第27話 未知の出会い
何はともあれ、俺たちは清川家に向かうことになった。清川家は学校から近い距離にあるので、道のり的には苦労はない。俺の家と反対の方向にあるため、帰り道が少し長くなってしまうが、まあそれは仕方がないだろう。
俺は前を歩く三人娘を眺めながら、少し距離をとりながらも付いてく。あの三人の輪の中に混ざるのは少々気後れする。
そんな感じで歩いていると、柳谷が歩くスピードを緩めて、俺の歩幅に合わせてきた。
「ん、どうした」
「随分と私たちと距離をとって歩いているようだったから。もしかしたら一人でこっそり逃げ出すんじゃないかと思ったの」
柳谷はしっかりと俺と目を合わせながら、真面目な顔でそう言った。この人は俺が本当に逃げ出すんじゃないかと思ってそうだ。
「そんな命知らずな行動はしないよ。後が怖い」
「私はともかく、会澤さんは何かしらするでしょうね」
怖いよ、ボス。
「私たちと並んで歩くのは、あなたにとっては恥ずかしい行為なのかしら?」
「そうだな。女子の中に男が一人ってのはやっぱりちょっと変な感じがしないか」
「確かに少しだけ違和感を感じるかもしれないわ」
「だろ。そういうことだ」
柳谷は頷いて納得した様子だ。そして、そのまま俺の横を歩き続ける。
「気を遣わなくてもいいからな。俺は一人の方が性に合ってる」
そんな俺の言葉に柳谷は少しだけ顔を顰める。
「私は自分の意思であなたと歩いてるわ」
「そうですかい」
「そうよ。だから、あなたは黙って歩きなさい」
柳谷の不器用な優しさにほっこりしながら、俺は黙って歩いたのだった。
道中は特に変わったこともなく、俺たちは無事に清川家へ到着した。
俺は昨日の訪問を経て成長したようで、特に緊張もなく清川家の玄関に入ることができた。柳谷とボスが恐る恐る玄関に入ってくるのが見えたので、俺はマウントをとってみることにした。
「なんだ、緊張してるのか?」
「してるわ」「してないわよ!」
正反対の言葉を口に出した二人だったが、まあどちらも緊張している様子である。
「ボ……じゃなくて会澤は、友人の家とかに遊びに行ったこととかないのか?」
柳谷の方はまあ友達がいなかっただろうから察することができるんだが、会澤はいじめマスターだったとしても人並みにそういう経験はあると思ってるんだが。
「……ないわよ」
「あら、私と同じなのね」
柳谷は少しだけ嬉しそうに会澤に声を掛ける。馬鹿にしているようには聞こえない。
「機会はあったけど、行かなかっただけ。あたしの方が実質的には上よ」
「でも行かなかったのよね?それなら同じよ」
いつもの調子に戻ってきた二人である。緊張もほぐれてきた様子で何よりだ。
「……早く上がって」
清川が声を掛けてくれたので、おっぱじまりそうだった喧嘩も強制終了することになった。
俺たちは昨日勉強を行ったリビングに移動してとりあえず腰を下ろす。
「今日はお姉さんはいるのか?」
気になっていたことなので、早めに聞いておくことにした。昨日のようになる前に気合を入れておきたいからな。
「いないわ」
「清川さんにはお姉さんがいるのね」
「いる」
「私は一人っ子だから、羨ましいわ」
柳谷の言葉には俺も同意である。俺も義理のお姉ちゃんとかほしかった。ああ、多分柳谷はそういうベクトルの想像はしていないな、失敬。
「別に羨ましいことなんてないわよ」
「あら、会澤さんにも兄妹がいるのかしら?」
「二つ下の弟がいるわ」
忌々しい話でもするような表情でボスは柳谷の言葉に返答する。その様子を見る限り弟とはあまり仲良くないのかもしれない。
「仲が悪いのか」
「悪いわ。会話するときは喧嘩腰での意思疎通が基本よ」
「なに、チンピラの家系なの」
「違うわ、これが日本の兄妹関係のスタンダードよ」
「それがスタンダードだったら日本の治安が悪くなってると思うぞ」
ボスは納得できないのか、小さく唸っている。そして、同意を求めてか清川に視線を向けた。
「清川さんとこもそんな感じでしょ?」
「……そもそも会話しないわ」
「……へぇ。そ、そうなんだ」
自分より微妙そうな姉妹関係を聞いてか、ボスの勢いは急速に失われる。聞いてはいけないことだったんじゃないかと、あたふたしている。
その珍しい姿をいつまでも眺めていたい気持ちだったのだが、ボスから流れを変えなさいというアイコンタクトを貰う。
どうやら俺にフィールドカード的な期待をしているようだ。承知した。
「まぁ、それは置いといて勉強しよう」
