第16話 不穏な上履き
さらっと優勝してしまったわけだが、特に俺の周りの変化が変わることはなかった。
割と活躍したつもりだったが、寺島の活躍が凄すぎて、俺の活躍はなかったことになっているらしい。タンポポの周りに咲いている見向きされない雑草の気持ちが分かったような気がした。
今日の授業はこれで終了ということで、俺は帰路につく準備を進めていた。他の皆々は今日もまた部活見学でもするのだろうか、もう4月も終わりかけているし所属が決まている奴もいるかもしれないな。
俺は入学した時からすでに帰宅部に所属しているので、そんな彼らを横目に教室から脱出した。
誰にも呼び止められることはなく、昇降口まで真っ先に行くと、昨日と同じように柳谷と遭遇した。何も声をかけないというのは、なんか変な感じがするので、軽く挨拶しておこう。
「うっす」
「どうも」
昨日はいい感じの雰囲気で別れたはずだったが、柳谷の感情はリセットされているようでいつも通りのAIスタイルだった。そんな柳谷はどこかのRPGモンスターのようにじっとこちらを見つめている。
「なんだ?どうかした?」
「いいえ、別に」
そう言って視線をそらし、彼女は靴を履き替え始めた。何の理由もないのにこちらの顔をガン見するだろうか。ああ、もしかしたら鼻毛とかが出ていたのかもしれない、気を遣って放置してくれたのかな。いや、この女のことだ、ズバッとオブラートに包まずに言ってきそうな気配もある。
そんなことを考えていると、彼女は靴を履き替え終わり、後はもう歩き出せば帰れる状態になっていた。だが、なかなか歩き出さない。
ぼーっとそんな様子を眺めていると、柳谷の顔がこちらを向いた。
「帰るわよ」
「おう、気を付けて」
俺の挨拶を待っていたのだろうか、とりあえずそう言っておく。
「何言ってるの?あなたも帰るのよ」
「ああ、そういうこと」
どうやら、俺と一緒に帰りたいらしい。何故だか知らんが俺の好感度はアップしているようだ。俺は鈍感男ではないので、そういうのには敏感である。どうでもいい奴だったら、それこそ放置して見向きもせず帰っていたことだろう。それ以上にはみられているということだが、果たしてそれが良いことなのかは分からない。しかし、美少女と帰宅できるという点では良いことではあるのかもしれない。
基本的に帰宅中は無言な俺たちだ。柳谷もそれを気にしたような様子はないので、俺も自由にできる。話したいときに話すというのはなんとも楽なことだろうか。一緒にいることに意味がある、熟年夫婦の理想形がいまここに。
このまま無言でも別に構わなかったが、なんとなく聞きたいなと思うことがあったので、話してみることにした。
「なあ、今日のドッチボールどうだった?」
「特に楽しくはなかったわ」
「すぐ負けたのか?」
「そうよ」
柳谷も寺島と同じように、ゲームでは文武両道のスーパー人間だったはず。そのせいでいろいろな女子から嫌われたりもしたのだろうが、それはとりあえず置いておこう。
ドッチボールでもスポーツマンたちに負けず劣らずの活躍をしていると思っていたが、あまり振るわなかったのだろうか。
「スポーツは得意な方か?」
「そうね。男子に負けないくらいにはできるわ」
「そうなのか」
「それはそうとあなたが運動できたのが意外だったわ」
どうやら決勝の試合を見ていたようだ。決勝の時は俺たち対戦しているチーム以外は自由時間みたいなものだったし、数少ない知り合いが出ていたら目についてしまうのもうなずける。
「俺なんかは標準くらいだろ。見てなかったか、俺なんかより半端ない奴がいただろ?」
「あれは私でも無理ね。次元が違っていたわ。でもそれを抜きにして、一般的な視点で判断したらあなたはできる方の人間に分類されるわよ」
「そうか」
褒めてくれるようなので、素直に受け取っておこう。それよりも寺島は、やはり誰の目から見てもそんな感じに見えるらしい。ゲームで結ばれる世界線があるわけだし寺島に何かを感じたとかあるのだろうか、それが少し気になった。惚れたとか言われたら、どうしようか、滅茶苦茶めんどくさくなるのは間違いない。
「やっぱり女子的には超人的なスポーツマンに憧れると思うんだけど、その辺はどう思う?」
「世の中の女性はそんなに単純ではないはずよ。少なくとも私はそれだけでは感情は揺らがないわ」
「そんな風に考えている奴のほうが少数派だと思うけどな。基本的にはもっと単純だろ。例えば俺の小学校ではイケメンか足が速ければとりあえずモテモテだった」
例えば、ボスなんてそんな感じだ。イケメンだと思ったら、速攻で突撃するだろう。
「馬鹿ばかりね」
「学生なんてそんなもんだ」
中学一年生の会話としては僅かばかり拗らせすぎな会話に思えたが、しっかりと会話が成立してしまうのでしょうがない。馬鹿な話題を振ったら、それこそ会話が成立しないかも。
