第11話 我儘

 柳谷から訝し気な視線が向けられることに気づいた。


 「あなた何か知ってるの?」


 「知ってるような知ってないような」


 「どっち。はっきりしなさい」


 「……」


 昼休みにロッカーで聞いた魔女たちの会話を伝えてもいいものか。そんな俺を見かねてか、柳谷が口を開く。


 「……私に知られるとまずいことがある?」


 彼女の思考はどんどん未知の可能性を広げているらしい。とんでもない思案顔だ。たぶん、放置したら明後日の方向にぶっ飛んでいく可能性がある。


 「いいや、まずいというか。嫌な気持にさせるかもしれないと思ったんだ」


 「気を遣う必要はないわ。嫌な気持になるのには慣れてるの。どうってことはないわ」


 どうってことないってはずないだろ。嫌な気持になれば、落ち込むかもしれないし、むかつくかもしれない。


 とはいっても、もう言う流れになってるよなこれ。嘘でお茶を濁すというのもありか、いや変に鋭いところがあるからなこの女、せっかく濁した茶をぶちまけられるかもしれない。


 ここは正直に言っておくか。相当なことがない限りはめちゃくちゃな状況にはならないだろうし、多分。




 俺は昼休みにあったことを包み隠さず柳谷に伝えた。柳谷は俺が話しているときに一切の口を挟まず、ただただ俺から吐き出される言葉に耳を傾けていた。


 そのすべてを聞き届けた柳谷の表情は何というか微妙な感じになっている。もっと嫌な反応されると思っていたのだが、そこまで苦痛に顔をゆがめるような話ではなかったということだろうか。


 もし俺なら陰でいじめ会議が行われていると知った時点で、不登校まっしぐらである。


 「嫌な気分にさせちゃったか?」


 「いいえ、そこまで嫌な気分にはなってないわ。あなたのロッカーに隠れるという行動が意味不明すぎて緩和されたということかしら」


 「最善の選択だっただろう」


 「普通に教室から出ればよかったじゃない。そのせいで知る必要もないことを知ってしまったわけだし……」


 尻すぼみになりながら柳谷はそう言った。嫌だよな、他人に自分のそういうことを知られるのは。


 「まぁ、なんだ。俺も女子の怖さを肌で感じれたし、勉強になったからな。知る必要はあったといえる」


 「……そう。それなら良かったわ」


 「そうだな」


 しばらくの間、俺たちは無言で歩く。俺は話すネタを考え、柳谷は心の整理といったところだろうか。このまま歩きすぎると家に到着してお別れになってしまうので、気になることは聞いておこう。


 「女子に窃盗の疑いをかけられたって言ってたよな。結局疑いは晴れたのか?」


 「晴れたわ。まぁ、彼女はそれ自体はどうでもよかったみたいだけど」


 「どういうことだ?」


 「私の態度が気に入らなかったみたい」


 「ほう?」


 いまいち全容がつかめないでいる。適当に相槌を打ちながら、俺は柳谷の言葉に耳を傾ける。


 「これまでのちょっとした嫌がらせのようなものをされてきたことは言ったわよね」


 「うん」


 「その程度のことには慣れているから相手にしていなかったの。それが彼女的には気に食わなかったのでしょうね。それで彼女はその鬱憤を晴らすために試行錯誤して私を嵌めに来たというわけよ。罪を私に着せるのはあくまで手段で目的はむきになった私を見て鬱憤を晴らすことだったというわけよ」


