第15話 顔面アタック
素人ドッチボールの外野って何もすることないな。今のところ楽しんでいるのは内野の連中だけである。
俺は自分のチームから見えないように、相手のチームの後ろに移動して、しゃがみこんで休憩をとることにした。
味方のチームの外野の人たちも、同じように手を抜いている奴もいる。まあ、そうなるよな。
もはやテレビを見てる感じで、ドッチボールの試合を眺める。
試合は俺のチームのほうがどうやら優勢なようである。相手チームはやる気満々の坊主男に頼りすぎているようで、ほかのメンバーは動く的にしかなっていない。そんな坊主男も少しづつ体力が削られて、もはやぐずぐず状態だ。
そんな様子を眺めていると、寺島の投げたボールによってとうとう坊主男はアウトになってしまった。寺島の投げたボールはそれはもう強烈に速かった。素人目にしてもドン引きしてしまう速かった。なんなのあの人。
あとはもう消化試合みたいな感じだろうなと思っていると、坊主男が取り損ねたボールが俺たちの外野まで転がってきた。
俺たち外野は誰が投げるんだ状態に突入した。
ボールを手に取ってしまった女子生徒は、とりあえずといった感じで、近くにいた男子生徒にパスした。
その男子生徒もお茶を濁すような感じで、相手チームを挟んだ反対側の外野の生徒にパスをした。相手チームの内野もそれに合わせて、蟻のように大移動を開始する。
そんな様子を伺うようなラリーが何度か続いた。
どうせ当てられないのなら、内野にボールを返してしまえばいいのにと思っていたところ、俺のもとにボールが回ってきた。
俺は素直に内野にボールを返すことにした。寺島あたりに返しておけばちゃちゃっと試合を終わらせてくれるだろう。あいつは何でもできる超人だからな。
俺がいる外野コートから内野の真ん中の方にいる寺島までは距離がある。少し強めに投げたほうがいいかもしれない。
少し助走をとって、俺は勢いに乗りながらボールを放った。やばい、コントロールがよくないかも。だが、スピードは十分だ。
ボールは相手チームのコートを素通りして、自分のコートには到達できたようだ。そこまでは良かったが、着弾点が良くなかった。
ボスの顔面だった。ボールはボスの顔面を捉えた後、ゆっくりと地面に落ちる。
その時間が俺にはスローモーションのように感じられた。
俺はすかさず、地面にしゃがみこんで身を隠す。ばれませんように。息も殺しておこう。メーデーメーデーメーデー。
ボスのことだ、さぞご立腹だろう。もしばれてしまったら嫌味どころか、罵倒メドレーをくらわされる。最近垣間見た、新たな俺の性癖が覚醒してしまうかもしれない。それだけは倫理上、防がなければならない。
ボスの顔面アタックにより、試合が一瞬止まる。今多くの生徒がボスを注目している。ボスは顔を隠してしゃがみこんでいる。結構思いっきり投げたので、真っ赤になっていることだろう。綺麗にヒットしたので鼻血とかも出ているかもしれない。ちょっと心配になってきた。
まじでごめん。あとで謝るよ。あ、やっぱ怖いから、やめておこうかな。
様子を眺めていると、寺島が駆け寄っているのを確認できた。遠目からだと良く分からんが、多分ボスは恥ずかしさを感じながらも若干ラッキーだとも思っているのではないだろうか。これでチャラってことでどうだろうか。狙ったわけではないが、俺のプレーのおかげで今がある。
大きい出来事というほどでもないが、初戦で起こった出来事はそれだけで、後は何事もなく普通に試合が進んでいった。
結果は、我がチームの勝利に終わった。
試合が終わった後は、とりあえず暇になる。チームで談笑などしながら次の試合が来るまでの時間を過ごすというわけである。
俺は寺島の近くにいることにした。なぜなら、ボスが怖いからである。
さっきからたびたび殺気のようなものを感じるのだ。ちらりとボスの方向を見ると確実に目が合い、睨み返されるという始末だ。さっきの寺島との絡みでチャラにはしてくれなかったみたいだ。
俺がここで一人になったら、追い込まれたジャッカルのように攻めてくるだろう。だから寺島という傘に守られるのが一番の得策なのだ。俺とは違う意味で狙われている寺島に対して暴言を吐くような姿は見られたくないはずである。
「照人君は運動が得意だったんだね」
ボスを意識していると、寺島が話しかけてきたので、それに答えるように頭をシフトする。
「得意ってわけじゃないけどな。というか女子の顔面にヒットさせたことに対する嫌味かよ?」
「ははは、違うよ。純粋に上手いって思ったんだよ」
「いや、俺なんかよりお前のほうが数倍上手かったぞ。ドッチボールのプロかと一瞬思ったくらいだ」
「大げさだよ」
何を考えているのか良く分からないスマイルを添えて、寺島はそう言う。
「そうか」
何を言っても、謙虚な感じを出されるだろうな。何か違う話題のほうがいいかもしれないな。そう思っていたところ寺島が話を振ってきた。
「後二回勝てば優勝だね」
