第14話 ドッチボール大会

 ドッチボール大会(仮)が始まった。何やら一応トーナメント形式で進めていくらしいのだ。負けたチームはそれぞれで勝手に対戦して、勝っているチーム同士で熱いバトルをしましょうということらしい。


 流れるように寺島がチームのリーダになってトーナメントのくじ引きに向かっていた。


 そして、俺は孤高という名のぼっちに舞い戻ったわけだ。まぁ、こっちのほうが慣れてるし落ち着くといえば落ち着く。


 そんな俺に近づいてくる女がいた。


 ボスである。何用だろうか。


 「ねぇ」


 「何だ」


 「あんた、あのイケメンと仲良いの」


 あのイケメンというのはもしかしなくても寺島のことを言っているのだろう。ほんとモテる男はつらいな。


 「さっき初めて話した関係だ」


 「はぁ、しょうもな」


 めちゃくちゃ言うな、こいつ。でも、俺は怒らない。大人ですから。むしろボスが何を求めていたのかは分かるので、アドバイスしちゃう。


 「お前も内野だろ。その時に寺島、いやイケメンに縋りつくなりなんなりしたらいいんじゃないか」


 言って気づく。寺島には清川ルートを目指してほしいはずなのに何を言っているんだろうと。馬鹿なのか俺は。


 「縋りつく女とか、逆にうざいって思われるわよ。もうちょっと頭を使ったら」


 「おお、そうだな」


 意外だな。ボスは相手の気持ちになって考えることもできるらしい。すべての人間は道具であるみたいな理論を掲げて生きているような奴だろうなと勝手に思っていた。いや、多分それも大きくは間違ってないだろう。


 ただイケメンだけにはその矛先が向かないということだと思う。万人の気持ちを汲み取ろうと思うような奴なら柳谷に変なことはしていないだろう。


 「はぁ」


 ゴミを見るような眼を向けられた後、彼女はため息をついて俺から離れていった。


 ため息をつきたいのはこっちの気分だよ。ヒロインじゃないくせに寺島をハイエナする気満々なのが怖すぎる。本物のヒロインたちにもうちょっとアグレッシブになってほしいくらいだよ。


 そんなことを思ったので、正真正銘のヒロインである沖田夏来の様子も気になってきた。


 沖田もポジションは内野のようだ。女子たちと談笑しているのが見えた。


 ゲームの時点で寺島と沖田は互いに認識はしているようだったが、そこまでの関係性ではなかったはずだ。一目惚れてきなこともなかったはずだから、互いに同学年にいる人だと分かっているくらいの認識だったのだろう。

 

 そんなことをぶつぶつと考えていると、寺島が戻ってくるのを確認できた。くじ引きが終わったようである。


 俺たちのチームは初戦から対戦しなければならないらしい。まあ、だからと言ってどうってこともないのだが。


 本当のドッチボールはどれだけの広さを使って競技しあうのか分からないが、今回はとりあえず体育館を二つに分けて、二組づつで対戦が行われるらしい。


 対戦相手と軽く握手をしてから、試合スタートである。俺の握手相手は女子生徒だったが、俺の手が見えていないような素振りをとっていたので、俺は出していた右手をまるで最初から出していなかったような素振りでひっこめた。


