第28話 おっさん問答

 ヒロインの家におじゃましたら、転生おっさんがいた。現在は女子中学生の家にあるトイレの前で思春期真っ盛りの男子生徒と汚らしいおっさんが仁王立ちしているという状況だ。


 こういう場合はどうしたらいいのでしょうか。おっさんの様子を見るに、俺とは違って余裕がありそうだな。状況をうまく整理できていない俺が質問を始めるよりも、ここは主導権はおっさんのままに、勝手に話を進めてもらった方が良いのではないだろうか。


 俺は手を前に出して、どうぞそちらからお話してくださいのポーズをとる。ちなみにこのポーズのまま両手を大きく広げれば某寿司屋の有名なポーズになる。


 おっさんは俺の意図を理解したんだろう、口を開いて話し始めた。


 「あまり長く話すと彼女たちは君を気にかけるだろうからね、話は手短に済ましたほうがいいだろうね」


 「そうかもしれないですね」


 長い大便をしていると思われるのも癪である。


 「では早速だが質問だ。君は何を目的として行動しているんだい?」


 最初の質問は随分と漠然としてるものだった。人生の目的は何なのかと哲学的なことを聞かれているのではなく、転生者という立場を利用してこれから何をするつもりなのか、それを聞きたいのだろう。


 はて、とはいったものの目的と言われても何と答えたら良いものか。

 

 目的のようなものは一応あるにはあるが、行動がそれに伴っているかどうかは正直分からない。いや、普通に伴ってないよな。


 最近は自分が何をしているのか良く分からない。もはや自分の生き死にとか考えず、ヒロインたちの行動に流されるままになっているような気がする。そろそろ流れに逆らって何かしら行動をとったほうが良いのだろうか。行動に関してはこんな風にふわふわしている。


 正解とかないだろうし、俺がなんとなく思っていることを伝える。


 「誰も不幸にならないようなルートをできれば目指したいですね」


 「それは君自身も含めての事かい?」


 このおっさんの質問は何というか、言葉を妙に濁して伝えてきているから分かりにくい。誰かに聞かれた際に変な誤解を与えたいようにリスクを計算しての事だろうか。


 「もちろんです。俺だって死にたくはない」


 「ほう」


 おっさんは顎の髭を右手でじょりじょりしながら、にやりと笑みを浮かべている。小学校付近をこの顔で歩いてたら、不審者扱いで補導されるだろうな。


 そんなことを思っていると、おっさんはすぐに顔を引き締める。俺の思いが伝わったのだろうか。


 「だが、君は理解しているのかな。それは結果的に自分の首を絞めているということに。誰が不幸になろうが、結局は他人事であり、君にはなんの影響も与えない些細なことでしかない。そうであるならば君は自分の命こそ優先すべきではないか?まさか、自己犠牲の正義感こそ美徳だと思うような男ではないだろう」

 

 初めて会ったというのに、このおっさんは勝手に自分の想像の枠組みに俺を分類して決めつけてくる。


 「まぁ、それはそうですね。確かにどこかの主人公みたいに正義感とかで動くほど俺は立派な環境で育ってきてはいないですよ。俺はいつだって自分の事で精一杯ですよ」


 「それならなぜ誰も不幸ならないことを目指そうとするんだい?」


 ここまで執拗に動機を聞くことには意味はあるのだろうか。こんな風にぐいぐいと自分の内面を聞かれるのは正直気が滅入る。


 「見て見ぬふりをしたとしてもそれには誰も気づきもしないし、些細なことなんでしょうね。だけど、いつまでたっても自分の中にはそれは罪悪感として残る。好き好んで後悔したがる人間なんていないでしょう?だから、こんなのはただ自分のために不安要素を取り除きたいっていう防衛本能にすぎないんですよ」


 何度も自分の中では考えていたことだがこんな風に他人に吐露するというのはなんだか本当に自分が情けなくなってくる。でも主人公ではない俺の動機などそんなもんだと納得することもできる。目を瞑れば教会でシスターに懺悔している雰囲気だが、あいにくとここはトイレの前でおっさんの前だ。


