第35話 海の語らい
なんやかんやで、我々お馬鹿コンビと美男美女コンビは出会ってしまった。俺としては一刻も早くここから立ち去りたい。
春斗という人類最高の馬鹿と彼らとを絡ませても良いことがないという事はさっきの出来事ではっきりと分かった。主人公である寺島がちんこ丸出しで何とも言えない顔をしているなんて光景はあまり見たいとは思わない、一年に一回くらい見て笑うくらいがちょうどいいだろう。
せっかくの夏休みを満喫するためにもここは穏便に離脱しなければならない。とりあえず、世間話から少しづつフェードアウトしていくしかないのだが、問題はこの春斗をどう制するか。
春斗は自己紹介もせず、ずっと鏡花さんのおっぱいを凝視している。チラリと鏡花さんの顔色を伺って見ると普通にドン引きしていた。だが、春斗はやめられないとまらない。
俺は砂浜から砂を掴み、春斗の顔に投げつける。春斗がひるんだのを確認して、俺は大外刈りを繰り出して制圧した。と、思ったが春斗は後ろ向きに倒れそうになった瞬間に両腕を砂浜に突き刺し、それを支点にしてバク転。最高に気持ち悪い挙動で着地。
「おいおい、危ないぜ。相棒」
バク転が決まったのが嬉しい様子で、いつにもまして腹立たしい笑顔とドヤ顔を俺に見せつけてきた。それを無視して俺は口を開く。
「なぁ、春斗、しばらく耳をふさいで目を瞑っててくれないか。これからすごいことが起きるから、ちょっとそうして待っていてくれ」
「すごいこと?なんだそれは。まぁ、いっか。早くしろよ」
そうして、春斗は目と耳を自らの手でふさぐ。
よし、馬鹿で助かった。このまま放置すれば、一日くらいはずっとこのままだろう。
「うちの馬鹿がすいませんでした。とりあえず、機能停止させたので危害を加えることはないと思います」
「あはは、大丈夫。……ちょっと怖かったけど」
平和な日常になったので、世間話を開始しよう。
「今日は二人だけで海に来たんですか?妹さんとかも来てるんですかね?」
「私と光大、二人だけ。奈々は来てないよ」
よし、とりあえず、馬鹿がもう一人増えることはようだ。これ以上厄介なことになられては困る。
このまま妹の所在について尋ねてみようかとも思ったが、光大と鏡花さんが二人きりという時点で、めんどくさそうな事情が絡んでそうで聞きづらい。
寺島の方をチラリと伺ってみると、申し訳なさそうな笑みを浮かべている。
俺の今日の目標は夏休みを楽しむことだし、ごちゃごちゃと色々なことを考えるのは面倒くさい。休む時はしっかりと休む、頑張る時だけしっかりと頑張ればいいのだ。無理をしても良いことはない。
「佐藤君とそちらの彼は友達なの?」
「はい、友達ですね」
「個性的な人だね」
「はい、個性の塊みたいなやつです」
春斗をしっかりと変人扱いしてくれているようだ。これは思わぬビッグチャンスだ。春斗を利用してお暇させて頂こう。
「このままだと、また迷惑かけるかもしれないので、俺たちはこの辺で……」
恐怖心を植え付けられたであろう光大を見ながら、申し訳なさそうな声をだしつつ、この場からの離脱を図る。
「僕は大丈夫だよ。全然気にしていないから」
さっきまでフルチンだったくせに、めっちゃ良い奴だ。さっきまでフルチンだったくせに、春斗の悪行をもう許したのか。さっきまでのフルチンは墓場まで持っていくレベルの恥だったはずだぞ。
「私も特に気にしていないから、大丈夫。せっかく会ったんだし一緒に遊びましょうよ」
「こいつのセクハラは気にするべき事柄かと思うんですけど……」
「あれれ、もしかして佐藤君が私たちと遊びたくなかったり?」
ニヤリとからかうような笑みを浮かべながら、鏡花さんは俺に訪ねてくる。どうやら、この女、俺が逃げたがっているのを察しているらしい。
「いやいや、そんなことはないですよ?」
日本人としての本能が即座に否定の言葉を吐き散らす。辛うじて疑問系にすることで、何とか抵抗してみたが、なんかおかしな口調になっちゃった。
「それは良かった」
世間話で逃げる作戦は失敗した。素直に帰りたいって言えば良かった。無駄に策を弄するからこうなる。
こうなったら仕方ないということで、オブジェクトと化した春斗の肩を叩き現実へ引き戻した。
「あれ、ちょっと寝てたわ。なんだっけ?」
「あれだよ、ナルコレプシー。突然寝ちゃう病気だ。何もなかったんだ」
「まじかよ、病院に行った方が良いかな」
訝し気な視線を向けてきた春斗を一蹴して、俺は鏡花さんたちに向きなおった。
「これから何します」
もう開き直ってぐいぐいと話を振っていく。
海で遊ぶと言っても、まともな遊び方を俺たちには提案出来そうにはないので、寺島と鏡花さんの二人に話を振る。
「んーどうしよ?」
鏡花さんは寺島に視線を向ける。それに対して寺島は困った顔で対応する。
「お昼も近いし、とりあえずご飯でも食べながら決めない?」
