第45話 ダブルブッキング1
帰宅部会議が行われてから数日が経ったとある休日。
鏡花さんから連絡を受けた俺は、人妻との対談の為に病院へ向かった。
今日も今日とて美人な鏡花さんと合流し、手続きを済ませ、人妻いや、お姉ちゃんのベッドの横にスタンバイ。
前回と同様に鏡花さんは病室から退出。その際に、『あまり刺激しないように、慎重に言葉を選んで』と10回くらい念を押された。分かっていますとも。
「……また、来たんですね」
「あ、はい」
「……鏡花も何を考えているのかしら。嫌がらせなの?」
歓迎されてないみたいだ。しかも、このままだと鏡花さんにヘイトが向かってしまいそうだ。母と娘の関係を俺のせいで悪化させるわけにはいかない。
「あれですよ、サプライズゲスト的な」
「……普通サプライズって嬉しいものだと思うんですけど、なんかあんまり嬉しくないです」
この人、結構ひどいこと言ってくるな。一応、俺はぴちぴち中学生の可愛い小僧のつもりなんだけども。
まぁ、ここはポジティブに考えよう。そこまで俺を警戒していないからこそ、このようなぐっさと来るような物言いをしてくるのだ。前回の邂逅で、俺が危険な人物ではないことを伝えられたのだろう。
「りんご食べますか」
「いらないです」
今回もまた、せっかく持ってきたりんごを食べてくれないらしい。なんかムカついたので、カットせずにそのままかぶりついて、ワイルドさをアピールしておいた。
静かな病室の中に、ぐしゃぐしゃと果物をかみちぎる音がこだまする。
「……」
止めてもらえますかとでも言いたげな視線を人妻お姉ちゃんからもらう。そういえばこの人の名前とか知らんな。まぁ、いっか。友達の母親の名前とか知ってる人とか少数だろ。
「今流行りのASMRってやつです。心が安らぐでしょう」
「全然安らがないです」
だめだ、この人妻お姉ちゃん。中々にガードが硬い。
若者風な話題はダメだな、ジェネレーションギャップを感じさせてしまう。もうちょっと人妻に適した話題を探した方が良い。
人妻という単語を聞いてぱっと思い浮かぶものはなにか。欲求不満とNTR、親子丼くらいか。
これは、だめかもしれんわ。全部セクハラ案件だ。
いや、待て、俺は中学生だからワンチャン何事もなく会話が進むのではないか。これがその辺の中年オヤジだったら一発退場だが、俺はまだまだ小学校卒業したての無邪気な中学生、欲求不満やセックスレスの話題を振っても何らおかしくない。
「なんか元気なさそうですね、欲求不満とかですか。まだ若いですし、ずっと病院にいると溜まりそうですもんね」
その言葉を発した瞬間にビンタが飛んできた。だめでした。今日の天気はどうですかのテンションで何気ない会話風を演出したつもりだったんだけどな。
さてと、ウォーミングアップは済んだ。俺はこんなことで挫ける男ではないので、次の一手、NTRを早速投入。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
NTR、親子丼の流れから、しっかりとビンタを二発もらった後、前回と同じように退場宣告された。
目の前には、呆れ顔の鏡花さん。
「慎重にって、私言ったよね」
「はい、言ってました」
「私、なんかお母に変な目で見つめられたんだけど」
「それは、まじですいません」
「なにしたの」
「りんご食べて、軽い雑談というか……、あ、ごめんなさい、普通にセクハラしました」
適当に誤魔化そうとしたら、睨まれたので素直に白状。
「次、連れていく時にまた変な顔される……」
鏡花さんは頭を抱えている。
「大丈夫です。コツは掴みました。次は必ずや成果を出します」
「セクハラして出禁になりそうな人のセリフとは思えないよ」
今日の対談では、鏡花さんと人妻お姉ちゃんの信用度をごっそりと失った代わりに、安易に女性にセクハラしてはいけないという事を学んだ。
しかし、俺はこのセクハラを無駄にはしない。いつかこのセクハラが布石となり、人妻の心を開く鍵となるのだ。
嘘です、どこまでセクハラできるかちょっと試してみたくなっただけです、ごめんなさい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、佐藤君。これから暇だったりする?早く用事が終わっちゃったことだし、どこか行かない?」
帰ろうかなと思った矢先、鏡花さんからそんな提案をうけた。