強引に話を消し飛ばすスタイルだ。気まずくなったらとりあえず、ごり押せば間違いない。
俺はボスにどや顔を送る。ボスは微妙な表情だったが、頷いてくれた。どうやら最低限の期待はこなせたようだ。
肝心の清川に至っても特に気にした様子はない。最近分かったのだが、清川のこの人を睨んでいるような仏頂面は基本的には何も考えていないという表情のようだ。学校でも同じ表情をしているので、そりゃあ分からない人が話し掛けようとしても近づきにくいだろう。
雑談もそこそこに俺たちは勉強を始めた。
今日、俺は清川姉に邪魔される想定をしていた。だから俺は昨日の二の舞にならないよう清川が問題なく勉強を進められるように要点をまとめた小テストのようなものを作った。結果的にはお姉さんは居なかったわけだが、せっかくだし渡しておこう。
「これだけやっとけばとりあえず赤点をとることはないと思う」
「……赤点って何点からだっけ」
俺は頭を抱えたくなったが、質問にはしっかりと答えておこう。
「30点以下じゃなかったか」
「そうなんだ」
「ちなみに前のテストはどの教科が赤点だった?」
「全部」
全部らしい。この人は高校受験とか大丈夫なのだろうか。でもこのお馬鹿はゲームだとちゃんと高校に入学しているんだよな。
いったいどんな手を使ったのだろうか。面接で一発芸を披露してお笑い枠での合格くらいしか考え付かない。
「お前誰にも負けない一発芸とか持ってるか?」
「……は?ないけど」
「そうか、なら勉強を頑張れ」
「頑張るわ」
そう宣言して清川はほわほわした手付きで俺が作った小テストを解き始める。清川のお馬鹿が露呈してからは、こいつの行動のすべてがポンコツに見えてくる。
こんな感じでもどうにかして頑張ったから、高校受験に合格できたんだろう。そう思いたい今日この頃だった。
それからはそれぞれで分からないことを教え合ったりしながら、勉強を進めていく。
俺は清川にアドバイス的なことを時折挟みながら、自分の勉強を進めるふりをしながらしてぼーっとするという、なんとも高度そうで高度ではないことを繰り返していた。
柳谷とボスの相性はわりといい感じで得に喧嘩もなく着々と勉強を進めている。普段もずっと勉強しているのなら安心してみてられそうだなと思ったが、それはそれで寂しい感じがするんだよな。ない方が良いけどあったほうが安心するものとかなぞなぞ問題みたいだな。
どうでもいいことを考えていると、ふと喉に渇きを感じた。今日の喉状況を鑑みるに喉を潤しておきたいところだ。
この家は飲み物とか出してくれないのだろうか。昨日はお姉さんの対応に追われていたので、気にしている暇はなかった。
清川は集中しているのか分からないぽかんとした表情で勉強を進めている。集中しているという事にしておこう。多分だが清川は平常時でも客人にお茶とかを出すという発想にはならないだろう、集中モードならなおさらだ。
柳谷とボスもまた喉が渇いているのではないか。短い距離ではあったが、夏らしい気温の中ここまで歩いてきたんだ。今この部屋はクーラーがガンガンに効いているいるようだし乾燥もしている。
いやしかし、この二人は我慢強いというか、互いに変なプライドを持っているようだからな。最初に喉が渇いたと言ったら負けみたいな謎勝負を展開してそうだ。更に言えば、トイレに行きたいといったら負け勝負もワンチャン成立している。
どうしようか。想像してみたら恥じらいながらトイレに行きたいと言う二人の姿を見たい気もしてきた。ここは俺も耐えておいたほうが良いのではないか。まさかの三つ巴の戦いに発展である。
どちらも簡単に解決できそうな問題ではあるが、とりあえずは飲み物事情くらいは解決したいと思う。尿意加速作戦だ。当初の目的であった喉を潤すというのがサブミッション的な扱いになってしまったが、仕方がない。俺だって男の子だもん。
「喉が渇いたんだが水道水とかで良いんだけど飲み物ないか?」
あからさまにジュースを出してやと言うのは図々しい気がしたので、とりあえず水道水で様子を探ってみた。これで清川が色々とみんなの喉事情を察してくれたら良いのだが。俺が水道水マニアだと思われるのも無きにしも非ずだ。
「そうね、確かに喉が渇いたわ」
「うん。あたしも」
柳谷とボスも俺の言葉に便乗してきた。なんか本当に最初に言った人が負け勝負が展開されてそうだな。
「……そういえば私も喉が渇いていた気がする。待ってて飲み物とってくる」