「確かにそうだな。何か優勝したら景品とかもらえたらもっとやる気出るんだけどな」
「ははは、そうだね。でも、何かサプライズみたいな感じでそういうのもらえそうじゃない」
そんな何気ない雑談をしていると、俺の膀胱がエマージェンシーを伝えてきた。
すかさず離脱の意思を俺は告げて、立ち上がる。
トイレに向かって歩き出すと、近づいてくるものがいた。その可愛らしい顔をチラ見して、軽く会釈する。
沖田夏来もまた、軽く会釈を返してきた。さっきのドッチボールでちょっとだけ触れ合ったからな、俺のことを気にしてくれたのかもしれない。
そして、どこかもじもじとした様子を見せている。彼女もまた膀胱がエマージェンシー状態なのだろうか。そう思いながら、俺自身ももじもじする。
「さっきはありがとう。私、沖田夏来って言うんだ。よろしくね。えっと……」
「佐藤照人です。よろしく」
「佐藤君。うん、よろしく」
普通だったら適当な会話でもしていただろうが、これといって話題もないし、尿意もやばい。
「ごめん、トイレ行ってきてもいいですか」
「あ、ごめんね。止めちゃって」
「いえいえ」
そんな風に畏まりながら、俺はその場を離脱した。
会話してみて分かったが、沖田夏来というヒロインはやはり普通な性格をしている。他のヒロインたちは良くも悪くもどこかネジが外れた性格をしているからな。
普通な性格でめちゃくちゃ可愛いというのはほんと反則だよな。もはや話すのに緊張しすぎて、畏まった態度をとってしまうよ。もうちょっと顔と性格が歪んでいた方が、こっちとしても話しやすい。そう感じるのは俺だけだろうか、相手に罪はないのだから、ダメな考え方なんだろうか。
そんなことを思いながら、トイレに向かっていると、嫌な声が脳裏に響いてきた。
「あんた後で覚えておきなさいよ」
ボスの横をすれ違った時に、そんな言葉が聞こえてきたんだが、気のせいだよな。ちょっと尿が漏れちゃったんだけど。
とりあえず、めちゃくちゃ根に持っているということは分かった。素直に謝っておこう。
「さっきはごめんな」
完全に無視されているが、多分許された。そういうことにしておこう。
しょんぼりしたふりをして、再びトイレに向かおうとすると、足を引っかけられた。
もう少し人に優しくする心を持ってほしい。過去に戻ってネアンデルタール人から優しさというものを学んできてほしいと心から思った。
念願のトイレにやっと到着し、用を足す。
このまま戻っても良かったが、何故だか気乗りしなかった。ボスが怖いというのもあったが、やっぱり誰かといるよりは一人でいたほうが気が楽なんだよな。そう思ってしまった後の行動は早かった。個室トイレを独占して、俺は休息をとることにした。
せっかく話しかけてくれた寺島を一人にしてしまうのは悪い気がしたが、彼のことだしその辺のことは心配ないだろう。主人公の周りにはいつだって人がいるというものだ。
感情を無にしていると、なんだかうとうとしてきた。まずい、これ寝てしまうな。だが、眠いもんは眠い。
ちょっと目を瞑るくらいならさすがに大丈夫だろう。俺はここぞという時には起きれる男である。変なフラグを自分で建設しながらも、そんなことを気にする余地はないと、どんどん思考は薄れていく。
そして、俺はゆっくり目を瞑った。
再び目を開けたときに、自分が爆睡していたことにすぐさま気づくことができた。なんでこうも俺は学ばないのだろうか。そう思いながらも、俺は急いでトイレから抜け出す。
体育館に行くと、どうやらまだドッチボール大会は終わっていないようだった。どうやら最悪の事態は免れたようである。
簡易的なトーナメント表があったので、俺はそれを確認することにした。
我がチームは決勝まで駒を進めているようだった。これは、あれだな。俺は二回戦目に出場していないということだな。
まぁ、勝ったということだし、俺がいなくても何の問題もなかった。
申し訳ないといった表情で寺島に近づき、話を聞いてみることにした。
「照人君、大丈夫だった?」
はて、何が大丈夫なのだろうかと考えてみたが、心配されるのも当然と言えば当然だった。トイレに行くと言って、長時間帰ってこなかったんだからな。
寺島がほかの人たちに言いふらしていないことを願いたい。もしも言いふらされていたら、俺のあだ名が大便糞男みたいなことになるかもしれない。
「大丈夫だ。それよりもごめんな。二試合目出れなかった」
「気にしなくていいよ。体調のほうが大事でしょ」
本当に良い奴である。こんな心優しい中学一年生が存在しているという事実にびっくりである。
「それで次は決勝なんだな」
「うん、なんか勝っちゃって」
そんな感じで次は決勝ということらしい。
気になる相手だが、全員知らないやつだった。
そして、普通に優勝し、優勝賞品として安いお菓子を貰ったのだった。
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