 「言ってることは何も間違ってはいないが……結局それは。いやこれは言っても意味のないことか」


 「え、何ですか」


 何事も意味深にされると、知りたくなるのだ。人に触らせるつもりはないのにむやみに胸の谷間を強調している女性たちの深淵を覗きこみたくなるのと一緒だ。いや、これは煩悩が原因だから違うか。


 「特に重要なことではない。君が自分自身の価値をどう思うか、それだけのことさ」


 「はぁ?」


 言いたいことがあるなら言えよと、咄嗟に出そうになった声を何とか堪えた俺を褒めてほしい。

 

 何を言っているのかいまいち理解できなかったが、どうやらもう言うつもりはないらしい。このまま追求し続ければ、うざがって答えてくれるかもしれないが、この様子だと徒労に終わる可能性の方が高い。ここは諦めが肝心という事で俺も矛を納めたほうが良いだろう。


 「話を戻そう。次の質問だ、君は制限と聞いて何か心当たりがあるかな」


 やっと転生者らしい質問が飛んできたな。


 制限か、心当たりがあるといえばある。思い浮かんだのは清川ルートの知識がロックされているということだ。だがこれは素直に言っても良いことなのか。俺が無知なだけで、制限というものはみだりに人に話してはいけないものだったりするのではないか。

 

 いや、これはいつもの悪い癖だ。絶対に考えすぎて良く分からないところに進んでいるパターンだ。無駄な思考を振り払ってシンプルに考えよう。普通に考えてただ清川ルートの知識がロックされているという事を話して、何ら不利益が生じるとは思えない。

 

 このおっさんが信用できるかそうではないのかは今のところは未知数だが、ここで変に渋って捻じ曲げた解答をするのは、今後の関係構築的にもリスクがある。善人だろうが悪人だろうが、信頼を築くことには意味があるはずだ。


 俺は包み隠さずに自分の制限について話した。


 「ほう。そうことになるか。それは……それは……」


 特に驚いた様子もなく、むしろ興味深いといった様子で、おっさんは顎髭じょりじょりを開始した。なんか髭とか油とかが飛んできそうだからそのじょりじょりやめてほしい。


 考えに集中、没頭してしまうと周りが見えなくなってしまうタイプなのだろう。完全に俺の存在を忘れている。


 しばらくの間、俺はじょりじょりを聞き続けた。


 「あの、もしもし」


 「おおう、君のことを忘れてたよ」


 「おい」


 このおっさんもまた変人の香りがする。


 「君はもうそろそろ戻らないといけないんじゃないかな」


 「そりゃあそうかもしれないですけど、俺は聞きたいこと全然聞けてないんですけど」


 聞くだけ聞いて帰れはない。

 

 「君スマホは持っているかい」


 「持ってますけど」


 「それは好都合だ。では交換しよう。これで直接会わなくとも話し放題だ。聞きたいことがあったらどんどん聞いてくれ。即レスには自信があるんだよ」


 ピロリンという音がスマホから鳴り、俺の数少ない友達リストにおっさんが追加された。名前の欄には、フクローとひらがな字で表示されており、プロフィール画像は可愛らしいキューピッドだった。この可愛らしいキューピッドの中身はおっさんなのだから詐欺にもほどがある。


 「ふくろーさんって呼べばいいんですかね」


 「呼び名には特にこだわりがないのでね、なんと呼んでくれても構わないよ」


 「では、親しみをこめておっさんって呼ばせてもらいます」


 心の中の呼び名と口に出す呼び名は統一した方が良いと、ボスの件で学んでいるからな。何と呼ばれても良いというのなら、より良い選択支を選ばせてもらおうではないか。


 「……その呼び名で構わないよ。……では、引き続き勉強を頑張ってくれ。君も苦労するだろうが。あ、彼女たちには僕に会ってたという事は言わないでくれよ」


 「何かまずいことでもあるんですか」


 「いや、まずいというほどでもないのだが、一度だけ長女が友達を連れてきたことがあったんだ。だが、僕はこのフォルムだろう、いやパンイチタンクトップがまずかったのか、まぁその友達に見られてしまってね。それからというもの何かと僕関連で鏡花がいじられるようになったらしいんだよ。だから、あまり姿をほのめかすようなことはしたくないんだ」


