第26話 仲良く一緒に

 今日も清川の家に行かなければならないのかと、俺は朝の教室で憂鬱になっていた。お姉さんとの会話も思った以上に精神的な負担になっていたらしく昨夜は布団に入った瞬間即寝だった。


 一日ごとに設定されている会話量を凌駕してしまったのか、今朝自然と口ずさんだアニソンはガラガラな歌声だった。だから、今日のところは極力声を出さないようにしよう。そんな決意を固めていた俺に話しかけてくる隣の住人がいた。


 「照人君、昨日は奈々ちゃんと勉強したの?」


 「したよ。しかもあいつの家でな」


 「え、そうなんだ。でもなんでまた……。学校でやればよくない」


 「俺もそう思ってたんだけど、清川が家で勉強したいらしいからな。あいつが何を考えてるのか分かるか?」


 「基本的には何も考えてないと思うよ。いつもふわふわしているし」


 まるで清川を薬物中毒者扱いしているような言い方だが、俺よりも近い距離にいるであろう倉橋がそう言っているのだから、大体そんな感じで間違いないんだろう。


 「奈々ちゃんの家で、何か面白いことあった?」


 「特別なことはなかったけどな。まぁ強いて言うなら姉が出てきたくらいか」


 「へぇー、お姉ちゃんがいるんだね。奈々ちゃんと似てた?」


 「そこまで似てなかったな。姉の方がなんかエロ、じゃなくて……、うーんセクシーだった」


 倉橋からジト目を頂戴しながら、俺は流れを自然に変えるためにそのまま会話を続けた。


 「姉は中学三年生らしいからな。三年生の教室うろついてれば、会えると思うぞ」


 「そうなんだ。見に行こうかな。どんな人か分からないから、照人君も一緒に行かない?」


 「いや、俺よりも清川を連れて行った方が良いんじゃないか」


 「照人君はお姉さんにあまり会いたくないのかな?」


 僅かに微笑んだ倉橋がそんなことを言った。俺の発言に対する考察が早いんだよな。考察系ユーチューバーもびっくりだ。


 「まぁ、ちょっと苦手なタイプではある」


 「いっぱい話し掛けられたから?」


 「……正解。良く分かるな」

 

 「照人君の声が枯れてるからね。自分からは喋らないだろうし、いっぱい会話させられたんじゃないかって思ったんだ」


 「そうなんだよ。喋りすぎて、清川の勉強とか普通に放置した」


 「いや、だめじゃん」


 「ぐうの音も出ない」


 何とも言えない空気になったので、これを起点に会話を終了し俺は机と結婚するためにうつ伏せモードに移行する。


 「じゃあ、昼休み一緒に行こうね」


 俺は行かない趣旨を説明したつもりだったが、何か幻聴が聞こえた気がした。多分気のせいだろうな。俺は溜息を吐いて、ホームルームまでの時間を潰した。




 

 あっという間に昼休みになったわけだが。俺は退避のために真っ先にトイレを目指す。だが、それはかなわなかった。俺は腕をガシッとつかまれる。


 「なんだね」


 俺は社長口調で言葉を切り返す。


 「付き合って」


 倉橋は俺の腕をつかんだまま上目遣いでそう呟く。そのしぐさにキュンキュンしかけた心を何とか律して、俺は言葉を紡いでいく。


 「分かりました」


 気づけば、俺は彼女の言葉に同意していた。しょうもない言葉が脳裏に過ったからである。親父曰く女の子に付き合ってと言われたらつべこべ言わずとりあえず付き合ったほうが良いとのことだ。


