第10話 待ち伏せ
放課後、俺は柳谷に会うために一年生の廊下と昇降口を往復していた。
教室に直接行って柳谷さんいませんかと尋ねるほうが手っ取り早い気もするが、そのようにした場合、柳谷が悪目立ちする可能性もある。
俺も奇異の視線を浴びせられるのはご免なので、できれば偶然を装ってエンカウントしたい限りである。
しかしあれだな、放課後はなんだか賑やかだ。学校という牢獄から解放されるということで、生徒たちもハイテンションモードになっているということだろうか。まるで小学生である。いや最近まで小学生だったから同じようなものか。
いつも通りの俺は放課後になった時点で即帰宅するから、こういった賑やかな雰囲気に包まれるのは初めてで新鮮だった。
生徒たちの様子を眺めながら廊下を行ったり来たりしていると、いやでも他人の会話というものは耳に入ってくる。
「今日どこの部活いくー」
「うーん、テニスとか……」
部活見学。どうやら皆の衆の妙な張り切り具合はそれによってもたらされていたものらしい。
この学校は部活動の参加は自由で、俺はもちろん帰宅部だからはしゃぎようがない。
ギャルゲーを巡る問題抜きにしても、俺は帰宅部一択だっただろう。その辺に対する情熱は一切ないといっていい。
学校によっては部活はやらなければならないみたいな暗黙の了解とかもあるからな、その点この学校は良心的だった。相当なことでない限り、嫌々何かをやらせるというのは何の得もない。育ち盛りの俺たちには自由な選択をさせるべきなのである。
俺の見る限り多くの生徒は部活動見学の予定があるようだった。即帰宅という選択支はみんなの中には存在しないのだろうかと若干ながら不安になった。
たぶん、あれだな。友達同士の付き合いで本当は帰りたいけど、友達が部活動見学一緒に行かないかって誘ってくるし、みたいな感じの人が多いのだろう。
俺はその点有利である。友達がいないのでその選択肢をとっても何の問題もないのだ。いや、どこも有利じゃない。悲しくなるから変にマウントを取ろうとするのはやめよう。
それはそうと、柳谷がいない。
奴もまた、部活動見学の予定があり、どこかに駆け出しているかもしれない。ゲームではそういう情報がなかったはずだが、大和撫子風の見た目をしているし弓道とか茶道とか、日本の心を重んじる系の部活とかはやってそうではある。
まあそれは冗談として、たぶんやらないだろうなとは思う。協調性がまずないだろうし、そもそも極端に物事を考えすぎて部活の存在意義そのものをディスリそうな気配すらある。
そんなどうでもいいことを考えながら、疑似シャトルランを繰り返していると、やっと柳谷を見つけることができた。
周りにバリアを張っているのだろうか、柳谷が近づくと一部の生徒たちは端のほうに避けていく。
その一部の生徒たちというのは、どの顔も見たことがない。たぶんだが、柳谷と同じクラスの生徒なのではないだろうか。柳谷が自分のクラスでいい感じにやらかしているのなら、その道を開けるという反応もうなずける部分がある。
とりあえず、気にせず柳谷の後ろを追いかける。
やはりと言っては何だが、柳谷は部活動見学の予定はないようだった。柳谷が真っ先に向かったのは昇降口である。
偶然会いました風を装い、俺は声をかけた。
「どうも」
しっかりと俺の声は届いたようで、鋭利な視線が向けられた。
「あいさつしただけだろ、睨むなよ」
「……悪いわね。今ちょうど機嫌が悪かったの」
「大丈夫か?」
女の子の日だろうか?一瞬そんなフレーズが頭をよぎったが、寸前で何とか飲み込んだ。たまに無性に変なフレーズを呟きたくなる時がある。最悪な癖である。いつかその変なセリフを無意識につぶやいて痛い目に合いそうで怖い。
「大丈夫よ。というより、あなた妙な偶然ね。待ち伏せでもしてたみたい」
なんでそんなに鋭いんだよ。即座に嘘で武装する。
「いや偶然だ。即帰宅する奴は少数みたいだから、いやでもすれ違ってしまうんだ。お前は覚えてないかもしれないが、入学式の時も帰りの昇降口ですれ違ってるからな」
「そうだったわね」
「意外だな。覚えてたのか」
「自分の前にいきなり全力ダッシュして駆け抜けていく人がいたら、いやでも印象に残るわよ」
クスクスと笑いながら、あの時のことを柳谷は語る。
こんな風に笑える奴がいじめにあうというのは正直考えられない。クラスメイトには俺とは違った対応をしているのだろうか。
