第5話 給食

 授業が始まり、俺の苦行も始まった。


 高校生くらいの授業ならちょいちょい知識が抜けている部分があるので、聞く必要があると言えるが、中学一年生だとな。頭のよろしい中学校なわけでもないし、聞かなくても分かる内容ばかりだ。


 小学生の時はそんな自分に優越感を感じていたが、強くてニューゲーム状態なことに気づいてからは、ただただ虚しいだけである。何を目標に学校に行っているのか分からなくなってくる。ああ、生き残りをかけて学校に行ってるんだった。学業関係なさ過ぎだろ、なんで俺だけデスバトルしてるんだよ。


 俺は素直に夢の世界へ旅立つことにした。



 再び目を開けた時にはすでに給食時間になっていた。授業中の記憶はいっさいない。傍目から見たら寝て起きて飯食うだけのダメ人間に見えないだろうか。いや、俺は一番後ろの席だから傍目から見られることはない、ないはずだ。


 給食の時は小学生の時と同様、席の近い人同士で班を作り席を合わせていく。こうして作られた班で給食当番や掃除場所が振り分けられるらしい。


 こんな感じでクラスメイトとの交流が生まれ、クラスの形が少しづつ作られていくのだろう。


 ちなみに俺の班には、清川と倉橋がいる。席順はランダムではなくあいうえお順に並んでいるから、苗字の頭文字が近い人たちは自然に固まるようになっている。


 ゲームでは、俺は清川とは顔見知り程度の関係という説明があったはずだ。中学生時代はゲームでは描かれていないが苗字は変えようがないしこの席順は歴史的に必然なんだろう。あまり積極的には関わりたくはないがこればかりは仕方ない。


 俺達の班はとりあえず給食当番ではないようなので、机に座して食事の時間を待っていた。


 向かい合って座っているのは隣の席である倉橋なので、なかなかに緊張する。


 授業中も爆睡していたはずなのに今も寝たふりをする羽目になっている。目があったら何か話さなければいけないという気分になるし、相手も同じような気分にさせる可能性がある。


 それならば、あえて気を遣って何もしゃべらず寝たふりをする方が良いだろう。倉橋もすすんで話したいとは思っていないだろうし、無理をさせるわけにもいかないからな。お互いがお互いに何か話しかけなければならないという焦燥感に駆られる状況は個人的に好ましくない。


 給食当番の準備が終わったようである。その音を聞いて数分した後、料理をよそってもらうために俺は立ち上がろうとした。


 「ねえ、照人君。そんなに眠いの?」


 それを見計らったように倉橋は俺に話しかけてきた。あえて数分寝続けるという時間調整をしたのにもかかわらず、彼女はまだ給食をもらいに行っていなかったらしい。


 「まぁ、眠いな」


 「授業中もずっと寝てたよね。大丈夫?」


 後ろの席だが隣の席に目があったことを忘れていた。初っ端の授業なのにもかかわらず朝から昼まで爆睡している変な男が隣に座っていたら、気持ち悪くもなるし大丈夫なんだろうかとも思ってしまうかもしれない。


 「今日の授業は最初の説明みたいな感じだったし、寝ても大丈夫かなと思ったんだ。寝れるときに寝た方がなんかお得感があるだろ」

 

 俺の頭は冴えているようで、気持ち悪いと思われないような言い訳をつらつらと並べた。


 「なんか一瞬納得しそうになったけど、結局は寝たいだけってこと?」


 「そういうこと」


 急に流暢にしゃべりだしたから警戒されたのだろうか、俺の言い訳は理解されなかったようである。


 なんともない会話をしながら、俺達は給食を運んだ。


 

