第8話 危機

 サボり男は教室に戻っても、誰にも気にされることはなかった。


 声を掛けられなかったということにほっとしつつ、俺は机にうつ伏せになった。


 もはや眠気はないが、とりあえずこのポーズをとっておこう。空気になりきれ俺よ。溶け込むのだ。


 「ねえ、昼休みからずっといなかったけど、どこに行ってたの?」


 こちとら寝たふりを続けて話しかけるなオーラを出しているというのに、話しかけてくる猛者がいた。


 無視するのもあんまりなので、むくりと起き上がる。


 「ちょっとその辺で休憩してたらそのまま寝っちゃってさ。」


 倉橋に向かってそう言い放つ。


 「え、どれだけ寝たら満足できるの?」


 倉橋はガチでひいていた。弁明したいが、ほぼ真実なので弁明できる要素はなかった。


 「まぁ、寝てしまったもんは仕方がない」


 「……なんかすごいね」


 「うん、まぁ……」


 流石の倉橋も言葉に詰まっているようだった。なんか悪いことをした気分になった。


 そんなこんなしているうちに帰りのホームルームが始まる。


 何事もなく、ホームルームは進んでいった。


 最後に先生に呼び出された以外は。


 どうやらサボり魔に鉄槌が下されるようだ。先生は激おこプンプン丸な表情で俺を手招いた。


 俺は褒められて伸びるタイプである。悪いことをしたというのは自分で理解しているし、正直怒られるのは俺の気持ちをナイーブにするだけで逆効果なんだよと先生に伝えた。もっと怒られた。余計なことを言うのはやめよう。ごめんなさい。


 クラスの生徒たちが掃除の準備を始める中、俺は一人怒られるのだった。




 制裁を受けた後は、俺もみんなと同じように掃除の準備に移行する。


 掃除グループは給食の時の班と同じだ。そして今回は教室掃除担当ということで、俺は先生に監視されながら、せっせと手を動かす。


 真剣にやっているアピールは欠かさない。先生は朝の遅刻のことも覚えていたようで、このままでは完全にダメ生徒扱いされそうだからな。これからもグチグチと小言を言われるのはごめんである。


 「まぁ、自業自得か」

 

 俺の心はそんな憂鬱感に堪え切れなかったようでぼそりとそんな独り言が出てしまった。


 「あはは、ドンマイだよ」


 近くにいた倉橋がそんな俺の言葉を聞いたのか、励ましの言葉をくれた。


 何か言葉を返そうと口を開きかけるが、それを遮る者がいた。


 「授業は……サボってはいけないよ」


 ぬぼっと話しかけてきたのは小島君である。


 正論すぎて、腹が立つからやめてくれ。思わずぶん殴りたくなったぞ。


 「ははは」


 とりあえず、笑っておいた。


 僅かな敗北感を味わないながら、教室掃除に没頭する。


 雑巾がけをしていると、腕が隣の人間にぶつかった。


そこには同じく雑巾がけを黙々としていた清川奈々がいた。今朝もそうだが、この女とはよくぶつかってしまう運命にあるらしい。そして、絶賛俺にガン飛ばし中である。


 もうちょっとお淑やかに振る舞えないものかな。なんか体がキュってなっちゃうよ。


 誰にでもこんな調子だったら、寺島にだって印象は悪いのではないのだろうか。ここはひとつ助言くらいしてもいいだろう。


 「顔を顰めるのはやめなさい。皺になるぞ」


 「あぁ?」


 やれやれといった表情をわざとつくって煽ってみる。

 

 「……!」


 その瞬間清川の頭が飛んできた。うん、頭突きを喰らわせられた。痛い、痛いよこの子、マジでやべぇ女だよ。なにか一言文句でもと口を開きかけるが寸前でストップ。


俺も頭に来た、まじムカつく。もう言葉で語っても仕方がない。ここは男女平等の精神で俺も頭突きをお返しすべきだろう。


 「おらぁ!」


鈍い音とともに俺の頭突きはクリーンヒット。やってやりましたで師匠。


雑巾を片手に持ったまま床に仰向けに倒れる清川。そして、白目を剥いたまま起き上がらなくなった。あれ、大丈夫か、これ、やりすぎちゃったか。おそるおそる手を伸ばした瞬間。グリンという感じで目の焦点を戻した清川は俺の胸ぐらを掴み頭突き連打。やだこの子、頭硬い。ダイヤモンドヘッドバンドなんですけど。


そして、俺は小娘に敗北した。おまけに女の子に手を出すとは何事かと先生に大説教。親御さんに報告しておくとのことだった。問題児ルートに入ってしまったようだ。


俺は全く悪くないが、清川との関係は最悪になったと言えるだろう。とりあえず、清川のことは放置しよう、めんどくせぇし。

 

