第42話 お姉ちゃん

 朝起きると、夏休みが残り一日となっていた。これは果たして現実なのだろうか。


 夏風邪からやっと回復し、解放されると思った瞬間には、もうすぐそこに学校という牢獄がスタンバイしていた。


 どんなに憂鬱な気分を引きずっていても、現実はそんなことお構いなしに進んでいく。


 回復したてほやほやの俺は鏡花さんに早速呼び出された。今俺が今いる場所は病院、すぐ傍に鏡花さん。


 「なんか久しぶりだね。夏風邪大丈夫だった?」


 「なんとか。何度も連絡してもらったのに断ってすいませんでした」


 「ううん、大丈夫」


 夏風邪期間中も何度か誘いがあったが、すべて断っていた。風邪をうつしたら申し訳ないからな、仕方なし。


 ちなみにボスからもちょいちょい連絡があったが、その度、土下座スタンプで適当に対応していたら、『殺す』というメッセージを最後に音沙汰がなくなった。二学期はなるべくエンカウントしないようにしよう、怖いから。


 「それで、何故、俺は今日病院に来ちゃったんでしょうか」


 「大丈夫、とりあえず来て」


 なんか制限のせいで言えないらしい。スマホでメッセージ打とうとしたら、指が固まって動かなくなったらしい。ホラーだ。


 とりあえず、誰かのお見舞いってことだけは分かってるので、安いリンゴをお見舞いの品として持ってきた。それだけじゃ失礼かもしれないと、ふと思った俺は病院までの道中で道端に生えていた綺麗な花を引っこ抜いて追加装備。これで完全武装だ。


 鏡花さんと受け付けを済ませて、そのままふらふらと彼女の後ろを付いて行く。


 目的の病室に着いたのか、鏡花さんはドアを開けて中に入っていた。アイコンタクトで俺にも入ってきていいよと合図を送ってくれたので、続く俺もちょっとビビりながら入る。


 これぞ病室といったシンプルな部屋にベットが二つ。そのベットの内一つは誰も使っていない様子で、もう一つの窓際の方にあるベッドには女性がいた。ベッドから上半身を起こして窓の方を眺めている。

 

 鏡花さんはそんな女性に近づいて、何かを話している。そして、俺に向かって口をパクパク。おっと、このパクパクは。


 「……あれ、あれ、喋れないんだけど。もしかして君がいるから?」


 困惑した鏡花さんが俺の方に目を向ける。


 「え、まじで?この女性が誰なのか紹介できない感じなんですか?」


 「そうみたい」


 制限についての考え方は鏡花さんにも共有済である。俺とおっさん、鏡花さんで作れらたチャットグループによってそういう情報はこまめにやり取りされている。ちなみに春斗は鏡花さんの訴えによってグループから追放されている。


 「私の友達って紹介しておいたから、後は何とか頑張って話してみて。私はお医者さんと話してくるから」


 ファイトとエールを残して、鏡花さんは病室を出ていった。おいおい、急すぎないですかい。せめて喋れないなりに見守ってておくれよ。大人な女性と二人きりとか難易度高いよ。


 俺の心の祈りは届かなかったようだ。仕方ないので、来客用の椅子に座り、ベッドに寝ている女性を観察してみる。


 ふむふむ、美人だな。奈々と鏡花さんを足して2で割った感じだ。普通に考えれば多分お母さんだろう。


 でも、若すぎる気もする。普通に大学生してそうな見た目なんだよな。まさかの清川三姉妹説で、新たな姉が登場なんてこともあり得るかも。俺は元々、鏡花さんの存在だって知らなかったわけだし。


 というか、俺がこんなにもガン見しているのにもかかわらず、全く意を介さずにぼーっと窓の外を見ているんだけども。背景だと思われてるのかな。


 ここは気合を入れて自己紹介でもしておこう。


 「こんにちは、佐藤照人って言います。奈々さんと同級生で、その流れで鏡花さんとも仲良くさせてもらってます」


 女性の首がすーっと移動して、俺を捉える。ホラー映画のワンシーンみたいだった。


 「……」


 おっと、反応がないぞ。


 こいつは強敵だ。初期の奈々を彷彿とさせる面倒くささだ。


 だが、待て、病院にいるわけだし体調がすこぶる悪くて、どこの馬の骨かもわからないガキの自己紹介に反応するのが億劫だったりするのかもしれない。まぁ、そうだったとしても無視するのは良くない気がするけれども。