休日は基本的に家でゴロゴロしたい俺であるが、さっきの一件で信用を落としてしまった手前、断りにくい。
鏡花さんを良く知る機会にもなりそうだし、ここは行った方が良さそうだ。
「はい、行きましょう」
「それなら良かったよ」
鏡花さんは笑顔。もしかしたら、今日の罪を断罪するつもりなのかもしれない。怪しいクラブとかに連れていかれたらどうしようかと思ったが、そんな心配は杞憂で、普通にショッピングに付き合ってということらしい。
そんなこんな歩いていると、俺のスマホに着信アリ。
「電話?」
「そうみたいっす、ちょっと良いですか」
「うん、大丈夫だよ」
鏡花さんからオッケーをもらって、少し離れた場所に移動し、スマホの画面を見てみると、そこにはボスの名前があった。
スルーしようか迷ったが、いつもはチャットが多いボスが電話をしてくるのは珍しい、何か事情があるのかもしれないという事で電話を取る。
「はい、もしもし」
『あ、照人。今、何してるの』
素直に答えるなら、美人な先輩と散歩中。しかし、そう答えた瞬間に喚き散らしているボスの姿が容易に想像できる。
「特に何もしてないな」
『ほんと?今、外にいるでしょ?」
「なんで外にいるって分かるんだ?」
「え?それはジーピー、……じゃない、電話から聞こえる音から、そうなんじゃないかと思ったのよ!』
突然、何かを誤魔化すような口調で、急に声のトーンを上げてきた。
さっき何を言いかけてた?……ジーピーって言ってたよな。
もしかしなくてもGPSじゃないか。
俺は特に気にしない様子で電話を継続しながら、スマホのアプリ一覧をスライドしていく、すると見覚えのないアプリが入っていた。
アイコンは有名なアプリのパチモンアイコンみたいな感じで、よく確認しなければ普通にスルーしてしまうような感じ、アプリ名は普通に有名アプリの名前でそのまま。
多分、今までも視界に入ったことはあるのだろうが、気づかなかったんだろう。
そのアプリをタップし詳細を見てみると、GPS云々の説明が書かれていた。
どうやらこのアプリがインストールされているスマホと、もう一つインストールされたスマホを用意して、そのスマホ同士を紐づければ、互いのスマホの位置情報を調べることができるようになるっぽい。
相手にバレないようにするためだろう、このアプリ自体のアイコンを変更するサブ機能もあった。
ボスにスマホを渡したのは、確か夏祭りの時だ。あの時にここまでの細工をされたのか、恐るべき女だ。
とりあえず、今気づけて良かった。今、急にこのアプリを消すと、何かを察したボスにブチギレされるに違いない。あっちが先に仕掛けてきた癖に何故俺がブチギレされるのかは分からんが、多分ブチギレされる。
ここは気づかないふりをして、会話を継続だ。
「まぁ、外にいるよ。知り合いのお見舞いで病院に行ってたんだ。今はその帰りだよ」
『じゃあ、今は暇なのね。ちょっと荷物持ち手伝ってくれない。場所を送るから、来てね。来なかったら一生恨むわ』
「あ、ちょ、ま」
いつも通り口八丁で切り抜けようとするも、これまでの適当なスタンプ対応だったりとフラストレーションが積もり積もったせいだろうか、一方的に電話を切られてしまった。
そして、送られてきた位置情報は、今俺と鏡花さんが向かっているショッピングモール。
どうやら、強制ダブルブッキングイベントが始まったみたい。
鏡花さんにその事情を話してみるか。いや、しかし、いまさら断りづらい。かといって、ボスを放置するのも、気が引ける。
鏡花さんとのお出かけを速攻で済ませて、ボスに合流すればなんとかなるか。
心が狭いようで案外広いボスのことだ、多少の時間オーバーは許してくれるだろう。
ふとボス関連で先ほどのGPSアプリのことが脳裏によぎる。もしかしたら、俺からもボスの位置情報を確認できるのではないか。
適当にタップしながらいじっていると、想像通り俺もボスの位置が分かるっぽい。
今、ボスはどこにいるのだろうか。恐る恐るタップしてみる。
やっべ、めっちゃ近くにいる。てか、これ近づいてきてるな。いま、気づいて良かった。
ボスはまだ俺がGPSアプリに気づいていないと思っている、偶然装いながらばったり会っちゃうみたいなことがしたいんだろう。乙女の皮を被った化け物だ。
ここでアプリを消してしまえば、追跡自体は切り抜けられる。
だが、神は言っている、危機的状況を乗り切ることで人は成長すると。サ〇ヤ人だって死の淵から蘇ることでパワーアップしてきたしな。
