第29話 おっさん問答2
自宅に帰還したという事で、早速だがおっさんと対話してみることにした。
帰路は柳谷と一緒だったが、おっさんに何を質問するかをひたすら考えてほとんど会話をすることはなかった。おっさんを優先したこと俺をどうか許してくれ。
自室に入り、愛用の椅子に腰かける。俺が座るたびこの椅子は奇妙な音を立てる。いつ壊れてもおかしくないので捨てたい気持ちもあるが、愛着があるので中々捨てる決心ができないというジレンマ。
それはともかくスマホを開いてSNSアプリを開き、おっさんのキューピッドアイコンをタッチ。
メッセージが溜まっていた。勉強していた時もちらほらと何か送信してきたようだったからな。指でスクロールしてみたが、世間話ばかりでどうでもいいメッセージばかりだった。無視しよう。
おっさんは自称レスポンスが速いとのことだったが、果たして本当に速いのだろうか。そんなことを考えながら文字を入力して送信する。
『今時間大丈夫ですか』
『もちろん』
いや、レスポンス速すぎ。速攻で既読マークがついたという事は俺との会話画面を常時開いているという事だ。たまたま俺との会話画面を開いて既読マークがついてしまったという可能性も無きにしも非ずだが、送信のラグのなさからして、多分いつ来てもいいように臨戦態勢を整えていたんだろう。怖いよこのおっさん。
長話になるようなら通話も考えていたがこの調子なら、普通に文字でのやり取りでも良さそうだな。ゆっくり考えることもできるし、俺にとっても好都合だ。
『清川家では俺の制限について話しましたよね。おっさんの制限についても教えてもらいたいんですけど』
『そうだね。僕の制限は二つある。一つ目は『青春ループ』というゲームに関する情報を他人に言えないということ、二つ目は午前3時から午後12時の間は清川家から出ることができないという制限だ』
俺にかかっている制限よりも大分トリッキーだなと思った。なんだ家から出られないって。一日3時間しか外出できないとかなかなかに厳しいぞ。その制限があっても何食わぬ顔ができるのは自宅警備員くらいだろうしな。
制限について具体的な内容を知りたいところだな。そんな文章を入力しようとしたが、その前に新たな通知が届く。
『一つ目の制限に関しては付け加えるところがあるね。そのゲームの情報を誰に対して話すかによって、制限の度合いが違うんだ。例えば、今君とはメール形式のやり取りだがこうやってゲームに関するやり取りができる。しかしながら、奈々やその他の人にはこのようなことを話すことができないんだ』
『転生者同士はその制限が掛からないってことですか』
『当たらずも遠からずと言ったところだね。厳密に言うなら、どれだけ僕と情報の共有ができているかそれが関係しているんじゃないかと思う』
どうしよう、分からなくなってきたぞ。つまり、おっさんの知っていることと自分が知っていることが一致すれば制限なく会話が成立するってことなのだろうか。
『でも、それだとおっさんは自分の制限について俺に語れないんじゃないですか。俺はその制限について知らなかったわけだし』
『情報の共有の有無が制限になっている事は間違いないとは思う。だけど、その制限にも緩い部分があるんだろう。その制限の効力が強いのはあくまで原作のゲームに直接含まれる情報で、僕らが転生者で制限なるものがあるというような情報はこのゲームと交わることはあっても、原作には含まることはない情報だからね』
そこでいったん文章が途切れる。
『だからこそ、こうしてある程度の情報を共有しているだけで、転生トークができるのだろう。まぁ、そういうもんなんだとなんとなく思ってくれるだけで構わないよ。重要なのは転生云々よりも、ゲームの情報における制限が強いおかげで清川奈々ルートに関する情報を君に伝えられないという事だ』
清川ルートの情報を俺は持っていないし、これまでの話の通りなら当然そういうことになるだろう。
なんとかその制限をかいくぐれないものか。それからもう少しおっさんの話を聞いてみた。
どうやら話を聞く限りおっさんのその制限が掛かる時、誰か相手がいる状況だと言葉が詰まって発すことができなくなったり、文字で言葉を文章化できなくなったりするらしい。裏を返せば、誰もいない状況、独り言状態なら話し放題、書き放題という事だ。
