第41話 空き巣してみた
海、祭りと連日による重労働とストレスによって、今日の朝の目覚めは最悪だった。
夏風邪っぽい気がするけれど、体温計先生によるとまだ熱はないらしい。
だるいだけで動けないわけではないが、ベッドから起き上がるのは億劫だ。今日は安静にしていた方が良いかもな。そう思い、二度の寝の態勢に入ろうとするも、それを遮る音がなる。
部屋の中でスマホの着信が鳴り響く。
願わくば面倒ごとを運ぶ着信でないことを祈りながら、スマホの画面を確認してみると、春斗というクソ馬鹿の表示が出ていた。また、こいつかよと全米が思った。
どうあがいても面倒なことになることは確定したが、ここで応えなければ永遠に着信が鳴り響くことだろう、仕方ないで着信に応える。
『今日は会ったことないヒロインの姿を拝みに行ってくる。お前のサポートをしていくために、それくらい知っておいた方が良いだろう』
スマホをスピーカーにして枕の横にそっとおく、そして俺は目を瞑る。
『清川は昨日会ったから良いとして、代わりに柳谷とかいう奴に会いに行こうかと考えたんだが、お前から話を聞いた限り多分俺と相性最悪だろうから相手にされなそうだからやめた』
基本的に春斗はどのヒロインとも相性最悪だと思うけれど。
『それでさぁ、誰が良いかなぁと思っておっさんにさ、相談したんだよ。それでさ沖田夏来ってヒロインに会いに行くことにした』
うわぁ、よりにもよってそこ行くかぁ。
『なんで沖田夏来?』
『おっさん情報によると、めっちゃ不憫なヒロインってことが分かった。状況を確認しておいた方が良いかと思ってな。どうせお前も近いうちに調べるつもりだったんだろ?暇なら来いよ』
止めろと説得するのはどうせ無謀なので即その選択肢は捨てる。少し具合が悪いから行きたくないとう気持ちと、春斗を一人で突撃させることの不安を天秤にかけると、ここは無理をしてでも行った方が良い気がする。
とりあえず、了承して春斗からの電話を切る。
そして、もう一度良く考えてみる。今の俺の状態で春斗の奇怪な行動に対応するのは厳しいものがある。誰か俺の代わりに対応してくれる人材はいないだろうか。
ぱっと思いつくのは、寺島と岡崎。だが、寺島は俺の生存ルートのためにも、あまり他のヒロインと絡ませたくはない。岡崎にしても連絡手段ないしな。いや、待てよ。
物は試しにという事で、おっさんに岡崎の連絡先を聞いてみることにした。そして、すぐに電話番号が添えられたメッセージが返ってきた。
岡崎の電話番号が漏洩しているのか、おっさんが有能なのか分からないが、とりあえず、その電話番号に連絡してみることにした。
『あ、もしもし、岡崎?』
『どちらさま……。えぇ!?その声は佐藤君!?なんで僕の……』
パニックに陥っているようだが、俺は冷静に説明をした。有能なおっさんが岡崎の電話番号を教えてくれましたと。
『有能なおっさんって何!?怖いよ』
『大丈夫、多分良いおっさん』
『人の電話番号をほいほい教える人が良いおっさんなのかな……。うう……まぁ、いいよ。どうしたの?』
知人とウインドウショッピングするからお前も来ないかと誘いだした結果、岡崎は喜んでくれた。ほいほいと誘いにのってくれてこちらも嬉しかった。岡崎を盾にして、春斗からの進撃を防ぐ準備は完了した。
春斗が指定してくれた待ち合わせ場所に行くと、すでに春斗と岡崎は合流していたようだった。
岡崎が春斗に対応できるかは未知数であったが、意外と打ち解け合っている様子だった。岡崎は春斗のことを師匠と呼んでいるし、春斗もそれに倣って弟子のように岡崎と接していた。
初めて会ったばかりで、展開が早すぎるだろとツッコミを入れたくなったが、今日は具合が悪いので、全部スルーすることにした。