とはいっても今、遭遇してしまうと鏡花さんとセットなのを目撃されて、更に面倒なことになる。危機的状況を通り越して直に死が訪れることだろう。
早足で鏡花さんのもとに戻る。
「あ、電話終わったんだ」
「はい、お待たせしました。さぁ、行きましょう」
「なんか、急にノリノリだね。無理してない?」
「全然無理してないです。俺のことは気にせず、早く行きましょう」
こうして会話をしている間にも、ボスは接近しているのだ。
「ちょっと、走りますか。近々、体育祭もあることですし、体力づくりしておきましょう」
「……え、走るの?」
鏡花さんは何かを疑うような眼差しを俺に向ける。やばい、流石に不審だったか。
「……佐藤君、もしかして何かさっきの電話で言われた?私に変な隠し事はなしだよ。何か嫌なこと言われたとかなら私がなんとかするから」
優しくされると、ポロっと話しそうになってしまう。しかし、俺は今はスリルを味わうモードに移行しているのである。
「全く問題ないです!」
「……はぁ、多分、変なスイッチ入っちゃったんだね。知り合ってからまだ間もないけど、なんとなく分かるよ君の事」
その通り、当たりです。
「佐藤君は私と境遇も似てるし、私の立場を唯一しっかりと理解してくれる人だからね。私もそんな君を理解したいと思ってるんだよ」
「春斗とかおっさんもしっかりと理解してあげてください」
「あの二人は、私が死のうが生きようがどうでもいいって思ってそうなんだよね。ちょっと馬鹿だけど、ちゃんと私の事考えてくれるのは君だけだよ」
「いやいや、そんなことは……」
ないとも言えないな。おっさんは何考えてるか分からないし、春斗に至っては完全に適当にしか考えていないだろう。
「ね、そう思うでしょ。だから私には君だけ。君を真に理解してあげられるのも私だけ」
そう言って、俺を抱きしめてくる。なんか急に来たぞ。落ち着け俺の魂。
「隠し事、してもいいけど。ちゃんと後で話して」
俺の耳元でゾクッとするような声が響いた。いつもの元気な声色はどこにいったんですの。
「……ぁぁ、はい」
どこか重さを感じる。抱擁と同時に見えない鎖が体に絡まっていくような感じがした。
ゆっくりとおっぱいを味わった後、抱擁から解放された。
若干のヤンデレ臭は気のせいだったのか、打って変わって鏡花さんはちょっと照れ気味で俺から離れる。
俺は照れればいいのかビビればいいのか良く分からない気分。ここはしっかりと平常心を保って頑張ろう。
「それでは、ちょいと走りますか」
「……結局、走るんだ」
いつも通り雰囲気クラッシャーしてみたら、ちょっと引かれた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
普通にダッシュしてショッピングモールに向かった我々、先ほどラブコメ仕掛けた雰囲気はきれいさっぱりと吹き飛び、二人揃って息切れ状態。
なんとかショッピングモールに到着したわけだが、常に満身創痍。
「私、もう疲れ果てたよ」
鏡花さんも実は帰宅部らしい。いつ自分が死ぬかもわからない状態で呑気に部活を楽しめるメンタルは持ち合わせていなかったみたい。
ワンチャン運動不足で、段さとかに躓いて頭を強打し、死亡みたいな感じもあり得なくはないので、前向きに考えれば運動できて良かったのではないだろうか。
スポーツドリンクを左手にスマホを右手に装備して、ボスの位置情報を逐一確認しながら、ショッピングモールを闊歩する。
服を見たいとのことだったので、一緒に服売り場を練り歩く。
鏡花さんのファッションショーを眺めながら、感想を言う。
「ねぇ、これ似合うかな」
「あー、似合います」
ファッションとか全く分からないが、とりあえず似合っていると思ったので正直に答えておく。というか、鏡花さんくらい可愛らしければ何着せても似合うレベルだ。肩パット付きの戦闘服とかも着こなすレベルだろう。
「ねぇ、適当に答えてない?」
「いや、もう本当に。完璧に似合ってます」
「……ありがと」
満更でもない様子で何よりだ。親父からの教えで、女から何か質問されたら良く分からないことでも、とりあえず全肯定しておけば良いってあらかじめ教わっていた。この教えがなかったら余計なことを言っていただろう。ナイス親父。
「せっかくだから佐藤君にも服選んであげようか。今日付き合ってくれたお礼に何か買ってあげるよ。一応、先輩だしね」