 「なんだそれ」


 「そうね、意味が分からないわ。でも、それが真実」


 そこまで分かってるなら、相手にしなきゃよかったのにというような表情を読み取ってか。


 「ただの気まぐれ。真正面からやり返したい気分になったの」


 柳谷は堂々とそう言った。


 もしかしたら柳谷は頭の良い馬鹿なのかもしれない。今なんとなくそう思った。何もかも理解しているのに自ら袋小路に入ってリンチされに行くだろうか。


 「そんで、叩き潰せたのか」


 「……叩き潰したような、潰していないような感じね」


 「どっちだよ」


 このはっきりとしない感じだと逆に叩き潰されてるまであるな。


 「自白させてる途中で、彼女が泣いたの」


 それを聞いて、そのイジメ女が何を最終目的に行動していたのか分かったような気がした。


 「そして、私は正しいことを言っていただけなのに、いつの間にかクラスメイトから嫌な視線を集めるようになってたわ。私のほうが悪役のように見えたのでしょうね」


 イジメ女はクラスメイトにも柳谷にヘイトを向けてほしかったんだな。それにしても上出来すぎるとは思うが。


 「その女を泣かせるまでにいたる過程で結構強めなこと言ったりした?」


 「言ったわ」


 ドヤ顔しているわけじゃないのに、ドヤっという効果音が聞こえたような気がした。


 イジメ女の成功を後押ししすぎてる。柳谷のこの様子だと自分が言いたいことをオブラートに包むことなくすべて吐き出して攻めまくったのだろう。傍目から見たら悪く見えまくっただろうな。自分の首を自分で絞めていくスタイル流石である。


 「なんか自ら嫌われ者ルートに突入していってないか。分かってる?」


 もはや変に言葉を取り繕って遠回しに聞くのがめんどくさくなってきたし直球で聞く。


 「分かってるわ」


 分かっているらしい。だが表情が曇っているし、あまり触れられたくはないようだ。そりゃそうだ。


 「……まぁ、柳谷らしいといえばらしいな。自分を貫くことに意味がある」


 あ、やべ、心の声が漏れてしまった。まだ二回目の邂逅で分かったような口を開くなとか言われそう。


 柳谷は驚いた顔をして俺を見る。そして、意外にもすぐに切り替え笑顔を見せる。


 「その通りよ。私は私なりにやったんだからそれでいいの」


 「ならまぁ良いんじゃない」


 素直にそう思ったので口に出す。誰が相手でも自分自身のありのままの姿でいられるというのはかっこいいだろ。真似しようと思っても簡単にはまねできない。ましてや苦難がありながらそれを長年貫くなんて無理な話である。柳谷も人並みに悩んだりもしているようだが結局その生き方を貫こうとしてしまう、なんとも稀有な存在である。正直憧れる。


 やっぱり簡単に自分は曲げてほしくないよな。


 それにヒロインなんだし、それくらいの個性があるくらいがちょうどいい。あきらめたように静かに笑っているだけの彼女は見たくない。


 彼女がありのままを貫くためには、ただ寺島がやったようにただ守るだけではだめだ。


 では俺にできることはいったいなんだ。はい、分からない。


 何も解決はしていないが、とりあえず今日のところはこれでいいだろう。今日の俺の脳みその稼働容量はパンパンである。



 そのあとは特に会話はなかったが、別に空気が悪いわけではなかった。単にこれが本来の自分たちの無言スタイルなのである。互いにそれを理解しているからこそ特に苦痛な時間ということではなかった。


 しばらくそんな感じで歩いていると、不意に柳谷が止まる。


 「どうかしたか?」


 「私この道曲がるから」


 「そうか、俺は真っすぐだ。さようならというわけだな」


 「そう」


 あたりが静寂に包まれる。この感じの無言状態はあまり好きな部類ではない。喋ったほうがいいのかなという焦燥感に駆られる。夕日が綺麗ですね、みたいなことでも言ってやろうかなと思ったところで、柳谷が先に口を開く。


 「あなた、これからも昼休みはあの教室で過ごすの?」


 「そうだな。落ち着くしな」


 「私が行ったら迷惑かしら?」


 どこか自信なさげに柳谷はそう言った。変なところでアグレッシブな癖にこういう会話は苦手なのだろうか。


 「いいや、全然」


 「そう」


 「まぁ、明日から魔女たちに占領されている可能性があるからな。近づいたら殺されるかもしれないから、あまり近づかないほうがいいかもしれないけど」


 「そうね」


 「じゃあ、そろそろ俺は帰る」


 久しぶりにこんなに人と話したので疲れた。喉も若干だが枯れているというありさまである。家で発声練習とかしたほうがいいかもしれない。どうでもいいことを考えながら、柳谷に背を向けて俺は足を踏み出した。


 「佐藤君、今日はありがとう。楽になったわ。……こんな風に誰かに話したのは初めてだったから。それじゃまたね」


 そんな感謝の声が聞こえたので、俺は振り返った。だが、柳谷はすでに背を向けて歩き出していた。


 


 

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