清川は自分の喉が渇いてると認識してなかったようだ。神経まで馬鹿になってどうするよ。誰かが完全催眠の斬魄刀的なもの使ったんだよな、そういうことにしておこう。
清川が席を立ったのを見送って、俺は軽く伸びをする。前に座った二人もまたペンを置いて、しばしの休憩モードに突入する。
「殺風景というか、何か奇妙な部屋よね」
柳谷は部屋を見回しながら、そう呟く。昨日俺が感じたような疑問を抱いたのかもしれない。
「別に普通じゃない。あれよ、なんだっけ。ミニマリストってやつよ」
「まぁ、そういう見方の方が自然なのかもしれないわね」
確かにボスの見方の方が自然かもしれないな。俺たちは変に穿った物事の見方をしてしまう分、ありもしないこともまで想像してしまう。俺の場合は深読みしてしまう癖は沁みついているようで、なかなか抜けてくれない。
清川がガチャガチャと飲み物とコップを持ってきた。割れ物を紙コップの感じで重ねている、危ない危ない。水で濯いできたのかコップは濡れていたが、水はしっかり切っていないようでべちょべちょだ。
可愛らしいコップが三個テーブルに並べられたわけだが、それは三人娘のテーブルの前に分配される。俺のはない。
「ジュースと照人の持ってくる」
良かった、俺のことを覚えていたようだ。
「あたしも手伝うわ」
「ありがとう」
ボスが付いて行ったので、割れ物の扱いはもう少し丁寧になるだろうし、心配はいらないな。
二人が戻ってくるのを待っていると、不意にボスの笑い声が聞こえてきた。
「え、なになに」
「面白いハプニングでもあったのかしら」
「どうだろう」
そんなことを話していると、二人が戻ってきた。
そして、俺の目の前にはでかめのジョッキが置かれた。入っているのは透明な液体である。氷もゴロゴロ入っており、キンキンに冷えている。
「これは何の水だ」
「水道水。さっき飲みたいって言ってた」
清川は自信満々な様子だ。
「なぜジョッキ」
「いちいち水道から持ってくるの嫌だったから」
「……ああ、確かに」
俺はボスに視線を向ける。目が合うとすぐにボスは目を逸らす。そして、下を向いて肩を震わせる。
どうやら、敢えて清川を止めなかったらしい。久しぶりの俺への嫌がらせにボスの心はブレイクダンスの如く激しく踊っていることだろう。
「水道水が好きな人って珍しいと思うんだけど、清川的にはどう思う」
「こいつ変わってるなって思った」
「でしょうな」
「……もしかして違った?」
「いや、全然大好き」
悲しそうな目をむけられてしまったので、俺の口からは自動的に水道水大好き宣言。せっかく持ってきたんだ飲みます、飲みますよ。
なんか一周回って清川の馬鹿が可愛く見えてきたわ。何事も突き抜ければ武器になるということなのかもしれない。いい学びである。
三人娘はジュースを飲むようだ。その光景をあまり目線に入れないように、俺は水道水を飲むことにした。
隣に座っている清川から視線を感じるような気がする。俺の第六感によるとこれは気のせいではない。多分だが、本当に水道水が好きなのか気になっているんだろう。
その挑戦受けとった。俺は水飲み場にいるやんちゃな小学生並みの勢いでガバガバ水を喉に運ぶ。水飲み場の小学生ほど美味しそうに水道水を飲む奴らは中々存在しない。
「このリンゴジュースすごい美味しいわ。高級なのでは?」
俺が一人で水道水と格闘していると、そんな声が聞こえた。
「……美味しいから飲んでたんだけど、高級なの?」
清川はあまり値段とか気にしないタイプなのだろうか。
リンゴジュースが入っているのが普通のペットボトルではなく、瓶タイプというのもなんとなく高級感を漂わせている。俺はラベルを確認して、スマホで検索してみることした。
大きな川の通販サイトを見てみると、そのリンゴジュースは一本で千円を超えていた。庶民的観点からすれば、ジュース一本ごときに千円とかありえない。千円があればウインナー三袋、大体一袋に10本のウインナーだから計30本のウインナを買える。
どうしよう、水道水をぶちまけてそのリンゴジュースの方を飲みたい。どちらも無料で飲めるというのなら、全人類が迷わずそのリンゴジュースを手に取るだろう。
しかしながら、俺の良心がキンキンに冷えた水道水を飲み干せと囁いてくる。そうだな、とりあえず、飲み干して、その後にリンゴジュースを飲めば何も問題はない。
水道水に溺れる勢いで、ガボガボしながら飲む。
「すごい飲みっぷりね」
柳谷は奇妙なものを見る目で俺を見つめる。ボスはそんな俺をつまみにしながらリンゴジュースを笑顔で飲んでいる。
