第6話 サボり
再び目を開けたころには、給食時間は終わっていた。俺は片付けるために立ち上がる。
片付けを終え、歯磨きをし、すっきりとする。
次の五限が始まるまでには長い休憩時間、つまり昼休みがある。俺は机にうつ伏せになりながら、さっきの清川の反応について冷静に考えてみることにした。
寺島の話題を振ったときのあの嫌悪感のようなものは何だったんだろうか。いや、単純に私の寺島の情報は渡さないわよ的な反応だったら別にいいのだが。
今思い返してみると、そのような反応には見えないような気がした。寺島との関係を疑われること自体が鬱陶しく、それが嫌悪感に現れたのではないかと。
なぜだか、今考えているこの考えの方が正解な気がしてならない。
もしそうなら、清川と寺島の関係性はまだそこまでの進展がないということではないだろうか。
清川が寺島以外とも一応コミュケーションをとることができる点、寺島との関係を疑われることへの嫌悪感、この二つを考えるとゲームの開始つまり高校生時点での清川と今の清川は別の存在のように思える。
何がきかっけでそうなっていくのかは分からないが、ゲーム開始時点では清川はそんな状態だったし、俺が放置しても確定事項としてそのきかっけとやらは遂行されるだろう、多分。そうでなければ、ゲーム開始とは異なる状態になってしまうからな。
俺は、とりあえず清川にはノータッチでいこう。不用意に近づいてはフラグを潰す可能性もあるしな。とすると、さっきの寺島についての質問したのも若干後悔対象になってしまうが、やってしまったのでしょうがない。今後気を付けよう。
ふと周りを見渡せば、俺の状況など知る由もないクラスメイト達が楽しそうに昼休みを満喫している。こっちは青春に文字通り命を懸けているのに、奴らはどうだろうか。ただ単純に青春を楽しんでいるではないか。何も考えず、彼らと一緒になったらどれだけ楽だろうか。そんな考えが俺の心を少しずつ満たしていく。
だが、そのぬるま湯につかってしまうことは、俺が死への道へ爆走することと同義だろう。俺は今の状況にしっかりと目を向けなければならない。
そう思い直しても、この教室にいるとそれがもうどうでもよくなってくる。思わずそんな自分に溜息を吐きたくなる。
気分転換に散歩でもしてくるか。
廊下に出て、とりあえずトイレに向かった。
ぱっと思いつくスポットがトイレしかなかった。昼休み時間のトイレは人気がないようで、人の気配は完全になかった。あるのは微妙に臭いトイレの匂いである。
これはこれで気持ち悪い気分になりそうなので、ささっと用を足して、トイレから抜け出す。
誰もいなくて静かで臭くない場所に行きたい。
ふらふらと歩いていると、廊下の端の方に空き教室を見つけた。数ミリドアを開けて、中を確認する。誰もいないようだな。入ってもよさそうだ。
俺はそのまま空き教室へ入った。
中に入ると教室というより、物置といった方が良いのではないかという風景が広がっていた。机や椅子が積まれるように置かれ、掃除用具の替えのようなものも転がっている。
埃臭いがぎりぎり耐えれる環境ではある。俺は手近にあった椅子の埃を払って座った。
しんと静まった環境が今の自分に合っていることが分かる。静かな空間で何も考えず、ただぼーっとしているだけなのに、心が安らいでいく。
こんな心境になってしまうのは前世の知識を持っているということも関係しているのだろうか。教室の中にいる自分という存在に対して、ひどく異物感を感じてしまうのだ。どこか息苦しい、俺だけ違う目標を持って青春を歩んでいくという歪さが心の隙間に闇を生みだしていく。そして、異物は孤独を求めるようになるのだ。
俺の気持ちを理解してくれる人は誰一人いないだろう。世界がしょうもないギャルゲーをなぞりながら進んでいること、自分の将来の死をがっつり知っている人なんてめったにいないのだ。
教室の中だけでなく、世界からもハブられているような状態なんじゃないかこれ、今そう思ってしまった。こんな誰も信じてくれない要素ばかりだと本当にもどかしい気持ちになってくる。まあ信じてくれそうなやつはいるにはいるが、言ってしまったらいじられるのは間違いないだろう。