「師匠、今日はウインドウショッピングをするんですよね」
「ウインドウショッピング?あー、そんな感じ。ヒロイ……じゃなくてお前の学校にサイボーグみたいに顔面が整っている女いるんだろ、それを拝みに行こうかと思ってるんだよ」
岡崎に転生云々の話をしないようにと一応気を遣っているらしい。あくまでも遊びの延長という事で話を持っていくようだ。
「ああ!います、います。師匠も驚きの顔面サイボーグ率ですよ、僕らの学校」
「そうみたいだなぁ。それでさ、沖田夏来って知ってるか?」
「はい、知ってます。顔面サイボーグの内の一人です」
「その沖田夏来、いや顔面サイボーグに会いに行ってみようと思うんだ」
なんでわざわざ顔面サイボーグって言い直すんだよ。心の中でツッコミを入れながら、二人の沼会話を聞き続ける。
「僕、その顔面サイボーグの家の場所、分からないけど大丈夫ですかね」
「ああ、大丈夫。有能なおっさんに教えてもらったから」
「佐藤君も言ってたけど、それ大丈夫なおっさんなんですか?」
「一般人と犯罪者の境界線を綱渡りしているおっさんだ」
「すげぇやばいおっさんじゃないですか」
それからしばらく、すげぇやばいおっさんのトークで盛り上がる二人だったが、春斗の足が止まる。
「着いた」
「え?ここですか」
見上げると、築50年くらいの二階建てアパートがあった。壁の塗装は所々剥がれ落ち、階段や節々を支える柱もばりばり錆びている。時代に取り残された遺産みたいな外観だ。一言でいうと、ぼろっちい。
驚いているのは岡崎だけ。俺は当然事情を把握済みであるし、春斗もまたおっさんから話を聞いていたのだろう。
「結構、貧しかったんだ……。顔面サイボーグは」
岡崎よ、同情するならちゃんとしてくれ。顔面サイボーグのせいで台無しだよ。
「とりあえず、自宅に直撃だ!」
「ラジャー!」
ハイテンションな二人の熱のせいで俺の体調も悪化しそうだ。
ギコギコの軋む階段を二人はダッシュで登っていく。アパートに気を使え馬鹿ども、崩壊したらどうするんだ。
春斗が示す部屋まで歩いていく、どうやら沖田夏来の家は角部屋のようだ。
その部屋に到着したところで、再び沼会話が始まる。
「インターホン誰が押す」
現代風のインタホーンとは違って、押すのに力が入りそうなラジカセ風のボタンを備えたインターホンを見つめながら、春斗が呟く。
「ぼ、僕はちょっと緊張するからパスで」
「俺は顔だけ見れればいいからな。ピンポンダッシュしちゃうか」
「馬鹿。ピンポンダッシュはやめとけ」
春斗が普通に迷惑行為をしようとしていたので、さすがに口を挟ませてもらう。
「冗談、冗談マイケルジョーダン」
「あはははは」
春斗の全然面白くない古くて終わってるギャグを聞いて、岡崎はツボに入っている。頭の痛くなる光景だ。
部屋の前でこんなガヤガヤして大丈夫かよと思っていると、何を思ったのか突然、春斗がインタホーンを押した。急にやるなよ。
ピンポーンと音が聞えた瞬間、俺は反射的に二階から飛び降りて、アパートとは反対側に向かってダッシュし、木陰に隠れる。
結果的にピンポンダッシュしてしまっているという事実から目を逸らして、春斗と岡崎の動向を探る。
岡崎は俺とは違って階段を駆け足で降り、俺の方に向かってダッシュしてきている。
一方、春斗はドアの前で立ったままだ。そして、家の中から人が出てくるのを待たず、まるで自分の家かのような素振りでドアを開けてヌルっと不法侵入していた。
え、嘘だろ。ありえないんですけどあの人。ピンポンダッシュどころじゃない、普通にだめなやつ。
再び合流した岡崎もその行動を見て、さすがにドン引きだ。
俺も岡崎もしばらくの間、思考を停止して成り行きを見守る。
「……出てこなくなったね」