 そんな親父は母親の尻に敷かれる現実を歩んでいるようだが、割と幸せそうだし、その言葉も経験からの裏付けなのかもしれない。


 「ありがとう」


 倉橋流のにっこり感謝スマイルだ。


 そのスマイルと感謝の言葉だけで、俺はもうなんでも受け入れてしまいそうになる。そんな俺はひどく単純なのかもしれない。





 そんなわけで、俺たちは三年生の教室付近まで来た。


 雰囲気というかガヤガヤ具合は俺たち一年生の教室とさほど変わらない、というか普通にうるせぇ。


 「なんかうるさいな」


 「こんな感じじゃないの。昼休みだし」


 「一年生よりは落ち着いてるかなと思ったんだけどな」


 「二年差があるとはいえ、結局は同じ子供だからね」


 「そうだな」


 中学一年生による中学三年生の分析はほどほどに、俺たちは三年生の教室を散策していく。


 「どのクラスか聞いてるの?」


 「いや、聞いてない」


 「この学校にいるのかな」


 ん、どういう意味だろうか。俺の平凡な脳みそではすぐにはぴんと来なかった。

 

 「あ……そうか。妹がこの学校だからといって、姉がこの学校とも限らないのか」


 「まぁ、たいていは同じ学校だとは思うけどね。お姉さんの制服とか見てないの」


 「俺は人の服装とか気にしないからな、よく覚えてない。でも同じようなの着てたような気がしないでもない」


 昨日は緊張していたからだろう、お姉さんの胸とほくろしか見てないからな。それに引っ張られて、服装とかその他もろもろあまり覚えてない。


 「気にしないとは言っても、自分の学校の制服と違った制服だったら多少は目につくんじゃない?」


 「そう言われてみれば、そうかもしれないな。もしかしたら、見慣れた制服だったから単に気にならなかったのか……」


 そんなことを話しながら歩いていると、三年A教室に見覚えのあるほくろじゃなくて、お姉さんを発見した。


 「いたぞ」


 「え、どこどこ?」


 「あの美人」


 俺はあちらに気づかれないように、小さく指をさして伝える。俺のジェスチャーを確認した倉橋は体を左右に振って角度を変えながらお姉さんを視認しようとする。


 「うわぁ、美人だね」


 倉橋も見つけたようで、そんな感想を言った。


 美人なお姉さんは、クラスメイトと談笑しているようで、こちらに気づく素振りはない。


 そんな様子を眺めていると、教室にいる数人の男子生徒が何か面白いことをしたり、喋ったりした後に、お姉さんの様子をちらちらと確認しているのが確認できた。


 どうやら、お姉さんは多くの男子生徒のハートをキャッチしているらしいな。男子生徒もお姉さんのハートをキャッチするために必死だ。


 「人気者だな」


 「ほんとだね。なんかつくづく思うけど、この学校の美人率は高いよね」


 我が小学校のマドンナだったあなたもまたその美人率に貢献しているんだがな。果たして気づいているのだろうか。まさか、自分が不細工と思っているはずもないだろうし。


 「お前もその美人率に多大な貢献をしていると思うぞ」


 おとぼけたふりをして、そんなことを言ってみた。鈍感系主人公になりきれ。


 「本当にそう思う?」


 倉橋は小首をかしげながら俺に問う。


 「うん」


 「そっか」


 ぽつりと呟かれた最後の言葉には、俺の勘違いでなければまぁまぁの嬉しさが含まれているように感じた。


 鈍感系主人公のふりをして恥ずかしい思いをするかとも思ったが、少しは喜んでくれたようなので良い買い物だったといえるだろう。


 「それで、お姉さんはもう見れたんだし満足したんじゃないか?」


 「そうだね。帰ろうか」


 そうして俺たちは帰り道方向に歩き出した。


 三年生の廊下をスタスタと進んでいると、頭の緩そうなチャラい感じの男が前から歩いてくるのが見えた。嫌な予感を敏感に察した俺は、道を開けるようにして廊下の端に少しづつ寄った。


 「どしたの?」


 倉橋はそんな俺の行動が良く分からなかったのか、変なものを見るような目で俺を見てくる。


 「前からチャラ男。道を開けて差し上げろ」

 

