第4話 清川奈々の記憶
翌朝になった。昨日は親の帰りを待たずに早寝したので身体的にはスッキリしている。
これが快眠というやつだろうか。まあ精神的には色々と考えることが多すぎて、疲れているとしか言えない状態なんだが。
朝食は母が適当なものを作ってくれているので、俺も適当に感謝しながらそれを食らう。
特に親との会話もなく、ただ黙々と登校準備を進めていく。
昨日みたいに親が遅くにしか帰ってこないときは、親と一言も話さず一日を終えるなんてことはざらにある。それを聞くと、なんか冷え切った家族関係のように見えるかもしれないが、実際はそうではない。話すときは話すし、話さないときは話さないというだけである。
そんなこんな黙々と支度を進めていると、あっという間に朝の時間は過ぎていく。
学校に行くまでのこの朝の時間というのもは本当にあっという間である。まあ、俺が早起きすればもっと長くなるのだろうが、朝はできる限り寝ていたいという精神がそれを邪魔する。
中学生になってから二日目で貫録のあるギリギリ登校になりそうな予感すらしてきたな。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
母と朝の初めての会話を行い、俺は登校を開始する。
やはりと言っては何だが、このままいったら確実に遅刻コースなので若干早く足を回転させる。
俺のようなぎりぎり登校者は他にもいるようで揃いもそろって早足で学校を目指している。マイペースで歩いているやつらもいるが、そいつらは論外である。まあ、遅刻したところで特にお咎めはないだろうし、無駄な体力を消費しないマイペース組の方が得をするんだろうな。
そんな風に何も考えず生きていくのもある意味才能なんだろう。俺のような中途半端に真面目で適当な人種には真似できないのだ。
そんなつまらないことを考えていたからだろうか、横の道から出てきた人間とぶつかる羽目になった。
「すいません」
反射的に謝ってしまうのはもはや癖である。下げた目線をゆっくりと上げ相手を確認してみると、ぶつかった相手は清川奈々だった。即座に俺は片足を半歩ひいて臨戦態勢をとる。
「……」
清川は俺の謝意を無視し、何事もなかったようにそのまま学校までの道を進んでいった。なんて可愛げのない女なんだ、そう思った瞬間、脳裏で何かがひりついた気がした。
しばらくの間、俺は道の端の方で臨戦態勢のまま立ち止まって虚空を眺める。
ぽっかりと穴が開いていた幼馴染ルートに関する記憶のパズルが一つ埋まった。やはり思い出せないだけで俺の中に記憶はあったのだ。
そうである。あの女、清川奈々は寺島以外とは基本的にコミュニケーションをとらないのだ。とんでもないコミュ障かつめんどくさい女なのだ。たったそれだけのことだが、思い出すことができた。
まあ、理解した後に思い出しても意味はないような気がするんだがな。もしかしたらこんな感じでこれからも清川についての記憶が解放されていくのだろうか。どんなシステムだよ、脳のレントゲンを撮ってもらったら頭に変なチップとか埋め込まれてないよな。とりあえず今のところは頭の片隅に置いておこう。泣きたくなる。
本当に朝から気分最悪なんですけど。
食パン少女とぶつかるみたいなシチュエーションが一瞬脳裏にチラついてしまった過去の自分をぶん殴ってあげたい。
この世界は寺島光大とそれを取り巻くヒロインたちで回っていると理解したばかりではないか。モブのリーダーである俺にそんなロマンスは訪れないのだ。
さっきの清川奈々とは視線すら合わなかったからな。汚物のような視線を向けられた方がまだワンチャンス、ラブコメの波動を感じる展開に持っていくことができたであろうに。
俺の青春に登場する美少女たちはみんな寺島光大のおかずというわけである。
羨ましいかと問われれば、ヒロインたちの性質を考えると素直にうなずくことはできないがな。全員が全員揃ってめんどくさいからな。
気を取り直して俺は再び歩みを進めた。そして、普通に遅刻した。
朝のホームルーム中に駆け込むような形になり、クラスの生徒たちから奇異の視線を浴びる形となった。
先生に注意され、クラスメイト達から笑われるという屈辱を受けながら、俺は自分の席に座る。
窓際から一列離れた一番後ろに位置している我が席、可もなく不可もない席である。
「おはよう」
ホームルーム中だからだろう、小さな声で隣の席の倉橋が俺に挨拶をかけてきた。
「おはよう」
俺も小さな声でそれにこたえる。倉橋は俺に笑顔を向け、すぐに先生の方に向き直った。
倉橋はヒロインではないが、ヒロインよりも全然可愛らしいです。
俺の荒んだ心を温かい笑顔で癒してくれるとかマジ天使のような女である。
さて、心を癒したところで今日の本題に入ってく。
今日のところは、主人公である寺島光大とその幼馴染である清川奈々の様子を観察することにする。逃亡の計画は長期的なものになるはずだし本格的に始める前に少しくらいは彼らの動向を知っておいた方が良いと思ったからだ。
他にどんなヒロインがいるのか、それも気になる事ではある。だが、どうせヒロインたちのことだ、彼女たちは異常に目立つ。俺が行動せずとも自ずと目と耳に入ってくるだろう。
入学してからほとんど時間が経っていないのに、自分のクラスの関係すら放置して、色々な教室を渡り歩いて女子生徒を物色するというのも変な感じがするし、後回しでいいだろう。
そんなことを考えながら、寺島と清川の様子を観察する。
朝のホームルームが終わると、寺島は少しの間の授業待機時間を利用して、近くのクラスメイトと談笑を始めた。
寺島と彼が話しかけたクラスメイトの自己紹介の記憶をたどってみた限り、彼らは同じ学校出身ではなさそうである。学校が始まって二日目にしては、なかなかグイグイ話しかけている。
まあ、どこからどう見ても気さくな様子である。イケメンでいい奴感を出されると、もうほんと俺達モブからしたらどうしようもない。せめてイケメンなら性格くそブサイクくらいに調整してもらわなくては太刀打ちできない。
俺たちフツメンたちがどんなに性格を良くしても所詮はイケメンたちの劣化になってしまうのだ。なんと可哀想な事だろうか。
もしかしたらイケメンというステータスがあるからこそ、その余裕で他人に優しくしようという気持ちになるのではないだろうか。ふとそんなことを思った。
もしそうであるのなら、それはひどいことである。顔面偏差値と性格の良さが比例関係だというのなら、ブサイクになればなるほど性格は歪んでいくことになる。なんだその社会は滅んでしまえ。
イケメン狩りを政府に求めたい気持ちになってきたよ。ああ、こうやって俺たちの性格は荒んでいくのか。泣きたくなった。
被害妄想的な理論を組み立ててしまったな。実際のところはブサイクでもいい奴はいるし、イケメンでも悪い奴はいる。十人十色と言うように、人それぞれというのがこの世の真理である。
それでも心が荒んでいくのが肌で感じられたので寺島を見るのは止めた。次は清川の方を観察してみる。
寺島とは違って彼女からは誰にも話しかけることはないようだ。清川の性格上、こうなるのは目に見えていた。
まあ、それを非難するわけではない。
俺や他の生徒も似たようなもので誰しもがみんな探り探りに自分のポジションを探っていく時期だ。ハキハキとよくも知らない連中と話す方が稀なくらいだ。寺島のように誰もがアグレッシブに生きれるわけではないからな、小動物な俺たちはじっくり生きて、静かに獲物を見定めていくのだ。
結局、清川は授業が始まるまで特に変わった行動をとることはなかった。
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