「……そうだな。特に騒がしい音も聞こえないし、中に人がいなかったとか」
「そうだったらいいけど、師匠が焦って中の人を殺してしまったという事もありえないかな?」
何こいつ不吉なこと言ってんだ。あるわけないだろ。うん、あるわけないに決まってる。本当にあるわけないのか、あの堂々とした不法侵入を見たせいか、少しずつ不安になってきた。
逃げるが勝ちの気分になりそうだが、一応友達なのでその選択肢はない。
「連絡してみたらどうかな?」
「いや、春斗が何か中で厄介事に巻き込まれている場合、下手に連絡して着信音を鳴らすのは良くないかもしれん」
死体処理に集中しているかもしれないし。
「じゃあ、どうするの?」
「正攻法で、俺たちも侵入を試みる」
「それ、正攻法じゃなくない?」
さっき恰好つけて友達だから逃げないみたいなことを思っていたが、俺はやりたくない。できれば岡崎を生贄にささげたい。岡崎もまたそのように思っているのだろう。互いに見つめ合う。
「公平にじゃんけんで決めないか」
「……分かったよ。僕は犯罪者になりたくないからね、勝たせてもらうよ」
「ふっ、言ってろ」
ほいほいっと激闘の声をあげながら、じゃんけんが始まった。
結果、俺の勝利。俺が最強だった。
「……大丈夫。捕まっても少年院だ」
ぼそぼそと何かを呟きながら、岡崎は旅立っていった。
岡崎は沖田家の扉に耳を押し付けて中の物音を確認しているようだ。そしてしばらく経つとドアを開けて、沖田宅へ吸い込まれていった。
しばらく経っても岡崎は出てこない。まさか春斗が侵入してきた岡崎に驚いて殺してしまったとか、もうあいつなんでもありだから全然ありえそうなんですけど。ぐるぐると悪い事ばかり考えてしまう。
俺も行くか。もう普通に気になる。
だるい体を引きずって階段を上り、部屋の前まで行き、先ほどの岡崎のようにドアに耳を押し付ける。
中からは全く音が聞こえない。あの馬鹿二人が中にいるとするのなら、もうちょっと人の気配がしてもおかしくない。
なんだかんだ考えていると、俺もまたぬるっと不法侵入していた。だって、気になるんだもん。俺も人のことは言えないみたいだ。
沖田家の内装は必要最低限の家具と電化製品に六畳一間の一人暮らし御用達みたいな部屋だった。無駄なものは一切ない。
どうやら、沖田家の住人は留守な様子だ。鍵を閉めないで出かけているのは不用心だな。
確か設定だと、沖田の父親はすでに蒸発して、母親が一人手でなんとかやり繰りしているという感じだったか。苦労しているのだろうなとは思いつつも、今は考えず、春斗と岡崎の行方を探る。
部屋の中央に見えるこたつが怪しかったので、ばさりと掛布団を持ち上げてみると、岡崎がいた。
「何してん」
なんとなく小声で岡崎にツッコミを入れる。
「うわぁ佐藤君だったのか、誰か家に入ってきたと思って、びっくりしちゃって」
「春斗は?」
「いや、まだ見てない」
こそこそと春斗と話していると、なんか泥棒の気分になってきた。
春斗を探すかとまた行動を開始しようとすると、外から物音が聞えた。
「あれ、鍵開いてる。私閉め忘れたっけ?」
沖田の声だった。やばいやばい、咄嗟に岡崎とアイコンタクト。
『やばい隠れるぞ。見つからなければとりあえずまだ犯罪にはならない』
『お、お、お、お、おっけい。でもこの狭い部屋に二人はまずいよ』
『そうだな……、じゃあ、風呂場に行くぞ』
ボディランゲージ最強ということで、なんとかコミュニケーションをとって、こそこそ歩きでお風呂に突入。
古いアパートにありがちな四角で底が深いお風呂だった。
風呂のふたをとると、そこには春斗がいた。
『何してん』
『いや、なんか人が急にこの家に……。お前らだったんかい!』
『いやいや、今、本当の家の住人帰ってきた。詰めろ!』