 多分、試合開始前に相手の心をバキバキに折ってやろうという計算だったに違いない。決して私的な理由ではないはずだ。


 俺は何とか精神を保ちながら、試合に臨むことにした。


 そして、試合が始まった。すぐさまボールが飛び交う戦場の出来上がりである。


 さて、俺は何をすればいいのだろうか。


 俺は別に運動音痴ってほどでもない。むしろそこそこできるくらいの謎スペックを持っている。自分で謎って言っちゃうくらい俺にそぐわってなさそうなスペックである。


 ハエのように逃げ回るのも別に構わないが、真剣にやるのだって構わない。どちらでもいいというのなら、俺はどや顔できる方を選びたいと思う。


 そして、いかにも運動ができなさそうな俺を狙ってか、正面にボールが飛んできた。


 変な回転もかかっておらず、そこそこ速いだけのボールだったのでしっかりとボールを胸で包むようにキャッチする。はい、ナイスキャッチ。


 俺にボールを投げてきた坊主頭は驚いていた。どや顔を返しておく。というかどや顔ってどうやるんだろう、気持ち悪い笑みを浮かべただけになっていないだろうか。


 相手チームは、俺にボールを投げてきた坊主頭を除いてそこまで運動ガチ勢みたいなやつはいないようだった。


 だからと言って、運動ガチ勢風の坊主頭を潰しにかかっても、俺がちょっと運動ができる程度なので仕留めきれるとは限らない。


 という思考を0.1秒で行った結果、試合前に俺の握手を断った女子生徒へ、ボールをぶん投げた。女子だからと言って、手を抜くなんてことはしない。本気でやるからこそ意味がある。俺の怒りを受け取れ。


 俺の情念を含んだボールはボゴッという音をたてながら、うまい具合に女子にヒットした。


 女子生徒が下手に逃げ回った状態でボールに受けたので、良い具合にボールは跳ね返ってこちらのコートに戻ってきた。


 そして、また俺はそのボールを受け取った。二回連続で投げるというのもなんかあれなので、適当な奴にボールを渡すことにした。


 「投げていいよ」


 「え、私!?」


 いやに耳に残る綺麗な声だと思い、投げ渡した相手をしっかりと確認してみると沖田夏来がいた。


 もうちょっと人を見てから渡すべきだったか。いや、別にこれくらいなんてことはないはずだ。


 俺は頷いて、少し距離をとった。


 沖田は何かそわそわしている様子だった。早く投げればいいのにと、思っていたら、沖田は両手に持ったボールを股下から上に向かって投げ放った。ボーリングで低学年の小学生が投げるような感じだった。


 もしかしなくても、沖田は運動があまり得意ではないらしい。そんな設定初耳だぞ。


 惜しくも相手にパスするような形で緩やかに飛んでいったボールはボールのような頭をした坊主男にキャッチされることになる。


 相手のコートにボールが放ちやすいように、ギリギリまで前に出ていた沖田は誰にでもわかるくらい隙だらけだった。


 本人もそれが分かったようで、前だけ見ながら慌てて後ろに下がろうとした。


 危険な感じがした。そう思った時には当然のように足を縺れさせて体育館の床に急降下の態勢に入っていた。


 わりと近い距離にいた俺は反射的に体を動かしていた。何とか両手で支えることができたので、セーフである。


 ほっとしたところで、ボールを投げるモーションに入っている坊主頭の姿を確認することができた。明らかにこちらを狙っている。


 坊主頭は俺と同様に誰に対しても情けはかけないといった平等主義者のようだ。なんて最低な奴なんだ。


 そんなことを思っていたら、本当にボールが飛んできた。このままでは沖田に当たってしまうだろう。それはまあ別にいいんだが、傍から見たら俺が沖田をシールド代わりにしているように見えないだろうか。


 それは非常に癪である。ということで、左手を突き出してボールをベシッと払った。相手のコートに返さないようにしっかりと自分のコートにボールを落とすことは忘れずに行う。


 これにて俺が沖田にボールを渡してしまったことから始まった災難は終わった。


 俺はボールに当たってしまったので、すごすごと外野へ向かおうとした。だが、手を引っ張られたので、とりあえず確認する。


 「ん?」


 どこかしょんぼりしている沖田がいた。


 「ごめん、私下手だったね」


 「何ら構わない」


 たかが遊びで謝るなどしなくていいのだ。てめぇ何アウトになってんだよとブチギレされた方がちょうどいいくらいだ。


 「ありがとう」


 少し安心したような顔で、はにかんだ笑顔を見せながら沖田は小さくつぶやいた。


 ヒロインの笑顔の破壊力は半端なかった。これは何も知らない男なら一撃死である。


 「どういたしまして」


 とりあえずそう返して、俺は生き生きと外野に向かうのだった。



 

 


 


 


 



 

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