しぶりな感じだ」

 

 「あんたが全然来ないだけじゃない、いつも待ってるのに。私のチャットも基本スタンプだし、殴られたいの」


 「まあまあ、とりあえずそれはおいておこうや」


 「……ねぇ、どう思う、柳谷さん。こいつ最近、私たちの扱い適当じゃない」


 「ええ、適当ね。放っておいても問題ないと軽んじられているような気がするわ」

 

 「そうよね。それに柳谷さんといつも二人きりだと、会話続かないし、あんたがいないとやばいのよ。これからは毎日来て!」


 「俺も最近は忙しかったりするんですよ。週一がベストかな」


 「清川さん情報によると、あなたは昼休み中、いつも寝ているとのことだったわ。暇なんでしょう?あと、会澤さん、会話が続かないのはあなたがいつも変なタイミングで怒り出すからよ」


 くっそ、清川に密告されていたのか。どんどん逃げ場が塞がれていく。毎日こんな風にリンチに合うことを考えると、カロリー消費半端ない。


 余力を残して毎日を生きていくことを目標としている俺としては如何ともしがたい。


 「まぁ、とりあえずこの話はまた後でするとして、今日は別の話をするためにあんたを呼んだのよ」


 「え、そうなの?」


 どうやら、本題ではなかったらしい。


 「あんたさ、クラスでなんかやったでしょ」


 「え、なんかしたっけか」


 「クラスの女子にちょっかい出したでしょ」


 クラスの女の子にちょっかい?毎日静かに過ごしているつもりだが、なんかやったっけか。最近の記憶を探る。


 「あ、キャバ嬢か?髪の毛、盛り盛りのやつ」


 「……多分それかな。あんた、そのキャバ嬢に、あることないこと悪評を広められてるわよ」


 「まじかよ」


 ちょっと練り消しのアートを作成しただけで、そんなことになっちゃうのかよ。もしかして、影響力がある系のキャバ嬢だったのかもしれない。思えば、めっちゃ特徴的な髪の盛り具合だった。


 「まあ、でも今のところ実害ないし、良いかな」


 「いやいや、絶対気づいてないだけで何かしら実害あると思うんだけど……」


 「大丈夫、俺に気づかれない時点で大したことじゃないってことだ」


 「私もそう思うわ。軽いジャブ程度の嫌がらせなんて、何もないのと同じことよ」


 いじめられスペシャリストの柳谷に太鼓判を押されて、逆に不安になりかけたが、まぁ大丈夫だろう。


 「あんたがそれで良いなら、今のところは私も様子見るわ」


 どうやら手を貸してくれるつもりだったらしい。


 でもね、とボスの言葉は続く。


 「本当に嫌なことされたら言いなさい。あんたをイジメていいのは私だけなんだからね」


 目の奥に闇を浮かべながらも、ボスは満面の笑みだった。


 「ははは」


 なんか怖かったので適当に笑っておいた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ボスの忠告の通り、さっそく俺に危機が訪れた。フラグ回収はやいよ。


 近々に控えている体育祭、その実行委員に俺が推薦されてしまったのだ。このまま、他に手を挙げる人がいなければ俺がその実行委員とやらになってしまいそうだ。


 我がクラス女子の大半が俺を推薦してくれたらしい。


 前向きに捉えれば、モテモテになった気分である。今現在も感じている女子からの圧力もそう捉えれば、一周回ってゾクゾクする。


 だが、ここはしっかりと意識を切り替えなければならない。色々と面倒ごとを抱えているのにこれ以上抱えるわけにはいかない。


 「こんな面倒ごとを押し付けるような形で決めちゃって良いんですかね。ちょっとひどくないですか」


 とりあえず、同情を誘ってみたが、効果はなし。クラスメイトに目を合わせようとすると、すぐに逸らされてしまった。我が同族である陰キャたちも頑なに目を合わせようとしない。


 「鈴木君、部活とか委員会と何もやってないでしょ。暇な人がやれば良いと思いまーす」


 俺を女子の敵にした第一人者であるキャバ嬢がそんなことを言った。というか俺の名前は鈴木君ということになってるんだね。俺もキャバ嬢って呼んでるからここは甘んじて受け入れるけれども。


 「そうですか、あくまで俺を推薦すると。なるほど」


 「はあ、なによ」


 ここまで嫌われたら、後は落ちるところまで落ちればいいだけ、今の俺は無敵の人である。


 「俺の意思関係なしに決まってしまうのなら、俺だって対抗しますよ。実行委員になったら堂々と職務放棄します。クラスみんな揃って上級生からバッシングでもなんでも受けて、体育祭を台無しにしてやりますよ」


 早口で言ってやったよ。言ってる途中で心臓がキュってなった。


 「本当に最悪な男ね」とか「気持ち悪い」とか真っすぐな悪口が色々と聞こえてきたが、全く俺には効かない。うん、全然効かないよ、別に。


 一瞬、意識が飛びかけてノックアウトしかけた俺の耳にイケメンの声が鳴り響いた。


 「誰もやりたい人がいないようなら僕がやってもいいかな?」


 寺島が俺に助け船を出してくれた。寺島は他の生徒に気づかれないように俺に笑みを返してきた。


 やばい、どうしよう、めっちゃ格好良い、惚れてまうやろ。最近は春斗のせいで丸出し主人公のイメージが定着していたが、そのイメージを払拭する勢いだ。


 「鈴木に任せた方が良いよ。寺島君は部活とか忙しいでしょ?」


 「いや、大丈夫だよ。そんなに忙しくないから」


 キャバ嬢に対してイケメンスマイルで対応する寺島。


 「寺島君は部活頑張って。やっぱり私が委員になるよ」


 イケメンマジックの術中にはまってしまったキャバ嬢である。男を手玉に取るのが仕事であるキャバ嬢が簡単に男に絆される姿を見て、思わず鼻で笑ってしまう。


 「あ?何笑ってんの」


 タイミングが悪いことに、その嘲笑の笑みをキャバ嬢に確認されてしまった。やば、しくじった。


 「やっぱり、あんたが何もお咎めなしなのは、腹立つ。……ねぇ、私とじゃんけんで決めるのはどう。それなら公平でしょ、文句はもう聞かないわ」


 全人類の平等の象徴、じゃんけんの提案だった。さっきからずっとダサい俺と比べて、キャバ嬢の漢気半端ない。


 有無を言わさぬ空気感がそこにあった。無意識に右手をバトル会場にセッティングしてしまったよ。



 そして、魂のじゃんけんが始まり、俺は見事に敗北するのだった。



 無駄に悪目立ちして、普通に負けるという見事な三下キャラっぷりだった。


 隣人の倉橋も一連の俺の活躍を見て、机に突っ伏しながら笑っておられる。


 将来はピエロにでもなろうかな。


 そんな感じで波乱の二学期が始まったのだった。


 


 






 

 


 

 

 


 



 

 


 



 




 


 

 

 





 



  


 


 






 


 


 


 


 


 


 


 


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