「……なくなったら言って。また注いであげる」
清川は俺の飲みっぷりが気に入ったようだ。わんこそば感覚でなくなったら即注がれるシステムになってしまった。どうやらリンゴジュースは俺に微笑んでくれないらしい。
結局、リンゴジュースを飲むことはできなかったが、喉を潤すことはできた。まぁ、良しとしておこう。
また、勉強を再開した我々だが、しばらく時間が経つと俺の尿意は大変なことになっていた。馬鹿みたいに飲み過ぎた。
他の奴らの尿意を待っていたら俺の膀胱は暴発してしまうだろう。策士策に溺れるを綺麗に実行していく。
「トイレ行きたいんだけど」
「あっち行けばある」
「分かった」
雑な説明だったが、行けば分かるという事だろう。俺は尿意がパンパンでやばい状態だという事を悟られないように、ちょっと一服してくるわと余裕の表情でリビングを抜け出す。
廊下を急いで進んでいくと、分かりやすいところにトイレはあった。
ドアノブを回して入ろうとしたが、なぜかトイレのドアが開かない。すぐにロックが掛かっていること、使用中であることに気づいた。
「あ、すいません」
トイレの住人に対して謝り、トイレから少し離れた位置に移動した。
中に入っているのはお姉さんだろうか。いつの間に帰ってきたのだろうか、玄関からリビングまでの距離はそこまで離れているわけではないし、帰ってきたら気づくはずだ。
とするともともと家にいた誰かだろうか。でもそれだったら清川から説明があってもおかしくはない。昨日も姉がいることは伝えてきたわけだし。
必死に脳を回転させながら、尿意を誤魔化していると、トイレのドアが開いた。
出てきたのは、小汚いおっさんだった。中年太り、角刈り、少し黄ばんだシャツの三拍子だ。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。トイレどうぞ」
「ありがとうございます」
とりあえず、考えるのは後回しにして用を足すとしよう。
クリアになっていく思考の中で、やっとのこと理解する。なんか変なおっさんがいたな。この家に潜む妖精とかではなかった。
本命で不審者、対抗で遠い親戚、大穴でお父さんかお兄さんと言ったところだろうか。
さっきのおっさんが清川姉妹と同じDNAを持っているとはあまり考えたくはない。これから清川を見る時に、汚いおっさんの顔がちらついたらどうしてくれる。
手を洗った後、俺はトイレを出る。
「やぁ」
目の前にはおっさんがいた。やはり見間違えることはない、どう見ても小汚いおっさんだ。
「おじゃましてます」
とりあえず、家の住人だと仮定して言葉を紡いでいく。これで変な間があったりしたら、不審者だ。警察を呼ぼう。
「何か変な勘繰りをしているようだね。心配することはない。私はこの家の住人だ。立場的には叔父さんだ」
「おじさん?」
「いや彼女たちの叔父さんね」
「……はあ、二人とはそんな似てないというかなんというか」
「痩せればある程度は似てるんだがね。いかんせんこの年になるとそうもいかないんだよ」
「そういうもんですか」
そんな雑談をしていると、急におっさんの顔つきが真面目なものに変わる。え、なになに。怖い。
「当然だが、佐藤照人君。君はこの世界について何か面白いことを知っているんじゃないか?」
本当に突然何を言い出すんだこのおっさんはと思いながらも、俺の思考はその発言をかみ砕く。
初対面でこんなことを言ってくる奴は基本的にはぶっ飛んだ奴だ。でも、何かを考慮した上での発言だったら、話は変わってくる。ここは深読みすべきだ。
自己紹介をしていないのにもかかわらず、俺のフルネームを知っている。清川の関係者にもかかわらず、俺の記憶にない人物。意味深な発言。清川が俺をこの家に招待したがって言った理由。このピースだけで、俺の立場にあるものは誰しもが同じ結論を導き出す。
読みを外した時のことを考えて、できるだけ余計な情報は与えず、されど適格に相手の考えを引き出せ。
「叔父さんも、俺と同類ってことですか」
俺は自分の中に浮上した可能性を曖昧に伝える。相手が俺と同じつまり、この世界が『青春ループ』というゲームだと知っているのなら、これだけで伝わるはずだ。
「察しの通り、そういうことになるね」
「まじかよ」
「まじだ」
清川家にいた叔父さんは滅茶苦茶重要そうなおっさんだった。
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