 清川のことは忘れて他のヒロインたちの問題を解決しよう。そして、ゲームの舞台が始まる高校になるまでの寺島ヒロインズを1人でも減らし、清川が選ばれる可能性を高めるとしようではないか。


 ちなみに寺島が清川と結ばれなかった時のことは何も考えない。考えたくもない。




 

 それから何の発展もなく、一週間が過ぎた。


 本当に何もなかった。というか何もしなかった。柳谷とはあれ以降、遭遇することはなく。他にいるであろうヒロインたちともコンタクトはとれていない。


 我ながら情けない限りである。でも何かの導きのような奇跡的な偶然がないと、ヒロインたちに話しかけるのムズいのよ。完全な言い訳にしか聞こえないだろうが、難易度が高いんだよ、モブにとっては。嘘です、ごめんなさい、俺の怠慢です。勇気が出ませんでした。


 寺島と清川についても特に何もしていない。たまに彼らの様子を眺めているだけだな。


 寺島は着々とクラスの人気者の地位を確立しているようだった。リーダシップがあり、イケメンで、賢くて、イケメンでイケメンだからな。そうなるのは当然だったのだろう。


 清川は何というか寺島とは正反対の位置にいるように思える。美少女なくせに、とげとげしい雰囲気を漂わせているから、誰も近づけない。俺との頭突き合戦も影響してやべぇ奴だと思われていることも関係しているだろう、なんならこれが一番の理由な気がするわ。俺も多分クラスメイトからやべぇやつだと思われてるっぽいし。隣の倉橋以外誰も話かけてこないもの。倉橋まじ天使。


 班での活動も、女子たちがまあまあ仲良くなったことで、沈黙が続くという環境ではなくなった。これによって安心して無言のまま給食を食らうことができるようになった。ちなみに小島君と清川は無言で食べている。たまに清川と視線が交錯するが、どちらかが逸らすまでずっと睨み続けるというプライドバトルが発生する。


 俺は私物化した空き教室でそんなことを考えながら、今日も昼休みの時間をぼーっとしながら潰していた。


 ワンチャン柳谷が来ないかなとは思ってはいたのだが、ここ一週間彼女が姿を見せることはなかった。


 そんな時だった、空き教室の外から数人の話し声が聞こえてきた。


 柳谷ではなさそうだな、彼女は群れで行動しないだろうから。


 こんな廊下の端っこにあるような教室に近づいてくる生徒は珍しかった。まさか、この空き教室が目当てだろうか。


 俺はゆっくりと椅子から立ち上がって、掃除用具入れのロッカーの中に身を隠す。


 埃臭いが、仕方がない。いや、仕方がなくはないな。そもそもなんで俺は隠れたんだろうか。内に秘めた引きこもり精神が外敵の脅威を感じって反射的に行動を起こしたのか。


 最近ぼーっとしすぎて頭のねじが緩みきっているのかもしれない。


 そんなことを思って自問自答を始めそうになっていた時だった。ガラガラと空き教室の扉が開いたではないか。


 やはり数人いるのだろう、足音がいくつか聞こえる。やべぇ、入ってきちゃったよ。どうしようどうしよう。


 今の段階で出て行ったらあれだよな。変人扱いされるだろうな。とりあえずいったんロッカーの民になろう。


 「こんなとこに教室あったんだ」


 「結構穴場じゃない」


 我が聖地に入ってきた者たちは、しょうもない会話を繰り広げだした。


 声色からしてどうやら女子生徒のようである。


 「私たちの学年って可愛い人って多いよね。沖田さんとかすごい目立ってるけど」


 「男子にも絶対人気出るよ」


 そうだろうなと思いながら、女たちの声を聞き続ける。沖田というのもヒロインだ。他クラスに美人がいると聞いてチラ見しに行ったが間違いない。超可愛かった。


 「うちらのクラスにもいるじゃん。とびっきり美人な女」


 「ああ、柳谷さんね」

 

 柳谷の名前も挙がってきた。だが、彼女たちの声には明らかに嘲笑が混じっている。それでなんとなく理解した。


 柳谷は着々といじめられキャラの道を歩んでいるようだ。流石である。


 「確かに可愛いけど、あの人はそれ以外がちょっとね」


 「自分のことしか考えてなさそうだしね」


 それから罵詈雑言が飛び交った。話している内容は最悪なのに、彼女たちの声色はエロ動画を初めて見た少年たちのように元気いっぱいだった。内容を知らなかければ、俺もその会話に混ざりたくなっていたことだろう。

 

 一通り話し満足したのか、彼女たちは空き教室を後にした。


 俺もロッカーから抜け出す。空き教室の空気はロッカーの中よりも澱んでいるようにかんじた。


 さて、俺はどうしたらいいのでしょうか。

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