「話は変わるが、今日はボス、じゃなかった例の女に何かされたりしたか?」
もはや特に気遣う必要はないので、直球で聞く。
「特に何もされてないわ。私が感じていないだけかもしれないけれど」
「そうか」
何らかのちょっかいは掛けられているのかもしれないが、柳谷の精神にダメージを与えるまでには至っていないらしい。
昨日で今日だからな。いくらボスの行動力が高いにしても、そこまで急にいろいろとやるなんてことはないか。
この調子で大人しい学校生活を続けてほしい限りだが、すべてはボスの気持ち次第だな。俺にはどうしようもないだろう。
「その例の彼女、会澤さんというのだけど。彼女とあなたはドッチボールで同じチームだったようね。気づいていた?」
「へぇ、会澤って言うんだ。うん、気づいていたし、ついでに顔面にボールも当てた」
「え?なぜ味方にボールが当たるのかしら……。……ああ、彼女はあまり運動ができないタイプの生徒だからあり得るわね」
どうやらボスこと会澤は運動音痴系女子だったらしい。ああいう系の女子って運動得意できまっせ、みたいな振る舞いをしているから意外だったな。実際俺視点からすると、そこまで運動音痴には見えなかった。言われてみれば、全然ボールに触っていなかったと思うくらいだ。
ボスは結構怒っていた様子だったので、さっきまで若干だが恐れを感じていたが、運動音痴だったという事実が俺をほっこりとさせた。
「彼女、普段は運動があまりできないことを隠しながら体育の授業を受けているのよね」
「へぇ」
「あなた彼女に目をつけれるかもしれないわね」
「もうだいぶ目をつけられているから、問題ない」
「そうかしら」
柳谷は何か思案するような顔で前を向いている。俺の心配だろうか、俺視点からすれば、心配なのはお前なんだけどな。
「まぁ、あれだ。気にしすぎも良くない。自分のことなら気にしてもいいが、他人事なんか放っておけ」
俺のことなど気にする必要はないと、遠回しに言ったつもりだったが、どうやらあまりお気に召さなかったらしい。若干の苛立ちを含んだ視線で俺は刺される。
「私だって誰かを心配する気持ちはあるの。もしかしてあなた私のこと誰も顧みない自分勝手な女だと思ってない?非常に心外ね」
「いやいや、そういうつもりで言ったんじゃない」
「ではどういうつもりで言ったのかしら」
どういうつもりも何もない。そのまんまの意味で俺は言っている。遠回しに言ったのが悪かったのだろうか。国語の授業じゃないんだから、なんとなくで俺の気持ちを推し量ってほしかった。推し量りすぎて、良く分からないところにぶっ飛んで行ったぞ。
「深く考えすぎだぞ。俺は基本的に適当に言葉を発しているから、あまり一つの一つの言葉のニュアンスは気にしないでほしい」
「……」
なんとも言えない微妙な表情だが、しぶしぶといった感じで納得はしてくれたようだ。
強い自我を持っているようで、人並みに他人の目を気にしている。なんというかゲームでの彼女と比べると意外に思えた。ゲームで初めて会った彼女は人として擦り減った状態だったのかもしれない。
これからも彼女を見て様々なことを知ることが大事になってくるのかもしれない。いいや柳谷だけじゃない、多分これは他のヒロインたちにとっても同じくいえることだ。ゲームの知識だけでは深層にあるものは見ることができない。
今いる彼女たちとゲームの世界の彼女たちはまだイコールではないのだ。
そんな感じに色々と考えさせられるような今日の柳谷タイムは終了した。
翌日、俺は朝の憂鬱に逆らいながらもだらだらと歩きながら学校に登校していた。
そして、昇降口まで行き、俺は外靴を履き替えるために下駄箱に入れて、上履きを持ち上げた。
その時、俺は妙な違和感を感じた。なんか俺の上履きめちゃくちゃ重いなと。武道家が自らを鍛えるためにわざと身に着けているものを重くしているみたいなことに憧れていたっけ。いや、最近は別にそういうのに憧れてない。
とりあえず、持ち上げた上履きを確認してみることにした。
中には土がびっちりと詰まっていた。びっちりって言葉はなんか下痢っぽさを感じさせるが、そういうわけではなく普通に普通な土がパンパンに詰まっていた。
何故俺の上履きはこんな目にあっているのだろう。もしかして臭かったから、誰かが気を遣って匂い消しの代わりに土を詰めてくれたとかだろうか。なんて優しい人だろうか。
よし、そういうことにしておこう。
俺は上履きをそっと下駄箱に戻して、半泣きで来客用のスリッパを履き教室に向かったのだった。
せめて画鋲とか、それっぽいのにしてほしいです。コメントに困るよ。
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