『いや、きついて』
ごちゃごちゃしながらも、何とか体を風呂の中に収めることが俺たちは、風呂のふたを上に敷き直して身をひそめる。春斗がでかすぎて風呂のふたが一部浮き上がっているけれど仕方なし。
もう俺たち何やってんだ。
沖田の廊下を歩く音が聞こえる。風呂を通り過ぎたあたりで、一安心。
そして、安心と後悔を繰り返しながら、結局後悔に落ち着いたところで、俺は二人に小さな声で話しかける。
「どうする」
「さてなぁ、考えるかぁ」
「うんうん」
そんなこんな、あれやこれやと作戦会議をしていると、春斗がなんてことない様子で重要なことを呟いた。
「そういえばさ、俺がアパートに入った理由な。お前らはドアの近くにいなかったから聞こえなかっただろうけど、インターホン押したときに『やべぇ、誰かきた』って声がしたんだよ。そんなん完全に空き巣だろ。だから入って確認してみたって話」
え、は、空き巣?俺たち以外にも誰かいるのか。
それってやばくない。沖田の過去に空き巣に入られたみたいな設定ってあったか。
いや、ないよな。設定になかっただけで、別に大したことないイベントとして処理されたのか。
「お前、風呂の反対側に便所あるんだけど確認したか、多分そこにもう一人誰かいるぜ。俺は確認しようと思った時に、岡崎がこの家に入ってきて確認できなかったんだけど」
もしかして本当だったら気づかないうちに空き巣に入られたで終わっていたイベントを、俺たちがごちゃごちゃしていたせいで、沖田が帰ってくるタイミングまで空き巣をこの場に留めてしまったんじゃないだろうか。
沖田が空き巣と遭遇してしまったら、大変なことになる。
「まず、それを解決しないとやばいだろ。俺たちが仮に無事脱出できたとしても、今度は沖田が空き巣と二人っきりだ」
「警察に通報した方が良いんじゃない。スマホ持ってるし」
「馬鹿弟子が。こんな機会めったにない、俺たちの手で空き巣を捕まえるぞ。そして、英雄の証明である感謝状をもらうのだ」
「え、英雄。かっこいい」
この期に及んで何を言っているんだとツッコミを入れる気力はなかった。なんか熱っぽくて頭がふらふらする。
朦朧としている頭のせいだろうかいつの間にか俺も感謝状をもらうつもりで、頭をフル回転させ作戦を練り始めていた。
とりあえず、春斗と岡崎に任せると碌な事にならない。俺たちはどうなっても良いが、沖田の安全はしっかりと確保した上で物事を進める必要がある。ここは俺がしっかりとしなければならない。そして、考えていたことを伝える。
「俺たちは結局のところ、空き巣と同じことをしているいわば同業者だ。だからこそ協力し合えるとは思えないか」
「はぁ?何言ってんだお前」
「佐藤君、この状況でとうとうおかしくなったのかい」
こいつらの方が滅茶苦茶なことやってるくせに、俺が少し尖ったことを言うとすぐこれだ。
憐みの視線を向けてくる馬鹿どもを何とか説得して、作戦決行だ。
俺は風呂場からそっと出て、向かい側のトイレに向かってそぉっと声を掛ける。
「あの、同業者の方ですよね」
反応はないが、声は届いているはずだ。空き巣が武闘派でない事を願って、優しさと愛情を込めて話し掛ける。
横を向き廊下の奥を見ると六畳一間で沖田が洗濯物を畳んでいる姿が見えた。心臓の音が聞こえてくるが、何とか冷静を保ちつつ、言葉を続ける。
「反対側の風呂場に俺の仲間が待機してます。安全にここから脱出できそうな作戦があるんですけど、もしよかったら一緒に脱出しませんか」
上手くおびき出せるように、言葉を紡いでいく。強引に協力を迫らず、相手に譲歩する形で、できるだけ警戒させないようにするのがポイントだ。
もう一声かと、再び声掛けをしてみる。何度か続けた。