「あー、そうしようか。二人もそれでいいよね」
「はい」
「押忍!押忍!」
武道家みたいな返事をしている奴にはもはや誰も触れることはなかった。
海の家で昼食を済ませることにした我々は、適当なテーブルに座り、注文を始める。ちなみに席順に関しては鏡花さんの正面に座りたいという春斗とひと悶着あったが、なんとか一番距離が離れている鏡花さんの斜め前に配置することができた。結局、寺島が鏡花さんの隣、俺がその正面に座るといった形に落ち着いた。
春斗は嘆き悲しんでいたが、注文した焼きそばを食らい始めたあたりで、テンションは回復していた。こういうところは真っ当な育ち盛りの中学生らしく、見ていて安心する。今度困った時は飯を食べさせよう。
「俺たち二人は特に目標もなく海に来たので、何して遊んでも良いですよ。例えば、砂浜で城をつくるとか」
「猫を被るな照人。さっきまで、望遠鏡で女、いや海の景色を満足げに眺めていたではないか」
「おい、春斗。余計なことを言うんじゃあない」
「俺たちの海の楽しみ方はこれに限るのだ。大体あれだ。肌をさらしている方が悪いじゃないか。見てくださいと言っているようなもんだろ」
「……まあ、確かにそうとも言えるな。海に来ている男の目的の大抵はそれだ」
「そうだな。寺島君もそう思うだろう?」
春斗が寺島にキラーパス。寺島のまじかこいつらという表情を俺は生涯忘れないだろう。鏡花さんを横目で気にしながらも、聖人寺島は言葉を紡ぐ。
「……う、まぁ、そうかもしれないね」
「正直なイケメンときたか。これは将来女ったらしになるだろう」
「……あはは」
春斗は寺島を気に入っているようだけど、寺島にとっては、人生初の天敵との邂逅だろう。
こんな寺島を見るのはなんだか新鮮だった。春斗からの脱出を手助けしても良かったのだが、このまま見ていたくなったのでそのままで放置することにきた。
そして、猥談の中に放置されていた鏡花さんの様子を見ることにした。冷めた表情で思春期KY中学生たちを眺めているかと思いきや、全くそれを気にした様子はない。
フルチンの寺島を見てもなんともなかった様子だったからな、もしかしたら下品な話は割といける口なのかもしれない。
最近の中学生は色々と進んでいるという話を聞くし、このくらいの美少女であれば、色々とやることやっていてもおかしくはない。
普通の話題とは何か考えているが、出てくるのはことごとく下ネタだ。女の子は砂糖とスパイス、男の子は下ネタで出来ているのかもしれない。せめて口に入れられるもので出来ていてほしいものだ。
「海は好きですか」
色々と考えた結果、どこかの詩人かお前はとツッコミをしたくなるような問いかけをしてしまった。
「詩人かお前は!」
寺島と仲良くトークしていた春斗に突っ込まれる。鬱陶しいが、なんとか堪える。
「好きか嫌いかでいわれたら好きかな」
「俺も好きです」
「そうなんだ」
夏休みを通じて、女性との会話が下手になったかもしれない。もう何も言葉がでない。
「佐藤君は結構アクティブな方なのかな?祭りとかにも良く行ったりするの」
「あー、行かないですね。今日、海に来たのは奇跡ですね」
「そうなんだ。まあ、外出ると暑いからね、なかなか勇気いるよ」
素直にインドアの引きこもりなんだねっと言ってくれても問題なかったのだが、変に気を遣わせてしまった。
「そうなんですよ。鏡花さんは祭りとか良く行くんですか?」
「良く行くよー」
それからは鏡花さんが話を振ってくれる形で他愛のない会話を繰り返しながら、時間を潰す。
焼きそばを早々に食べ終わった春斗は、寺島を引っ張りながら、海に向かって走って行った。隣で繰り広げられた会話を聞いていた限りだと、なにやら寺島と泳ぎ対決をするらしい。
なんでも超人の寺島と、何でもあり変人の春斗、どっちが勝つのだろうか。
これは見物である。俺は残った飯を飢えた囚人のような勢いで流し込む。早々に飯を完食し、立ち上がろうとするも鏡花さんの食事風景が目に入る。俺とは異なり強引に食べ進めるようなこともなく、まだ完食には時間が掛かりそうに見える。
このまま放置してあいつらのバトルを見に行くのはちょっと忍びない。俺が一般的な中学生一年生の思考を持っていたら、そんなのお構いなしで放置確定だったが、こちとら無駄に転生者という事で色々と世間体を気にしてしまう。てな感じで、お冷でも飲みながら鏡花さんの食事を待つことにした。
こうなってくると、食事を早々に完食してしまったのは悪手だったかもしれない。口に物を詰めている間は会話をしなくてもいいというボーナスチャンスを失ってしまった。もう俺に話のネタはない。
そんな雰囲気を察したのか、鏡花さんが食事を止めて俺を見上げる。
「あ、私食べるの遅いから、行って大丈夫だよ」
「待ってます」