 大分近づいてきたので、小声かつ早口かつ簡潔に伝えた。


 「チャラ男しか聞こえなかったんだけど。あ、ほんとだ。チャラ男だ」


 前から来たチャラ男に面と向かって、倉橋はそう言った。


 「はぁ、チャラ男って俺のこと?うわ、何この子、可愛いな、おい。なぁ」


 そう言って、チャラ男はずんずんと俺たちの方へ歩いてきて俺に肩を組んできた、無駄にいい匂いがした。フローラルな香りというやつだろうか、知らんけど。 


 この男がフレンドリーの権化であることはなんとなく理解できた。とりあえず、話し掛けられているようなので言葉を返すとしよう。


 「そうですね」


 「お前ら一年生だよね。何、三年生の教室に用があるの?教室にはいりづらったら俺が取り次いでやろうか。俺に任せとけば間違いねぇぜ」


 良く喋るチャラ男である。あと、声が異常にでかいから無駄に人を目を集める。でも、悪い奴ではなさそうな感じではある。


 俺の中で形作られていたチャラ男イコールちゃらんぽらんの図式が崩れたような気がした。ちっぽけな偏見で人を見るのはやはり良くないことだな。


 「今、用事が終わったところなので大丈夫です。ありがとうございます」


 「おぉう、そうか。声かけて悪かったな。俺、よく初対面の奴に敬遠されがちだからさ、怖かったろ?」


 チャラ男は敬遠される原因になっているであろう赤く染色された髪の毛を掻きながら、少しだけしょんぼりしてそう語る。


 「私は面白そうな人だなと思いましたけど」


 「良い子や」


 倉橋は本当にそう思っている感じがした。


 次にチャラ男は俺に目を向けてきた。俺からの答えも求めているのだろうか。清川のようにここは正直に言っておこう。


 「俺は普通にビビってました」


 「いや、お前はあからさまに嫌そうな顔してたから、余裕で察したわ」


 笑っているところを見るに怒ってはいないようだ。でも、気にはなったんだろう。


 「すいません」


 無表情を貫いていたと自分では思っていたが、表情は俺の嫌悪を忠実に貫いていたらしい。普通に申し訳ない。


 「ハハハ、慣れてるからいいさ。あ、せっかくだしお前らの名前教えてくれよ。俺の名前は宮内健司っていうんだ。みやけんって呼んでくれ」


 みやけん先輩と呼ばせていただこう。


 「それじゃあ、またな。てるてる、香澄ちゃん」


 俺だけ恥ずかしいニックネームを付けられたようだ。俺がツッコミを入れる前に、みやけん先輩は走り去っていった。


 「いい人だったね」


 「そうだな」


 お姉さんを見に来たつもりが、おまけとして台風のような男とも知り合ってしまったな。


 まぁ、こうして三年生訪問は無事終了したのだった。





 教室に戻って机に座り、俺は休息の構えをとった。


 ゆっくりと目を瞑り、呼吸を繰り返しながら夢の世界へ自分を傾けていく。夢に入りかけた瞬間、何か忘れていることがあるような気がして、現実に引き戻された。


 柳谷とボスはいつも通りなら、空き教室にいるんじゃなかろうか。


 前俺が行かなかった時は、二人は俺の教室に突撃を仕掛けてきたが、今日は来ない。


 俺が教室に不在だった時に来た可能性はあるが、クラスの雰囲気はいつも通りなので、多分それはない。


 二人はもしかしなくても今まさに空き教室で睨み合っていることだろう。タイマンが始まっている可能性も無きにしも非ずだ。


 一応様子を見に行った方がいいか。


 いや、待て。果たしてそれで本当に良いのだろうか。


 教室に突撃してこないということは、彼女たちは俺がいない状態でも問題なく二人で過ごせているということだ。もともと俺はいてもいなくてもいい感じのポジションだったからな、必要とされなくなるのが早いというのも良く理解できる。

 

 ツーマンセルで勉強チームを分けたことも、効果があったのかもしれない。数時間だけだとしても教えたり教えられる関係には必ずコミュニケーションが必要になるからな。


 ギスギスはしているだろうが、多分それだけだ。そこまで悪い兆候ではない。


 このまま俺が間に入ってめんどくさいことをしなくとも、彼女たちはなんとかして乗り越えてくれるだろう。むしろ俺が間に入って彼女たちの成長を妨げてはいけない。


 これはあれだな、放置した方がいいかもしれない。獅子の子落としの劣化版みたいな感じだが、彼女たちが頑張ってくれることを願う。


 決して俺が昼休みを睡眠に使いたいからこんなことを考えているわけではない。嘘です。ごめんなさい、寝たいです。




 