すると、トイレのドアがそぉっと開いた。中からは出てきたのはハンチング帽を被った髭面でぼろぼろのおっさん。泥棒の見本のような姿だった。
思わず吹き出しそうになったが、何とか堪える。
空き巣はコミカルなジェスチャーで何か言ってくる。
『俺、今そっち、行く。だから、扉もっと大きく開けて』
多分そんな感じのことを伝えてきた。この時点で、なんとなくこの空き巣が馬鹿だということは分かった。もうちょっと警戒するかと思ったけれど、全然そんなことないわ。
そして、ズッコケ4人組のパーティが完成した。
春斗と岡崎も空き巣の風貌を見て笑いを堪えている。それにつられないようにしながら、空き巣にも作戦を伝える。
空き巣は俺たちが思っていたよりもガキだと知って一瞬怪訝な視線を向けていたが、同級生の下着をどうしても盗んでみたかったんだと熱弁すると、同業者として認めてくれた。どいつもこいつもほんと馬鹿で良かった。
「おっさん、何盗んだんですか」
「このアパートに住んでる時点で金に期待できないのは分かりきってるからな。俺の目標もお前らと同じで下着だ。この家に住んでる奥さんはべっぴんさんだからなぁ」
「僕たちの同級生の女の子も可愛いんですよ。奥さんも美人さんなんだぁ」
「あぁ、色気むんむんだ。ありゃ水商売してるな」
「エロそうだな」
春斗と岡崎には空き巣を油断させてくれと指示を送っていたこともあり、良い感じに雑談をしてくれる。少し緊張していた岡崎も案外ノリノリだ。あと普通に空き巣は油断しすぎだろ。
「俺ら空き巣素人なんですよ。おっさんの歴はどれくらいなんですか」
「下着を盗み続けてもう25年だ」
ドヤ顔で空き巣はそう言った。いや、全然格好良くないよ。
「プロフェッショナルじゃないですか」
「僕もすごいと思います。師匠と呼ばせてもらってもいいですか」
「よせやい。照れるぜ」
何だこの緊張感のない空間。空き巣のおっさんはハッスルモードで熱く武勇伝を語り始めちゃってるし。
俺は作戦を進めるため、再び風呂場のドアを開けて外に出る。
「一番弟子よ、頼んだぞ。俺たち空き巣の未来を背負っていけ!」
空き巣がさっきからノリノリでずっとうるせぇ。気づかれるだろ、黙ってろ。こいつ絶対、何回かヘマして捕まってるわ。
廊下をゆっくりと進んでいく。ここからは多少手荒になる、ほんと沖田さんごめんなさい、先に心の中で謝っておく。
いまだ洗濯物を畳んでいる沖田の背後をとる。できるだけ驚かせないように、土下座の態勢で声を掛ける。
「おーい。聞こえますかぁ」
沖田は驚きながら振り向く。声のない悲鳴とでも言うのだろうか、はっとした顔をしてこちらを見ている。声を上げないで驚くタイプで良かった。
「どうも、佐藤照人です」
「……な、なんで、さ、佐藤君が、私の……」
「この家に空き巣が入ったのを見て、何とかしなければと勝手に入ってしまいました。俺はそれを沖田に伝えるためタイミングを見計らって出てきました。気づかれないようにしないといけないです、沖田も声は静かに」
動機は違いますが、結果としてはそういうことになっているんです。心の中で無駄な言い訳をしながら、早口で伝えたいことだけ伝える。
「い、今、この家どこかに、その空き巣、居るの?」
「はい、隠れ潜んでます」
「ど、どうしよう。怖いよ」
パニック状態にあるようだが、端的に情報を伝えたからだろう、家に空き巣がいてなんかやばいことは理解してくれたようだ。とりあえず好都合だ。このまま進めよう。
「今、空き巣は風呂場にいるっぽい。ちょっとこたつの中に隠れててくれ。俺が何とか出ていかせるから」
「え、え、佐藤君。危ないよ」
「大丈夫、大丈夫、なんとかなる」
「そ、そうだ。警察呼べば」
「いいや、あまり刺激するのはまずい。大丈夫、危険なことはしないから」