はぁ、前世の知識とかじゃなくて、もっと中二病的でかっこいいのが欲しかったな。
一人になるとどうでもいい事ばかり考えてしまうな。もう寝た方が良いかもしれない。何回寝るんだよって話だが。やることもないしな。
次に目が覚めた時は、昼休みはとっくのとっくに終わっていた。時計を確認すると、余裕で五限が始まっていた。
捜索願とか出てないよな。初っ端の授業をサボるとか問題児扱いされているか、逆に心配されてるまであるぞ。
「急に慌ててどうしたの」
「うぉお!」
一人かと思っていたら、誰かいたようである。普通にビビってしまった。嫌な予感を感じつつも凛とした女性らしい声を発した人物に視線をやる。昨日、昇降口ですれ違った黒髪のヒロインと思われる女だった。おいおい、まじかよ。なんで。求めないエンカウントだ。心の準備をしてから会いたかったぜ。
「もうここまで来たらサボればいいんじゃない?」
その女は堂々とした様子でそんなことを言い放った。俺がなぜ慌てているのかとかそんなことどうでもよさげだ。何も言葉を返さないのもあれなので、彼女に倣って何事もなかったかのように会話を続けることにした。
「でも、問題児扱いされるのもあれだろ」
「一日くらいサボっても明日になったら誰も覚えていないわ。それに授業の最中に戻れば悪目立ちするわ。先生はともかく、クラスメイトに悪印象を持たれる可能性も上がる」
それもそうだな。次の授業からしれっとした顔で授業に参加した方が良いかもしれない。
「じゃあ、サボるか」
「そうね、その方が良いわ」
そんな感じで、知らない女と変な会話を繰り広げたわけだが、多分この女はヒロインだろう。だって、めっちゃ可愛いもん。この女の容姿を一言で言うのなら大和撫子って感じだろうか、黒髪美少女の最高傑作ここにありって感じだな。透き通った白い肌と何もかも見通すような存在感のある黒い瞳、髪とか綺麗すぎてちょっと引っ張ってみたくなるわ。
そんな特徴に該当するヒロインには心当たりがあった。しかし、俺が知っているのは二次元での姿。現実に飛び出してきたヒロインたちの本当の容姿を俺は知らない。
名前を聞いてみるか。いや、昔のナンパ師みたいなやつだと思わるのは癪である。今はじっとしておこう。
それよりもなぜこの女はこの教室に入ってきたのだろうか。こんな倉庫みたいな教室に何か用事があったというのは考えにくい。そうなると俺のようにふらっと立ち寄ったということになる。
だが、ふらっと立ち寄った場所に睡眠男が設置されていた場合、その場にとどまる決断をするだろうか。俺だったらすぐにその場から立ち去るだろう。だって、こんなところでわざわざ寝ている奴とか気持ち悪いしなんか怖いだろ。
自分をディスりながら今の状況を整理したわけだが、逆に怖くなってきた。だったらどうしてこの女はこの教室に入ってきたのだ。俺の気持ち悪さに動じず、教室に入ってくるには飽き足らず、その場で待機するというのは理解できない。ナニコレ、怖、怖くなってきた。俺帰ってもいいですか。
勇気を出せ、コミュニケーションで解決だ。
「あのー、あなたもサボってるのか?」
「そうね」
「ここに入ってきたのはなんで?」
「誰もいなさそうだったから」
「俺居たよね?」
「そうね。けど無害そうだったし、妥協したのよ」
なんかスマホのAIと話しているみたいだ。俺が知りたい答えが簡潔に即座に返ってくる。個人的には話しやすい。あと、無害そうっていうのはあれだな、男として見られてないっぽい。一度ちんちんをボロンして、アピールしておいたほうが良いかもしれない。
「俺が起きたせいで有害な環境になったわけだけど、出て行くつもりにはならない?」
「ならないわ。ここはサボる場所として適しているし、あなた程度なら特に問題もないわ」
「あぁ、そう……」
「そうよ」
それから、しばらく沈黙が続く。なんだこの状況は。
こんなことなら、今からでも授業に戻った方が良いのではないか。すんごい気まずいぞ。いっそ本当にちんちんボロンして、場をかき回すのもありか、いやない。
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