 

 放課後になった。


 俺は清川を引き連れて、図書館へ向かうことにした。


 「ちょっと二人に挨拶するだけだから、先に帰っててもいいぞ」

 

 「私も挨拶する」


 どうやら清川は二人に対して割と友好な感情を抱いているようだ。自分のクラスメイトにもそんな感じで接することができたら、割と人気者になれると思うんだがな。教室では近づくなオーラを全身から発しているからなこいつ。


 「お前にとってはクラスメイトよりもあの二人の方が価値があるのか」


 良く理解されず無視されるの覚悟で、そんなことを聞いてみた。


 「……クラスの女は私と光大との関係を気にしてる、男は良く分からない気持ち悪い視線を向けてくるだけ。香澄だけはちゃんと見てくれるけど」


 「柳谷やボス、倉橋はちゃんとお前を見てくれるんだな」


 「そう」


 清川は少しだけ微笑んでいる。


 「俺はそこまで気持ち悪い視線を向けてないと思うんだけどな」


 女性からしたら、俺の視線はただ見ているだけでも気持ちの悪いものに感じられてしまうのだろうか。


 「……照人は別。光大と同じ」


 「はぁ?どういうことだ」


 「なんとなくそう思っただけ」


 特に重要なことではないといった表情で、清川はそう切り捨てる。結局は彼女の感覚の問題だから確信などは持てないし、気にすることはないのかもしれない。


 でも、俺と光大が同じ視線を向けているというのは少し気になった。気にならざるを得なかった。


 俺が思考の渦に飲み込まれそうになっていると、不意に足のつま先に衝撃が走った。すごく痛い。


 「図書館、着いた」


 どうやら清川が蹴ったようである。蹴るな馬鹿。

 

 俺は思考を中断して、素直に図書館に入室した。柳谷とボスの姿を確認する、彼女らが睨んでいるのが見えたので、俺は手を挙げながら近づいた。


 「うっす」


 「こんにちは」


 「照人、あんた昼休みなんで来なかったのよ。雰囲気最悪だったんだけど」


 「あなたが雰囲気を最悪にしたのよ」


 今は柳谷さんが雰囲気を最悪にしましたよ。うん、ダメだこいつら。あんま成長してないわ。


 「チッ、今日は柳谷さんとは勉強したくないわ」


 美人の舌打ちって怖いよな。現実逃避しながら、二人のやり取りを眺める。


 「そう、それならそれでいいわ。佐藤君と清川さんと一緒に勉強するわ。それで、佐藤君、昨日はどこで勉強したのかしら?」


 「清川の家だ」


 「彼女の家に行ったの?てっきり別の教室で勉強しているかと思っていたわ。まぁどこで勉強しようが構わないのだけど」


 ああ、そういえば清川の家で勉強するとは言ってなかったような気がする。


 「清川さん私との約束覚えてるわよね。あと、照人もホイホイ付いて行くな、美少女には棘が生えてるんだから痛い目に合うわよ」

 

 今まさに痛い目にあっている。あと、約束って何だろうか。


 「決めた、あたしも一緒に行くわよ!」


 あっという間に4人チームの結成である。こうなったら俺が何を言ってもこの二人は考えを改めようとはしない。


 「清川、そういうことになったらしい」


 「……」


 今俺はこれまでで一番のジト目を清川から頂戴している。


 「照人は何故、物事を面倒にするの?」


 「分からん。でも最近は隠された俺の才能なんじゃないかと思い始めている」

  

 チッ、と久しぶりに清川から舌打ちを貰った。


 「……もう、いいわ。……みんな来て良いわ」


 思考を放棄したのか、いつになく無感情な清川は力なくそう呟いた。あらあら、可哀そうに。


 「照人のせい」


 清川は俺だけに聞こえるように不満の声を漏らしてきた。ここはしっかりと宥めるとしよう。


 「まぁまぁ、そうカッカしなさんな」


 「チッ」


 そんな感じで、俺たちは清川家に向かうのだった。

 

  

 

 

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