 「それは、まぁ。分かりました」


 「そのせいで鏡花からも嫌われてしまってね」 


 とりあえずパンイチタンクトップが絶対ダメだったことは分かる。お姉さんの不憫さに乾杯。


 おっさんとの会話は終了し、二階へ上がっていくその背中を見届けた後、俺はリビングへ向かった。




 俺が戻ったところで、視線が一度集中したが、お前どんだけお花摘みしてたんだよといじってくれる陽気な人間はいなかった。メンバーを考えれば当たり前の事である。


 「大丈夫?」


 逆に心配されるということになったわけで、もどかしさを感じつつ、かすかな喜びを感じるというなんとも言い表せない状態だ。


 「ちょっとでかくてさ」


 結局、安易な下ネタに逃げてしまう始末だ。三人からゴミでもみるような視線を向けれられてしまったが、無事その会話を終了させることができた。俺の便ではなく勉に向かってくれることが何より望ましい。



 そして、また勉強を始めたわけだが、困ったことに勉強に飽きた、普通に眠い。おっさんとの会話で気が削がれてしまったことも関係しているかもしれない。


 他の面々をチラ見して確認してみると、俺とは違ってまだ集中力は途切れていないようだった。ちょっと休憩しませんかとは言いにくい空気感である。


 しかしながら、彼女たちが勉強に集中しているという事は周りの些細な動きなど気にならないという事でもある。軽く居眠りするくらいならばれることはないだろう。ゆっくりと目を閉じる。




 数十分は経過していたと思う、眠りの世界に半分くらい入りかけていたころで、突然、学生ズボンのポケットがバイブレーションした。


 寝ぼけていた俺は股間付近に感じた突然の振動に驚き、反射的にテーブルを膝蹴り。


 「痛いあぁぁあ。…………ちょっと脊髄反射が誤作動しちゃって」


 しらっとした視線を皆さんから向けられた俺は素直に謝ることにした。


 「寝てました。すいません」


 「みんな気づいていたわよ。あなたが寝てることに」


 「なんだそうだったのか。みんなもぼちぼち集中が切れてきた証拠じゃないか?」


 「いいえ、私は集中していたのだけれど。途中から鼾が聞こえてきたから。嫌でも気になるわ」


 「……普通にうるさかった」


 まじか、俺は鼾をかくのか、今までは規則正しい呼吸で寝ていると思っていたが、すべては幻想だったのか。すんごい恥ずかしいんですけど。あともしかしたら、俺は学校の授業中もいびきをかいて寝ているということになるよな。陰で鼾ボッチってあだ名が付けられていないことを祈りたい。どうでもいいけど鼾ボッチって割と語呂が良いな。


 「悪かった。でも、実際みんな疲れてきたんじゃないか。ぼちぼち勉強終了で今日のところは解散しても良いんじゃないか」


 「まぁ、そろそろ暗くなってくるしね。良いんじゃない」


 ボスも俺の意見に賛成な様子だ。


 「そう?私はまだ構わないのだけれど」


 柳谷は永遠に集中し続けなさいと言われても難なくそれを続けられそうだな。


 とはいっても最終的な決定権はこの家の住人にある。意見を聞いてみたいところだなと、俺は隣に座った清川を見る。


 「……疲れたわ、今日はもう無理」


 こいつもまたしっかりと疲れていらっしゃる。どうやらこのまま解散になりそうだな。



 帰り支度をしている最中、俺は清川にだけ聞こえるように声を掛けた。


 「俺がトイレに行ったときあっただろ、その時にお前の叔父さんに会った。お前がこの家に俺を執拗に招きたがったのは叔父さんに会わせるためなんだろう?」


 「うん」

 

 何かを隠すわけでもなく、即座に肯定の言葉が返ってきた。


 「叔父さんに連れて来いって言われたのか?」


 「そう。できるだけ早く連れてきてって言われた」


 「へぇ、そうなのか」


 叔父さんに特定個人の男子中学生を連れて来いと言われて、疑問は持たなかったのだろうか。俺が清川と同じ立場だったら、このおっさんは何故そんな奇妙な要求してくるのだろうかと、もしかしたらその男子中学生を食べるつもりなんじゃないかと、様々な疑問を思い浮かべただろう。