おっさんは気づいていないようだが、もしかしたら清川家での会話で妙に遠回しな言葉遣いだったのも、割と近くに清川たちがいたからそれを無意識に制限が考慮していたからなのかもしれない。自動で発動するとは厄介なり。
それを根拠にすれば、たまたまゲームトークや転生トークを聞いてしまうような不可抗力的なことは起こりえないだろう。おっさんが独り言で話していたところに俺が近づいたとしても、おっさんの周りの一定の範囲に近づいた時点でおっさんの言葉は途切れるはずだからな。
でも、それは対面での話だ。今のこのやり取りのようにメール形式、文章化できるというのなら話は変わってくる。
『俺が見てないところで何か文字を書いた後にその情報を適当な場所に置いて、俺がそれをたまたま見るような感じにはできないんですかね』
『無理だね。僕も色々と考えて奈々に試して見ようと思ったことがあったんだが、ダメだった。例えばこの会話履歴を不可抗力的に見られるとしよう。その場合は、見られる前に文字化けするかスマホが壊れてしまう。手書きもダメだった。テーブルに設置すれば飲み物をこぼされるか、何かしらが起きて文字が読めなくなる。対策としてラミネート加工しようとすれば、ラミネータは紙を詰まらせる。こんな風に謎の力が働いてどうしても上手くいかないんだ』
『怖いですね』
『そうだね。制限をかいくぐるのは諦めたほうが良い。逆に不利益を被ってしまうというのもあり得ない話ではないからね。君もスマホを壊されたくはないだろう』
『結局、清川のルートについては自分で情報を思い出すしかないってことですか』
『そうだね』
はぁ、欠けている知識を埋めたいところだったが、結局は現状維持か。まぁ、仕方がない。
次に二つ目の制限について聞こう。正直こっちの制限の方が意味分からないから、しっかりと聞きたいところだ。
人差し指で画面操作して前の会話を再度確認する。午前3時から午後12時まで家を出れない、なんじゃこの制限は、普通に可哀想。コンビニくらいにしか出歩けないじゃないか。
清川を使って俺と会おうとしたのもこの制限を聞けば納得できるな。自由に外出できないならしょうがない。
『ひどすぎじゃないですかこれ。何の意味があるんですかこれ』
『一つ目の制限については生まれながらだったが、この家から出れないっていう制限については違うんだ。発動したのは、君たちの世代が生まれた13年前くらいだ。だから、この制限の意味は僕が君たちと積極的に交流できないようにするために設けられたものだろうね』
『でも、一つ目の制限に比べれば規制の度合いは緩いですね。家に招くことができればこうして交流できるし』
『まぁ、厳しいことにはかわりない。君のサポートをするにも間接的なサポートばかりになってしまうだろうし』
俺のサポートとは何のことだろうか。
『あれ、何か俺のサポートしてくれるんですか?』
俺ができるだけみんなの不幸ルートを回避したいという話をした時に、色々と聞いてきたから、てっきり反対しているのだと思っていた。
『もちろんだ。僕はハッピーエンドが好きだからね』
『そうですか?俺に考えを改めるように諭しているんじゃないかと思ってました』
『考えを知りたかっただけさ。君の表情から僕が何を言っても考えは変わらないだろうなとは思っていたからね』
俺はどんな表情をとっていただろうか。色々な感情が表情に出やすいのは、なんか子供っぽい感じがするよな、もっとポーカーフェイスを心がけよう。
『間接的なサポートっていうのは例えばどんなことなんですかね』
『金、ハッキング、役に立つアイテムの調達、なんでも頼ってくれ』
『まじですか』
『ああ、まじだよ。どう使おうが君の勝手さ』
どうしよう、このおっさん滅茶苦茶良い人かもしれない。一生俺の財布として活動してほしい。俺の脳内は一瞬お花畑状態になる。
いや、しかし、待て。こういう良心的なのは大体詐欺だぞ。慌てるな慎重になれ俺。
『何か請求してくるってことはありますか』
『ないよ。君がちゃんと行動してくれるのならね』
でた、ちゃんと行動してくれるのならと来たものだ。俺がもし自堕落なニートになったらその途端に請求してくるつもりだったんだ。ああ、怖い。