「ほ、ほんと?心配だよ」
申し訳ないくらい心配されてしまっている。大体全部俺たちが悪いのに。
なんか少しずつ冷静になってきた。もう素直に警察呼んだ方が良いんじゃないかと思い始めた。
うん、冷静になった。感謝状とか言ってる場合じゃないよな。馬鹿と関わりすぎて、俺まで馬鹿になっていた。
「分かった。やっぱり俺も怖くなってきたからやめる。警察呼ぼう。でもこの部屋にいるとまずいかもしれないから、いったん外に出る。廊下を通るのは怖いから、窓を開けてベランダから脱出だ」
「え、二階だよ。飛び降りるの。私も佐藤君も靴は履いてないし、痛いかも」
廊下を通るのは危ないといった手前、靴を取りには行きにくいな。
「スリッパ的なのないかな」
「ごめん、私の家貧乏だから……」
ああ、ごめんなさい。
靴の代用として靴下を何枚か重ねてジャンプしようかと思ったが、擦り切れた靴下ばっかりだった、どんまい。布団を外に投げて、マット代わりにするとか。
いや、もうこれ以上時間をかけすぎると取り返しがつかないことになる可能性がある。小細工なしで行くか。沖田を抱えてジャンプすればいいだけだ。これ以上、沖田に迷惑はかけられないからな。これなら足を血だるまにするのは俺だけで済むし、色々とやらかした自分への罰としても適切だ。
ベランダに出て、沖田をおんぶ。
「きゃあ!」
「しっかり捕まって」
「う、うん!」
素直にぎゅっとしてくれたので、安心。
そして、アパート二階、思ったよりも高くなかったわ。全然余裕だった。
少し落ちつたところで、まずは警察に電話して、沖田を安心させる。
次に春斗に向けてメッセージを送信。
『何とか沖田を救出した。警察にも連絡しちゃったわ。まぁそれでも作戦に変更はない。警察が来たタイミングで上手く合流してくれ』
『了解。あとは俺と岡崎に任せろ。お前の分も俺たちがきっちりと英雄になるよ』
本来のプランとしては沖田をこたつに避難させ安全を確保した上で、ズッコケ4人組で脱出。そして、油断させたところで不意打ち、空き巣をフルボッコにして捉えるという流れだった。
冷静になって考えると、めっちゃ危険で笑えないわ。登場人物みんな馬鹿だったから、良い感じに進んだ作戦だ。
俺抜きでもあの馬鹿二人は実行するつもりだろう。俺がいなくても春斗がいるから、岡崎も安全だろうし、何とかしてくれるだろう。
しばらくすると、警察がやってきた。同時に春斗と岡崎も、ぼろぼろになった空き巣を引きずりながら合流した。見れば春斗と岡崎もぼろぼろだ。多分自分たちは頑張りましたアピールでわざわざぼろぼろにしてきたな。
「お、警察だ。こいつ空き巣っす!窓から飛び出してきたんですよ」
春斗は無駄に上手い演技をしながら、警察に色々と伝え始めた。俺らも色々と聞かれた。
「くっそ。お前ら全部俺を捕まえるための演技だったのか。とんだ災難だぜ。……まぁ、いいさ、潔く捕まってやるよ。これが俺の生き様さ」
下着泥棒は潔く自分の犯行を認めた。下着泥棒のくせにちょっとかっこいいと思ってしまった。
「君のそのセリフを何度聞いたことか……」
警察さんが呆れた顔でそんなことを言った。
そして、警察に連れられ俺たちとすれ違う時、警察に聞こえない絶妙に小さな声で呟いた。
「お前らが本気でこの道を歩んでいくなら弟子にしてやってもいいぜ」
いえ、遠慮しておきます。
それが最後に見た空き巣の姿だった。罰金を払って警察から解放された後、また下着泥棒を繰り返しているらしいと、後におっさんから情報をもらったがそれはどうでいいお話。
「佐藤君、ありがとう。岡崎君と及川君もありがとう」
沖田から感謝の言葉をかけられる。
そして、俺たち3人組は揃って目を逸らす。さすがの春斗と岡崎も思うところはあったらしい。