 「……何か変なこと言われたの?」


 「いいや、特に変なことを言われてない。世間話がしたかっただけらしい」


 「そうなんだ」


 ただ世間話をするために男子中学生を呼びつけるおっさんがどこにいるというのだ。


 このように清川は疑問を持つ事もなく、非常に軽く物事を飲み込んでしまう。おっさんからの指示にも特に興味を示すことなく、ただ頼まれたからというような感じで都合よく使われたということが窺える。


 もしかしたら、この世界の事情を知らされているのではないかと思ったが、多分それはないだろう。入学してから見てきた清川と今の反応を照らし合わせてみても嘘を付いてるような見えない。もしも、これで馬鹿なふりをしているだけの人狼ゲームガチ勢もびっくりな嘘吐き女だったら、俺は真っ先に人間不信の入り口にダイブするだろう。だから、彼女の馬鹿を俺は信じたい。


 「お前の目標はなくなったというわけだ。明日から俺は来なくてもいいということになる」


 「?」


 ぽかんとしている。


 「いや、あの。俺を連れてくるのが第一優先で本当は勉強とかどうでもいいんだろう。だからもう来なくて良いんじゃないかと思ったんだ。間違ってるか?」


 「勉強も大事に思っている」


 「本当か、叔父さんの頼み事にこだわっているように見えたぞ」


 今思えば、昨日来た時に姉がいると分かった時に微妙な顔をしていたのはそういう事だったんだろう。お姉さんは他人に叔父を見せるのを快く思わないだろうし。


 「……小遣いくれるって言われたから」


 「あぁ、お金は大事だね」


 思っていたよりも大した事ない理由で、色々と考えていた自分が馬鹿らしくなってくる。そりゃあ実際、赤点をとったとしてもどうとでもなるテストよりも手近な現金にこだわるのは何もおかしくない。


 「……照人が来ないと、あの二人も来ないだろうから、誰も私に勉強を教えてくれないでしょ」


 「いいや、それは違う。柳谷も会澤もお前をなんやかんや気にかけている。頼んだら教えてくれるはずだ、多分」


 あの二人は正直行動が過激すぎる時があるし、一般人代表の俺としては予測できない時が多々あるからな、多分と発言をふわっとしてしまうのは仕方がない。


 「……」


 そんな顔をして俺を見つめるなよ。

 

 「分かったよ、明日も勉強だ。でも、学校の図書室で良いだろう」


 清川のお姉さんとはあまり接触したくないというのが、正直な気持ちだ。叔父さんとはいつでも交流ができるうになったし問題はないはずだ。清川にしても家が楽な環境である事以外は特にメリットもないだろう。


 「うん」


 ひとまず納得してもらえたので良しとしよう。


 「ところで、誰も勉強を教えてくれないとか言ってるけど、お姉さんや叔父さんとかは頼らないのか?」


 「……姉は教えてくれない。叔父はもう少し様子を見たいからと教えてくれない」


 軽い調子で雑談でもしてみるかと思ったのが悪かったな、軽く地雷を踏んだような気がする。やはり他人の家族関係に関する話題は何があるかわかったもんじゃないのでタブーだな。でも、気になる発言があった。そこだけでも聞いておきたい、さきっちょだけでいいから。


 「あのおっさんはお前の何を様子見しているんだ」


 「……叔父さんは基本的に何考えてるか分からない」


 「そうなのか」


 ヤサイの惑星の人みたいに死の淵から回復したら強くなるのと同じで、ギリギリまで馬鹿にして覚醒を促すみたいなことだろうか。


 ええ、冗談です。分かっていますとも。どうせ、ゲーム絡みでしょう。あとでこれも質問リストに入れておこう。





 そんな感じで勉強会3日目は終了した。テストまではあと4日、こんな風に勉強会をするのも土日を含まなければ、2日しかない。


 小銭稼ぎに脳のリソースを侵食されていた清川にとってはここからが勝負と言えるだろう。せっかく付き合ったのだから、最下位くらいは回避してほしいものである。

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