 ここは一転、自己紹介のことはすっぱり忘れて違う切り口から話を進めていくか。俺は持参したリンゴを取り出す。


 「これ、食べますか」


 「……」

 

 毛布を体に引き寄せてこちらを警戒した様子を見せる女性。無視とかじゃなくて、単純にビビってるのか。そんなに怯えられるとこっちも何をしゃべって良いのか分からなくなってしまう。


 無意識にリンゴを果物ナイフでカットしていた俺は、目の前に出来上がったりんごうさぎを見て、なんとも言えない気分になった。どうせ食べてくれないだろうし、俺が食べちゃおう。


 そんな感じで自分で買ってきたリンゴをむしゃむしゃする。女性にガン見されながら。


 客観的に見なくてもやばい絵面だ。しまった、さらに怯えゲージが上がった気がする。


 「食べます?」


 気まずくなったので、もう一回尋ねてみた。


 「奈々の友達なんですか?」


 すると細い声でそんなことを言ってきた。


 「ん、え、あぁ、そんな感じっす」


 俺のリンゴはスルーだったが、自己紹介の方に遡っての反応してくれたみたいだ。時差がありすぎだろ。でもとりあえず、意思疎通はできるみたいなので一安心。


 「……奈々に光大君以外に男の子の友達が」


 まあ、友達かって言われると良く分からんのだけど、面倒だから訂正しないでそのままにしておこう。


 また会話が途切れてしまう。だが、意思疎通できることが分かった時点で、先ほど感じていたほど絶望感はない。適当に話しかけてりゃ、何かしら話してくれんだろ。


 とりあえず、この女性が母親なのか新お姉ちゃんなのか特定をいそぐか。急にあなたはお母さんですかって聞くのもちょっとおかしいよな。さっきのリンゴむしゃむしゃも相まってやばい奴だと思われる可能性大だ。できるだけ遠回しに特定していくか。


 「あの、すごいお若く見えるって言われませんか?年齢とかお聞きしても良いですか」


 ちょっとノンデリカシーだったかもしれない。しかも中学1年生の小僧にそんなこと聞かれるの怖いかな。


 「……28歳です」


 「ほう」


 若そうな外見にしては案外いってんな。アラサーだった。


 鏡花さんが中学3年生で14歳か15歳だろ。仮にこの女性がお母さんだとして鏡花さんを生んだ時期は13歳から14歳の間か。


 まさかの14の母とか現実であり得るのか。あり得なくはないだろうけど、一般常識的に考えるとちょっと信じがたいな。


 もしそうだったら、それはそれで闇が深いぞ。清川家の家計はおっさんが支えていることからも分かる通り、父親とかもいないっぽいし。俺のようなエロゲ脳だと学生時代にパコられ捨てられた可能性が瞬時に導き出されるんだけれども。


 なんか個人的にはもう一人のお姉さん説を推したくなってきた。


 「奈々は学校ではどのような様子ですか?」


 そんな質問がアラサー女性から投げかけられる。清川のことが気になるらしい。


 さっきから質問の殴り合いだな。互いの質問から会話を広げるつもりなし。


 「友達もいるみたいだし普通に楽しんでると思いますよ」


 「……そ、そうなんですか」


 再び沈黙が場を包む。アラサー女性は依然として俺を見つめている。どうやら今度は俺の質問ターンのようだ。再びこの女性の属性について特定にかかる。


 「お母さん、お姉ちゃん、どちらで呼ばれるのが好きですか?」

 

 「え、君からってことですか?」


 「え、ん、まぁ、はい」


 なんか質問を間違えた気がするわ。


 「……」


 女性は熟考し始めた。5分くらい考えてた。


 「お、お姉ちゃんの方が良いかもです」


 どうやらこのアラサー女性、俺にお姉ちゃんと呼ばれたいらしい。なんかやっちまった感がやばい。


 でもあれだな。お母さん呼びでも迷ってたってことは、多分この人お母さんで多分確定だろ。もうその体で会話を進めてしまおう。というかこれからお姉ちゃんって呼ばないといけないのかな。