他にもいろいろと確認しなければならない。大人はみんな性格が悪いから簡単には信用するなと親父にいつも言い聞かされている俺の警戒心は半端ない。
『例えば俺が必死に頑張ったにもかかわらず、みんなの不幸ルートを回避できなかった場合は投資が失敗したとして請求してくることはありますか』
『君も勘繰るね。そういう詐欺師みたいなことはしないよ。どんな結果になろうとも君が今まで通り行動してくれるのなら不利益になるようなことはしないから。信用できないのなら契約書を書くよ』
『お願いします。内容もしっかりと確認させてもらいます』
この人間不信の極みのような契約プッシュがおっさんの信用を下げるとしても、ここは譲れないものがある。大きな金の貸し借りに契約は当然だし、俺が気兼ねなくおっさんの財布を濫用するためにも契約は重要になる。
そんな感じで俺とおっさんは俺完全有利の不平等条約を交わしたのだった。おっさんがあまりにも素直だったので、若干悪いことをしている気分になったが、考えないようにした。善意は素直に受け取るべきである。
それからも俺はおっさんと細かな情報を確認し合った。
『清川家にはなんで住んでいるんですか』
『彼女たちの保護者みたいな立場だと思ってくれて構わない』
『清川の両親はどうなっているんですか』
『』
どうやら制限に接してしまうようだ。でも、こうして制限に引っかかるというのも大きな情報になる。清川の家族関係についての情報は何らかの重要な要素を持っているという事ではないか。
『仕事とか大丈夫なんですか、外出れないのに』
『コンピュータさえあれば金を稼ぐ方法は無限大に広がるんだ。おかげで君にお金を投資する余裕もある』
俺このおっさんに弟子入りしようかな。お金とかのサポートしてくれるのは高校卒業までとのことだったし、一生俺の人生のレールを敷いてくれるわけではない。将来自立した時のために楽にお金を稼ぐ方法を教えてもらいたい。
『君も前世を覚えているんだから、僕に頼らずとも基本的には楽に生きることができるんじゃないか。知識や知恵を活かして、前世で失敗したことを繰り返さないようにすれば余裕さ』
『俺前世の記憶ないんですよ。前世で培っていたであろう知識とかはあるけど、思い出とかどんな失敗したとか覚えてないです。このゲームをプレイしていたってことだけはなんとなく分かるんですけどね』
『そうだったのかい。まぁ、その方が今の人生に集中できるという見方もできるし、悪いわけではないよ。僕なんかは前世に価値観に引っ張られるようなこともあるし、逆に今の自分の価値観に引っ張っれるようなこともあるんだ。なんて言うんだろうね、自分の中に自分が二人いるみたいな感じかな』
何か想像してみたら怖くなってきた。俺がおっさんと同じような立場だったら、情緒不安定になってしまうんじゃないか。
『昔はそうでもなかったんだけどね。最近になってから強くなっている気もするんだよ。これもゲームの影響なのかね』
『どうなんでしょうね』
俺はあまりそういう話題には触れないようにしよう。おっさん的にはセンシティブな話題のようだし。
心の問題と言うのはそれに該当しない他人から見れば大したことのないもののように見えがちだ、だからこそ軽い発言をして傷つけてしまうこともあるだろう。例えそれが優しさからの発言であっても、優しさは時には棘となるという事を忘れてはいけない。
『そうだね、そうするよ』
俺は俺で色々考えなければならないことがあるように、おっさんもまた色々と考えなければならないことがあるんだろうな。転生者はもしかしたら前世チートがあるハンデとして苦難な人生を歩まされる傾向にあるのかもしれない。神様は他の不平等は見逃す癖に、俺たちは見逃してくれないようだ。何とも理不尽極まりない。
『俺たち以外に転生者ってのはいるんでしょうかね』
『確実にいるだろうね』
おっさんは即答した。なんでそう言い切れるのだろうか。俺も多分いるとは思うが、断定はできない。
『君と僕だけの影響力では説明がつかないことが多すぎる』
『例えば?』
『君の身近なところで言えば、倉橋香澄という少女だろう。あれは確実に何らかの影響を受けている。君は彼女と同じ学校だったらしいがそれだけの影響ではあれほどの違和感のある存在は生まれない。他にも君の中学校の生徒ではないが不可解な行動をヒロインと思われる少女の情報をつかんだ。誰かが何らかの影響を与えているか、もしくはその少女自体が転生者か』