「いえいえ感謝されることは何もしていません。ではこれで」
「僕もこれで」
春斗と岡崎は逃げるように帰っていった。あいつら俺に全部押し付けていきやがった。
沈黙が場を包む。
沖田は何かを隠していそうな俺たちに対して特に追及することはなかった。
その優しさに甘えようかとも思ったが、それは卑怯だよなぁ。このまま後ろめたい気持ちで過ごしていくのは互いにもやもやしたままでスッキリしないよな。
そして、もう全部伝えた。転生云々のことは言おうとしても言えなかったので、そこは省いたけれども。
現在、土下座中。
「そういうことだったんだ。私全然気にしないよ。だって悪気はなかったんだよね。あと、ちょっと、人目もあるから土下座もやめて!」
なんか結局優しさに甘えてしまったような気がする。一発ビンタくらいもらった方が気分としてはスッキリするのだが。
「空き巣にも物怖じしないで、そんな風に感謝状を原動力にして行動できるの逆にすごいよ。私なんて怖くて何もできなかったもの」
褒められる始末だ。登場人物みんな馬鹿だったから良かっただけなんです。
「あのさ、一発殴ってくれても良いんだけど」
「ううん、そんなことしないよ」
ボスとか倉橋とかだったらその代わりにと何かを要求してきただろうが、そういう事はなかった。本当の天使はここにいた。
「私のアパート、ボロボロでしょ。私的にはそっちを見られたことの方が気にしちゃうな。……恥ずかしいよ」
沖田はしゅんとしながらそんな言葉を溢す。
「全然恥ずかしくないっす。でも、困ったことがあったらいつでも助けますんで」
「ありがとう。本当に困ったら頼っちゃおうかな」
俺は冗談のつもりはなかったが、沖田は冗談交じりの笑顔を返してそう答える。守りたいこの笑顔。
それから少しの間、適当な話をして別れる俺たちだった。
別れる最後まで優しい笑顔を振りまいていた沖田夏来、そんな彼女の設定を再び思いおこし、なんとも言えない気分になった。
決して裕福とはいえない家庭環境とこんなにも優しい性格に付け込まれ、沖田夏来は中学三年生次に悪い大人たちになんか色々とやられます。そして闇落ち状態のまま高校生になって物語スタートという流れだ。
全ヒロインの中でもトップクラスに不遇だったから、あまり語りたくないが、彼女のバックボーンがギャルゲヒロインを通り越して、マニア向けのエロゲヒロインみたいな感じだったことだけは語っておこう。
まぁ取り返しがつかないことになる前に、俺がどうにかしてしまえばいいだけの話である。春斗と岡崎もあの様子だし、今日の借りを返すために協力してくれるはずだし余裕でどうにかできる、多分。まぁ、中学三年生までに貧乏だけでも解決できればわりといい感じに物事は進むと思うんだけど。
貧乏を解決する方法として、おっさんの金をつぎ込むという方法をちょっと前まで考えていて、余裕をぶっこいてたけど、その手段は今やマミーによって停止。それに、今日の沖田を見て確信した。多分、そんな良く分からないお金は受け取らないだろう。
どうするかなぁと考えながら、家に帰る。
そして、玄関でぶっ倒れる。体を引きずりながら、何とか自室に帰還する。くっそだるい。
しっかりと夏風邪をひいてしまったようだ。
なんか知らんがばりくそ長引いて一週間以上具合悪かった、そして残りの夏休みがほとんど潰れた。
話によると春斗と岡崎もまた俺と同様に夏風邪の脅威にさらされているらしい。どうやら俺の風邪をうつしてしまったようだな、はいざまぁと。
結局、3人揃って不法侵入の報いを高熱という形で受けたのだった。ちなみに感謝状ももらえなかった。
散々でした。
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