「それは、流石に申し訳ないですよ。たまに優しい言葉を掛けて貰えればそれだけで十分です」
できるだけ早く切り上げて、ボスに対処しなければならない俺としては、ここはしっかりとお断りしなければならない。それに服とか、値の張るものを買ってもらうというのは男として情けない。
「あ、佐藤君、あまり服とか興味ないでしょ。じゃあ、そうだな、何か食べ物奢ってあげるよ」
なんか知らんが、鏡花さんは後輩に奢ってあげたい欲が、爆発してしまっているようだ。
「分かりました。お言葉に甘えます」
有名なアイスクリーム屋さんがあるとのことだったので、そこでアイスを買って一緒に食べることにした。
鏡花さんはよくそのアイスクリーム屋さんに行ってるようで、おすすめのアイスがあると言っていた。買ってきてあげるから待っててと指示され、俺は素直に適当なベンチにどっこいしょ。
アイスならそんなに高くないし、奢ってもらっても良いよな、良いですよね。人の金で食べるものは美味しいという事で、しっかりとごちそうになることにしよう。ありがとうございます。
ベンチに座って、一息ついたところで、GPSアプリをチラッと確認してみる。
やばい、ボスはこのショッピングモールに到着してるっぽい。
俺がGPSを確認したと同時にチャットも飛んできた。
『着いたわ、どこにいる?』
なるほど、俺の位置が特定できていないっぽいな。このショッピングモールは三階に分かれているからな、俺とボスの位置情報が重なり合って、マップ表示がごちゃついているからだろう。
これは好都合だ。
『俺もう着いてる。その辺適当にぶらついてたら、会うだろ』
ここはいつも通り、俺の適当さで乗り切れるのではないだろうか。
『じっとしてなさい。今いる場所を教えて』
『あ、はい』
乗り切れなさそうな予感。今いる場所を素直に教えてはまずいので、ちょっと離れた場所を教えて何とかその場をしのぐ。
鏡花さんが戻ってきたら、アイスを早食いして、そろそろ帰りましょうかムードにして、別れてからボスへ合流プランにするしかないな。
そんなこんな考えていると、鏡花さんがアイスを買って戻ってきた。
「お待たせ、はい、どうぞ」
鏡花さんが買ってきたアイスは無駄にでかかった。早食いしたら、死ぬやつや。
しかし、ここは気合で頑張るしかない。いざゆかん。
決死の思いで食らいつく。
「うわっ、めっちゃ本気で食べてる。美味しい?」
「っ、はい」
「私のと食べ比べしようよ。全部食べないでね」
「あ、はい」
そんなことを言われたので、早食いタイムは強制終了。
もはや間接キスでドキドキする俺ではないので、鏡花さんが渡してきたアイスに適当に噛みつく。鏡花さんも大人な女性、そこは全然気にした様子はなかった。
まぁ、しっかりとアイスの美味しさを噛みしめることができたので、良かったという事にしておこう。
想定したよりも時間はかかってしまったが、無事食べ終わることができた。
別れを切り出そうと口を開きかけるも、先手を打ったのは鏡花さん。
「佐藤君といると、いつもの私の日常と違って既視感のないことばかり起こるから楽しいな」
「それは良かったです」
「私が死なずに高校生になったら、こんな日常が当たり前になるのかな。そうだったらいいな」
「大丈夫ですよ。そうなるように一緒に頑張りましょう」
「うん、そうだね」
なんか申し訳ない気分だ。鏡花さんがこんな風に考えてくれているのに、このデート?中に俺ときたらボスとしょうもない心理戦ばかりしていた。
「でもさ、もし万が一私が死んじゃったらさ、こうやって過ごせるのもあと少しってことになっちゃうよね。……だからさ、ちょっとだけわがまま言ってもいい?もうちょっとだけさ、私との遊びに付き合ってくれないかな」
これからちょっと用事があるので帰りますとは言えないだろこれ。断りづらさの極みがここにあった。
「もちろんですよ」
オートでそのセリフが俺の口から出た。それと同時にスマホのバイブ音が聞えたので、チラ見。
『ねえ、いないじゃない!どこいんのよ!』
俺がさっき指定した場所に到着したボスからのお怒りチャットだった。
調子が良さそうなので、もうちょっと放置してもいいだろう。
俺はスマホの画面ををそっ閉じした。
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