ここは男の意地である。ここで引いて良いのははショタだけだ。こちとら毛だって揃い始めているのだ。
「ふふ、ありがと。……んー。じゃあ、退屈だと思うし、お姉さんが不思議な話をしてあげますかー」
「不思議な話?」
なんかいきなりお姉さん紙芝居モードになった。こちらの困惑した姿を見て、楽しんでいるようにも見える。
「うん、不思議な話。佐藤君はさ平行世界って聞いて分かる?」
やべえ、宗教勧誘みたいな切り口で話を始めてきたぞ。急に怖いんですけど。
「……え?あの、あれですよね。今いるこの世界以外にも似たような世界がいっぱいあるみたいな感じですよね」
これからどんな話が始まるんだよ。哲学的なあれだろうか。
「うん、そんな感じ。それでね、その平行世界なんだけどさ、私本当にあると思ってるの」
「はあ……、なんでそう思うんですか?」
俺はそこまでこの人のことを知らないが、茶々を入れずに真っ当な疑問で返した。なんか怖いからな。
「私さその平行世界の記憶があるの。過去の自分じゃない自分の記憶だったり、未来の自分の記憶だったりね。まぁ、断片的な記憶ばっかりなんだけど」
「……それは、どういう?」
やばい、これやばいやつだ。めんどくさいやつだ。
「えーっとね。さっきも君が言ってた通りさ、数えきれないくらいにさ、いっぱい同じ世界があるんだよ。同じ世界なんだから、当然その世界の全部に私がいるの。でもそれはさ私なんだけど私じゃないの、意味分かる?」
「……はあ、なんとなく。その私じゃないってのは、今のここにいる鏡花さん自体の活動じゃない記憶だからですよね?」
「うん、そういうこと」
こんなにもすんなりこの意味の分からない会話を受け入れることができているのは俺が転生者だからだ。俺はなんだか分からんが、冷え汗が止まらなくなっていた。
「佐藤君はやっぱり変わってるね。私がこの話をしても、大抵はドン引きされて、まともに聞かれないんだけど」
鏡花さんは自嘲的な笑みを浮かべながら言葉を溢す。
「不思議な話って前置きがありましたからね、ドン引きなんてしないですよ」
いや、正直めっちゃドン引きしてます。
「あはは、そう?じゃあ、話続けちゃおうかな」
鏡花さんにとってこれは重要な話なんだろう。そして、多分俺にとっても重要でめんどくさい話になってきそうだ。もう、なんとなく察したよ、ほんとまじで。
「そのいっぱいの記憶なんだけどね、細かい部分は違ったりもするんだけど、大体は同じ道を辿るのよ。過程は所々違うんだけど、大筋は同じなの」
「なるほど」
「私のその記憶はさ、細かい部分は思い出そうとしてもすぐに他の記憶とごちゃごちゃになって消えちゃうの。でもね、その必ず訪れるゴール、大きな節目?んーフラグっていえば分かりやすいのかな。それはさ、どの記憶でも何度も経験することだからさ記憶として覚えておけるの。後は、何だろう嬉しかったり悲しかったり、衝撃的な記憶も覚えていられるかな」
「なんかすごいですね」
もしかしたら、俺と同じ転生者なのだろうか。だとしたら遠回しに言い過ぎな部分が多い気がする。とりあえず、鏡花さんの持っている記憶というものは俺が持っているプレイヤーとしてのゲームプレイ記憶とは違うような気がしている。彼女が語っているのは清川鏡花目線での記憶、俺はプレイヤーである寺島光大の記憶だからだ。
まぁ、全て本当のことを言っていればの話だけど。何かしらの事情を抱えていることは確かなので、心して対処するべきである。ただの巨乳と侮ってはいけない。
「その中でね。一番濃い記憶があるの。必ず経験する出来事でもあるし、衝撃的な未来の記憶。佐藤君はなんだと思う?」
「分からないです」
考えてもどうせ分からないだろ。
「もう、ちゃんと考えて。せっかくなんだし」
さっき誰かにこの話をするとドン引きされるって言ってたからな、俺の食いつきが良いためか、焦らしてくる。この人あれだな小悪魔系という名のめんどくさい系だ。ああ、滅茶苦茶上目遣いでこちらを見つめてきてるわ。可愛いって本当に得だよな。
衝撃的な記憶か。俺自身が彼女と同じように違う世界線の自分の記憶を持っていたら、何を衝撃的な記憶だと思うのだろうか。
まぁ、俺の場合は自分の死亡時の記憶一択ではないだろうか。ゲームでもそれ以外には掘り下げられることはなかったし。検討もつかないと、わざとらしく首を振りながら俺はその質問に答えることにした。
「自分が死んじゃう記憶でも見ましたか」
「っ!」
鏡花さんは誰がどう見ても分かるくらいあからさまに息を飲み込み、驚愕の表情を浮かべる。
やばい、マジかよ。もしかしてあなたも近々死ぬ予定がおありなのですか。
「……当たり」
「まじかよ」
どうしよ。ごめん。でもあれだわ、ちょっと仲間ができた気分で嬉しいかも。
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