第9話 柳谷の事情
柳谷の状況が悪いのはよく分かった。俺はシャーペンをノートにとんとんしながら、思考の渦に身を投げていく。
分かっただけで、解決策など何も思いつかない。そもそもいじめってどうやったら止められるのだろうか。
未然に防ぐごとができれば一番良いんだけど。さっきの魔女会議を聞いた限り、現在進行形でおっぱじめそうな気配。そのフラストレーションが簡単に霧散していくというのは考えられない。いじめとかのレベルにはいかなくともちょっとした嫌がらせには発展していくのではなかろうか。いじめと嫌がらせの違いはよく分からんけど。
気に食わないから、うざいから、なんかスカッとするから、いじめが始まる理由なんてそんなもんだろう。
俺はいじめっ子になったことはないので、本来彼らが何を考えてそんな行動をとろうとしているのかはわからない。
寺島はどう解決したんだったかな。柳谷ルートでの寺島の行動を思い出していく。中学生と高校生時代の柳谷は別物であるから、その解決策が中学時代にも通用するかは分からないが、考える余地はある。
高校生時代もまた、柳谷はそれが当然であるようにいじめられていた。彼女の孤高を貫くという正義は今も昔も変化がなかったようで、それが原因となっているのは言わずもがなという感じだ。まあ、それは置いておいて、思い出そうではないか。
寺島と柳谷の出会いは屋上だった。柳谷が自殺しようとしていたところを寺島が偶然通りかかったみたいな感じだな。寺島が何で屋上に行こうと思ったのかはよく覚えていないが、風を感じたかったみたいなしょうもない理由だったはずだ。
そして、なんやかんやありながら寺島と柳谷は交流をしていくようになる。それで、いじめについても知ってしまうというわけである。
ここからが本題だ、寺島はそのために何をしたか。
答えは単純明快である。いじめっ子たちに対して素直にいじめをやめてくれないかといっただけである。え、それだけって感じだ。
だが、寺島という人間がそれをやることによる効果は計り知れなかったということなのだろう。
柳谷をいじめている人たちは当然女である。イケメンに嫌われたくはないだろう。寺島という規格外のスペックを持つ人間から嫌われるかもしれないというリスクを彼女たちに考えさせたということなんだろう。マジ何なのアのイケメン、ふざけんな。
寺島だけにできる有効な手であることには間違いない。俺には到底できない。俺がやったらキモがられて柳谷とセットでいじめられるアンハッピーセットの完成してしまうことだろう。
ま、ゲームで柳谷は寺島という最強の盾を手に入れて、何不自由なく学生生活を送れるようになったというわけだ。
まぁ、適当にまとめるとこんな感じのストーリーだ。ゲームでやれば多少なりとも感動したりもするのだが、こんな風にまとめるとだいぶ薄っぺらいな。どこにでもありふれたようなストーリーである。
言葉だけで伝えようとすると何ともないハッピーエンドに聞こえるし、柳谷もそれを受け入れたようで何の問題もないように見える。
だが、ゲームを通じて柳谷ルートをプレイした身としては、それは違うのではないかと思わずにはいられなかった。
彼女は結局、自分を貫くことをやめてしまった。ゲーム越しでも伝わる何かを諦めたような笑顔を俺は覚えている。
寺島と出会わなかった彼女はいじめられ続けても、最後まで自分を貫いていた。自殺するくらい追い詰められても、自分を貫いて最後まで一人で戦い抜いた。それこそが本来の彼女ではないのか。
そんな彼女だからこそ最初は寺島に守られることを拒否していた。だが、拒否しても正義の塊である寺島は止まらなかった。
あっという間に彼女の状況は変わった。
彼女のまっすぐだった道はいつだって辛く険しかった。そして新しく見えた横道はきれいに整備され、なんとも魅力的だったか。
俺はそれをハッピーエンドとして素直に受け取ることはできない。高校まで貫いてきた自分はいったいなんだったのか。
過去の自分を自分自身で殺してしまうというのはなんとも悲しい。
寺島は確かに彼女を守った。でも、本来の彼女を救うことはできなかったのではないだろうか。
俺は寺島のような行動はとれないだろうし、取るつもりもない。
何をすれば、彼女を救えるのか。
とりあえず、柳谷ともう一度コンタクトはとっておくべきだろう。俺はゲームでの柳谷しか知らないからな、俺が今考えているのはあくまで高校生時点の柳谷の状況だし。今とは状況も違ってくるだろう。
ふいにチャイムが鳴った。授業が終わったのだと深く息を吐き、胸をなでおろす。
気を張りすぎているのか、俺よ。もうちょっと楽に構えようではないか。何気なくクラスを見渡しながら、ぼーっとする。
寺島も清川もほかの連中も、特に変わった様子はない。毎日毎日、同じような行動をとっている。
周りを見渡していると、自然と横にも目がいく。倉橋も何事もなく、休憩時間を満喫しているようだった。周りにいるのは隣の席の俺だけで、特に影はない。
そんな状況も作用してか、それともただ単に魔が差したのだろうか、俺は倉橋にしゃべりかけていた。
「あのさ、女子とかっていじめとか普通にあるの?」
口に出してから思う。急に何を言っているんだこいつはと。
「……え?いじめ?」
困惑しながらも、倉橋はそう返してくる。もう会話が始まってしまったのでしょうがない。俺は肯定を伝えるために頷いた。
「うーん、あると思うよ」
彼女は何事もないといった様子でそうつぶやいた。
「そうか」
「そうだね。男の子も女の子もそんな差はないからね。みんな同じように嫌なことは嫌だと思って、楽しいことは楽しいと思う心があるから」
「倉橋はもし誰かがいじめられているのを見つけたらどうする?」
倉橋は俺の顔をまじまじと見つめながら、微妙な顔を浮かべた。何だろうか、鼻毛とか伸びていたのだろうか、思わず顔をそむけたくなる。
「……私は。声をかけるかもしれない。でも、たぶんそれだけ終わっちゃうかな」
どこか言い辛そうに、言葉を選びながら倉橋はそう言葉を絞り出した。そこで俺も嫌な質問をしたもんだと気づいた。そりゃあ答え辛いだろう。
こんな質問、助けると答えても嘘っぽいし、どうもしないと答えたら薄情に見えるという地獄の質問だ。
それでも倉橋はしっかりと答えてくれた。それにこたえるように俺はもう一度、彼女の言葉をかみ砕く。
「なんか嫌な質問をした気がする。ごめんなさい」
「ううん、いいよ。でも、いきなりどうしてそのことを聞いてきたの?」
「あの、あれだよ。何事もなくみんな過ごしているように見えるが、裏ではそんなこともあるのかなとふと疑問に思ったんだ」
「ふーん。そうなんだ」
少し微笑みながら、目を合わせてくる倉橋から目をそらす。それっぽいことを言ったが、たぶん嘘だとばれてる気がする。何事もなくそんなことを聞くはずもない。
「照人君は隠し事が下手だね」
鋭く声を放ち、倉橋は満面の笑みを浮かべた。
ほらね。
「いつか気が向いたら何をしていたのか、教えてね。約束」
彼女が言葉を発したと同時にチャイムが鳴り、六限が始まる。
いつかお金返すからと友達と口約束するのと同じで、いつか有耶無耶になってほしい限りである。
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