 「佐藤君は中学生ですよね。……何と言いますか、私の知っている中学生らしくないと言いますか」


 「あー、よく言われるんですよね」


 「はぁ、そうですか」


 やっぱり警戒されてるな。リンゴむしゃむしゃするんじゃなかった。


 「君はあの子、鏡花に何か言われて私に会いに来たんでしょう?」


 「あ、はい」


 最近、色々ありすぎて麻痺していたから気づいていなかったけど、最初から警戒される理由マシマシだったな。何の理由もなしに変な小僧が来たって状況は普通におかしいよ。


 「君も普通はこんな風に人の親なんかに好んで会いに来たくはないでしょう?あの子が何か無理を言って……」


 「いや、まあ、今日は暇だったので」


 「……そう」


 言い方が悪かった、鏡花さんにヘイトが向けれられ始めているような気がしてならない。


 「これにはいろいろと込み入った事情がありましてですね。俺と鏡花さんのウィンウィンな関係と言いますか」


 「あの子を庇ってるんですね。良い子です、君は」


 転生情報に関連する情報はむやみに伝えるとこっちが痛い目に合ってしまうし、上手く伝えれそうにない。


 「あの子も君みたいに小さなころから大人びていたんですよ。ちょっと怖いくらいに」


 なるほど、鏡花さんのパラレルチートによる弊害か。


 「俺もそんな感じだったので、親からはやばい奴だと思われてましたね」


 「やっぱりそうですか。……それだけが理由じゃないですけど、私もあの子との距離間には悩みを抱えているんですよね」


 ちょっと賢ぶってるだけの中学1年生とする話題じゃないよなぁ。しかも、初対面で。清川家の人間だけあって若干だけどこの人もポンコツ気味だ。家庭の事情をバンバン話してくるわ。


 まぁ、なんか良い情報をもらえそうなので好都合ではあるか。


 「苦手なんですか?」


 「……ちょっとだけ」


 まじかよ。そういえば、妹の方はちゃんと奈々って言ってるけど、姉の方はあの子呼びでちょっと壁を感じる気がしないでもない。これ多分だけどちょっとだけ苦手レベルじゃない気がする。


 「嫌いなんですか?」


 「嫌いなわけではないです。怖いんです」


 変に大人びているから怖い、先ほどの会話からするとそんなところが怖いのだろうか。


 「俺が接した限りだと、普通に明るくて良い子って印象ですけどね。怖いなんて感じたことないですけど」


 「やっぱり私の思い込みなんですね。全部私が悪いの、母親として失格なんです」


 やばい、思った以上に重いところを刺激してしまったようだ。首がカクンと落ちて、ネガティブさ全開のポーズだ。


 もしかして、入院している原因はこんな感じで精神がまいっちゃってるみたいな感じなのだろうか。


 あまり刺激したくないけれど、ここで引いてしまったら意味がない。俺は夏休み最後の一日を消費してこの場にいるのだ。


 「鏡花さんに、そんな風に怖いって伝えたことはあるんですか」


 「……ないですよ。言えるわけないじゃないですか」


 おっと、これは。


 「多分だけど鏡花さんと違って妹の方は怖くないんですよね。じゃあ、二人の娘との接し方にも差が出ちゃいそうだなぁ」


 「それは……、そうかもしれないです。だから私は母親失格なんです」


 清川母、いやお姉ちゃんは枕に顔をうずめて泣き出してしまった。


 清川と鏡花さんの仲が微妙な理由はその辺が関係しているのではないだろうか。あの鈍感な清川ではこんな理由で姉に良く思われてないってことは分からないだろうし。もしかしたらそんな馬鹿な態度も鏡花さんにとっては嫉妬の対象だったのかもしれない。


