第12話 魔女会議

 俺は今日もまた、空き教室ロッカーで魔女たちの会議を拝聴していた。


 二度あることは三度ある理論で行くと、今回で二回目だから三回目もこの状況に陥ることになる。もうこの空き教室を利用するのやめようかな。


 何故こんなことになっているのか、理由は特にない。ただ単に俺が間抜けだっただけである。


 昼休みを過ごすにあたって、空き教室で一服するというのはもはや俺の中でルーティーンと化していた。


 給食を食べた後ということもあり思考能力的にもふわふわしたまま何も考えずのこのこと、この教室に来てしまった。そして魔女たちの足音を聞いて、昨日と同じようにロッカーに身を隠したというわけである。


 そんな自分に今は若干落ち込み中である。


 ロッカーの中も真っ暗だし、なんか余計に気分が落ちてくる。これからもっと嫌な気分になるんだろうなと思いながらも、それしかやることがないので仕方なく彼女たちの会話を聞くことにした。

 

 せっかくなので彼女たちの会話の特徴でも分析してみるか。


 まず奴らは三人組である。人の会話に便乗しまくるやつが一人と、聞き上手が一人と、なんかいっぱい喋るやつが一人といった構成である。


 話を聞いている感じ、この三人組の関係はまだまだ薄いように感じる。そう感じてしまうのは喋りまくる奴の気分を他二人が伺いすぎているように見えるからだ。嫌われないように言葉を選んでいるのがまるわかりである。


 喋りまくる奴、いやもうボスと呼んだほうがいいか。ボスは子分二人がそんな気遣いをしていると分かっているのだろうか。分かってて優越感を感じていそうな節もある。


 こういうやつこそクラスから浮いて嫌われそうなものだが、俺が思っているような女子の世界と現実は違うのだろうか。よくわからないカリスマのようなものを持っているからこそ、子分を作ることができるのか。強い者の後ろに付いてくと言うのは、弱者の考えとして理解できるからな。


 ボスと子分の会話内容は基本的に愚痴である。主にボスの愚痴を他二人がうなずきながら聞くような形だ。柳谷の愚痴もあったが、ほかの知らん奴の愚痴もあった。愚痴が好きなようである。うわぁと思うかもしれないが、愚痴が楽しいというのはなんとなく分かってしまうので、真正面から最低野郎と言える自信はない。まぁ、性格が悪いのは確かではあるが。


 なんかボスの顔が気になってきたな。なんとなくだが、まあまあ可愛いのではないかと予想する。


 結構性格悪そうなのに、子分のような奴らを引き連れているというのがなんとなく気になる。ぱっとしない外見の奴がそんなことをできるとは思えないからだ。別にぱっとしない外見の奴をディスっているわけではない。俺もぱっとしない外見の人間だし、その無力さは誰よりも分かっているからな。


 とはいってもロッカーの中はほぼ真っ暗だし、外の様子を見るのは困難だ。唯一光が入ってくるのは、微妙な高さにある何のためについているのかよくわからない横長の隙間である。


 今の俺の身長では背伸びしないと覗けないだろう。掃除用具も入っているので、身動きも取りづらい。


 いや、逆に狭いのを利用すればボスの顔を見れないこともないのではないだろうか。


 左右の手を横に広げて、背伸びする。体が固定されて、なかなかにいいバランスをとることができた。


 いけるな、今日の俺はなかなかに賢いかもしれない。


 俺は再び同じポーズをとって、覗き込んでみることにした。


 まあ、よくは見えないよな。角度が微妙に悪いのかもしれない。


 俺は少し体を斜めにした。すると、横にあったモップ的な掃除用具が傾いて、ゴンという音を立てた。俺はその場で固まった。

 

 女子たちの会話も止まった。


 いや、俺は悪くない。俺はモップに倒れてもいいという許可を出した覚えはないしな。このモップが悪い。


 幸い物音は小さかったし、静かにしていれば何事もなく会話が進みそうな気配がある、多分だが……。そうなってほしいからこその思い込みでないことを願うばかりだ。


 「なんか今聞こえなかった?」


 ボスが言う。他二人もそれを肯定するように声を上げた。


 いいや、何も聞こえませんでした。


 「あのロッカー?」


 「そっちの方向から聞こえたよね」


 聞こえねぇって言ってんだろ。


 まだ、焦る時間じゃない。俺は暗殺者のように息を殺す。


 「なんか怖くない、ちょっと開けてみてよ」


 「え、私が!?」


 「うん」


 やばい焦る時間かもしれない。ボスの命令は絶対である、子分は嫌でも従ってしまう。


 ゆっくりと俺のロッカーへ近づいてくる足音が聞こえてくる、恐る恐るといった感じだな。確かにロッカーに何かいるかもしれないという恐怖は分かるが、俺視点からすると化け物扱いされているみたいで、なんともいえない気分になってくる。