『そのヒロイン誰ですか』
『神内璃々』
『金持ち系ヒロインですね』
金持ち系ヒロインのテンプレとしては、極度の高飛車か極度の世間知らずかのどちらかに傾きがちだが、神内璃々というヒロインはそのどちらでもなく普通にお金持ちなだけのヒロインだった。個性としては一番薄い感じがするが、可愛らしいヒロインであることに変わりはない。
『彼女は普通だったら名門の女子中学校に通っているはずだったんだが、どうやら普通の共学の中学校に通っているらしいよ』
『うわぁ。転生者な感じがしますね』
何考えてるか分からないし、あまり関わり合いにはなりなくないな。
倉橋に関してはなんとなくだが、おっさんと似たようなことを考えたこともある。今度直接聞いてみようかな。俺はおっさんと違って制限とかはないし、いつでも喋り放題だしな。でも、変人と思われる可能性もあるからな、注意深く様子を伺ってからにしても遅くはないか。
『俺はこれからどうすればいいんでしょうか』
なんか考えるのが疲れてきたので、丸投げしてみた。おっさんの指示に従った方が俺が何かしら考えて行動するよりも的確な道を示してくれるような気がする。
『僕の傀儡になってはいけないよ。感情のない行動ではヒロインたちが心を開くことはない。彼女たちは一様にめんどくさい性格をしているからね、君自身が考え真心を持って接することが大切なんだよ』
そんなことを言われましても。俺は普通に普通な凡人でしかない。指示されて足を動かし始める一般兵でしかないのだ。真心とかくそくらえだ。
『何かせめてアドバイス的なものはないですかね』
『僕が君に口出しすることはないよ。君の思うがままに行動するのが大事になってくる』
『はぁ』
そこで俺とおっさんの会話は終了した。適当なスタンプを送信してトーク画面を閉じる。スマホを机に置いて、そのまま椅子から飛び上がるようにしてベッドへダイブする。そして、枕に顔をうずめながら俺は情報を整理する。
とりあえず、俺は使い放題のおっさん財布を手に入れることができた。それだけは素晴らしい収穫だったと言える。
それ以外に関しては結局俺が頑張るしかないという事だった。都合よく丸投げ出来たらラッキーだったんが、そうはいかないらしい。
アドバイスすらくれなかったからな、どんだけ俺の自主性にこだわるんだよとツッコミたくなったが、一応目上の人ではあるので、ツッコミは控えた。
あんな風に言いつつも俺が危ない状況になったら、何らかのアドバイスを与えてくれることを信じている。いやマジで。
次の日の朝、俺は自らの下駄箱の前で戦慄していた。
靴に土が詰められているというわけではない。メモ帳の切れ端が入っていた。
いかにも女の子が持っていそうな可愛らしい花のデザインだ。このメモ帳を使っているのは余程のことがない限り女の子だろう。何か文字が書いてあるようなので手に取ってみる。
下駄箱の前でこそこそしているのは怪しい感じがするので、教室に向かいながら読むか。そわそわしながら俺は折りたたまれたメモを開く。
そこには丸文字で『昼休み屋上で待っています』と書いてあった。
俺はスマホを取り出しそのメモを撮影する、そしておっさんに撮った画像とメッセージを送信する。
『これはハニートラップでしょうか。それとも果たし状的な何かでしょうか』
すぐに既読がついて、おっさんからメッセージが返ってくる。
『ラブレターという選択肢は君にはないのかい』
俺の中でラブレターというものはボスへ行ったように嫌がらせの手段だ。自分が長年扱ってきた道具や手段に対しての知識が自然と身についていくのと同じように、ラブレターというものを扱ってきた俺の知識は人並み以上だ。
そんなラブレターマイスターである俺にとってこれはラブレターと呼ぶに値しない。まずは名前を掛け。
とりあえず、昼休みは屋上へ向かおう。
そして、嫌がらせだったら差出人にアッパーカットを食らわせる。本命だった場合は事と次第によっては普通に付き合おう。
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