 給食の時間は特に会話をする気はなく、他の班の様子に聞き耳をたてながら、がつがつ飯を食らっていた。


 どの班も何とか交流を深めようと、ぎこちないながらも会話を楽しんでいるようだった。


 それに比べて俺の班と言えば、お通夜状態である。俺はもちろん喋らないし、他の人たちも何もしゃべらない。


 一番喋りそうな倉橋も何もしゃべらないという状態である。この状況に切り込んでいくには勇気が必要だろうから、それも当然か。


 そんなわけで今はただただ飯を食らうしかないのだ。


 そして、早々と食べ終えてしまった。どうしようか、俺は残った時間をどう潰せばいいのだろうか。


 とりあえず、中身のない牛乳パックをひたすら吸うふりをする。給食のおかわりでも行こうか、いや止めておこう。食いしん坊キャラだと思われるのはなんか恥ずかしい。


 必死に思考を巡らせていると、隣に座っていた男子生徒も給食を食べ終えてしまったようで途方に暮れていた。


 確か苗字は小島だったはずだ、名前は記憶にない。見たところだと、俺と同じように陰の称号を持っているようだ。眼鏡かけてるぽっちゃりだし。偏見だったらごめんなさい。


 俺の視線に気づいたのだろうか。小島君がギギギと音が聞こえそうな感じでこちらを向いた。


 「ど、どうかした」


 どもりながら小島君は俺にそう尋ねてきた。


 「ああ、なんというか。小島君ももう給食食べ終わったんだなと思って見てたんだ」


 「僕、小松だけど」

 

 「ごめんなさい」


 ミスりました。小島……じゃない小松君ごめんなさい。


 「ふっ」


 小島君は吐き捨てるように笑い俺から視線を外し、再び虚空を眺めだした。せっかくの会話の糸口はもうなくなってしまったようである。俺のせいもあるとは思うが、小島君もそこまで嫌な雰囲気を出さなくても良いと思うのだが。中学始まって二日目だし、名前を間違えるなんてよくあるだろうが。


 ふと清川奈々と目があった。俺達二人の気まずい会話を憐れんでいるのだろうか。そう思ったが、どうやら違うらしい。


 口元がプルプルと震えているのが分かる。俺を馬鹿にしているようだ。朝の無視の不快感も戻ってきて、俺の怒りのボルテージは上昇した。


 精神を安定化させるために、倉橋の方をチラ見した。


 すると彼女もまた口を押えて笑っていたようだった。なに俺たちのトークそんなに面白かったの。


 それにつられるように、他の女子の班員も吹き出した。


 それから、なんだかいい感じの雰囲気になったようで女子たちは何やら話し始めた。


 俺たちを生贄に女子たちは仲良くなったようである。俺は何も得られませんでした。むしろ色々な感情を失った気がする。


 「照人君とは同じ学校だったんだよ。ね」

 

 会話の流れで倉橋が何やら話を振ってきた。


 「一応そうだね」


 「一応って、そうでしょ」


 「そうです」


 当時も俺から倉橋に話しかけるということはなかったし、なんか遠い存在だった。俺に話しかけてくるのは、ただの親切で空き缶を拾うのと同様の行動にしか思えなかったからな。

 

 結局のところ万人に優しいのだこの子は、小学生時代、多くの男子がそのトラップに引っかかってフラれていたのを噂で聞いていた。


 俺と倉橋の会話はどうやら他の女子たちには特別気になるような話題ではなかったらしくすぐに次の話題に移っていった。


 「清川さんはあの……光大君と幼馴染らしいけど?付き合ってたりするの?」


 女子Aが清川にそんな質問をした。まだまだ親しい間柄ではないのにもかかわらず、よくそんな質問ができるな。貪欲にイケメンをハントする気迫が窺える。


 というか清川はそれに対して何か答えるのだろうか。寺島以外とは基本的に話さないだろうし、他人の女からの寺島の話題を振られるのとか毛嫌いしそうな気配がビンビンだ。


 「チッ」


 女子のナチュラルな舌打ちほど怖いものはないな。思わず背筋がビシッとなった。


 「付き合ってもないし、何もない」


 嫌悪感を全面に出して、清川はそう言った。


 いや、普通に喋ったなコイツ。ゲームではこういったセリフすらモブには向けられることはなかったはずだ。


 中学時代は普通に他人ともコミュニケーションをとる気力があったということなのか。何かきっかけがあって彼女は寺島としか話さなくなったということなのか。俺の記憶に聞いてもうんともすんとも言わない。こういう時に何か思い出してくれないと意味がないんだよな。


 とりあえず話せば何か答えてくれる可能性があるということが分かった。一応、再確認のために適当な質問でもぶつけてみるか。女子Aの援護でもしてやろう。


 「でも、あれだけイケメンが幼馴染だと、意識したりするんじゃないか」


 「黙れ」


 一蹴されたが、どうやら話せば返してくれるらしい。勉強になった。


 清川が醸し出すイライラオーラによって、班の雰囲気は再び暗黒期を迎えた。


 今日はもうこの班の状況を改善するのは不可能だろう。


 俺は素直に夢の世界へ旅立つことにした。最初からこうしてればよかった。

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