「部活とかはどこに入るかもう決めてるから見学に行かないのか、それともそもそも部活に入る気はないとかか?」
「そうね。ないわ」
「俺も似たようなもんだ」
「そう」
じっととした視線を柳谷から浴びせられる。俺がなぜ話しかけてきたか、考えているようにも見える。
そんな視線を浴びせられても、答えは出ないだろう。俺も自分でなぜ話しかけたのかはよくわかっていない。
強いて言うのなら、なんとなく話しかけてみたというのが答えだろう。実際、何か行動を起こさないと何も起きなさそうな状態だったからな、仕方ないといえば仕方ない。
「あなた何を考えているの?」
「特に何も考えていない」
「馬鹿なの?」
「そこまで馬鹿ではないという自負はある」
「変な人」
前世の記憶を持っているからな、変な人であってる。
「ここで立ち止まり続けるのもあれだから、歩きながら話さないか?」
勇気を出して会話延長を依頼する。
「ええ、いいわよ」
結構な確率で断られると思っていたが、どうやら今の俺にはナンパ師かヤリチン男のディステニーパワーが宿っているらしい。楽々お持ち帰りコースである。
幸運なことに帰り道は同じ方向だった。校舎を出た瞬間に左右に分かれて会話終了みたいなパターンも考えていたからな。
「最近、何か面白いことあったか?」
「ないわ」
適当に話題を振ってみたところ、寂しい返事が返ってきた。ちょっとくらい楽しいと思える瞬間はないのだろうか。道でタンポポを見つけたとかさ。
「あなたはある?」
「俺はあれだな、宝くじが当たる夢を見たとかだな」
「馬鹿ね」
そんな感じで適当に会話をしながら、程々に空気を和ませていく。
「友達とかできたか?」
和ませたところで、即座に爆弾を投下するスタイルである。彼女がこの手の会話を嫌うことは目に見えているが、あえて投下した。
それによって今の彼女の状況が見えてくる部分もあるだろう。
「前言ったことを忘れたの?私これまで友達出来たことないのよ。急にできるわけがないでしょう」
誰が見てもわかるくらい柳谷はひりついた表情を浮かべた。前そのことについて話していた時のように飄々とした態度とは明らかに違う。
クラスで何かあったとみていいだろう。
ここは詰めるべきだろう。空気をあえて読まないくらいがちょうどいい。
「なんかあったのか?」
「……」
柳谷は口を閉じたまま、歩き続ける。
そして、しばらくして俺のほうを見て何か口を開こうとし、それをやめて口を噤むというのを数度繰り返した。
自分から話しそうな気配があったので、ここでは空気を読むことにした。俺も黙って待ち続ける。
やがて決心がついたのか、柳谷は口を開いて言葉を発した。
「……最近、私につっかかってくる女子生徒がいるの」
「ほう」
「私の言うことに対して、毎度逆のことを言ってくるの」
「わざとやられてるんだな」
「ええ、私が嫌がっているのを知っているのだと思うわ。何故かは分からないけど」
柳谷は話さないと分からないが、感情がよく表情にでる。笑ったり、不機嫌な表情だったりな。その嫌がらせをしてきている奴もそれを知って繰り返しやっているのだろう。しかし柳谷自身がその癖について気付いていないのは意外だったが。いや、友達がいないというのなら、それを伝えてくれる人もいないということだからな、当然といえば当然なのか。
ここでそれを言うと、俺が聞きたいこととは別のところに曲がっていきそうなので後にしておこう。とりあえず今は、聞きたいことを聞く。
「柳谷はそれでどうしたんだ?」
「いいえ、そこでは何もしていないわ。そういう人がいるのも私は理解しているから」
「じゃあ、ほかに嫌なことをされたと?」
「彼女の所有物を盗んだというわけの分からない罪を着せられたわ」
まじかよ。めんどくさいなそれ。そう思ったのと同時に脳裏にあることがよぎる。
「ちなみにそれをやられたのって昼休みの後だったりするか」
「そうよ。それが何か?」
「いいや、まぁ、なんというか」
結構な確率で昼休みの魔女会議の奴らの仕業である。行動するの早すぎやしませんかね。そんなことに力を注がず、部活動でも男遊びでも何でもいいからもっと青春らしいことに力を注ぐ気になってほしいと心から思う。
あとがき:
どうも作者です。おかげさまで1000pv達成しました。こんなに見てもらったの初めてです。皆さんは神です。ありがとう。
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