 もっと叩けば新たな情報が出てくるかもしれない。しかし、半泣き状態のままだとおかしなことになりそうな雰囲気を感じる。ここはちょっと慰めも入れておこう。


 「母親失格ってほどじゃないですよ。ちょっと接し方に偏りが出ちゃうなんて誰にもあることです。人間だもの」


 「……実の娘を恐れて体調を崩すくらいダメな親なのに、母親失格ではないんですか」


 「……」


 鏡花さんにビビって入院しているのかよ。


 昔から大人びてるってだけで、ここまで怖いって過剰にはならないよな。他にも何か理由があるのか。


 「なんでそんなに怖いと思うんですか?他にも何か理由が」


 「……言えません」


 くっそ、ここでいつものお預けか。


 いいや、まだボーナスタイムは終わっていない。ここまで話した感じ、このネガティブお姉ちゃんはゴリ押しでどうにかなるタイプの人間だ。攻め続けろ。


 「大丈夫です。言ってみましょう。楽になりましょう」


 「な、なんですか。さっきから、急にぐいぐいと」


 「それ言うなら、お姉ちゃんもそうです。中学生の小僧との雑談にしては重過ぎる内容です」


 「……ちょっと待ってください。お姉ちゃんって呼ぶのやっぱりやめてもらえますか。恥ずか……」


 「いいえ、恥ずかしくないですよ、お姉ちゃん、素直になりましょう。さあ、言ってちょうだい!」


 オラオラオラオラ状態だ。このまま高見へ上っていくのだ俺は。


 「言えないって言ってるでしょ!」


 おっと、怒られてしまった。


 俺は人に怒られても何も感じないメンタルを持っているので、続けて催促の言葉を口に出そうと試みる。しかし、お姉ちゃんの大声が外から人を呼び寄せてしまったようだ。鏡花さんが病室に入ってくる。


 「佐藤君、お母さんに何してるの!」


 鏡花さんは先ほど紹介の時に口をパクパクとさせていたが、どうやらお母さんと口に出せることが可能になったみたいだ。


 そんな考察はさておいて、鏡花さんはおかんむりのようだ。


 「鏡花さん、俺は何も悪いことはしてないですよ。ちょっとだけディスカッションをですね」


 「お母さん泣いてるじゃない!」


 「……この男の子、もう連れてこないでください」


 「分かりました。ごめんなさい、お母さん」

 

 やばい調子にのってやり過ぎてしまった。余計に親子の溝を広げてしまったかもしれない。


 何か挽回の一手はないか。


 神は言っている、最後まで調子にのってしまえと。


 「俺もやり過ぎました。ごめんないさい、お姉ちゃん」


 「お、お姉ちゃんって言わないでください!」


 「え、お母さんが。え、お姉ちゃん!?何その呼び方」


 よし、この場は混乱状態になった。全部なあなあになったはずだ。


 「ち、違うんです」


 「何が違うんですか、お姉ちゃんがそう呼べと言ったんじゃないですか!」


 「えぇぇ。お母さん……」


 「き、鏡花、誤解なんです」

 

 「っ!」


 そんな感じでガヤガヤしていると、ナースさんがやってきて一同揃って叱られるのであった。ギスギスした空気感から解放されたので良しとしよう。


 俺と鏡花さんは病院から追い出されました。





 「まったくもう、佐藤君、お母さんだって体調悪いんだからね。あまり刺激しないように」


 「はい、ごめんなさい」


 帰りの道中、鏡花さんからの説教タイムが続いていた。


 「いったい何したの?」


 「清川ルートの情報ですね、ちょっと無理矢理、聞き出そうとしちゃって」


 「もう、ほんとに……馬鹿。やりすぎ」


 ほぼ、後半はほぼ鏡花さんに関係することだったような気がするが、そこはふせておくことにした。


 「鏡花さんはよくお姉ちゃんのお見舞いに行くんですか?」


 「うん、行くよ。あと、お母さんをお姉ちゃん呼びは止めて」


 やべ、お姉ちゃん呼びが癖づいてしまった気がするぞ。ボスの時と同じように注意しないとだめだな。


 「まったく、なにをどうしたらお姉ちゃん呼びになるんだか……」


 「奇跡が起きました」


 「起こさなくていい奇跡だよ」


 おかしな奇跡を起こしつつも、今日は色々と情報を得ることができた。



 「夏休み最後だったのにごめんね」


 「全然余裕です」


 「ふふ、ありがとね」


 「今度行くときも誘ってください。お母さんが貴重な情報源であることが分かりましたから」


 「お母さんを情報源扱いされるのはなんとも言えない気分だけど、そのつもりで私も連れて行ったんだしね。良いよ、また行こうね。実はさ、あんなに喋ってるお母さんを見たのも久しぶりだったんだよね。私の名前だって久しぶりに呼んでくれたし」

 

 鏡花さんはご機嫌だった。


 多分だけど、お母さんを追い続けていけば、鏡花さんの死因に繋がる情報をゲットできるんじゃないかと思う。今日の対面でなんとなくだけど、そう感じれられる部分があった。ついでに清川奈々ルートの情報も落としてくれそうだし、まじでボーナスお姉ちゃんだ。



 新学期が始まれば、また俺は周囲の人たちに流されるまま行動するのだろう。でも、それだけじゃどうにもならなそうな沖田夏来や鏡花さんの問題もある。


 何が正解なのか全く見当がつかないが、俺なりに頑張っていこうではないか。


 美人な先輩の隣でそんな決意をし、充実した夏休みは終わっていくのだった。


 


 


 


 

 




 



 


 

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