 このままでは開けられることは間違いないだろう。


 どうしようか、ロッカーに引きずり込んでやろうかな。それなら拉致られた奴以外はビビッて逃げてくれるかもしれない。


 ああ、ダメだ。思考が馬鹿になってる。もうこうなってしまった時点で終わりなのである。あとは死を待つだけって感じだ。まじでモップ何してくれとんだ。ふざけんなよ。


 ロッカーの前で、立ち止まった音が聞こえた。今目と鼻の先に人間の気配を感じている。最後の悪あがきとして、呼吸を止めて空気に徹する。


 そして、その時が来た。御開帳の瞬間だ。おっぴろげだ。


 ロッカーを開けた女子と目が合った。そして、女子は固まって動かなくなってしまった。


 叫び声をあげられるのかと思ってたが、どうやら驚いたら声が出なくなってしまうタイプだったらしい。


 これは好都合ということで、人差し指を自分の口に当てて、口を開いたら殺すぞポーズをとる。


 俺のこのポーズの意図は届いているのだろうか、固まったままである。立ったまま気絶とかしてないよな。


 ポーズを保ったまま静かにそれを眺めていると、女子は我に返ったのか『きゃあ』と小さな声を上げて後ずさりした。


 結局、当然の流れに着地してしまったわけである。もう出ていくしかあるまい。


 何事もなかったように、俺はロッカーから身を出す。どうもこんにちはって感じだ。


 女子たちの様子を見ると、声を失っているようだった。


 一際美人でいかにも強気そうな女子生徒がいた。多分この女がボスである。女王様っぽいもん、絶対ボスだよ、これでボスじゃなかったら何がボスなんだよ。


 どうでもいいことは置いておこう。これから俺はどうしたらいいのだろうか。逃げるのは後々どうなったのか心配になるし、やめておこう。


 とりあえず落ち着くまで黙っておくか。



 落ち着くまでにはそこまでの時間はかからなかったようで、ボスからお声がかかった。


 「あんた、なんでロッカーに入ってたのよ」


 あんたたちが来たから気を遣って隠れたのである、そう言ってやりたいところだが、何を言っても理解してもらえそうにないな。適当に脳内選択支から言葉を引っ張り出して吐き出す。


 「ロッカーの中って落ち着くんだ」


 俺の脳内選択肢どうなってんだ。ちょっとしたゴミ箱の方がもっと良いもの入っているよ。ちょっとしたゴミ箱ってなんだよ。


 「馬鹿じゃないの」


 そうです。馬鹿です。


 「ま、別にそんなことはいいわ。あんた私たちが来る前からロッカーにいたんでしょ。会話聞いてたのよね」


 「まぁ、ぼちぼち聞いてました。はい」


 全部聞いていたが、なんとなく濁す。


 「あんたどういうつもりよ」


 「どういうつもりも何もない。俺はただそこにいただけなんです。」


 「気持ち悪いやつね。あんたここで聞いたこと言ったら、どうなるか分かってる」


 「言うつもりありませんって」


 何故か俺が脅されている形になっているが、ごちゃごちゃと何か言うよりは下手に出ておいたほうがいいだろう。


 「信用はしないけど、とりあえずはそう思っておくわ。もし言ったらあんたの悪い噂流しまくるから」 


 たぶん悪い噂を流されたとしても、俺の学生生活には支障は出ないと思う。でもめんどくさいので頷いておく。


 「あんたの名前は」


 「佐藤です」


 「フルネーム」


 「佐藤照人です」


 「聞いたこともないわね。どうでもいいけど」


 どうでもいいなら言わなくていいと思う。なんでちょいちょい心を刺してくるのこの子。


 「じゃあ、私たち行くから。言ったらぶっ殺すわ」


 そう言って彼女たちは出ていった。なんか罰がぶっ殺すにグレードアップしたな。


 柳谷には非常に悪いが、美人に強気な態度で責められるのはちょっとだけぞくぞくした。いや、興奮した。


  


 


 

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